第38話その2
「このスペックだと、少し厳しいかなぁ……。ギリギリと言えくなくもないか」
自室のパソコン画面を睨みながら何かをチェックしていたのは、雪華ツバキである。
チェックしていたのはダンジョン配信王決定戦で使用するパソコンの推奨スペックだ。
ダンジョン配信王はスピード勝負ではないようだが、VR部門とAR部門では求められるもののスペックは変化しているだろう。
ツバキのパソコンはギリギリ推奨範囲となっているが……気になるのは、回線速度位か?
VRダンジョンでは回線速度で切断などのケースはめったにないが……ある程度の回線速度を推奨されているのは、スピード勝負がある可能性も示唆されているのかもしれない。
「自分のパソコンだと、そこまで懸念するようなことはないと……」
ツバキはゲーミングパソコンの方に視線を向けるのだが、やはりカスタマイズが必要なのか……とは若干思う。
ゲーム配信時も問題なかった機種なので、ダンジョン配信王では……とないことを祈りたいが。
前日までに用意できそうな範囲のものは問題なさそうだが、当日ギリギリになりそうなのが、一つだけあった。
(これが間に合ってくれれば……)
メールボックスをツバキは確認するが、それらしきものは来ていない。
ライセンスは既に別口で取ったものはあるものの、それ以外にあった。
「やはりというか、駆け込みが多いというか」
春日野タロウがやはり、と懸念したことが現実味を帯びているのは今日だった。
ダンジョン配信王決定戦では、優勝賞金が出るという事もあってか、ここぞとばかりに対応パソコンを買い替えようという人であふれている。
入場制限を賭けるような規模ではないが、半数以上の客がウインドウショッピングで終わっているのを踏まえると、やはりというかハードルは高い。
参加条件は日本人であることが条件に含まれているが、この辺は賞金が税金で引かれるなどの個所を踏まえてだろう……と思われたのだが、実際はそうではなかった。
優勝賞金の金額は何と1000万円、更に言えば非課税と書かれている。それに加え、準優勝でも500万円、本選進出で100万円という額が出ることには驚きの声もあった。
ただし、賞金を受け取れるのは日本人限定、それに加えて賞金を受け取る場合はARかVRのガジェットライセンスが必須、とある。
(あの告知を見る限り、この駆け込みはどちらかと言うと別口名の可能性もあるが……)
前日の駆け込みで入手が不可能なものがひとつ存在し、それがダンジョン配信王で使うダンジョンへの入場用シリアルコードだった。
観戦用であれば当日でも可能かもしれないが……難しいとは思われる。
エントリーしたとしても、参加に関しても一定の条件をクリアしているシード枠は問題ないが、それ以外はシリアルコードを使用して入場するダンジョンで予選の突破が必要だった。
これも、しれっとだがインターネット上で公開されているルールに掲載されていたので……これに気づかずエントリーするも、シリアルコードが届かない人は多いかもしれない。
一定条件と言うのは、ダンジョン配信経験がある、上位ランカーに該当する、チャンネルを作っているの3つがハードルの高い条件だろう。
ダンジョン配信が初めてで配信王に挑むのは無茶な話だし、下位のダンジョン配信者では、予選の段階でふるいにかけられる可能性は絶大だ。
チャンネルに関しては、ある意味でも賞金を与えるにふさわしいか……という判断材料で付け加えた可能性も高いが。
【アバターシノビブレイカー】
このタイミングで右下には対電忍のタイトルロゴが表示される。
どうやら、CMのようだ。
『オケアノス、それはVR、AR、レトロ、アナログ、アーケード問わずにゲームの揃うアミューズメント……』
草加市に実在するアミューズメントパーク、オケアノスのCMである。
渋い男性ナレーションの言うとおり、VR、AR、アーケードゲームだけでなく、レトロゲームやアナログゲームの販売店舗もある。
ある意味でも海外観光客が来るほどのゲームの楽園なのだ。
秋葉原とライバル関係と言ってもよいかもしれない草加市にあるオケアノス、電車とか交通面が若干の難点な部分以外は、秋葉原よりも明らかに上かもしれない。
『君も、無限大の体験をしてみないか?』
ドーム球場数個分、専用の高速バスもあったり、海外ではピンポイントでオケアノスのツアーがパックで存在したり……色々な意味でもオケアノスは、草加市が力を入れている場所と言ってもいいだろう。
色々な意味で時間が溶けるような施設であるのだが、入場料は取っていない。何と、無料で入場可能なのだ。
ゲームセンターが中にあったりするので、そちらで……という事なのだろうが。
CM明け、別のパソコンを見ている客を見て、バイトの人が声をかけずに様子を見ている。
最終的に、この客は他のバイトに声をかけてパソコンに関して聞いていたが。
「やはり、ダンジョン配信王は……」
こうした条件などを踏まえると、今更駆け込みをして登録できるのか……と言われると微妙な情勢なのだ。
タロウはエントリーする気はないのだが、バイトの数人がエントリーし、そのうちの1人がシード枠を取ったと言っていた気もする。
自分の所のパソコンショップの宣伝にはもってこいだろうが、それをやってもよいのかは、あとでガイドラインを調べる流れになるだろう。
「この繁盛っぷりは、そうそうあることではないだろう。フィーバーに便乗させてもらうとするか……」
タロウがふと、考え事をしようとした矢先、耳に付けたインカムから聞き覚えのあるような声がした。
『マスター、草加市の近辺でSNS炎上勢力が……』
その声の正体は月坂ハルカで、草加市近辺で炎上勢力が現れたという連絡だった。
忍者構文もそうだが、それ以外でSNS炎上を企むような勢力は更に増えつつある。
いくら忍者構文の忍者が暗躍しようが、炎上勢力は不滅……と言わんばかりの展開だろう。
「分かった。独自で炎上勢力をピンポイントで壊滅させてほしい」
タロウとしてはやりすぎることでダンジョン配信王に影響が出てしまうのでは……と言う個所を懸念する。
ガーディアンが主催という事もあり、こうした散発的な炎上勢力の動きはガーディアンに対しての妨害行為なのでは、と考えていた。
(やはり、ここ最近の動きは……何かあったとみるべきか)
周囲の客を見つつも、タロウは炎上勢力の動向が気になっていた。
炎上勢力の影響でダンジョン配信王が中止になったら、その成功事例を踏まえて動く勢力が増えていくからである。
炎上の連鎖は起こしてはいけないのだ。それはフィクションもノンフィクションも同じだろう。
(様子を見ていたら、やっぱりこれか)
VRダンジョンのひとつに姿を見せたのは、祈羽フウマだった。
彼に関して言えば、ダンジョン配信王に出るつもりはない。
この日は、すでに予選を突破して本戦を開始する予定だったが、諸事情で延期していたARパルクールの方も重なっていたからだ。
そのフウマでも、ここ数日のVRダンジョンにおける炎上勢力の動きは、何かがある……と考えている。
ダンジョン配信者の一部も被害に……というわけでもないのだが、ダンジョン配信とは無関係なジャンルの配信者が被害を訴えていた。
それを踏まえ、別ジャンルの炎上勢力がマッチポンプをしているのではないか、そう思ってとあるVRダンジョンへ訪れたところで……。
(あの黒い忍者は?)
フウマが目撃したもの、それは何と黒い忍者だった。SNS上でも目撃事例があった忍者ロボットのハンゾウとはデザインも異なり、どこかの版権作品に似せた忍者でもない。
明らかに……別の第3勢力が忍者構文に便乗したかのような、ある意味でも解釈違いのニンジャと言えるような存在である。




