第67話その2
「ビスマルク……名前が同じと思ったら、そういう事か」
ビスマルクの正体を見ての一言をつぶやいたのは、遠隔から映像を確認していたガーディアン新宿支部長だ。
彼は彼で独自行動をしている関係上、決戦の舞台である秋葉原にはいない。
その一方で、彼は新宿にあるレンタルサーバーの運営会社の調査をしていた。
その目的は、おおよその見当はつくだろうが……ダンジョン神のダンジョンに関してである。
あのダンジョンが元々は別のダンジョンをベースに生み出されたものと言うのは、数人が察している事実だ。
一方で、大多数には彼が生み出したダンジョンと言うことになっているのは、どういうことなのか? 守秘義務などがあったわけではないだろう。
それとも、制作委員会などが戒厳令を敷いていたのか? それを確認できる手段は、もはやない……と思われた中で、まさかの情報が飛び込んできたのだ。
(では、他にも似たような存在がいるとでもいうのか……)
新宿支部長は別の意味でも考えるのだが、今はそれをやっている余裕はないだろう。
重要なのは、一連の騒動に決着をつけること。忍者構文が拡散させたネットミームを何とかすることだ。
「向こうは他の支部に任せ、こちらはこちらでやることをやるだけか」
レンタルサーバー内に奇妙なデータが存在する、その情報が事実かどうかは知らないが……誤報ならば誤報で問題はない。
とにかく、それが事実ではないことを祈るばかりである。情報ソースが情報ソースだけに。
『なるほどね。これが、全ての元凶……』
月城アサギは、飛天雷皇忍将軍に搭乗し、ダンジョン内で探し物をしていた。
その探し物とは、新宿支部長も入手していた情報であり、他の動けるガーディアンが探しているものでもある。
「キサマハ、ダレダ?」
「コノさーばー二、シンニュウシャアリ。タダチニハイジョ……」
複数の忍者を意匠としたAIVTuberと思わしき複数のアバターが、アサギの目の前にいた。
ネットミームとして拡散し、SNS炎上を助長していた方の忍者は、こちらだったのである。
対SNS炎上の刀……蒼影に対し、こちらは明らかに悪意を持って忍者を炎上させていた方であり、蒼影にとっては倒すべき存在と言えた。
それでも蒼影が手出しできなかったのには、理由がある。
『こういう手段に出てくるとは、まとめサイト勢も悪質と言うべきか』
まとめサイトは埼玉県で活動するという意味では免許が必要とされている。
しかし、他の都道府県ではそうしたライセンス制度がない。それを利用し、まとめサイトは忍者アバターを大量に複製していたのだ。埼玉県以外で。
一部のガーディアン支部がこちらの討伐任務などをしている間に、セキュリティの隙を突かれたのが、ある意味でも今までの秋葉原襲撃だったといえるだろう。
その後、ダンジョン内では飛天雷皇忍将軍のバトルシーンが展開され、その動きはCGではあるもの完成度が非常に高いものだった。
特に刀でのつばぜり合いや周囲の囲まれた際のピンチから脱出する際に使用した、パーツ合体タイプの斬艦刀を振るうシーンは衝撃かもしれない。
『こちらアスカ、例のアレはなかったけど、収穫はあった。ガーディアンに気づかれる前に、これだけ回収して……?』
アスカが発見したもの、それはハンゾウのアバターだったのである。ガーディアンがひそかに別の物から作りだしたハンゾウが、何故ここに?
そう思い、回収しようとした矢先……ハンゾウは一瞬にして消えたのである。回収失敗なのだろうか?
『申し訳ないけど、これは君たちには渡せないなぁ』
アスカの目の前に姿を見せたのは、ロボット型アバターのフェア・リアル……つまり、フエアリアルだ。
本来の本物のフェア・リアルは配信中のはずで、ロボット型アバターの方がここにいるのはおかしな話になる。つまり、矛盾するという事。
しかし、声の方はフェア・リアルとはトーンが異なるだけでなく、声だけ聞くと明らかに担当声優が違う。
もっとぶっちゃければ、デザインの細部が明らかに違い、AIに学習させてアバター出力しただけのAIアバターにも思える。
つまり、本物のフエアリアルのデザインを勝手に学習させて生成したAIアバターともいえる存在だ。
それを踏まえると、目の前にいるのはガワだけ似せたフエアリアルになるのだが……。
『どういうことだ? ガーディアン!』
アスカとしてはガーディアンがハンゾウを隠している、とも取れるような行動に対して怒っているのだが……フエアリアルはそう思っていない。
目の前にいるのは明らかな偽者だが、アスカとしては怒りで正確な思考が出来ていないのだ。
「なるほどねぇ……レンタルサーバーは、さすがにチェック漏れだったかもね」
配信の方も一時休憩し、ガーディアンへ合流も考えていたフェア・リアルだったが……ある情報を入手したところで顔色が変化する。
ガーディアンもレンタルサーバーに関しては、様々なソシャゲや一般サイトにも影響が出るという事で、ノータッチの個所はあった。
それが炎上勢力やまとめサイトなどによって思わぬ悪用をされるとは、予想もしていなかったのである。
確かにこの一件に関する懸念を持っていた支部長はいた。
ガーディアンとしても大手ゲームメーカーなどに調査を申請するのは非常に厳しいだろう、と思っている。
(そういえば、レンタルサーバーへ向かったガーディアンメンバーがいるらしいという話もあったみたいだけど)
フェア・リアルはそんなことを思っていたが、こちらのガーディアンメンバーは撤退したらしいという続報も入った。
その理由は炎上勢力が別の犯罪で逮捕され、警察官が駆け付けたことに由来するようだが……。
彼女としては、配信の一時休憩なので事務所を離れられない。情報が事実だとしても、それを確かめる手段がないのだ。
せめて、レンタルサーバーの様子を確認できれば、とは思うのだが……。
「こちらとしても、さすがにヒャクニチソウを名乗る偽者には退場していただきたいところだけど」
口調などは若干異なるが、声に関して言えば『ヴァーチャルレインボーファンタジー』に登場したビスマルクであり、スーツの細部は若干異なるが、間違いなくあちらのビスマルクだ。
その証拠に、前回の段階でビスマルクの担当声優が出ているという伏線があった。
今回は特殊オープニングだったために、いつも通りのクレジットはない。
メインキャストのクレジットはあったが、システムボイスやゲスト声優、ゲストキャストのクレジットはなかったのである。
実際、キャストの最後にクレジットされていたのはデンドロビウムだったから。
『何を根拠に?』
ヒャクニチソウの声と同じ声はするものの、目の前の人物の声はノイズ交じりと言うか……加工が施されているようにも思えるものだ。
ARスーツに関しては、ヒャクニチソウが使用しているものと似ている可能性はあったとしても、何かが違うのが明らかである。
視聴者的には、もしかすると違いも分かっているのかもしれないが……。
「知りたいか?」
次の瞬間、ビスマルクは胸ポケットからあるものを取り出し、そのスイッチを入れた。
そして、それを上空に向けて投げると、光と共に何かが散布されたように見える。
散布と言っても、いわゆるガスの類ではない。仮にそうだったら、逮捕されるのはビスマルクだろう。
「貴様、いったい何を……」
ここで、ヒャクニチソウの声をした人物の正体が明らかになる。すでに声は男性の声であり、ジャミングでARガジェットが使えなくなっていたことに気づく。
その正体は、何と反ガーディアン組織だったのだ。今まで活動内容も判明せず、どう動いていたのか分からない組織が、思わぬ形で表舞台にさらされる……。
これには周囲のガーディアンメンバーや蒼影に搭乗している月坂ハルカも驚くしかない。
「まさか、ARチャフグレネードを密造し、売りさばいていた業者が今回の犯人とは思わなかったが」
ビスマルクとしては、ガーディアンが回収したARチャフグレネードが、勝利の鍵になろうとは予想外だった様子。
それだけではない。春日野タロウが探していた組織が、遂に表舞台にさらされたことにはハルカも驚くしかないのだろう。
「以前からまとめサイトなどに売りさばき、それこそ性能アピールをして他の組織へ売りさばく、利用する手段は色々とあるかもしれないが……」
彼女が投げたものの正体、それはARチャフグレネードなのは間違いないのだが……サイズがUSBメモリレベルにまで小型化された最新型だったのである。
実は、彼女はそれと同じものを複数個持っていた。
しかも、このグレネードは粒子を補充すれば何度も使えるもので、リユースに対応されたものだったという。
「炎上勢力が自分たちの放ったもので首を絞める展開は何度か見てきたが、反ガーディアンが技術で対抗されて負ける展開になるとはね」
ビスマルクとしては、別の意味でもあきれ返るしかなかったのである。
メタ的にも自分の出演していた作品と似たようなオチで自滅するような事を、反ガーディアンはやってしまったのだ。
「さぁ、ゲームセットだ」
ビスマルクは、ARガジェットを展開し、その武器はまさかのブレードと一体化したシールドであるという事実に周囲が驚く。
あのシールドビットは、ガーディアンが別の任務で使用していたものではないか、と。
「まさか、犯人が反ガーディアンでAI技術を悪用してアフィリエイト利益を得ようとしていた組織とは……」
ビスマルクが右手指をパチンと鳴らすと、シールドブレードが偽者のヒャクニチソウに向けて放たれる。
そのスピードは……音速まではいかないものの、かなりの速さを誇るだろう。
「AIを利用した犯罪を題材にしたフィクションは令和時代にも存在、今も作られ続けている。そうした創作がフィクション越えとして出てこられるのは、正直言って……」
このビスマルクの台詞のシーンでは、偽物のヒャクニチソウが2本のシールドブレードに翻弄されている姿が描写されているが、どう考えてもフラグだった。
「……関心出来るものではない!」
そして、AI技術を悪用しようとした勢力は警察に通報したことで表沙汰になり、各マスコミやメディアなどのニュースでも大きく取り上げられた。
まさか、一連の忍者構文に関するネットミームがAI技術の悪用によって作られたマッチポンプだったとは……。
更に言えば、ガーディアンもフィクションの存在ではない。本当に、ガーディアンはいたのだ。
午後5時台後半のニュースはこの話題で持ちきりだったのだが、まだ全ては終わっていない。
AIを悪用していた勢力は摘発された一方で、これらの組織を操っていた黒幕は存在するのだ。
今回の人物が逮捕され、フエアリアルのAIアバターは消滅し、他所で猛威を振るった偽アバター軍団も消滅する。
どうやら、今回の事件の犯人が逮捕された際の証拠隠滅と言う意味で一種の自爆プログラムでも仕込まれていたのだろう。




