マドレーヌ&ミルフィーユ
桜祭り当日。演劇部部員の山之内陽動は桜花ホール3階の窓から店と学生で賑わうグランドを眺めていた。
「あー羨ましいのー。ワシも桜見ながら甘いもの食べたいのー」
そんな物欲しげな目を向けたところで演劇部の自分が自由に出歩けるわけではない。
だから誘惑のような春風を心地よく運んでくる窓を閉め、そこに写った自分の顔に向けて
「ハァ」
と溜息をついてケリをつけた。”頑張ろう演劇部。久しぶりに男役もらった美少女少年頑張ろう”ついでにエールを送った。
「うふふ窓際に佇む美少女発見」
と可愛らしい声が聞こえてきたので振り向けばそこには部長の
「あ、加納先輩どうしたんですか?」
加納綾が壁からチラリとしていた。ヨードーは彼女と知り合ってもう一年になるものの、いまだこの人がどういう人なのか良く分らなかった。
時に大人っぽく、時に子供っぽく、時に厳しく、時に優しく、しっかりしてそうで、抜けていて。
そんな評価は部員満場一致だったが、誰も彼女の魅力と演技力には異を唱えなかった。
アヤはおっとりとした目をニコニコとさせながら
「えっとね。アタシ達の出番がタップリ1時間伸びたんだけど、良かったら一緒に回らないかな?」
「え!? ウソ!? ほんとですか!? なんでですか!?」
大慌てしてるヨードーにアハハと笑ってから
「実はね。吹奏楽部の演奏題目って今年は大曲構成ばっかりでしょ? その申請時間を間違えちゃったみたいなの」
目をパチクリとさせている彼に
「そういうことで部員の皆はもう行っちゃったわよ。アタシ達も行きましょ?」
彼は満面の笑みで
「ハイ!」
と答えた。しかしお互いの格好を見てから彼は
「こ、この格好でですか?」
赤面しているヨードーにアヤは
「ハイそうです」
大きく頷いた。そしてそれから
「後ね……」
歩み寄って耳打ち。
毎年のように生徒と来客で賑わう桜花学園の桜祭り。それら大勢の視線は桜花ホールを出てきた二人に瞬く間に注がれた。
華やかな桜色のパーティードレスに身を包んだショートヘアーの美女。そしてその隣には青のタキシードに身を包んだ女性的な妖しさのある美男。
二人ともが自己主張するほどの鮮やかな出で立ちながら、しかしこうして二人が揃ろうことによって調和しより華やかになる青と桜の色は視線を釘付けせずにはおれなかった。
”さすがね。皆ヨードーちゃんのこと見てるじゃない”
アヤのアイコンタクト。普段はメガネをしている部長が今日はコンタクトレンズだ。それだけでも十分な破壊力なのにこの人と来たら
”どう考えてもアヤ先輩ですよ。見られてるの”
赤面しつつも突っ込まずにいられない。
”まー派手に決めちゃったしねアタシ達。後で衣装係の子にお礼言わないと”
そうしてクスリと微笑むその仕草さえ、あくまで衣装に合わせた気品があった。さすが部長。
”でも珍しいですね。今回は僕が男役もらえたなんて”
アヤはクッキリ二重の目を向けて
”ごめんね。どうしてもジュリエットの衣装がサイズ調整間に合わなくて”
どうも合ってたら自分は”ロミオ”が出来なかったらしい。苦笑い。
”あれからほぼ一年だけど、やっぱりヨードーちゃんって男の子なんだね”
予想外の言葉と肩にそっともたれてきたアヤに彼はドキっとなった。
”たったの1年のつもりだったのに背も結構伸びちゃって。衣装がすぐに合わなくなるんだもん”
確かに言われてみれば入学式の時に比べて5cmくらいは伸びたかも知れない。
”でもあれは僕が小さすぎたんですよ今まで。本当はキョウくらいあれば良いんですけど、いくらなんでも先輩にまで負けてたら格好つかないです”
ウィンク、だ。それに
”お、言うようになったじゃないヨードーちゃん”
アヤはまたクスリと笑った。
その照れ隠しとばかりに彼は
”そろそろグランドの中央ですけどやります?”
アヤがさっき耳打ちしてきたこと切り出した。
”そうね。よしやりましょう”
彼女のウィンクに二人はピタリと足を止め、最も視線を集めているであろう今、この瞬間に
「「午後から桜花ホール3階でロミオとジュリエット、開演します!」」
声を揃え、アヤはドレスの両裾を、ヨードーは胸に手を当てて
「「どうぞ御覧下さいませ」」
優雅にオジギした。どよめき。ざわめき。携帯のシャッター音。ひとだかり。二人は頭を下げたまま目を見合わせて思った。
”今年も大盛況!”
「よ~しヨードーちゃん! アタシ達も何か食べよっか!」
と急に素に戻った先輩に一瞬戸惑ったものの
「何でも好きなもの言ってね? 今日はお姉ちゃんのおごり」
ニッコリとしたその笑顔があまりにも素だったから可笑しくて
「はい。ごちそうになります!」
彼もまた可愛らしく笑った。
加納綾、山之内陽動。二人の演技を楽しみにここに来ている来客は少なくない。そして二人はきっとその期待に応えるに違いない。