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ルートミヤコ12:宿命の終わり2

 真っ向から迫り来る滅界の赤刃。

 鬼と忌避され、神と畏怖され、封じるように祀られた斐伊川の霊験。火の神にして水の神たるそれを唯の『切れ味』のみに貶めて、具現化する暴挙の意味は、もはや誰も彼もが理解している。


 ――かけらも残らない。


 視界を染める破滅の一閃(あか)

 怯えるほどの救いはそこになく、故に落ち着いた諦念で見守るミヤコたち。

 彼女たちの手が静かに(むすば)れている。

 人知を越えた災害を前にして、人は祈ることのみ許されるのだ。

 そこに対峙するのが、史上最強の鬼殺(かのじょ)

 園田美雪。

 仕損じて道連れになるのは世界そのもの。故に背負った重さはそれに等しい。

 果たして彼女は怯えているのか。竦んでいるのか。あるいは皆と同じように祈っているのか。彼女の背から伺うことはできない。

 しかし、取った行動の意味は何よりも明白だった。

 彼女は童子切を手放した。

 ついで、目を見開く姉妹たちの前で鞘さえも手放した。

 そのまま彼女は、迫り来る死線にその身を投げ出す。


「なにを馬鹿な!」


 驚愕よりも悲鳴に近い声をあげ、美樹は己の全力でもって斐伊川の一太刀を封じに掛かった。

 辺り一面に赤と黒の火花が弾け、世界が鳴動する。

 大地に亀裂が走り、空を衝撃が駆け抜ける。仮想世界(ルーチェ)にすら許容されないその破壊力は、ただの空振りでさえシステムに過負荷を与えた。

 そこら中に雑音(スパーク)が走り、あらゆる物体の輪郭がダブって見える。悲鳴にはエコーやリバーブがかかり、まるで壊れたブラウン管を見ているようだ。

 解放された二つの力――鬼と斐伊川。美樹の全力を練り合わせて放った破界の一撃。それは存在さえ否定される、暴力という名の禁忌だ。

 そこに、無防備にしても無防備な形で身を投げた園田美雪。

 その姿は史上最強の生徒会長でもなければ鬼殺しでもなく、ルーチェの加護が得られるシャルロットでもなく、ただの少女だった。

 今の彼女を仕留めるのに、こんな大それたものはいらない。今の彼女ならば、それこそ赤子の手をひねるように首を捻ってやれば、それで死ぬ。そして事実、今の美雪はまるで赤子のように目を閉じ、美樹を母として信じきったかように身体を預けにかかっているのだ。


 ――ふざけないでください従姉さん!!!


 美樹は叫んだ。

 あらん限りの力で叫び、そしてそれ以上の力で己の鬼と斐伊川に抗った。全ての意志と膂力を動員し、解き放った暴力を皆無(ゼロ)回帰(まげ)る。

 次の瞬間、自分が砕け散ったって構わない。

 後にどんな代償を支払ったって構わない。だからこの一撃だけはなかったことになれ。美樹の叫びは悲痛にして崇高だ。しかし祈りと呼ぶには程遠い。だって今の彼女は神など信じていない。滅ぼすのが己ならば救えるのも己だからだ。


「――――――!!!」


 叫び声が音にならない。そんな余力なんてない。絶望が心を蝕まない。だってそんな余裕もない。この一瞬に五体を千切り、自我を四散させる。美樹は今ただの抗力としてのみ存在し、その身もその心も、方向と力を持ったただのベクトルになっていた。

 破界の切っ先が美雪の額を割ろうとする刹那、世界が点滅した。

 放散される虹色の烈風と衝撃。飛散する鮮血色の暴力。

 破界の生成と消滅という矛盾事象。法則(ごたい)を拗じられた仮想世界が阿鼻のように叫ぶ。時間と空間はいま、神と鬼の両爪に引き裂かれた。

 厚みを伴う閃光に目が眩み、網膜がネガのように焼かれる。

 ミヤコたちにはその一瞬を目撃することが許されていない。現状を認識できるほどの視力は、今の光に奪われてしまった。

 だから、彼女たちは耳をそばだてた。

 一刻も早く、今の顛末を知るために。


「一体……何を考えているんですか? 従姉さんは」


 ゼーゼーという咳音混じりに美樹の声が聞こえた。

 まず、彼女は無事だったのだ。

 そして今更ではあるが、それを認識した以上、自分(ミヤコ)も無事だ。ならば他の姉妹も大丈夫だろう。


 ――問題は……。


 固唾を呑んで、そして耳に全ての神経を集中させる。


「さて、何だと思う?」


 美雪の声だ。

 その声音にじわりとミヤコの目元が熱をもったとき、美樹が咆えた。


「ふざけないで下さい! いったい何を考えているんですか! 鬼殺しの道具(やすつな)を捨て! 闘気を切って! 力を捨て! あまつさえ真正面からあの一撃を受けにかかるなんて! とても正気とは思えないです! 私が止めなかったら従姉さんは死んでいた!」 


 普段の美樹から考えられないぐらい、彼女は激昂していた。


「いいや従姉さんだけじゃない! この世界が壊れていた! 皆死んでいた! 私が、私が皆を殺すところだった! その意味がわかっているんですか!!」


 微かに戻った視力を凝らして、ミヤコは激昂する主の姿を捉えようとする。

 意に反して、美樹シルエットは膝をついて、手をついて、肩を震わせていた。

 怒っているのではない。

 泣いていた。


「私が全力を出しても! 従姉さんなら止めてくれるって信じていたのに! 全力で受け止めてくれると、そう思っていたのに!」


 美樹は拳を大地へ打ち付けた。

 悲しくて仕方がなかった。悔しくてやり切れなかった。

 全力をぶつけあうと誓った。鬼と鬼殺の宿命を終わらせると合意した。互いを蝕んでいた枷、それがルーチェという魔法により外されて、束の間だけ二人を自由にしたから。

 だから彼女は震えるほどに歓喜した。涙を零すほど嬉しくなった。姉妹があらん限りの力をぶつけていいなんて、そんな赦しを今生で得られるとは思わなかったから。


 ――なのに、それを。


「……それを、従姉さんは、よりによって最低最悪の形で台無しにしたんです……!」


 ――裏切ったんです。

 ――どうして、こんなことをしたんですか。


 震えて嗚咽し始めた美樹に、

 美雪は屈みこむと静かに抱き寄せた。


「ああ、何せ鬼の力を全て解放し、斐伊川の太刀まで払ったお前の一撃だ。鬼殺風情(わたしごとき)仮想風情(ルーチェごとき)では一溜りもないだろうな」


「だったらどうして! どうしてこんなむちゃくちゃなことしたんですか!」


 美雪は迷わず答える。


「簡単だ。お前はどうやったって私達が殺せない――それを理解して欲しかった」


 お前は美樹である前に鬼であると勘違いしていた。

 だから私は、お前が鬼である前に美樹であること。

 それを知って欲しかった。


「怖かっただろう。もしもお前の封じていた鬼が暴走したら、斐伊川の力が暴走したら、私達を殺めてしまうのではないかと。ずっと怯えて、私達から距離をとっていただろう」


 すっと、正体の分からない熱が引くのを美樹は感じた。


「しかし実際はどうだ? 暴走どころか確固たる意志を伴った全力で、あまつさえその両方を解放しても、鬼殺(わたし)が無防備をさらしても、お前は私も世界も壊さなかったじゃないか」


 その言葉に思わず頷きそうになったが、美樹は慌ててかぶりをふる。


「そ、そんなのは詭弁です! たまたま私の全力が鬼の衝動に勝ったから良いようなものの! 斐伊川を抑えられたからいいようなものの! あと僅かでも鬼の力が強かったら! 今頃この世界は――みんなは――」


「いや、美樹。今のが全てだ」


 美雪は少し身体を離して、美樹の目を見ながら言った。


「たとえ世界を破壊するような力を二つ同時に解放したところで、私も世界も仲間も殺すことができない。何故なら、お前が園田美樹だから。その真実をいま確認できたわけだが、まだ何か不満か? あるいは不安か?」


 戦っていて分かった。

 お前が望んでいたのは、全力で戦うことじゃない。

 お前が望んでいたのは、全力で戦っても、大切なモノが壊れないことだ。

 そして、やはりそうだった。

 お前は、どれだけ本気になったって、大切なモノを壊すことができない。

 何故なら、お前は鬼である以前に園田美樹だから。


「その答えに、お前は不満なのか? 美樹」


 少なくとも私は満足だ。

 私の全力はお前に止められたし。

 お前の全力はお前が止められた。

 私達が本気になったって、大切なモノは壊れないんだよ。


 美樹はそれで、己の中にあった火が消えるのを感じた。

 その火は物心ついたときからずっと燻っていた火だ。己の瞳を常に赤く染めていた熾火だ。近づくものは仲間でも焼き、昂って大きくなれば己をも飲み込んでしまう鬼の業火。

 思えばずっとこの火を恐れていた。

 もしもこの火に支配されてしまったら、私は自分のみならずこの世界を、大切なモノも焼きつくしてしまうのだろうか。園田美樹はそのとき、園田美樹でなくなってしまうのではないだろうか。

 だから私はいつだって本気になれなかった。

 心から怒れなかった。

 笑えなかった。

 泣けなかった。

 そんなことをしてあの火が私を包んでしまったら、他の皆を傷つけしまうかもしれないから。

 取り返しの付かないことになるかもしれないから。


 ――でも。


 そんなことはなかったと、今、従姉さんが教えてくれた。

 

 美雪はいつもそうするように己の長髪を手の甲でさらりと流す。


「いや、やっぱり不満かもな」


 と。

 そして腕を組んで斜に構える。


「冷静に考えたらあれだ、なんかお前の方が全部強いみたいになってるな。納得いかない。よし、もう一回やるか? 今度は私が本気で止めにかかるが」


 洒落た冗談ではなく、それなりに真顔で言っている美雪を見て、美樹は脱力した。


「……もうそんな体力残ってませんってば」


「そうか。じゃぁまだ余裕を残してる私の勝ちだな。あと八十八回は月下美人撃てるし」


「それは一回カウントです」


「どっちにしろ私の勝ちだ。一回多いし」


 美樹は可笑しくなって笑った。というより、笑うしかなかった。

 自分でさえ気付かなかった自分の本音を、恥ずかしいぐらい従姉が理解していた。でも何が恥ずかしいかと言えば、本音を見透かされていたことではない。

 こんな彼女がいつも側にいたというのに、己がいつも距離をとっていたという事実だ。


「こんなことになるなら、もっと早く本気(オニ)になってたら良かったですね」


 ひとしきり笑ってから立ち上がり、彼女は言った。

 ささやかな希望も添えて。


「でも、やっぱり今度生まれてくるときは、私は人間の女の子が良いですね」


 ――そしてやっぱり、

 園田美雪の従妹いもうとがいいです。


「従姉さんはどうですか? 生まれ変わったらそのときは、従妹を持つなら、そのときは人間の従妹が良いですか? やっぱり鬼なんてごめんですか?」


 美雪は肩をすくめる。


「さてな。もし来世があって私に従妹がいるなら、鬼であろうと、人であろうとどちらでも構わない」


 けれども、それがミキであったらいいなと思う。


「あるいは私の従妹でなくとも、ミキがいるなら、どれだけ離れていたって見つけるつもりだ」


 お前ぐらいのものだろう? 

 私ぐらいのものだろう?

 二人が、本気マジにやれるのって。


 そう言うと、美樹が初めて笑った。

 クスリと静かにではなく、フフっと大人びてでもなく、やれやれとした呆れ笑いでもなく。心の底から嬉しくて、弾けそうなほどの喜びに突き動かされて、年相応の女の子として破顔した。

 それは見るものを誘い笑いするはずなのに、どうしてかミヤコたちは泣いてしまいそうになった。だってこれが初めて見る美樹の本当の笑顔なのだから。

 自分たちが当たり前のように振りまいていて、浪費するほど使い古してきた笑うという行為が、彼女にとってどれだけ得難いものだったのか。それを知ってしまったのだ。


「あー、スッキリした!」


 美雪が伸びをした。


「さて、これで私がやれなかったこと、そしてやりたかったことは、おしまいだ」


 ええ、とミキはまた笑った。その響きには迷いも躊躇いもない。

 そしてようやく、ミヤコやミレイたちを振り返る。


「後は主役同士で適当に話を進めておいて下さい。脇役はこれで失礼します」


 しかし、それもつかの間。


「あ、それから従姉さん。私さっきの件について異論ありです」


 美樹は虹色の泡に覆われている美雪を振り返る。彼女もまた、虹色の光に包まれながら。


「冷静に考えたらもう一回あれできそうなんで、今度こそ本気で受け止めてもらえますか?」


現実(リアル)でか? 案外と大人げないな美樹は。そんなこと外の世界でできるわけないだろう。いくら私のほうが圧倒的に強くて決定的な勝利を収めるとしてもだな、周りの影響とか考えたらそんなもの、なぁ?」


「いえ、待ってください。ちょっと待って下さい。またなにかが私の中でわだかまって来ました。やっぱりまだ帰るわけにはいかないです。未解決ですこれ」


「あーダメダメ。もうだめ。もうルーチェはお前と私の悩みは解決したって判定くだして帰還時の虹色発光的な演出も始まってるから、もう無理。我慢しなさい」


「いえ、ちょっと従姉さん! ってあれ? そういえばいま従姉さんも悩みって言いましたけど、従姉さんの悩みってなんですか? いえ、なんだったんですか? 私と同じで、本気に戦ったら私を殺してしまうかもっていう不安ですか?」


「ああ、それは不安だな。なにせ私のほうが史上最強だしな。でも違うな」


「やけにこだわりますね。まぁいいとして、教えてください。従姉さんの悩みを」


 美樹と美雪がルーチェから消える直前、美雪は美樹にそれを耳打ちした。途端、美樹は目を大きく見開き、頬を真っ赤にした。そして素っ頓狂な声をあげそうになった彼女の口を美雪が片手で塞ぎ、もう片方の手で「しー!!」。ついでに言えば、これも初めてみる美樹の表情だった。


 ――いったい、何を言ったんでしょうか。メイビー?


 二人の残滓が漂うルーチェを、ミヤコは見つめていた。

 いまだそこら中を走る、海溝のように深い亀裂。

 時折、思い出したようにスパークの走る視界。

 文字通り、世界そのものに刻まれた爪痕。

 これが、たった二人の従姉妹(しまい)の悩みを解決するのに必要な対価だったなんて、一体誰が思うだろうか。

 殺し合い。

 壊し合い。

 途中で笑い、怒り、泣き。

 最後は抱き合い、そして今度は背比べ。

 いったいどんな姉妹だろうか。

 でも、ルーチェはそれを良しとした。それで解決とした。そんな姉妹が現実に戻っても大丈夫。これからまた変わりない日常を、でもいつもと少し違った見方で送ることができると、二人を許容し、祝福した。

 ミヤコは、なんだか少し分からなくなった。


 ――私は、いったい何に悩んでいたのでしょう、マストビー。


 そしてミレイも、自分が何に拘っていたのか忘れてしまいそうになった。あるいはどんなスケールでことに臨んだのかを、見失いそうになった。

 罰の悪いながら、横目にちらりと伺うように、ミヤコを見る。


 ――本当に、私は彼女(ミヤコ)が憎いのだろうか。


 何かを、何かに取り違えていることはないか。丁度、いま目にした美樹のように。最後まで真実が分からなかった美雪のように。私はミヤコが憎いのだと、取り違えている可能性はないか。


 ――もしも、そうだとしたら。


「み……」


 やこ――と、呼びかけようとしたそこで。

 空中を漂っている早乙女ジュンは、このとき想定外の人物に目をつけていた。

 それは、

 園田美月。

 今のところ、少なくともいずれの姉妹からも、何も悩みのないように感ぜられる彼女。その彼女に、いまジュンの目が向けられている。

 そしてその視線に誘われるように注視してみれば、ほんの微かではあるが、美月が震えているのが分かった。

 それはでも、注意して見なければ分からないほんの僅かな心の動揺。

 漣のように静かで、微風の作る葉鳴りのように微かな心模様。

 それを早乙女ジュンが察し、そしてそれにミヤコ達が気付いたのだ。


「あの……早乙女……先生」


 美月が口を開いた。

 重い口調。

 硬い声。

 これも普段の彼女からは考えられない響きだ。

 先の美樹や美雪の件を見たばかりである。故に、ジュンのみならずミヤコもミレイもかたずを飲んだ。いったい、この園田美月は如何なる悩みを抱えてルーチェに招かれ、そしてどのような形で解放されるのか。あるいは、そうたやすく解放が望めぬほど、重大な悩みを抱えているのか。


「話してみて、美月ちゃん」


 もはや悪魔を演じる必要はなし――そう判断したジュンは、本来の己そのままの声で彼女に語りかけた。

 その言葉で意を決したのだろう。

 美月は真剣そのものの表情で言った。

 これまで己が抱えていた悩みを、聞こう聞こうと思いつつもいつも聞けずじまいで、あるいは聞く機会があってもどうしてか怖くて聞けなくて、ずっとずっと抱え続けきた、彼女最大の悩みを。

 美月は胸に手を当て世界に問う。


「わ、私のクッキーって、実はそんなに美味しくなかったりするんですか!?」


 今確実に、時が止まった。

 事実ルーチェのシステムタイマーは停止し、凍りついた空気のせいで世界はモノクロに変じ、登場人物の全てはロダンの彫刻のように石化した。

 どういう副作用か大地は居住まいを正すように亀裂を修復し、空のスパークは冷水を浴びた火花のように消失した。何でもしますからそれだけは許してくださいと土下座せんばかりのリフォーム。

 その効果は現実(そと)にも波及する。

 モニター越しのマリサは頭を両手で抱えて慟哭し、

 バカ熊ことヒロシは早く逃げろ間に合わなくなっても知らんぞとか何とか泣き叫び、

 美少女少年ヨードーは出来もしない魔法を現実世界で発現させ、

 鼻血先輩ことアヤは鼻ではなく口から鼻血というか普通に吐血し、

 ルーチェ管理者たる美花は想定外のエラーを履き続けるルーチェシステムと爆弾処理班のように格闘し、

 帰還したばかりのミキはやりきれない様子で俯き震え、

 ただ実姉たる美雪だけが「何を言っているんだ? うまいぞ」とピントと味覚が麻痺したことを言っている。まぁこの子はそういう子だけど。


「ま、まぁ、工夫の余地は……ね?」


 偉大な言葉は早乙女ジュンより紡がれた。

 桜花学園始まって以来の歴史的快挙。

 ついに言ったぜ、美月ちゃん。

 この瞬間は未来永劫語り継がれることであろう。

 人類が始めて月面を踏みしめた感触に勝るこの至言。あるいは人の子が生まれながらに背負いし原罪を、ただ己の双肩で購った荊棘の聖者。

 崇高なる自己犠牲。

 いまの早乙女ジュンはまさに一つの神であり、歴史であり、そして奇跡だった。


「――そう、ですか」


 ポロリと、真珠のような涙が美月の頬を伝う。

 ミヤコもミレイも、心がチクリとうずいた。そして早乙女ジュンも、掛ける言葉を失したように黙ってしまった。

 園田美月を、傷つけてしまった。

 それは奇跡の対価だった。

 勝利に伴う犠牲の一つだった。

 事実はどうあれ、園田美月に悪意があったわけではない。彼女が姉妹たちに振る舞ってきた手作りの菓子。そこに込められていたのは純粋などk(削除)真心と思いやり。園田美月が唯一の取り柄として、親友たちに尽くすことができるものだと己を割り切った、そんな大切で、そしていじましい愛情なのだ。

 理由はどうあれ、

 真実がどうあれ、

 それを、自分たちが傷つけしまった。

 そしてその役目を、早乙女ジュンが引き受けた。

 やはり、シスターズが彼女を自己犠牲の聖人といま崇めてしまったのは無理からぬ事であろう。誰に責められるものでもないだろう。

 そう。

 たとえそれが、

 決定的な勘違いだったとしても。

 ジーザス・クライストの救済どころか、

 堕天使ルシフェルによる鉄槌だったとしても。


「……嬉しいです」


 そして、それが始まった。

 いつもなら皆の花となる美月の笑顔。

 うつむき加減に見えたその口元に。

 皆の背筋が凍った。


 ――私、

 も っ と 美 味 し く な れ る ん で す ね 


 今確実に、世界の何処かで、何か取り返しのつかない仕組みの――壊れる音がした。


「ふふふふ、相談して良かったです。ありがとうございます先生。これから毎週一回は、皆に味見に付き合ってもらいます。それじゃ、私はこれで。あー、すっきりしました。さよなら~」


  天使も赤らみ花も恥じらうような笑顔を振りまいて、いま、園田美月は覚醒を遂げて現実に舞い戻っていった。余談であるがこのとき、ルーチェから解放されたシスターズ全員が、ルーチェへの帰還を願ったという。

無一文、復帰です。ただいま戻りました^^


以下、武者修行中の二次創作を置いておきます。

思ったより良い出来なのでご覧くださいませ(自画自賛)


http://www.pixiv.net/series.php?id=330122

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