第15話その2
8月か9月と思われる、あるタイミングでひとつの動画が拡散していた。
その内容は配信者によるダンジョン攻略宣言ともいえる動画なのだが、実際に言及されている内容は異なっている。
まずは、ここで十万再生を超えている元動画を……。
『俺は、数日以内に複数のARダンジョンを制覇する』
内容として語られているのは、これだった。ダンジョンを制覇するというダンジョン配信者としては、よくある内容である。
複数といっても名指しはしていないし、あくまでも複数のARダンジョンとだけしか言っていない。
動画の時間も1分に満たないような、いわゆるショート動画といえるもの。
動画の前半が実在する一部のARダンジョンの画像なので、なおさら……か。
一方で、ARダンジョンでは一部で配信NGの場所もある。それを踏まえると……かもしれない。
しかし、実際にSNS上で拡散していた話題の動画はこちらではない。
動画に登場する人物は同じ、前半パートも変化はないのだが……。
違っていたのは終盤の部分にあった。
『俺は、数日以内に複数のARダンジョンを破壊する』
何をどうしたら、こうなったのか……そうとも言えるような動画がわずか数時間で百万再生を超えていた。
音声も雑に繋がれたものに加え、該当するセリフの画像も明らかに合成された形跡があるものである。
破壊するダンジョンの名指しはされていないため、この動画を見た一部のリアルダンジョンは緊急対応で閉鎖を決めている。
ARダンジョンでは対応予定はないという。同様の動画は無数に存在し、事例に限ってもこれだけではないのが理由のひとつだろうか?
切り抜き動画という事で拡散している可能性はあるが、これでは配信者が迷惑系配信者と間違われてもおかしくはないだろう。
実際、この人物は迷惑系としてブラックリスト入りはしていないので、彼も被害者といえる。
警察もARゲームがらみでは過去にガーディアンなどの勢力が介入したことを理由に、完全非干渉を決めていた。
相談をした形跡もあるようだが、警察は予想通りに完全非干渉、あてにはならない。
動画サイトは該当動画を拡散していたアカウントを凍結したものの、転載の繰り返しで炎上している部分までは対応が難しい、という事だった。
そのためにガーディアンへ相談することにしたのだが、下手にガーディアンへ駈け込めば仕返しが怖いという事で、様子見しているのが現状である。
しかし、この動画が拡散したルートを検索すると……まとめサイト経由で拡散していたのではないことが判明した。
転載の繰り返しもまとめサイトではなく、SNSのインフルエンサーではない承認欲求狙いの個人ユーザーであれば、あり得る話だろう。
特に、収益化を狙うのであれば尚更か……。こうしたSNS炎上で得た資金をブラックマネーとして批判される動きは、各地で広まろうとしている。
「雑な編集、音声は切り抜きに加えて合成に近いもの、これがガーディアンを素通りしている現実も……もしかしたら、泳がせているだけ?」
ゲーミングパソコンショップのパソコン修理コーナーで動画を見ていたのは、身長157センチ位の小柄の女性。
彼女の名はスノードロップ、ただし偽名であって本名ではない。過去にブラックバッカラの事件でも別の名前で活躍していた人物でもあった。
その当時はARメットをかぶり、更に言えば特殊なブーツをはいていたので身長も少し高いような……。
彼女がこの動画を見た感想は、承認欲求目的の人物による動画編集能力などがない状態で作った雑コラ的なものである箇所まで見破り、その雑な作業に呆れている。
ある意味でも、こういう解説でわざわざ自分の出番が出てくること自体、あまり歓迎をするべきではないだろう。それを踏まえての不機嫌な表情、ともいえる。
「それでも、この動画は放置できない。拡散した人物は安易な気持ちでやっているとしても……」
同じノートパソコンで動画を見ていたのは、月坂ハルカである。
彼女も似たようなSNS炎上を経験しているので、同じような炎上事件に関しては人一倍アンテナが強くなっているのだろう。
それに加え、今回の動画を拡散した人物が闇堕ちし、迷惑系『バズり』勢力になるのも目に見えている。
何としても、この状況は阻止しなくてはならない。
「動画の方を見ると、予告されている日程は明日……動くとすれば、そこかな」
スノードロップも、これに関しては色々と考えている部分があった。
炎上勢力が悪用して拡散するのも可能性としてはゼロではないし、こうした記事や発言で集められたブラックマネーで再びブラックバッカラ事件と同じことが起きれば……というのもある。
「それもそう……?」
スノードロップは、動画の最後の不自然な編集があったことに気づいた。
実は、編集された動画は本来の動画と時間が異なり、こちらの方が1分ほど余計に追加されていたのである。
そして、その再生された続きを見て、二人は驚くしかなかった。
(これは、まさか忍者構文……?)
この動画の狙っていたもの、それは動画の最後に不自然ともいえる形で追加された忍者構文にある。
それだけではなく、その動画の忍者構文の背景画像には『龍』の文字が書かれていた。
つまり、この動画投稿者が狙っていたのは、ARダンジョンの破壊ではなく、忍者構文の忍者をおびき寄せるための……。
今回のフェイク動画を作ったのは、いわゆる炎上勢力ではない。だからといって、まとめサイトの管理人でもなかった。
「まさか、ライバル会社をつぶすための手段が、これになるとは……」
物理的に会社を買収するなどの手段を使うにしても、逆に怪しまれるかもしれない。
今や空前のダンジョン配信ブーム。これに便乗するためにも、ARダンジョンのライバル会社をつぶす必要性があったのだ。
そのため、このイベント運営会社のスタッフがとった行動、それがフェイク動画などを利用したライバル会社の炎上である。
警察もARゲーム関係の事件に関しては完全非干渉とする方針を打ち出していたのが、裏目に出た。
そういったこともあって、イベント会社には一切相談せず、彼の独断で行われているのだが……。
「さて、こちらはこちらでダンジョンの探索を……」
このイベント会社ではバーチャル空間のダンジョン配信サポートをメインに行っている。
つまり、リアルのダンジョンが彼らにとっては邪魔な存在に見えたのだろう。
彼の使用しているのはVR型のメットだが、ダンジョン探索はモーションキャプチャーのようなものを使うタイプではない。
あくまでもコントローラーやキーボードで操作するようなタイプである。
この辺りは運営側が実装していないのか、それとも……という部分は明らかになっていない。
「何だ、あの忍者は!?」
ダンジョンへログインしてわずか数分後、遭遇した忍者とは、まさかの蒼影だった。
しかも、獅子型のサポートメカを連れていない状態にもかかわらず、彼はわずか数秒でポリゴンの塊となって消滅する。
何故、蒼影が瞬時にこの動画の件を把握し、犯人を特定できたのかは……現段階で明らかになっていない。
そのわずか数分後、イベント会社の彼の起こそうとした事件は思わぬ形で別勢力に利用されてしまうのだが……その事実は誰も知らない。
彼は後に一連のフェイク動画を利用されることさえも知らず、ガーディアンに拘束され、他の配信者でも同じような動画を作っていた事実が明らかになる。
一見してハルカが懸念した炎上にはならなかったように見える、が……。




