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ルートミヤコ7:二人のリタイア

 如何なる臨場感と現実感が伴っても、所詮これは造り物に過ぎない世界である。

 隠すこともなく、悪びれもせず。むしろそれを彼女たちにマザマザと見せつけるかのように、ルーチェの世界は大きな変質を開始した。

 それはまるで、並べられたトランプをパタパタと裏返していくように、リズミカルで滑らかで、ハッキリと潔のよい変質。

 大地がパタパタパタと、

 パタパタパタと、

 まるでカードのように裏返されていく――。

 絨毯のように広がっていた花畑が、硬質なアルファルトの地面へと。みるみるうちに裏返され、様相を変えていく。

 自然世界から人造世界へ。

 この変質は彼女たちに、少なからぬ混乱を与えた。

 目の前であからさまに変わっていく情景に、ミヤコが目を瞬かせている。

 

 これまで見ていたありえないほどの花畑は、紛れも無い造り物の世界。ありもしない、ありえもしない幻想の世界。圧倒的な現実感に驚きこそすれ、そこに混乱はなかった。

 そして実際、この天国のような世界は造り物であるからこそ、こんな滑稽な勢いでパタパタと裏返り、否定され、変質しているのだ。


 あまりにも見慣れた、現実の、あの場所へと。


 広がる道路面。歩いた記憶がある。

 急速に地面から突き立っていく家屋やビル。眺めた記憶がある。

 

 ―――そして。

 あの、おいえ


 私は知っている。

 私はここを、とても良く知っている。

 

 記憶と寸分違いないあの場所へ、パタパタと裏返されていくこの変質。

 それはミヤコに、こんな混乱を与えてしまった。

 

 幻想世界から、現実世界に変わっているのですか?

 ――メイビー?

 と。


「ミヤコ」

 ミユキの声が、彼女を混乱の波から引きあげた。

「見覚えのある場所のようだが、今は集中するんだ」 

 ミユキの周囲を警戒するような横顔、それを見上げながら、ミヤコは問いかける。

「集中……、なににですか……お姉様?」

 それは麻酔を受けたように、どこか曖昧な語調だった。寝物語を聞く幼子が、その続きをせがむような声。ミユキが彼女に口を開きかけた時、

「さてさてお前ら、これから始まるのがルーチェのメインイベントですよ。死ぬほど楽しみやがって下さいね?」

 ジュンの声が響いてきた。

「招待したつもりが招待されていた。企画したつもりが企画されていたっていうビックリイベントですよ~」

 ミヤコは彼女を見上げ、そして次に自分たちを見た。

 宙から嘲笑気味に見下ろす早乙女ジュンの、挑発するような言葉を聞く余裕は、けれどもいまのミユキたちにはない様子だった。

 アヤもミユキも、ヨードーも自分ミヤコと背中合わせで、互いの後ろをかばい合うようにして、世界の変質が波のように迫ってくるのを、じっと睨んでいるのだ。

 ミヤコはそれですぐ、これがただならぬ変質だと理解した。

 外側からザーっと、パタパタパタと世界の中心じぶんたちに向け、迫ってくるそれを、みんなが警戒している。けれどもそれは、なぜ?

 ジュンは彼女たちに語りかける。

「これからの催し物は現代戦なんで、ルーチェはお花畑から模様替えです。私と私の可愛い娘にとっては思い出の場所ですが、みなさんにとってはきっと初めての場所でしょうね」

 ミヤコは目眩が少しだけした。額に手を当てる。思い出の場所、そう、これらは実際に存在する場所なのだ。

 まるで早回しでも見ているような勢いで、次々に生えてくる建造物達と、次々と駆け巡っていく道路達。そのどれもに、おぼろげな既視感がある。自らが、実在すると主張してくる。

 けれども、これらは現実ではない。

 目眩がする。

 過去の記憶が現在いまの記憶を侵食するようで。

「ちなみにその裏返ってくる地面には死んでも何があっても触れないほうが良いですよ?」

 ジュンの語る口調はとても朗らか。しかしながらその内容は、完璧に口調と相反し、

「あの変質。ゲームやPCで言えば裏領域や基本システムに関わる部分ですからね。そこに余分な干渉があると世界がバグりますんで、本気で飛び越えやがって下さいね」

 ジュンはそこで口端をグイと釣り上げるように笑い、目を大きく開けて真実を告げる。


「さもねぇと、お前らの脳が死ぬぞ?」 


 ――リアルでな。


 顔色変えたのはミルフィーユの名を持つ――山ノ内陽動だった。一瞬にして血の気が引き、さっと引き潮のように顔が青ざめ、その瞳孔までが一瞬、怯えに小さくなっていた。

 ジュンはもちろんそれを見逃さず、その光のない瞳で見下ろして、

「まさかまさか。この世界は仮想世界だからどれだけここで無茶な現象が起きようとも死ぬような目にあおうとも、現実の自分の身体は無傷で済むから大丈夫だ、なんてヌルすぎる考えで首を突っ込んだ美少女少年ははいねーわなぁ?」

 彼の顔からいっそう血の気が引く。そしてその彼に向け、変質の波が一層加速して迫ってくる。アヤが小さく、「大丈夫よヨードーちゃん」と言った。しかしそれが届いているかどうか。

 ジュンがヨードーを見下すように見下ろしつつ、

「ゲームだってPCだって、イジリかた間違えたら本体がイっちまうのはゲーマーな貴方ならわかってやがりますよね? それと一緒。この仮想世界ゲームはお前らの頭が本体なわけだから想定外の挙動させたら、」

 ジュンが可笑しそうに笑って言った。


「 ほん たい が 焼 き 焦 が れ る ぐ ら い あ り え る ぜ ? 」


 世界が遠のくような感覚さえした。

  

 ――絶対に飛ばなきゃ。


 思えば思うほど、足が震えてくる。

 迫ってくる波が、ワシだけ早いような気がする。

 高いような気もする。

 変じゃ。


「付け加えるぜ?」


 先生ジュンの声。


「一人しくったら連帯責任みなごろしになるから、死ぬ気で超えろ」


 頭が白くなる。


「専守防衛だけで身を守れるほど、ルーチェは甘くねぇぞ」


 意識がいっそう、遠のく。

 遠のく先に、悔悟が見えた。

 自分の悔やむべき本質が、浮き彫りになった。


 ――専守防衛か。


 今更を、心のなかで呟いてしまう。

 ワシなんかが来たのは、やっぱり大間違えじゃったか。と。


 思えばそう、先生の言うとおり。いつも専守防衛たにんまかせだった。

 自分でこれと決断し、自分から積極的に攻めたことが、いくらあっただろうか。

 ある日の休み時間、教室で、この過ぎていく毎日がふと気になって、漠然と周りを伺ったことがあった。自分はこのままでいのかと、とりとめなく思ったのだ。そして自分と彼ら彼女らを見比べたら、自分同様、ごく平凡で平和そうで、そして大きな問題など何もないように思われた。

 彼ら彼女らと、クラスメイトたちと、自分は同じ感じだ。

 そうして何となく、自分は同じ『流れ』に乗って来ていることを確認したら、理由もわからず満足し、深く考えず、ただそれだけで良しとしてしまった。

 今思う。

 ――流れに乗っているのではなく、

 ――流されているのに、

 ――知らぬふりをしていた。

 のではないかと。

 でもそれは、多かれ少なかれ、誰にだって該当する部分なのかもしれない。

 既定路線のように義務教育を過ごし、流れるように高校にも入り、その後も、なんとなく『普通に』大学に行くのだろうと、そう無意識に予測し、疑問を抱かず当然と受け入れ、成り行きに任せる。

 そういう土壌に育つ自分たちには、むしろ自分で決定する自由チャンスを得るほうが難しいのかもしれない。

 専守防衛たにんまかせでないほうが難しいのかもしれない。


 ――そうじゃない。

 ――そうじゃないんじゃ。


 目を背けている自分がいる。


 他人任せ?

 ありふれた疑問に置き換え、目を逸らしている。

 

 『他人』任せって、

 じゃぁ、



 ――『誰』に任せていたの?



 ああ、変質の波が迫ってくる。 


 演劇部に入ったのだって、『アヤ先輩』に言われたから。

 女性役を引き受けるようになったのだって、『アヤ先輩』に言われたから。


 ルーチェに入ったり、みんな一緒にこうしているのも、これもキョウや『アヤ先輩』に言われたからで、とくに『アヤ先輩』に言われたから。

 それは確かに、キョウやミヤコ嬢を助けたいという気持ちはあったけれど、これだってもし、『アヤ先輩』に「ダメ」と反対のことを言われたら、それを押してでも参加できるほど、強い力があったかどうか。


 ああ、

 そこに行き着いて、脱力する。


 ワ シ に 意 いみ が な い 。


 震えが止まった。

 萎えたのだ。

 自分に。

 

 俯いて、嘆息する。


 意思いみのないワシに、

 あれを飛び越えるなんて、

 ムリじゃ。


「勘違いしちゃいけないんだぜ? ヨードーちゃん」


 『アヤ先輩』の声だ。


「アタシはいろいろな局面で、決断のトビラの前までヨードーちゃんを案内したことは、ほんっとに数え切れないぐらいあるけれどさ」


 ――ドアノブまでヒネってあげたことは一度だってないんだから。


 ――トビラを開けて入ったのは、ヨードーちゃんの意思いみだよ。


 振り返ると、『アヤ先輩』が笑ってくれていた。

 『アヤ先輩』が、笑ってくれていた。


「それでも不安ならさ、ヨードーちゃんが頼ってくれてるこのアタシが、ヨードーちゃんのこれまでのすべての行動を、このアタシが保証してあげる」


 それ全部、ヨードーちゃんの決断だよ。

 

 ヨードーちゃんの意思いみだよ。


 ヨードーちゃんの、自己責任!!


 ビシ! っと指をさしてきて、彼女は言った。

 この、命のかかった土壇場で。

 悠長にも。


 じわっと、目端に涙が玉を作った。可笑しくなったのだ。


「ふふふっ」


 このとき、ワシは今更になって、

 演劇部という立場にいながら、今更になってようやく理解したから。


 意思いみを覆すほどの、

 言葉セリフの力を。

 それこそが、毎日練習していたセリフの力だと。


 『アヤ先輩』のかけてくれた言葉の、なんとありふれて陳腐なことか。

 すべての行動を保証だなんて、なんと無責任な言葉セリフなのか。


「ふふふっ」 


 可笑しい。

 本当に大仰だ。

 大風呂敷だ。

 そしてそれをアッサリと『アヤ先輩』は言った。


 でもそこに、ワシは根拠も保証もいらない。


 一切いらない!

 

 そんな不純物、アヤ先輩の言葉には必要ない!


 クソ食らえじゃ。


 そしてもう、目はそらさない。


 他人任せ なんじゃなくて ワシは アヤ先輩任せ だった。


 その理由だって明白だ。


 そしてここは、


 他はいいけど、ここだけは絶対に、


 アヤ先輩に任せちゃいけない部分だと。


 ワシは思う!


「アヤ先輩!!!」


 顔を上げ、目前まで迫った波を睨みつけた。


「おお!! ヨードーちゃん復活ね!! なに? でもいまお姉ちゃんとちょっと忙しいからMAXで2言ね!」


 十分!


「これが終わったらワシ――、」


 ア ヤ 先 輩 に 告 白 し ま す か ら ! !


 残り三人、みんながヨードーの方を振り向いた。でもすぐにまた真正面を向いた。


 ミユキが吹き出した。

「うわーー、青いな山ノ内! すっごい青いな! でも私はそういうの大好きだ!」


 ミヤコがそれに吹き出した。

「お姉様! まだそのセリフは早すぎですマストビー! そして頑張れヨーヨー!」


 アヤも笑っていた。苦しそうに笑っていた。ヨードーは彼女の笑い声で耳まで真っ赤だった。

 でもアヤの目端に小さな涙があった。

 彼女は先輩の意地で笑っていたけれど、心の内ではただ嬉しくて、そのせいで涙が出ていた。


 ――告白トビラの前までは確かにお姉ちゃん、コッソリ案内しちゃったけどさ!


 ――なにも、蹴破らなくたっていいじゃない!


 笑いも涙もこらえる。


「で、アヤはどうするのだ? 山之内が男を見せたぞ? いきなりな!」


 吹き出しそうになる。アヤは心中で叫んだ。ユキたんのバカ!! と。

 でも、ここで凡百な返事は許されない。

 はい か いいえ か。そんな返事は許されない。

 演劇部部長としての意地がある。

 先輩としての意地がある。

 お姉ちゃんとしての意地がある。

 見せてあげましょう、部長としてのセリフを。


 言葉の力を!


 パタパタパタと変質の波が目の前まで迫ってくる!

 皆が身構えた!

 そして言う!


「ヨードーちゃんそれ死亡フラグ!」 

 

 みんなが無事に、それを事も無げに、笑いながら飛び越えてみせた。


 ただしその内二人は、ルーチェに留まる権利を失格して、アスファルトを踏むことはなかった。


 その消失を、残った二人はまだ知らない。

 それをこの世界で、ただ一人だけ知るジュンが、誰にも知らない笑顔で言う。


「くっつくの遅いのよ貴方達は」


 入れ替わるようにして、新たな二人がルーチェに推参した。


 ――園田美樹

 ――早乙女美鈴


 二人並んで、

 残った二人の、敵として。

どもども、無一文です^^


えー、カップル成立でしょうか(爆)


世話焼きの先生もいたもんですね。


次回は姉妹対決始まります。


ではではまた^^


コメディどうしたテメェ!? 

という読者様、宜しければこちら御覧ください^^

http://ncode.syosetu.com/n6726bh/

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