第10話その1
時間を若干巻き戻し、8月某日。ここ数日は晴天が続き、熱中症警戒アラートも埼玉県を含めて各所に出ていた。
そんな中、とあるSNSのつぶやきを発見した人物がいる。それが……。
「なるほど。ダンジョン神のダンジョンで装備の販売が始まるのか」
冷房の効いた自室のノートパソコンを前に情報の収集をしている一人の男性がいた。年齢としては、20代前半とみるべきだろうか?
服装は明らかにスーツであり、上着を脱いだ方が冷房の温度を調整する意味でも良いのでは……と思われそうだが。
しかし、自室と言っても、ここは埼玉県にあるまとめサイトを運営する事務所の一つ。
さすがに事務所内でスーツを脱ぐわけにもいかなかった。
「ガーディアンの影響で事務所が閉鎖される事態にはなったが、まだ切り札は残されている」
パソコンの置かれたデスクを離れ、彼はある倉庫へと向かう。
倉庫のシャッターは複数のセキュリティがかけられており、周囲にある工場などを踏まえると、明らかに浮いている。
指紋認証、カードセキュリティ、キーロック、それらをすべて解除して、初めて倉庫のシャッターは開く仕組みなのだ。
その倉庫のシャッターを開けると、そこに置かれていたダンボール箱に入っていたのは……。
「ここで反転攻勢をかけ、何としてもガーディアンの勢力を落とす。そして、自由を手に入れるのだ」
彼がダンボール箱を開け、そこから取り出したのは空き缶状の物体……ガーディアンの言うところのチャフグレネードだ。
いくつかの事務所が閉鎖に追い込まれるのを想定し、ここへと集約させていたのである。
ここが隠れ蓑になるのには、もう一つの理由もあった。
「周辺には工場が多い。それに直近ではゲリラ豪雨対策で工事も行われ、いくつかは完成済。これを置くには都合がいいからな」
事務所のある場所、そこは古くからの工場がいくつか存在し、ガーディアンのロボットも侵入が困難と言える地形である。
それに加え、一部エリアは完了しているが、この地域を含めて広範囲にゲリラ豪雨対策の工事が急ピッチで進められ、それもガーディアンの侵入を遠ざけている要素だった。
パワードスーツ部隊のトラックでも大きさを踏まえると、迂回ルートを通らざるを得ないレベルで通行止めの看板が工事中のエリアに置かれている。
極めつけて言えば、ここよりは若干遠くはなるものの、近所にはオートレース場が存在する。ドラマのロケなどでも使われる有名な場所だ。
下手にギャラリーが出てきた場合、ドラマロケが困難になるという個所を踏まえると、ガーディアンの足止めという意味では都合の良すぎる場所と言えるかもしれない。
「木を隠すには森……という訳ではないが、ここならばガーディアンも仮に察知できたとしても……」
再びチャフグレネードをダンボール箱に入れて、彼は倉庫を後にする。
セキュリティも再び起動させて、周囲を見回す。他の人物がいないことを確認して、再び事務所の方へと戻った。
どうやら、別の作業を行うために事務所へ向かっている様子。距離としては徒歩数分、もしくは走れば1分満たないか。
(あの倉庫に、ARチャフグレネードが……)
その男性をひそかに見ていたのは、身長が160から170位のセミロングという髪型の女性だ。
更に言えば、その服装は何処かの学校の学生服を着用しており、学生かばんも手にしているのだが……。
「今ならば、ガーディアンの大攻勢が行われる前に証拠を……」
学生かばんから取り出したのは、ARゲームで使用するサバイバルゲーム用の起動ガジェットを兼ねたハンドガンである。
形状こそはSFの領域だが、アンテナショップでは市販もされている護身用武器ともいえるだろう。
発射されるのはビーム弾なのだが、その威力はスーツ未着用の一般人を気絶させる位には高い。
殺傷能力はないのはARゲーム専用なので当たり前ではある。それでも、威嚇には充分と言えるかもしれない。
「それはやめた方がいいな」
彼女の目の前に現れた人物、それは彼女も見覚えのない人物だった。
しかし、その装備はガーディアンのパワードスーツ。装備には見覚えはある。
ただ、人物には覚えがない……顔も知らなければ、名前も知らない。
「あなたは何者なの?」
「自分は、イベント会社の一般男性さ」
「一般人がガーディアンの装備を持てるはずがない」
「そういう決めつけは、あまりよくないとは思うよ。この装備であれば、埼玉県内のコスプレショップでも容易に買えるし、何よりも公式グッズだ」
彼女の方はガーディアンの装備をした人物がイベント会社の社員と名乗ったことに対し、驚くしかなかったのだが……そのテンションは低いといえる。
彼女が冷静であることも理由の一つだが……状況が状況、というのもあるだろう。
「君がここを単独で襲撃したとしても、不法侵入と疑われるのは明白だ。手順が足りないのだよ」
「手順? あなたは何者なの?」
「ちゃんと名乗ってるじゃないか、イベント会社の一般男性、と」
「イベント会社? まさか、一連の騒動は……」
「さすがに、それは発想の飛躍すぎる。イベント会社と言っても、転売ヤーの一掃というようなイベントを開くわけではない」
「転売ヤー……?」
話がかみ合わないことに、彼女の方は若干頭を抱えるしかない。
一方で、男性のいう事はその通りでもあり、ここはまとめサイトの運営会社の敷地でもある。
ここでもめ事を起こせば、捕まるのも時間の問題だ。
「今は事を起こすターンではないんだ。わかったら引き上げた方がいい。その服装を見るに、ブラックバッカラの一件の……」
「あなた、本当にイベント会社の社員なの?」
ブラックバッカラというワードが飛び出したことに対し、彼女はイベント会社の社員にガジェットを突き付けるが……。
「その銃が起動しないのは分かっている。こちらの持っている武器も起動していないからね。いずれ、君とは再び会う事になりそうだが」
男性の方もチェーンソーと思わしき武器を構えようと考えるが、ARフィールドが展開されていない関係で使えないこともあり、構えなかった。
そして、忠告ともいえるような発言をして、彼は去る。一体、何をしようとしていたのか?




