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ルートミヤコ9:火と鉄と水の神

 家を壊して、通りを焼き。

 ビルを爆ぜらせ、地を穿つ。

 仮想の街にそんな破壊をもたらした美雪と美樹の従姉妹(しまい)喧嘩、しかし二人はこれを前座と笑う。序の口だ序の口だと笑いあう。本題はこれより始まるのだと、そんなことを言い合って、時折ミヤコやミレイに目を向けては、『お前たちはこの程度ですまないのだろう?』と、過度な期待を背負わせる。

 ミレイは我知らず一歩下がる。そして、一体これからどんな戦いになるのだろうかと喉を鳴らす。二人はこれほどのことをやっておきながら、しかし顔は未だ全力にあらじと涼しげだから。

 ミレイはそして自問する。つまりだから、最低でも私とミヤコはこれ以上をしなくてはいけないのか? と。

 恐ろしい問いにゾっとなる。

 そんなつもりはない。

 毛頭ない。

 ――自分はミヤコと殺し合いをしにきたんじゃない。

 自分はここでミヤコを見たら、面と向かって罵声を浴びせながら父の死を知らせ、兄の苦を知らせ、家族の崩壊を知らせ、そして泣かせるだけ泣かせたら、捨て台詞を残して出て行ってやろうと思っていた。もちろん展開によっては、一つ二つぐらい頬を叩いて、怒鳴るような局面もったかもしれない。

 でも、でも。

 今更そんな茶番(こと)はできない。

 だってただの姉妹喧嘩とか、ストレス発散ごときを理由にして、先に二人が殺し合っているのだから。それも笑顔で。

 ――そんなことをされたら、いったい私はミヤコに何をすれば良いのだ?

 地面に叩きつけてクレーターをつくる?

 雲を突き抜けるぐらいぶっ飛ばす?

 工場かどこかに突っ込ませて大爆発させる?

 ミレイは、ミヤコをそっと見やる。

 ミヤコもミヤコで、心ここにあらずの様子で美雪たちに釘付けになっていた。

 ミレイは下唇を噛んだ。

 ――バカな。そんなこと出来っこない。

 ではどうして出来ない? 

 自分にそこまで大それた力がないから? 

 否それはない。

 ここはルーチェだ。願えば叶う夢の世界だ。思えば成せる仮想の世界だ。願って出来ないことはない。やってやれないことなどない。自分がその気になれれば、美雪や美樹のマネぐらい出来てしまうだろう。

 では何故できない?

 出来ないのは、そんなことがミヤコに出来ないのは――。

 いや。

 こ れ ま で 出 来 な か っ た の は。

 むしろそうやって、

 全力と思いの丈を、

 ミヤコにぶつけることが出来ていたのであれば


 ――(ミレイ)(ミヤコ)はここまで歪な形にならなかった。

 ――そんな風に殴り合えたら、私たちはこんなことにならなかった。

 ――私は妹と喧嘩できなかった。

 ――私は妹と口が聞けなかった。

 ――私は、


 ミレイの頬を一滴の涙が伝った時に、

 この光景を見ていて気付かなかった感情に気付いてしまう。


 ――美雪と美樹が、羨ましい。

 ――苦しいぐらい、悲しいぐらい、羨ましい。

 ――ねぇ、どうしてそんなに仲良く、喧嘩ができるの?

 

 ぼろぼろと涙が止まらなくなってきた。


 ――喧嘩するってさ、口を聞かなくなったり、さめた目で見たり、無言ですれ違ったりするものじゃないの? 

 ――喧嘩って、眠るように静かで、鉛みたいに重くて、氷みたいに冷たくて、そこにいるのにいないような顔して、それでいて、最後の最後にその空気に耐え切れなくなって、頬をぶったりして関係もろとも粉々して、そうやって終わってしまうものじゃないの? そんな風に関係を壊すものじゃないの?


 ねぇ、どうしてそんなに仲良く喧嘩できるの?

 ねぇ、どうしてそんな風に笑ってるの? 

 殴られてるんでしょ? 

 殴ってるんでしょ? 

 子供の喧嘩じゃないんだよ? 私達いったい幾つなんだよ? 普通絶交でしょ?


 ――バカにしないでよ。 

 

 ミレイは泣き崩れそうになる。

 まるで自分たちの過去のことなど、そんなもの取るに足らないとバカにされてるみたいで、悔しくて、悔しくて、泣き崩れそうになる。 


 そんな彼女とミヤコに、美雪や美樹は動作の一つ一つで問うていた。

 ――私たちは人にあって人にあらずの鬼子だから

 ――それの因果で殺し殺され合った事もあった

 ――けれども私たちは他ならぬ姉妹だから

 ――こうして互いをぶつけ合えば綺麗サッパリ

 ――何もかもが元通り

 ――互いを気安く小突きあえる

 ――だって姉妹ってそういうものだろう? 家族なんてそんなものだろう?

 ――そしてお前たちが修復の叶わぬ因果を背負っていると

 ――そこまでご大層な表情(かお)をするなら

 ――もちろんこの程度ですまないのだろうな?

 ミヤコもそして、ミレイのように一歩下がる。

 殺し合いに至るまでの過去があって、しかしそれをただの姉妹喧嘩で済まし、なおかつその度合が街破壊(これ)ならば、私とミレイは一体どこまでぶつかり合えば、彼女たちの言う本題となるのだろうか。どれほどのことをすれば、過去を悲痛なものだったと肯定して貰えるのだろうか。小さな震えが膝を伝わる。

 ふとミレイを見れば、彼女が泣いていた。

 これまで一度も涙を見せたことのない姉が、泣いていた。

 ミヤコがそれに動揺した時、そしてそれを待っていたかのように、虚空に電飾された光の輪が灯った。

 この世界(ルーチェ)に新たな姉妹が接続(コネクト)された証。


「おや? 今度も二人同時に来たのかしらね?」


 そんなジュンの声を裏付けるように、新たな光輪がもう一つ点った。


「このタイミング、一人は桃花で間違いないですね。後の一人は?」


 美樹が稲妻のような蹴りを繰り出せば


「消去法的に美月だろうな。私の応援に来てくれたのだろう」


 それを掌でしっかりと受け止めて美雪は言う。

 未だ互いに互いで忙しい二人は、中空の光輪二つを横目にして言う。そして彼女たちの言葉通りに、光輪の片方からは小悪魔を連想させるような出で立ちをした小麦色の少女――ティラミスが。そしてもう片方からは新雪のような白の着物に袖を通し、濡れたように黒い帯を締めた純和風の少女――シフォンが、それぞれ淡い光を放ちつつ光輪を潜り抜けるようにして降り立った。

 ティラミス――神条桃花。

 シフォン――園田美月。

 二人に視線は集まる。

 皆が無言に問いかける。

 彼女たちは敵の敵か味方の味方か。

 あるいは敵の味方か味方の敵か。

 何れであろうか。

 憶測が銘々の胸中で泳ぐその中、ともあれは二人はそれぞれ奇怪なものをその手に持っていた。果たしてそれがどんなものか、もちろんミヤコにもミレイにも、そしてジュンにも知る由はない。

 しかしどうやらこの二人、共に結託しているらしく、ここに現れるやいなや互いに目を見て、それから「「うん!」」と力強く頷きあった。まるでこれから『よしやるぞ』と発奮するように。

 一体何をしでかすつもりか、そんな目線をジュンが向ける中、まずはトウカが――ティラミスが、大きな声でミキに叫んだ。


「臼井神社神主碓井貞光より言伝あり!」


 ――碓井貞光。

 その名を聞いて顔色を変えたのは、それを父と呼ぶ園田美樹。それを叔父と呼ぶ園田美雪。そして、それを上司と呼んでいた兄を持つ早乙女美鈴の三人。

 ただし、その碓井貞光の名を神主と飾って呼んだことに、園田美樹が期待に目を輝かせた。そしてまさにその輝きをこそ望んでいたとばかりに、桃花はニィっと好戦的な笑みを浮かべてなお大きな声で叫ぶ。


「毒を以って毒を征すの元! 火と鉄と水の神『八俣遠呂智』を解禁し、『逆巻く斐伊川』で以って眼前の鬼を討つべし!」


 その言葉の持つ意味に美樹は震えたが、

 しかし桃花はなお取り返しのつかぬ事を言う。


「碓井貞光の名のもとに命じる! 美樹よ美鬼に還れ!」


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