第12話その3
ダンジョン神のダンジョンでは迷惑配信者の一掃作戦が展開されていた。
しかし、途中で青凪が突如として消えたことで状況は変化する。
厳密にはログアウトしたわけではなく、アバター自体は存在するのだが……。
『まさか、ブラックバッカラ事件の英雄が、こちらのような些末な事件を手を出すとは……正直に言って予想外だったがね』
周囲から聞こえた青凪の声に対し、戦意を削られたのは転売ヤーおよび迷惑配信者側である。
この声は、もしかしなくてもリアルでの声。つまり、青凪はVRメットを外した後で音声カットを忘れていたのだ。
このタイミングでログアウトをしては、迷惑配信者などとのつながりがあると疑われる。
だからと言って……という事で一定のパターンで迷惑配信者を撃破していくようなオートパイロットを設定していたのだが、音声カットを忘れたために外の声がダンジョン内にも聞こえてきたのだ。
『こちらとしても、迷惑系配信者のリアルダンジョンの事件があって、逆に都合が悪かったのでそれを一掃するために、とあるゲームの青凪を名乗ったのだが、想定外だった』
いろいろな意味でもダンジョン内に音声が流れていることもあり、これを聞いたタケはある確信をもって、ガーディアンへと連絡を行った。
雪華ツバキは青凪の発言も無視し、そのまま炎上勢力を討伐を続行している。
この頃には敵も半分以下になっており、勝利はほぼ目の前にあるといってもいいだろう。
その時だった。
青凪がとある忍者に一瞬で真っ二つになり、ポリゴンの塊として消滅するのは……。
その速さは周囲が誰も斬られたことに気づかないレベルで、まさに一瞬の刹那だったかもしれない。
『あの忍者は、まさか……蒼影?』
飛天雷皇忍将軍が目撃した忍者、それは間違いなく蒼影だった。
このタイミングで来るとは周囲にいる誰一人も予想はしていなかったようだが。
迷惑配信者側も、このタイミングで負けフラグともいわれる蒼影が来るとは予想外に加え、ガーディアンに連絡したばかりのタケも予想外の行動には呆気にとられている。
飛天雷皇忍将軍も青凪が斬られたことに気づいたのは、周囲のレーダーから反応が消えたことによるものだ。
「あれが、蒼影なのか」
ツバキの方は、リアクションも少なめに興味を持つが……周囲のメンバーが驚いているだけに、このような反応をしているのは彼のみである。
「いつの間に、タケの姿も……」
ツバキが他の転売ヤーも一掃している中、タケの姿もいつの間にか消えていた。
蒼影の出現したと思ったら、まさかの展開になっている。倒されたわけではないので、そこは心配をしていないが……。
一方で、まとめサイトの事務所内の部屋、青凪と名乗っていたインフルエンサーと月坂ハルカの一騎打ちは、予想外の形で幕を閉じた。
彼がひそかに使おうとしていたもの、それはARチャフグレネードを小型化したものである。
そのサイズは、いわゆる100円ライター位の大きさにまで小型化を実現し、以前の空き缶レベルよりは有効範囲こそは狭くはなるが、複数の持ち込みが容易となっていた。
「これを、製品化出来れば……間違いなく、日本はトップシェアを……」
ARチャフグレネードをハルカの持っていたブラスターの一撃で無効化され、インフルエンサーはうろたえていた。
「チート技術でトップシェアを取るなんて必要はない。不正をしたらしたで、発覚すれば代償が必要なのよ」
ハルカはインフルエンサーの考えを改めさせようとするが、改めるような様子はない。
「見つからなければ、チートであろうと犯罪行為ではない。トップシェアになれば、それで勝利なのだ」
「そんなことはない! チートは何であろうと……」
インフルエンサーがまだ降伏をしないような体制に対し、ハルカはブラスターを構えたままにインフルエンサーに近づこうとする。
しかし、次の瞬間にハルカの背後から現れたのはガーディアンの突入部隊だった。
「ガーディアンだ! 抵抗をするだけ無駄と思え! すでに、チャフグレネードは押収した」
(チャフグレネード? まさか、ガーディアンは初めから……)
「ガーディアン? そういう事か、タケめ……やってくれたな!」
インフルエンサーはガーディアンの発言を聞き、再び別のARチャフグレネードをポケットから取り出した。
今度は空き缶タイプのもので、威力の方は……である。
ハルカは、ガーディアンが最初からこれを狙っていたのでは、と思い始めた。手柄の横取りとは考えたくもないが。
「これで勝ったと思うなよ! ガーディアン、お前たちはすでにスタートラインに立たされたのだ。忍者構文の……」
何かを話そうとしたインフルエンサーだったが、それを遮ったのはインフルエンサーの背後から放たれた銃撃だったのである。
この銃弾はガラスを貫通して放たれたといってもいいものだが、ガラスに銃弾の跡が付いたわけではない。
どうやら、ARウェポンおよびガジェットによるビームなのだろう。
(青凪、お前は喋りすぎた。忍者構文の正体を、今のタイミングで知られるわけにはいかないのだ)
黒いコートに、いかにもスナイパーを思わせるようなライフルとコンテナを準備していた一人の男性、彼はパワードスーツを装着し、高性能のスナイパーライフルで青凪を狙撃したのである。
その距離、まさかの春日部市からの狙撃であり、ARガジェットによる狙撃のため、殺傷能力は一切ない。
狙撃されたインフルエンサーも、狙撃の反動で気絶しただけ。被害は最小限に食い止められた。
狙撃をした人物、それはガーディアンのメンバーなのは間違いなく、コンテナには竹林と思わしきカラーリングが施されている。
「蒼影、貴様は!」
ポリゴンで消滅していく一瞬、青凪はそう叫んだようにも見えた。
青凪は蒼影の何を知っていたのだろうか?
すべての転売ヤーは午前12時を前に一掃された。ガーディアンが突入したのも、このタイミングである。
もしかすると、今回の一件はおとり捜査だったのか、もしくは……。
今回の一件がガーディアンの大規模作戦なのかと言われると、まだ真実が見えてこない。
「ガーディアンと別組織がマッチポンプの関係で、長い間の争いを繰り返してきたのは……何もフィクションの世界だけとは限らないのだ」
春日部のガーディアン支部から草加市の方へ戻ってきたタケだったのだが、草加駅を出ようとしたところで、目の前にある人物が姿を見せていた。
そして、その人物に対して話を振るのだが、彼の方は反応がない。むしろ、戦闘モードに突入しようとしている。
「それでも、争いは歓迎するが、戦争は歓迎しない。ガーディアンの一部勢力が起こそうとしているのは、死人を出さないクリーンな戦争だ」
パワードスーツのコスプレをしているタケの目の前にいる人物、その人物が行く手を遮ったのだ。
彼を倒さなければ、通してもらえない。そう判断したタケは臨戦態勢に入ろうとする。
「だからと言って、お前たちのようなイベント会社と手を組んだような芸能事務所主体のバトルは、こちらもお断りだ」
タケの方も、目の前の彼に対して言うようなことがあった。どうやら、彼はイベント会社の男性社員らしい。
「わかるだろう、君ならば……スタン……」
次の瞬間、スタンと呼ばれた男性は瞬間的にパワードスーツを装着し、タケに向けてチェーンソー型のブレードで真っ二つにする。
真っ二つといっても、チェーンソー型のブレードはARガジェットなので殺傷能力はない。
真っ二つになったように見えるのは、エフェクトが追加された状態での演出なのだ。
「その名前は口にしてもらっては困る。今はイベント会社の男性社員に過ぎないのだから」
チェーンソー型ブレードは、すぐに近くへ置いていたコンテナへ収納し、数歩歩いた場所にあるARガジェットの返却ポストへと入れる。
次の瞬間にはコンテナが別のどこかへと移動するような音が流れるが、瞬間移動をしたのだろう。
「これで、一つの争いは終わる」
男性社員はタケを討伐し、ガーディアンへスマホで通報する。
まさか、ガーディアンの中に特定勢力を支持するような人物がいるとは、予想外だっただろう。
『終わったか?』
スマホ経由で聞こえた声は男性だが、ボイスチェンジャーが使われていて特定はできない。
しゃべり方から女性という路線はないだろう。あえてボイスチェンジャーを使い、特定させないようにしている路線が高い。
名前に関しても非表示設定だ。
「ああ、先ほど終わった。それに、青凪も討伐されたのだろう。インターネットでニュースが出ている」
『そうか。一つの事件が幕を閉じたが、まだ全ては終わっていない』
「忍者構文のことだろう。いまだに正体が見えてこないが」
『ガーディアンが拡散したフェイクニュースという記事もある以上、むやみに拡散すれば……』
「わかっている。蒼影の正体を含め、不明な箇所が多い。今は手を出すべきではないだろう」
『イベント会社の方もクロという可能性は否定できない。それに……』
「分かってる、わかってはいるんだ! ダンジョン神は……」
その後も会話を続けるが、特に大きな動きがあったわけではなく、現状の確認に終わっている。
【忍者とはありとあらゆる炎上を阻止するために存在する、対電脳の刀。忍者とは悪意ある闇の全てを斬る存在でなければならない。彼らが斬るのはあくまでも悪意ある炎上であり、それ以外のものを切り捨ててはならない】
【ダンジョン配信というブルーオーシャン状態のコンテンツを、どのように変化させていくのかは……配信者だけでなく、それを見る側のオーディエンスにも責任が伴うのだ】
【実際、ブルーオーシャン状態のダンジョン配信を開拓しようとしたが、暴走した英雄願望が原因で自滅したインフルエンサーもいる】
【更に言えば、ガーディアンをも誘導し、潰しあいをさせようとする勢力も目撃されたという】
【その状況を、リアル忍者は変えられるのか?】
【蒼影の存在は、今のSNSやコンテンツ流通をどう変えられるのか?】
これらの文章がSNS上で拡散していき、やがて一連の事件は『バズり』勢力が承認欲求を求めて暴走した事件として片づけられた。
そして、舞台は埼玉県から東京都にまで広まろうとしている。
すべては、シノビブレイカーと呼ばれる巨大ロボットを手中に収めようとするために。




