第10話その2
「転売ヤーを一掃すれば、すべてが解決するわけではないが……」
先ほどの謎の女性と別れたイベント会社の一般社員、ガーディアンの装備は外しており、背広にスーツ姿へ戻っていた。さすがにARスーツ姿で別会社へ行くわけにもいかないし、イベント会社に戻るわけにもいかない。
その彼も転売ヤーの行き過ぎた行為に関しては、やってはいけない一線を越えているとして、何とかしたいとは思っていた。
しかし、彼はイベント会社の一社員。意見はしたとしても、それによって上層部が動くような権限はない。
イベント会社としては転売ヤーもグッズなどを購入する一般客という認識なのだろう。
それでも、転売ヤーの行き過ぎた行動に関して言えば、ガーディアンが行動をしているので、そちらへ丸投げとも言えなくもないが。
「炎上勢力の一層も重要だが、それを先導している人物を何とかしなければ……結局は、ループする」
炎上勢力の一層を勧めるのはガーディアンだ。さまざまなエリアにガーディアンが存在し、埼玉県内には独自ガーディアンが行動中という。
大手ガーディアンといえば、東京の秋葉原を拠点とした地域振興型のアキバガーディアン、足立区を拠点にゲリラ活動で炎上勢力の戦力を削るガーディアン、という具合だ。
炎上を先導しているようなインフルエンサーは探せばいるが、証拠がなければ逃げられるだけだし、SNSの運営に通報しても……結果は同じだ。
「さて、そろそろ戻らなければ」
スマホの時計をチェックすると、午後3時台を示している。会社へ戻るのは午後4時を予定しているが……。
あの人物と遭遇したことで若干のタイムロスが発生したといえるかもしれない。ここまでの寄り道をする予定はなかったのだが。
装備に関しては、パワードスーツとガジェットがレンタルだったので、ガジェットの返却受付へ返せばいい。
さすがに、川口市からでは距離がありすぎた。出先の寄り道としては……遠回りをしすぎたともいえる。
最低でもガジェットの返却には春日部市辺りまで行かないと……該当店舗がないのをアプリで確認したが、川口市近隣にはない。
(返却施設はあるが、店舗はない、か)
そこで彼が利用するのは、電話ボックスを思わせるような小型施設で、中には機械とシューターと思わしきものがあった。
これとは別に大型ガジェット用に大型ガジェット用ガレージも存在するが……。そこまでのものはレンタルしていないので、小型施設で事足りる。
(この機械で合っているのか? 使い方も若干不安だが)
機械のスキャンスペースにガジェットを置いてスキャンすると、1分も満たないような時間でシューターからコンテナが出現した。
コンテナといっても、そこまで大型ではない。ボックスぎりぎりの大きさでもなければ……だが。
そこへチェーンソー型のガジェットとパワードスーツを指示書通りに収納し、コンテナのハッチを閉める。
(上手く入るようになっているのか。そして、カードは外して……と)
ガジェットに差し込んでいたカードに関しては、外してあるが……。これがいわゆるICカードのようなものだ。
これを作るのに、わざわざ埼玉県内へ行かなくてはいけないので、下手をすれば免許関係より面倒が手続きが必要な場合もある。
ARゲームはかなり発展しているのに、この辺りは悪用防止の観点から……アナログ的な手段を用いるケースもまれにあるのかもしれない。
【ガジェットの返却が完了しました。またのご利用をお待ちしています】
機械からは、いかにもというシステムボイスが流れ、コンテナがシューター経由でどこかへ移動されたのがわかる。
どこへ……というのはあえて言及しない。レンタルビデオでも同じチェーン店で返却すれば元の店舗へ数日後には戻るので、原理としてはそういう感じだろう。
埼玉県はARゲームのために、このような返却が容易となる地下コンテナ施設を作るなど……常識破りをしてきた。
(ここは、どこまで常識を破っていくのだろう)
男性社員は、思う個所はありつつも埼玉県内の会社へと戻ることに。
そして、別のイベント会社で行う予定のイベントの話を行い、そのあとはそのまま帰宅している。
「あの男性、イベント会社の社員って言っていたけど……」
ガジェットは学生カバンにしまい、あの工場からは離れることにする。
彼女の名は月坂ハルカ、過去にプロゲーマーとして有名になるも、不正疑惑をかけられたことでプロゲーマーからは離れ、のちに大きな事件に巻き込まれた。
その事件こそ、あのイベント会社社員の言っていたブラックバッカラの一件である。
のちに、この事件は埼玉県内では取り扱われない……つまり、歴史の闇に消えることとなった。
(誰からだろう?)
学生カバンからスマホの着信音が聞こえ、そこからスマホを取り出して電話に出る。
『ガーディアンと遭遇したという話だが』
「店長、どこから情報を……!」
ハルカは周囲を確認しつつ、近くのコンビニまで移動する。下手に話を聞かれては……というのもあるのだろう。
電話の主はゲーミングパソコンショップの店長、春日野タロウである。
『その特注スマホはガーディアンだけでなく、様々な敵対勢力を察知できるもの。こちらでもある程度モニターはできる』
「あれはガーディアンではなく、ただのイベント会社の社員でした」
『イベント会社? ゲームメーカーでなく?』
「間違いなくイベント会社と。それに、ガーディアンの装備はコスプレというか、レンタルだったみたいです」
『レンタルガジェットにもガーディアンが関与しているものがあるとはいえ、まさかの……』
「それに、あの工場はクロみたいです」
『ARチャフグレネード、あれが流通でもしたらARゲームのシステムを使ったゲームでギャンブルに悪用されかねない。早急に対処する必要がある』
「あのイベント会社の社員は工場に手を出すな、と」
ハルカとタロウはいくつかの話をするのだが、タロウサイドでもARチャフグレネードは把握しているらしい。
それを踏まえて調査をさせていた中で、あの工場が怪しいという話となり、潜入したのだが……そこでイベント会社の社員に遭遇した。
二人とも落ち着いて会話しているように見えるが、心中は……なのかもしれない。
『ほかにもARチャフグレネードの製造されている工場はある。そちらをあたってくれ』
「次は、どこに?」
『すでにガーディアンがまとめサイトの事務所を閉鎖に追い込んでいるニュースは知っているな? その事務所のある……』
ハルカはタロウの指示を受け、別の場所へ向かうことにした。移動手段は電車を使わざるを得ないが、どうしても時間がかかってしまう。
「その場所だったら、ARゲーム用の大型ユニットで移動できませんか?」
ハルカの発言を受け、タロウのほうは言葉を失う。その一方で……。
『大型ガジェットをレンタルって、距離によってはタクシー代より高くつくことがある。そこまで予算は出せないぞ』
思わずタロウもいつもの店長としての発言から、若干口調が崩れた。
それ位に大型ガジェットのレンタルには消極的なのである。
「確かに予算もあるでしょうが、ここはARパルクールのフィールドエリア……こちらのほうが早いです」
川口市のとあるエリア、ここはARパルクールのフィールドとしても使用されていた。
その関係上、ARパルクール用のロボット型ガジェットを使用することが可能になっている。
もしかすると、ハルカはそれもわかっての発言だったのかもしれない。




