ルーチェ・シャットダウン
桜咲くメイド喫茶『ルーチェ』の地下施設。VRモニターにてミヤコ、ミレイ、ジュンの様子を伺っているのは、本件の暗躍者たる四人だった。
一人目、それはルーチェの創造主にして天才プログラマーと名高い園田家の末妹。園田美花。彼女は虹色の泡に包まれる三人を見て、重責から解放されたように静かにため息をついた。
「……これでもう、ルーチェの役目は終わりなのです。ジュン先生も、ミレイさんも、ミヤコさんも、きっともう大丈夫。明日からすぐに仲良くとはいかなくても、後は時間で解決できる問題に変わったと思います」
その隣にいるのが二人目。神条桃花。
今しがたルーチェより離脱してきた神条家の次女は、両手を頭の後ろで組み、己の演じた役柄について愚痴をこぼし始める。
「けど、代わりにウチが心配されるんやろな~。この三人にさ。ヒドイよなぁエロノミヤは。ウチにこんな役を土壇場で押し付けるとか、デリカシーとかないんか?」
冷ややかな流し目をする褐色の少女。視線の先には三人目。それは後宮京太郎。ミレイとミヤコが会話の糸口を見つけられるよう、神条桃花に『演技』を願い出た張本人である。
「まぁ、ほとぼりが冷めた頃に俺の方からネタばらしでもしておくよ。お前に『仮想世界でさえ解決不能な悩み』なんてなかったことは愚か、そもそもルーチェに『現実世界で解消できない悩みを解決する』なんて大それた機能はないってこともさ。……しかし、よくこんな大それたペテン思いつきましたね。伊達に恐竜ぐらい復活させてないって感じですか?」
そんな風に話をふられたのが四人目。今回の計画を立案し、裏で全ての糸をひいていた存在。悪く言えば黒幕。良く言えば救世主。しかし京太郎に言わせればペテン師だという彼。真っ白な狩衣姿には不似合いな茶髪。極度な寝不足がもたらした目のクマは壊滅的な目つきの悪さを演出しているが、しかし辛抱強く見れば微かにミレイの面影がある彼。
彼、早乙女京一はあくびを一つした。
「ペテンな。使い方によったら言うほど悪いもんじゃねーぞ。医者が効くといえば水だって薬になるし、神主が『祓った』と言えば憑いてもいない厄が落ちる。それで誰かが幸せになるなら、嘘だろうとペテンだろーといんじゃね?」
「プラシーボ効果、いや、神主っていう家柄を考えたら『おまじない』って言う方がいいんですかね?」
京太郎が言えば、京一はパタパタと手を振った。
「どっちでもいいよ。けど、想定よりも大それた装置になったのはお前の言うとおりだな。うちのミレイが抱えてた悩みそれ自体は、まぁ言っちゃなんだけど他所様の家庭にはいくらでもあるようなもんだ。あるいはそのほかの嬢ちゃんたちの悩みも、珍しくはあるがそこまで深刻なもんでもない。解決策だってマニュアル通りだ。当人同士が本気で怒って、泣いて、笑って、最後はすっきり仲直りさせる。俺達はそのお膳立てをしてやればいい。だから問題は悩みじゃなくて悩んでいる当人にあったわけだ。連中のスペック、それがえらいもんだったからな」
「まぁ、そこは園田家、神条家、早乙女家ですからね。彼女たちが本気で感情を爆発させるなんて、現実でやるようなことじゃない。それこそ本気で取り返しがつかないことになるかもしれないし。だから仮想世界でやらせたってことですよね?」
「いや、まだ見通しが甘いぜ少年。あの嬢ちゃんたちが本気を出したら、たとえそこが仮想世界だったとしても危うい。だからそこの天才プログラマーさんにはお願いしたわけなんだよ。キリの良い所で『悩みは解消した』っていう演出として『七色の泡』で包んでくれってさ。全く恐ろしいわ。仮想世界でも許されない力なんてよ」
言いながら京一が煙草を取り出そうとすると、ミカがそれを見咎める。彼はOKOKという具合に頷いて、それを袖の下にしまった。
「嬢ちゃんたちのもってるモヤモヤを、有りもしない『悩み』のせいにして、そしてその悩みを『解消』したって宣言する。それにうまく騙されてくれたらそれでいい。そしてその確率をあげるためには、装置としてのルーチェに説得力がいるんだよ。仮想世界なんて大仰な舞台を用意した一番大きな理由はそこだ。お前だって思わねーか? 『こんなにすごいものなら私の不幸が解決するかも』って。わかりにくいなら、えっとほら、アレと一緒だ。神社も寺も、豪華な方がご利益がありそうだろ。だから」
――だから、ここまで大掛かりになったとも言えるわな。
京一はそこでため息をついた。
幸福とは何か。
不幸とは何か。
それは実体も形もないものだ。だから永遠に手に入れられないとも言えるし、簡単に解消できないとも言える。けれどもそれは逆に、手に入れられた、解消できたと思い込んでしまえば、それはそれですんでしまうものでもある。
「とはいえ、そう言われてそうですかで済むなら世界は平和なんだがね。なかなかどうして人は厄介だよ。俺もそう、お袋もそう、親父もそう、嬢ちゃんたちもそう。形のないものを、形の世界で求め続けたり、あるいは形の世界から消そうとしたりしてしまう。土台無理な話だ。根底から矛盾してるんだもの。だったらもう、こういうペテンをするしかないだろ」
言いながら、京一はルーチェのVRモニターのスイッチに指をかける。
「形のないものを手に入れるのも、形のないものを消すのも、形のない世界――仮想世界――なら叶えられる、ってな」
人差し指が一つタップすると、仮想世界は現実世界から消失した。そして暗転した画面にうつる己の顔を見て、京一は苦笑した。
「さて。あとは現実での問題が山積みだな」
と。