第17話その1
オケアノスから退却した当日、レインボーローズは事情を聞くために春日野タロウが店長をしているゲーミングパソコンショップへと向かう。
店の方は繁盛している一方で、タロウの姿は見かけなかった。もしかすると、奥のスタッフルームだろうか?
最終的には店員専用の裏口から入ることにはなったのだが。
「あのですね……先ほどの退却指示って、どういうことですか?」
スタッフルームに駆け寄ったレインボーローズは、部屋の中でコーヒーを飲んでいたタロウに向かって一言。
タロウの方も彼女の声を聞き、コーヒーが入っているタンブラーをパイプ机の上に置く。
「連絡したとおりだ。今、あのガーディアンと交戦すると状況が複雑化する。うかつにこちらから手を出すことはない」
パイプ机の上にはノートパソコンも置かれており、その画像をレインボーローズにも見せる。
画像にはガーディアンで作られたと思われるロボットも映し出されているのだが……その形状は、かなりのイレギュラーともいえる形をしていた。
全長は人の身長と同じくらい、脚部の車輪が変形したようなローラーを使って……という事が可能なことはレインボーローズにも分かる。
「何ですか、この形状? 見た目は電動キックスケーターにも見えますが……」
ロボットの隣でフルフェイスにインナースーツ姿のガーディアンが乗っていた乗り物、それは電動キックスケーターもしくは電動キックボードと呼ばれるものに似ている。
しかし、決定的に違うのはアーマーと思わしきものがいたるところにあり、重さとしても50キロは超えるのでは……と見て取れる個所だ。
タロウが動画の再生ボタンをマウスでクリックすると、隣の電動キックスケーターが30秒ほどで人型形態へ変形し、それを見たレインボーローズも驚く。
「確かに、見た目は電動キックスケーターにも見えるだろう。しかし、これは変形してロボットになるタイプのもの……パワードスーツの方が早いかな」
まるでSFの世界のようなものが令和の時代に実用化されている事実も驚きだが、これもガーディアンで運用している以上はARゲームで使用されるものだろう。
電動キックスケーターというと、ひき逃げや飲酒運転などもピックアップされ、問題視されている印象ではあるが……。
「これを運用しているのが、ARガジェットの試験運用部隊ともいえる足立区のガーディアンと分かった以上、交戦するのは逆効果だ。可能であれば、彼らと戦いたくはない」
とにかく、このパワードスーツを運用テストしている足立区のガーディアンと交戦するのは、状況の複雑化を生むと……タロウは説明するが、レインボーローズは反論はしないものの、本心では納得をしていない。
ガジェットの試験運用部隊の噂自体は聞くのだが、良い話が拡散されているわけはないのもある。
ガジェットのロケテストがここ最近はピンポイントでしか行われなくなったのは、試験運用部隊の登場もあるかもしれない。
もしくは炎上勢力のインフルエンサーによる炎上商法を恐れている、というのも可能性としてはあるだろうか?
「あれがチートツールの一種では、と思うのはわかる。しかし、ガーディアンが運用している以上は正規のガジェットとして流通が予定されているものといえるだろう」
「それでも、強すぎるガジェットが流通することで、今度はゲームバランスが崩壊して、バランスブレイカーなんて言われたら……」
「レインボーローズの言いたいことはわかる。いわゆるテコ入れ的な要素が絡むような装備とは言えない以上、あれが導入されてARゲームのバランスが崩壊したら、それこそ……」
口を開いたレインボーローズからはバランスブレイカーというワードも飛び出す。
それ位に、あのガジェットにはチートツールではないのだが、明らかに環境変化があるのでは、という思いがあった。
タロウも当然だが、この辺りの事情は把握しているが……運用している場所が場所なので何とも言えないのである。
(ARチャフグレネードが本気で流通したら、それこそ大事件になりかねないぞ。どうするつもりだ、ガーディアン?)
タロウはARチャフグレネードが拡散すれば、それこそ大事件が発生すると考えている。
ギャンブルでの悪用位がSNS上で認知されているようだが、場合によっては……。
『忍者とはありとあらゆる炎上を阻止するために存在する、対電脳の刀。忍者とは悪意ある闇の全てを斬る存在でなければならない。彼らが斬るのはあくまでも悪意ある炎上であり、それ以外のものを切り捨ててはならない』
『リアルでは、転売ヤーや承認欲求だけで様々なコンテンツを炎上させようという『バズり』勢力が、次々と逮捕されていきます』
『悪質なインフルエンサーも次々と逮捕され、それこそ……という状態ですが、まだまだ混乱は続くでしょう』
『一方で、開かずの部屋は、玄武エリアにあったとされるものが回収され、次は……という中でガーディアンが動き出しました』
『やはりダンジョン神のダンジョンは……何かの縮図なのでしょうか?』
『ダンジョン配信をするユーザーも10万人を突破し、いよいよ話も動き始めてきました』
相変わらずだが、新作を出せば数十万の再生数を稼ぎ出す忍者構文の大手配信者、その勢いは相変わらずだ。
逆に様々なタイムリー案件やSNS炎上があっても、彼は容赦なく新作を出し続けている。それらをモチベーションにしているかのように。
それをコピーしたようなもの、サムネだけをAIイラストなどに差し替えているもの、まとめサイトに掲載されるために都合よく細工するもの……様々な動画も存在している。
一方で、この動画を巡って新たな動きが……。
「これはどういうことだ? ダンジョン神のダンジョンへの調査に関して外部に漏れている……ただごとではないぞ」
足立区のガーディアンがしれっと動き出していたのとほぼ同時タイミング、カレンダー的には翌日には、秋葉原本部の方では会議が行われていた。
その内容はダンジョン神のダンジョンへの調査の段取りを予定していたのだが、この動画が投稿されていたことで予定が変更された、といえるだろう。
ガーディアンのメンバーの中には、この動画に関して疑問を持つものも何人か出始めているので、放置しておくには……という事になったのかもしれない。
『この動画自体、忍者構文の紹介をしているにすぎません。そこまで声を大きくしなくてもよいでしょうか』
相変わらずのリモートで新宿支部の支部長が話す。彼も忍者構文に関して、真実はあるかもしれないが所詮はフェイクニュースにも似た類……という認識だ。
『忍者構文で解説したら、実はタイムリーな事件と被ってしまった……という事もあります。いちいち目くじらをたてていたら、それこそ炎上勢力の思うつぼでしょう』
新宿支部の支部長は「ダンジョン神のダンジョンに関して調査をした方がよい」と進言した張本人もある。そのため、下手に調査が中止されたら都合が悪いのだ。
それでも他の支部や秋葉原本部のモチベーションも調整しないといけないので、この辺りで下手な立ち回りはできない。
『それに、先ほど足立区のガーディアンが草加市にあるオケアノスで目撃された、という情報を手に入れました。昨日の話にはなるでしょうが……』
「昨日だと? どういうことだ」
『噂によると、足立区のガーディアンが動く前に春日部支部の支部長がガーディアンの基地に向かったとか』
「そこまでの情報を持っておきながら、新宿支部は何故放置をしていた?」
『こちらでも情報ソースがソースだったので、確実性を求めて調べていただけのこと。他意はありません』
秋葉原本部の部長も、さすがに新宿支部が情報を隠していたのでは……と疑う。しかも、足立区のガーディアンが来たのは昨日のことだ。
迅速に対応できていれば、彼らの暴走を止められた、というのはリモート参加の他支部からも意見が飛ぶ。もっともな意見もあるのだが。
『偽情報、フェイクニュースに踊らされて炎上勢力にうまく利用されてしまった事例は……過去のガーディアンにもあるでしょう。情報ソースを見極めるのは当然のこと』
『だが、目撃したのは昨日。あの時は不正ツール調査でオケアノスにガーディアンが派遣されていたと聞くが……』
新宿支部の話に対し、何故に即日行動が出来なかったのか、と突っ込みを入れたのは茨城支部である。
茨城支部の管轄でも不正ツールを使っていたプレイヤーの目撃情報があり、その過程で足立区のガーディアンというワードも出てきた。
『確かに不正ツール調査は各ARゲームの運営エリアへ抜き打ちで行われていたもの。偶然、居合わせた……というのはあるでしょう』
『偶然? 意図的に向かわせた、の間違いでは?』
『意図的でしたら、他の支部が連絡位は入れるでしょう。スパイ疑惑を疑われたくなければ、ですが。もしくは、それこそなりすましや承認欲求目的の……』
『しかし、あのガーディアンは独立権限が与えられていると聞く。もしかしなくても、新宿支部にスパイ疑惑があったからこそ……連絡が遅れたのでは?』
新宿支部の更なる発言に対して、茨城支部の支部長の突っ込みは続く。
「内輪もめは止めていただこう。足立区のガーディアンに特別権限が与えられているのは事実だが……ここで話すことではない」
この状況に会議がストップすることを恐れた秋葉原本部の部長が、手をたたいて話を止めるように無言の圧力をかける。
「重要なのは、ダンジョン神のダンジョンに関してだ。開かずの部屋もあるが、それ以上に、これがある」
会議室のモニターに表示されたもの、それは1体の忍者を思わせるようなロボットだった。
その全長は5メートルは満たないが、それでも小型ロボットというには若干無理があるような装備も散見される。
モチーフベースは忍者で間違いなく……この1体が出現したタイミングも、数日前、という直近ではない。
「このロボットはガーディアンで開発されていたロボットにベースの技術が似ており、それがバーチャル空間で運用されている。まさか、とは思わないか?」
ロボットの画像はこの1枚のみであり、実際に画像が動くという事はない。
しかし、それでも周囲からは動揺する声もあるためか、衝撃のレベルとしては相当なものだろう。
『ダンジョン配信自体は、海外でも拡散しつつはある。これが海外へ拡散したら一大事だ』
『しかし、海外であれを運用できる国があるのか、と言われると疑問はある』
『戦車や戦闘機の方が運用しやすい、という結論にはなるかもしれないが……拡散したら一大事なことには変わりない』
『この技術は、もともとゲームのために生み出されたもの。それを戦争に悪用しようなどという存在は許せない』
『だからこその我々だ。ガーディアンのやることは、わかっているだろう?』
様々なリモートで参加している支部から声が上がる。しかし、相変わらずだが草加支部と春日部支部は未参加である。
今回に限れば、北千住支部と新規で出来た群馬支部も参加していない。群馬支部は会議の参加よりも、ガーディアンの活動が可能な準備を優先した形だ。
その一方で、やはりというか草加支部と春日部支部がこの動画を視聴できる権限がない。
やはり、ブラックバッカラ事件の影響は残り続けているのか? それとも……。
その一方、草加支部のスタッフルームの一室。そこではある男性が、動画の投稿で色々と考え事をしていた。
「そろそろ、あの人物が動き出すころかな。ダンジョン神を生み出した、あの男性社員が」
ガーディアンの制服ではなく、彼の場合はカジュアルショップで購入できそうなジーパンとTシャツ、それにセミショートヘアという異例の外見をしている。
草加支部はガーディアンの制服で出勤する必要性がなく、服装も自由だ。さすがに露出度が高いものは認められないが……。
それに加え、草加支部はガーディアンのほとんどが副業でやっているケースが圧倒的。
リズムゲーム専門の作曲家、VTuber、プロゲーマーなど……色々といる。更に言えば、支部長はパルクールのプレイヤーをしていた。
「確か、今はスタン……と名乗っていたか」
いよいよ、動かずにいた歯車が、このタイミングで動き出そうとしていた瞬間である。




