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ルートミヤコ8:姉妹喧嘩

 ――夢か(うつつ)か幻か。

 そういう世界もあるだろう。

 ――夢で現で幻で。

 そういう世界は此処(ルーチェ)しかない。


 幼い日と共に忘却された、記憶の彼方の故郷(ふるさと)が、今はこうしてありありと、触れ得るまでにハッキリと。

 ――まるで現実みたいに現れた。


 ミヤコはますます混乱する。


 ――私は昔の夢を見ているのですか、メイビー?

 ――私は昔の幻を見ているのですか、メイビー?


 けれども眼前に広がる光景は、(それ)をありありと否定する。

 今でしか有りえぬ二人(あね)の姿を突きつけて。


 ミヤコは思う。


 園田美雪――お姉様は昔にいなかった。

 園田美樹――姉々(ねぇねぇ)も昔にいなかった。


 するとこれは、きっと。


 ――ただの夢を見ているのですね、メイビー?

 ――ただの幻を見ているのですね、マストビー?


 そういう決着であれば彼女にとって、あるいは良かったのかもしれない。

 これは夢で幻で、今起きていることはみんな仮想の出来事で、現実とは何ら一切関わりのないことであると。

 そうやって理解されるものであれば、あるいはミヤコにとっては良かったかもしれない。


「なんで……あなたがここにるんですか……マストビー?」


 まるで心を芯から冷やされたように、震えて凍えた声を絞り出したのは、他ならぬ彼女――ミヤコ本人。

 そしてそのショックで焦点を失った瞳が捉えたのは、これまで確実に忘却してきた実姉の姿。


「なんで……なんで……ここにいるんですか……?」


 わたしの全てをそいつが否定したから

 そいつの全てをわたしも否定して、

 記憶(かこ)からも現在(いま)からも未来(これ)からも、

 ずっとずっといつまでも、

 綺麗サッパリに抹消したはずの実姉が――。


 ――――早乙女美鈴が。

 そこにいた。

 ルーチェの一員の証たる、コスチュームを身にまとって。

 けれども彼女のドレスは、ゴシックでもロリータでもクラシックでもない。この世界の真実にこそ相応しい、半透明のカバーや精緻なケーブルに電飾されたサイバネティクスなユニフォーム。

 可憐なアンドロイドを彷彿とさせる、有機物と無機物が混在したような衣装。


 ミヤコは呆然とする。

 メイド喫茶ルーチェの中にあってひときわ異彩を放っていた無口な同僚。

 園田美雪(おねえさま)からは『シュトレンだ』と聞かされて、ともにフロアで働いてきた彼女。

 それが果たしてどういうわけか、

 あまりにも早乙女美鈴然としているのだ。

 姿形は見間違いなく見慣れたシュトレン。無口だが無愛想ではなく、そして与えられた仕事は淡々とこなすあの彼女の姿。

 しかし今日は決定的に違う。

 これはシュトレンではない。

 決定的に早乙女美鈴だ。

 ミレイだ。

 

 見間違えようのない、あの目をしている。


 あの時みたいにゴミを見るような目で、わたしを見ている。

 親を捨てたと・兄を捨てたと・姉を捨てたと・家を捨てたと。

 責め・(さいな)み・嘲り・(おぞ)ましくさえあるというような。

 ――そんな氷の目で、

 よりにもよってこのわたしを見ている――。


 早乙女美鈴(こんなもの)が、

 たとえどんな技術を使った所で、

 ――わたしの中から再生されるはずがない。


 それでミヤコは冷徹に、強制的に、この現実を受け入れる。

 ここは間違いなく夢であり、幻でもある世界だろう、しかし同時に。

 ――紛れも無い現実である。

 と。


「そうなんですね……。これが、ルーチェなんですね」


 ミヤコは諦めたように呟いた。

 でもたとえそうであっても、まだミヤコに救いの道は残されていた。


 ここでもし、(ミレイ)から過去の許しや、現在の労りや、未来の分ち合いを提案されれば、ミヤコは救われるかもしれない。

 救われるだけの理由は、これまで彼女の姉や、友人たちが彼女に見せてきたから。

 マリサが、アヤが、ヨードーが。

 人はこんなにも短い時間で、変われるものであると。後戻りできないことなんて、ないと。

 そういう意味でミヤコは、今なお震えつつも心の奥底では、期待をしていたかもしれない。姉が自分に、自分を許す類の言葉をかけてくれるということを。


「ミヤコ――」


 そしてその姉が


「お前に一つだけ聞いてみたい」


 震えるミヤコを見つめながら、口を開いた。

 僅かに残された希望を粉々にする言葉とともに。


「お 前 は 生 き て て 恥 ず か し く な――」


「さて、まずは前座の私達から始めますか? 姉さん」


 と、ミレイの言葉を遮ったのは。

 麗人をコンセプトに装飾(ドレスアップ)されたオペラ――園田美樹だった。

 (くだん)のミレイとともに、ルーチェに接続して現れた、ミキだった。


 視線が集まる中、しかし彼女は我関せずと艶っぽく微笑んだ時、


「ああ。そうだな。さっさと私達の方からケリを付けて、本編を楽しむとしようじゃないか」


 と、にこやかに頷いたのは園田美雪――黒猫のシャルロット。


 ミレイもミヤコも、そして上空(そら)のジュンも、ややポカンとした様子で二人を見ていた。まるで出鼻をくじかれたみたいに。


 ミキは軽い伸びをしながら言う。


「まぁ、あまり私達が引っ張ってもしょうがないので、短期決戦で行きましょうか?」


 と。

 同じく伸びをしながらのシャルロットだが、それに口をとがらせる。


「むぅ、それにはいささか同意しかねるぞ? 私だってこれまで随分と我慢していたのだからな。多少は楽しめないと」


 それにミキが苦笑する。


「気持ちは分かりますが、ほら。私たちって姉じゃないですか? 妹の前では聞き分けよく行きませんか? それに今回の主役はミヤコとミレイです。二人をメインにしてあげないと」


 ――ミレイ。

 ミキはごく自然に、彼女を呼び捨てにした。ミヤコと同列に語り、さも我が妹であるかのように。そしてそれにやや瞳を大きくしたミレイだったが、ミキはそれを爪の先ほども気にかけず、なおミユキへと歩み寄る。

 ミユキは小さく嘆息した。


「姉か。その言葉を出されてしまっては仕方ないな――。やれやれ、これだから長女はいつも損をするのだ。ではせいぜい、今回は前菜(オードブル)ぐらいのノリでいこうか? 前は食前酒(アペリティフ)止まりぐらいだったしな」


 前は食前酒(アペリティフ)。言うまでもなくそれは、初めてルーチェに接続した日に戦ったあの日のことを指している。


「……は~、いつか姉の役得というものを経験してみたいものだ」


「ふふふ、その気持はわかります」


 ミキはクスリと笑う。


「もっとも私の妹の場合は桃花(なおさら)ですからね。そういうのとは無縁です」


「良いのかそんなことを言っておいて。もうすぐトウカもやってくるぞ?」


 美雪は小首を傾げる。


「構いませんよ。その頃には私もきっとリタイアですから」


 自分の役を割り切っているかのような発言をしてすぐ、さらに彼女は冗談めかしに言う。


「一度期間限定でトレードしてみますか? そちらの美月ちゃんあたりと」


「構わんが、しかし後悔するなよ。美月はあれでいて扱いが難しいからな。上品で大人しい、清楚なお嬢様だと思って侮っていては痛い目を見るぞ」


 ――その、色々とな、と。そこでどういうわけか美雪は少しだけ頬を染めていた。ミキはしばらく黙考してから、やがて答えに行き着いたらしく、口に手を当て微かに笑った。


「なんだ。つまりは従姉さんのほうが『大人しく清楚なお嬢様』だということですね」


「お前の深読みはいつか我が身を滅ぼすぞ」


「それは怖いですね。せいぜいトウカを見習うとしましょう」


 と、二人はまるで、ミレイとミヤコの間に流れていた凍てつくような、あるいは張り裂けそうな空気など微塵も存在しないかのように、実に軽い談笑をしながら歩み寄り、そして。 

 鼻先が触れ合うような距離にまで詰め寄った。

 美雪が笑う。


「今度はお前から仕掛けるか?」

「ではそう致します」


 ミキが微笑んだその瞬間

 ミキは美樹から美鬼に還り

 そして黒猫(シャルロット)は弾け飛んだ。


 ミヤコとミレイの見つめるその先で起きた爆発は、構築されたばかりの二人の故郷を一瞬で瓦礫に変えた。

 これから(ここ)で何が起きるのだろうかと、何が始まるのだろうかと、不安と期待でいっぱいに見つめていたそれが、一瞬にして瓦解したのだ。


 ――ミキに殴り飛ばされたミユキの直撃を受けて。


砲弾でも撃ち込まれたように日本家屋の塀がぶち抜かれ、その先にある寺の拝殿まで吹き飛んだ美雪だが、なお勢いは止まらず賽銭箱も内装の畳も、祭ってある仏像さえも貫いて、さらに、木壁を補強する目的で入れられていたアスファルト、そこに蜘蛛の巣状の亀裂を入れつつ、彼女は磔のような形で埋まっていた。

 ミヤコもミレイもジュンも唖然とする。

 その威力にではない。

 その威力を受けて、なお美雪が笑っていたことに。


「あっはははははははは! なんだそのヘタレた正拳は! 空手(おゆうぎ)のし過ぎで腕が鈍ったか!」


 美雪は笑いながらバキバキと音を立てて、壁から抜け出てきた。まるでこんなものマット運動だと言わんばかりに。

 そしてミキは既に拝殿内まで歩を進めており、ミユキと対峙して


「姉さんこそ、柔道(あそび)さえままならない様子じゃないですか? 初歩の初歩たる受け身が出来ていませんよ?」

 

 と、そうミキが肩をすくめて見せた瞬間、今度は彼女が消失し、入れ替わるようにしてその場に美雪が立っていた。

 直後に爆音。

 円形状の突風。

 黒猫はその流麗な黒髪を腕でサラサラと流してから、

 切れ長のその目を後方に流す――。


「何を言っているのだ? 護身(うけみ)は弱者の詭弁だという暴言、お前には聞かせていただろうに」


 と。その視線の先には、やはり美雪と入れ替わるようにしてミキが、否、拝殿を貫通して裏庭の塀で、彼女は(はりつけ)になっていた。

 そしてそのままの姿でミキが言う。


「やはりルーチェは素晴らしいですね。こうして従姉さんに殴ってもらえるなんて、現実ではありえませんから」


 磔になっているミキに、美雪は怪訝な目を向けて腕を組む。


「殴った? おかしなことを言うな。私は妹可愛さでお前を撫でてやっただけだ」


 ほぼ同時、彼女の背後で寺は崩れ落ちた。


 ミヤコとミレイとジュンの実家は、そんな感じに崩落した。

 ショックで目が点になってる三人。

 ――しかしそんな三人なぞお構いなしに、

 二人の前座は進行する――。


「では、これより可愛い妹からのおねだりです。どうかブって下さい」


 ミキが笑う。


「そうか、では可愛い妹のおねだりだ。聞いてやる。これからブツぞ」


 ミユキも笑う。


「ありがとう。そして可愛い妹からもう一つおねだりです」


 言いながらミキが塀を破壊して抜け出して、


「私もブっていいですか?」

 

 と斜に構えれば


「まさかお前、さっきのは撫でたと言いたいのか?」


 美雪は冷淡に微笑む。


「いいえまさか。妹が姉を撫でるだなんて、そんな生意気なマネしませんよ」


「ほう、では何をしたのだ?」


「親愛のボディタッチです」


「普段スマートなお前にしては下手くそな言い回しだな」


「返す言葉もございませんね」


「結論も出た所で早々に殴りあうか」


「賛成です。なにせこれ前座ですから」


 そうして二人は、喧嘩というにはあまりにも破壊的な従姉妹喧嘩(しまいげんか)を開始した。残像さえも置き去りにし、物理法則を戯言と笑い、万有引力を屁理屈と嘲るような天も地もお構いなしの衝突が、そこかしこで炸裂する。

 道路面がめくり上がり、電柱がなぎ倒され、民家が吹き飛び、路駐の車は炎上する。ジュンもミヤコもミレイも目で追えない。視界に捉えたと思えば既に事後、新たなところで炸裂音。目にとまるその余波は大気を鳴動させる円形型の衝撃波(ソニックブーム)。ドン・ドン・ドンという視界を屈折させる爆圧が、アトランダムに発生し、その一瞬にだけ二人の躍動する影が掠めた。

 ミヤコにもミレイにもジュンにもわかっている。これは仮想の世界であり、現実の世界ではないと。だから何が起きてもおかしくないし、何を起こすことも不可能ではないと。だから実際、演劇部員でありろくな戦い方を知らないアヤやヨードーは、魔法や超常を駆使して健闘できたのだ。

 つまりそれらすべての不可能は、ここはルーチェだからで説明責任が果たされる。ルーチェによる補正で可能になる、それで説明責任が果たされる。

 ――けれどもこれは違う。

 ミレイは繰り広げられる破壊に喉を鳴らした。彼女にはわかっている。この戦いがルーチェの補正によって成立しているのではなく、ルーチェの抑制によって成立していることが。

 ミユキの破壊(これ)も、

 ミキの破壊(これ)も、

 全てルーチェのお陰で、

 その程度で収まっているのだ。


「む、無茶苦茶じゃねーか……」


 ジュンが自失に喉を鳴らした時、遠景のビル一棟の屋上で火があがる。

 なんぞと目を向けたその瞬間、ビルの側壁が爆発し、そこから人間大の火の玉が吐き出された。

 落下し、地上で爆ぜると火の玉は、そのまま狂ったように道路面を溶解させながら乱舞し、目貫通りを焼き焦がしながら蹂躙した。溶解した路面の軌跡には炎が疾走(はし)る。

 ミレイはそのあまりの光景に本能的危機を覚えて逃げ出したくなったが、ミヤコの手前、なんとか衝動を堪えて足を石にした。

 そうして爆ぜる火球に目を凝らせば、かすかに人型二つが殴り合っているのが見える。そしてそれが美雪(あいつ)美樹(あいつ)だと認めた時――、

 わかっていながら「ウソだ」とうろたえた。

 そして閃光。

 そして突風。

 そして爆鳴。

 ミレイは悲鳴をあげた。


「おいおいミキ、いつまで加減してるんだそれでもお前は鬼の末裔か?」

 

 呆れたような美雪の声にミヤコは伏せていた顔をあげる。


「姉さんが手を抜き過ぎるからです。これじゃ前座失格ですよ」


 苦笑するようなミキの声にミレイも顔をあげる。


 するとそこには巨大なクレーターができていて、その最深部で美雪が裏拳を繰り出し、美樹もそれに合わせるよう裏拳を繰り出して、互いを制止している姿だった。

美雪が冷淡に笑う。


「まぁ手を抜いていたのは認めよう。妹の手前もあるから上品にいかなくてはと気を使ってな」


「お互い良くないくせですね。前座の仕事は盛り上げ役でもあるというのに、私達が『やらかさない』とミヤコもミレイも力を出しにくいでしょうに」


「バランスが難しいところだな。どこまでが盛り上げ役の範疇でどこから先がメイン喰らいになってしまうのか」


「いえいえその心配はないですよ姉さん。私達がやってるのなんて、所詮は単なるジャレ合いですから」


「なるほどな。つまり『言葉に出来ないほどの積年の恨み辛み』とやらがあるらしいミヤコとミレイに比べれば、まだまだこんなものは序の口に過ぎなくて、私達ごときがいくら派手に暴れまわった所で片腹痛しということか」


「そういうことです。だからさっさと全力でやって終わらせませんか?」


「そうだな。こんなお遊びは終わらせて早くメインに行こうか」


 そこで二人は、同時にミヤコとミレイの方を向いて言った。


「「いったい、二人の邂逅ではどんなすごい■■■合いが見られるものか」」


 と。

 そしてこのときこの瞬間。

 確かに震えは、ミヤコばかりでなくミレイも襲った。


 しかしただ一人、

 ジュンだけがその光景に、

 ひっそりと微笑んだ。


 ――とんでもない荒療治もあったもんね、


 と。


 ちょっとだけ、冷や汗しながら。

無一文あらためソラネコです。こんばんわ


相変わらずこのお話は牛歩どころか栗の木レベルの進行速度ですね。


桃栗3年柿8年、るーちぇ3年


そんな観察していても見えない程度の動きではありますが、

ちびちびと枝は伸びてはいるので


忘れた頃に見に来てもらうのがベターだと思います。


それにも関わらずマメに来てくれる読者さんもいらっしゃるわけですが


なんというか、その御蔭でルーチェは枯れないのだと思います。


ほんと、つくづくそう思います。


少しずつ新しい生活にも慣れてきたので

執筆速度はあがるとおもいます。


ではではまた次話でお会いしましょう^^

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