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番外編

今回は少しのキャラ紹介と用語紹介をしようと思います^^


登場人物1


ヒロイン:

八雲マリサ(ルーチェ名:フィナンシェ)

コバルトブルーの瞳と赤毛ツインテールがトレードマークの女の子。アメリカ人とのハーフ。陸上部キャプテンで現在17歳。学園内で勝手にファンクラブなど設立されている美少女。

後宮京太郎の幼馴染にして『幼馴染は破壊神』のメインヒロインであり、初期は俺娘とツンデレ担当。

身体能力が極めて高く、道路面程度ならば簡単に『むしり』とれる程の握力があり、その力で放たれる喧嘩空手の正拳は『破城鎚』の異名を取る。

最初は後宮京太郎にヘソ曲がりな好意を寄せていたが、最近は直球気味。少々気分屋なところがあるが、自己犠牲の心が人一倍強い。胸の成長に悩みがあるらしい。


シンシア・フリーベリ(ルーチェ名:???)

今作未登場のヒロイン。初登場は『幼馴染は破壊神』。マリサの空手の兄弟子であり、少し前までは八雲邸でメイドを務めていた。イギリスでは死神リーパーと呼ばれた過去も、マリサの義姉であることも、そしてマリサの本名の秘密も、マリサの幸せを考えて一人胸に秘めている。

戦闘スキルは全登場人物中随一。古今東西の武器に精通しており、とりわけ火器の扱いは一級。しかしながら独自の美的センスにより、彼女がここぞで用いる武器はピアノ線。これまでの勝率は99.99%であり、100でないのは園田美雪につけられた一敗のみ。


園田美雪(ルーチェ名:シャルロット)

流れるような黒髪と怜悧な美貌が特徴のお姉様。柔道部主将にして生徒会長。18歳。『史上最強の生徒会長』のメインヒロイン。斬デレ担当。

武神と畏怖されるチートキャラで武力討伐は絶望的。常に持ち歩いている朱塗りの鞘は天下五剣が頭領、『童子切安綱』。銃刀法違反ばっちこい。剣の渾名にもなる抜刀術『月下美人』は刹那に八十八閃。

正々堂々・真っ向勝負という言葉が似合いそうだが、実は策謀を巡らすのが得意。時には味方をも欺いて大事を為したりする。

完全無欠なようだが弱点は親父ギャグ。笑いの沸点が低いので、案外あっさり笑い死にするかもしれない。サワガニとミヤコが好き。同学年のアヤは大親友。

*:園田美雪のキャラ絵は語り部のツイッターアイコンにしてます。絵師様にここに最大の謝辞を送ります。


園田美月(ルーチェ名:シフォン)

園田家の次女であり、オレンジ色の大きなリボンがトレードマークの女の子。主人公京太郎による脳内通称はポニーテールの女神様。小柄でスタイルが良く、見た目も性格も可愛く女の子らしい正統派ヒロイン。初登場は『桜咲くここは桜花学園』。現在17歳。料理部部長でありヒロインでは数少ない非戦闘員の一人。

仲良くなると彼女自らが丹精込めて作ったクッキーがプレゼントされるが、好意を受けるのも自己責任という非情な現実を教えてくれる。不味いわけではない。彼女の名誉の為最後に断っておくと、お料理上手。

精神年齢が高く、時には長女の美雪さえ男女のネタでからかって赤面させたりする。ちょっと早熟かもしれない。

実家である園田神社で基本的な業務をこなしているのは彼女で、そのせいでオフの日はよく巫女衣装か和装で過ごす事が多い。夕暮れ時は高確率で竹箒を持って神社の階段にいる。安綱の手入れなんかもしたりする。実は御払いも出来るので、最近ツイテないなと思ったら彼女に相談してみると良いかもしれない。お土産にクッキーもくれるよ。


園田美花(ルーチェ名:???)

園田家の三女にして園田神社の正統後継者。頭に結び目のあるカチューシャスカーフと『なのです』口調が特徴の女子中学生。天才少女。とりわけ情報通信関連に造詣ぞうけいが深く、ネットワークに接続しているあらゆる端末へのクラックとハックが可能。

今作の『ルーチェ』の設計者であり、巫女修行で全国行脚をしていたのだが、ミヤコとその家族関係の事情を美雪から聞き、急遽内緒で戻ってきた。

ちなみに園田三姉妹のヒエラルキーはジャンケン関係であり、美雪は美月に逆らえず、美月は美花には逆らえない。しかし美花は美雪にはいつも言いくるめられてしまう。


後宮京(ルーチェ名:エクレア(エクレール・オ・ショコラ)

栗色のミドルヘアと一房のアホ毛、クリクリとしたウルシ黒の瞳が兄に似た後宮京太郎の妹。でもみんなの妹。メイビー? 17歳。電波ソング担当。マストビー!

初登場は『幼馴染は破壊神』、登場当時に何故か兄京太郎と身体が入れ替わるという怪事が起き、そのとき、主人公は事情を知らない某ヒロインから『単に京太郎が女装しているだけだろう』とタカをくくって下腹部を触られ、あるべきものがなかったため尻もちをつかせたことがある。あったらあったでどうするつもだったのか。

ヒロインの例にもれず身体能力が高く、しなったムチの様に放たれる蹴りは音速を破り、その威力は水銀のムチのように重い。性格は人懐っこく慢性的な寂しがりであり、母性本能を刺激する事にかけては他の追随を許さない。彼女の上目遣いは年下の美花でさえ庇護欲にかられるという最早マジナイの域である。アヤなら出血死する(鼻血的な意味で)

しかしそんな幼い雰囲気と相反し、見た目はマリサやミヅキに並ぶ年相応の美少女でありスタイルも良い為、つまり異性はたまったものではない。


用語1

ロストワールド事件

シリーズ三作目『史上最強の生徒会長』の終盤に起きた事件。某組織団体が科学技術の粋を集めて恐竜を蘇らせ、それらを展示物としたテーマパーク『ロストワールド』にて発生。開園早々にツアー中のバスが何者かに爆破されたり、セキュリティシステムがクラックされたり、恐竜が脱走するなどの大きなトラブルに見舞われ、閉園へと追い込まれた。

しかしながら起きた事態の重大さに比べて問題は不審なぐらいに早く収束し、また解決状況も多くが秘匿されていた為、トラブルは初めから仕組まれていたのでは? という疑惑が今も残っている。

テーマパーク設計者の目的も、恐竜復活の方法も、真相は今もって謎に包まれているが、この件には園田利恵(桜花学園学園長)が深く関与していたとされる。またこれを機に、八雲邸でメイドを務めていたシンシア・フリーベリが失踪してしまう。


ルーチェ

園田美花が精神医療を目的として開発した医療端末、あるいはその施設の総称。同名の喫茶店の地下に設計されており、開発には莫大な予算がかけられている。スポンサーは現在不明であるものの、設計者の美花やその主な対象者であるミヤコに近しい人物であることが推定される。もちろんお金持なのだろう。

開発費こそスポンサーからの援助で賄う事が出来たが、しかし維持費ランニングコストも同様に高価である為、それを補填する為に催された企画が『桜咲くメイド喫茶ルーチェ』。学園のヒロイン達がエプロンドレスに身を包んで持ち前の愛らしさと料理スキルを振るい、得られた利益を維持費に当てている。

高性能シミュレーターとしても機能する為、設計途中に一度その内部技術が流出し、過去にとんでもない事件を起こしたらしい。


一旦この辺りで。次回は通常通り続きとなります。

折角なので、以下に期間限定で掲載していた『桜花学園の日常』のお話を置いておきます。純ラブコメ。宜しければどうぞ^^



-----キリトリ線-----



 山之内陽動が男子にも関わらずセーラー服で登校しているのは何も彼に女装趣味があるからではない。男装の女子がいると常にヒソヒソと好奇の眼差しにさらされるぐらいならば、いっそ女子が女装していると勘違いさせて置いた方がまだ気が楽だからという気の毒な理由からである。

 ではそうするとヨードーは女の子として見た場合に可愛いのかと問われると、可愛いというよりむしろ色気があると答えた方が相応しい容姿なのかも知れない。弓なりの眉や泣き黒子のある大きな目に、大きくカールした濃いマツゲ。スラっとした手足に乳白色の肌。醸し出される雰囲気を動物に例えるならばタカビーな姫猫と言う感じである。

 しかし見た目がそうであっても内面はごくごく普通で、言葉遣いこそ時代がかっているもののそれを除けばやや押しの弱い少年という具合である。

 そんな山之内陽動は今、放課後の食堂の一席に腰を降ろし、後宮京太郎を相手に恋愛相談などしていた。意中の相手は彼ヨードーの所属する演劇部の部長である加納綾である。

 キョウタロウは彼の悩みを一通り聞き終えてからアッサリと結論に達し

「率直に言うぞヨードーちゃん」

 と言えば、ヨードーはやや予想外に早いタイミングで切り出されそうである結論の前置きめいた言葉に

「な、なんじゃキョウ?」

 やや緊張にその身を強張らせた。コクンと喉までがなる。そしてそれに、キョウタロウはキッパリと言った。

「お前がフラれる要素ないだろ」

 と。

 山之内陽動としては安堵よりむしろ拍子抜けした。恋愛相談で早々に結論を出されるのは大抵において望みがない場合であり、セリフとしても「諦めろ」が定番である。しかしだから彼は拍子抜けしてからすぐ後に疑問が湧いて来て眉根を寄せ

「なぜそう言えるんじゃキョウ?」

 そう尋ね返した。しかし後宮京太郎としてはそれこそ、逆に山之内陽動にそう思わない理由を聞きたかった。同じ建物の同じフロアで部活をやっている影響もあって、キョウタロウはよくアヤとヨードーの二人を目にするのだが、傍から見ればそれはもう恋人以上にベタベタと仲良くしているのである。飲み物や食べ物一つとっても関節キスなどと突っ込むのさえアフォらしいレベルで回し合いしているし、ヨードーからはないにせよ少なくともアヤからは人前でも平気で彼の背中に抱きついたりしているし、他にも手を繋いで学園内を練り歩いてるのをキョウタロウが見かけたのは二度や三度ではない。また二人の関係が伺えるのは学園ばかりでなく、猫猫坂の商業施設においても二人の組み合わせは良く目撃されている。風の噂によると互いの私服選びをしていたり、恋人同士専用な1ドリンク2ストローで楽しむストロベリーな飲み物を喫茶店で楽しんでいたり、あるいはどういうつもりかペアリングなども購入していたそうな。

 キョウタロウはその事を逐一と言い、それを面と向かって聞かされて赤面している美少女少年に改めてこういう結論を下した。

「これはむしろ付き合っていないって言う方がおかしいレベルだろ?」

「じゃ、じゃがなキョウ」

「滅ぼしますよ?」

「ふぇ!?」

 一方で山之内陽動の言い分はこうだった。今しがたキョウタロウが指摘した内容は学園外の事は兎も角としても、学園内の事に関しては別にヨードーに限った事ではなくアヤは他の演劇部員とも同じような事を普通にやっているらしかった。具体的には後ろから抱きついたり手を握ったり、ジュースの回し飲みなどである。だからつまり学園外でも自分の知らぬところでそういう展開は有り得る訳で、それ故自分はそういうスキンシップをされているからという理由で以て彼女の特別であるとは言えないとのことだ。

 ヨードーは憂鬱そうに顎肘をついた。

「じゃからワシに脈が有るならそれは同時に、他の多くの部員にも脈があるってことなんじゃなかろうかの?」

 細められた目には色気が有って、彼が女子であれば後宮京太郎の心拍もアップテンポになった事だろう。

 どきどきどき。

 いやいや彼はオトコノコである。

「しかしヨードーちゃんよ。誰とでもアヤ先輩がそんなスキンシップ取ってるって言うけどさ、俺は少なくともお前以外の男とアヤ先輩がイチャイチャしてるのを見たことがないぞ? 確かにまぁ可愛い女の子部員に対してはちょっとスケベ親父張りに絡んでるけれど、異性に対してそういうのをしてるのを見た事はない。だからやっぱりお前は特別視されてるとみてほぼ間違いないと思うが」

 キョウタロウは改めてそう言った。

「そこが問題なんじゃな」

 チラっとその泣き黒子の目が向けられた。

「まとめるとじゃな、どうもワシはアヤ先輩に男としてみられておらんのじゃ」

 彼はさらにカミングアウトする。

 二人きりになった部活帰りの時、勇気を出してアヤの手を握ってみたことがあるらしいのだが、しかし彼女はドキドキとした様子は微塵も無くむしろニコニコとその手を握り返してきた事。真剣な目で彼女の目を見つめて「アヤ先輩が好きです!」と青々しく告白とした時、彼女はおっとりと微笑んで「アタシもヨードーちゃん大好きよ」と言われた事。ならば最後の手段として部室でキスを迫ろうと頬に手を当てたら、そのまま逆に抱き締められて頬にキスされて頭も撫でられた事などである。彼はその度に自分が異性として見られていないと事を確信していき、三段落ちで自信を失っていったそうな。ある意味でそれで諦めがつけば彼はこんな風に悩まずに済んだのかもしれないが、しかし厄介な事にアヤからそういう対応を受ければ受けるほど、ヨードーはどんどんと彼女の魅力に参ってしまったらしい。

「……はぁ。どうしたもんじゃろうな」

 憂鬱と恋慕の混じった溜息を吐いた。しかし今ヨードーがキョウタロウに告白したアヤとのスキンシップ群はむしろ桜花学園の男子からすれば壁殴り必至である。桜花学園において園田美雪が東のカリスマであれば加納綾は西のカリスマなのだ。学園のウグイス譲でもある彼女は明るく優しく包容力が有って、しかし同時に子供っぽい愛嬌もあるという好かれる要素しかない皆の美人お姉さんなのである。最もそれでも彼女が他のどの学園生からも告白を受けていないのは、この山之内陽動という恋人として立候補するには太刀打ち不可能な存在が既に彼女の側にいる為である。

 だからこのような相談を受けてなお後宮京太郎は、彼と加納綾との間を割って入られる様な存在は皆無であると断言できる。それほどまでに二人は親密な仲だった。暗黙にして学園公認のカップルである。だからこの悩み相談でさえ、親友である後宮京太郎以外の者が聞けば嫌味な自慢話にしかならないのだろうが。ん~、とキョウタロウは腕を組んだ。


「どう思うマリサ?」

「ん? 私は別に?」

 その日の夕食の席で、八雲マリサに対して、山之内陽動の恋愛に関する悩み相談の相談を持ちかけて見たらアッサリとそんな返答がきたものだから、後宮京太郎はややポカンとなった。

「あの、助言とかないのですかマリリン?」

「ええ。あの二人はあのままが一番だと私は思うけれど?」

 マリサはスプーンの上でパスタをクルクルとフォークに絡めながら続ける。

「だって仮にね、山之内君がそれで加納先輩から望み通り男の子として見てもらって告白も了承してもらって、それから彼は加納先輩と何がしたいのよ?」

 そんな事を無垢な目で見られながら言われると、キョウタロウはやや窮して頭をかいてしまう。普段はそうでもないのだが、マリサはテキサス育ちなせいなのかたまに男女のデリケートな部分であれストレートになる時があるのだ。

「いや、何がしたいのかって聞かれると俺としても返答には困るけど、その、例えば手を繋いで仲良くしたり、休日に待ち合わせて一緒に買い物行ったり、たまには気持ちの確認で抱き締めたりだな。そういう感じの初々しい辺りを……」

「そんなの普段から加納先輩と山之内君ってしてるじゃない」

 全く持ってその通りである。なのでキョウタロウは苦笑し、マリサは呆れたように笑った。

「私だけじゃなくてミヅキやトウカだって、よく見てるらしいわよ? 二人がそういうことしてるのは」

 もちろんキョウタロウとて幾度となく目にしている事である。桜花ホールでは定例行事レベルで。しかしである。

「確かにそういうスキンシップ的な事はもう二人ともずっとしてるみたいなんだけどさ……なんていうか」

 どこか煮え切らない部分があって、彼は呻った。恋愛と馴れ合いの違いなのだろうか? 思いつつデザートのムースを口に含む。

「別にそれで良いんじゃないかしら? それとも手を繋いだり抱き締めるだけじゃまだ全然足りないって?」

 キョウタロウは噴きそうになった。ミヤコはただ黙ってマリサとキョウタロウの顔を見比べている。

「いや、あのそうじゃなくてね。ヨードーちゃんが悩んでるのはそういうのとはまた別なんだよ」

「なによ?」

 気のせいか、キョウタロウはマリサの口調に少しとげが有る様な気がした。しかしとりあえず続ける。

「その、ヨードーちゃんはさ。自分が異性として見られてそういうのをされてるんじゃなくて、同性と見られてそういうのをされてるんじゃないかってのが実は悩みの種なんだよ」

 昼の話で山之内陽動が言っていたことである。

「それは加納先輩が自分で言ったの? 山之内君は女の子として見てますって」

 小首を傾げて問う幼馴染に、キョウタロウは言う。

「いや、そうじゃないけどさ」

「でしょうね」

 マリサがパスタを口に入れて小さくモグモグモグ。ミヤコは会話になんとなく入れず所在無げに感じているのか、寂しいのか、隣のマリサのテールの片方をいじり始めた。マリサがそれにニコリとし、ミヤコの頭をなでなでなで。

 キョウタロウは言う。

「でしょうねって、どういうことだよ?」

 改めて問えば、マリサは頷く。

「常識で考えて加納先輩はきちんと山之内君の事を異性として見てるってことよ。彼が心配するまでも無くね。……それともまさかキョウ、加納先輩は山之内君のことを今でも入学当初みたいに女の子と勘違いしてるって、そう思ってるの?」

 山之内陽動と加納綾とのファーストコンタクトは桜花学園入学時に催された演劇部の部活紹介の時である。アヤは見学していたヨードーを新入生の中から見つけるや否や鼻からダブルで鼻血を噴――あれはでも女子として見ていたのか?

「いや、勘違いってことはないと思うけどさ。ただヨードーちゃんって見た目も雰囲気も全力で女の子だろ?」

 山之内陽動は私服も女装である。が、もちろん当人は男子であるため、その格好は『男子の考える女装』であるせいか、さほどオシャレではないにせよ『ツボを押さえた』ものであることが多い。なので単独行動時における被ナンパ率は常軌を逸している。ちなみにアヤが彼の私服選びに付き合う理由は彼が無意識の内にそうした扇情的なものをセレクトしてしまうのを避けるためだ、と言う話も聞くし、逆に推進するためだ、と言う話しも聞く。どっちだろうか。

 マリサは頷く。

「ええ。どこから見たって山之内君は女の子にしか見えないわね。それも飛びきり可愛くて色気のあるね、それこそ例えば猫猫坂を一人でウロウロしてたらすぐに武装高校の生徒に絡まれる様なね」

 事実頻繁に絡まれている。むしろ性別発覚してからの方がより一層多いのはいかなる理由からか。

「けれどもやっぱり、山之内君は男の子よ。少なくとも私は彼が女の子と考えて接することはあり得ないけれど」

 マリサは淀みがなくキッパリと言った。女の子として考える事はないと。

 キョウタロウは腕を組んで考え込むように「ん~」と呻る。この後宮京太郎と八雲マリサの感覚の違いは男女の感覚の違いと言い換えが出来るのかも知れないが、しかしそれで済ませてしまうには腑に落ちない何かをキョウタロウはマリサから感じたのだ。それが何かは分らないがただ漠然と、曖昧と、余り宜しくない種類のものであるとは彼の直感的な部分が告げていた。果てさてしかし、それは何だろうか?

「嫉妬してるのよきっと」

 顔をあげると、むしろ伺う様な表情をしているのはマリサの方だった。

「あるいは独占欲なのかしら? ……加納先輩って美人だし綺麗だし、可愛くもあるし優しいし、誰にでも仲良く出来る本当に素敵な先輩よね。そんな彼女を一人占めしたいのよ山之内君は」

 紅茶に満たされたティーポットを取り、自分のカップへ静かに注ぎながらマリサは言う。

「加納先輩にね、『自分の彼女』っていうシールを張って他の人に手を出させないようにしたいし、また逆に自分にしかそういうスキンシップ的な事をしないようにして欲しいのよ山之内君は」

 山之内陽動は加納綾が好きだから独り占めしたい。自分だけの加納綾にしたい。キョウタロウはマリサの言わんとしている趣旨を反芻してみたが

「ん~、ちょっと引っかかる気がするな」

 と言えば、それにふとマリサは表情を和らげたようにして

「どの辺りに? あ、もしかして加納先輩のこと?」

 そう小首を傾げて確認する。

「いや、アヤ先輩については俺もマリサに全く同意なんだが、何ていうかさ、ヨードーちゃんが独占したいっていうのは少し違うと思うんだ。その、ヨードーちゃんが好きになったのはやっぱり皆に好かれて皆に優しいアヤ先輩のはずなんだよ。その、誰にでも分け隔てなく接して、優しくて、あるいは茶目っ気のある感じのさ。けれどそうやってアヤ先輩を独り占めしたら、なんかアヤ先輩らしくなくなるんじゃないのか? 特定の誰かにだけ優しいとかってさ」

「……キョウは、加納先輩がそういうのされたら嫌なの?」

 このときマリサの様子が少しいつもと違うと気付いたのは、口に手を当てて気まずそうに二人をチラチラと見比べているミヤコだけだった。この点に一番気付くべきキョウタロウは、しかし腕を組んで考え込むようにして俯いているので、彼女の微妙な変化を見落としている。

 さらにキョウタロウは言う。

「ん~、嫌ってことはないけど、でも束縛されてるのってあまりアヤ先輩のイメージらしくないっていうか……って!」

 額に火花の様な痛み――。

 顔をあげる。

 マリサのデコピンだった。

「……そうやって『誰誰らしくない』何ていう言い方、女の子にすごい嫌われるわよ?」

 目の前にあった手がすっと引かれた。見れば彼女の頬がやや紅潮していて、目つきも僅かながら鋭くなっている。それを見てようやく後宮京太郎はマリサが苛立っていた事に気付いた。さっきの口調にしてしもそうだが、今の表情もまたそれに相応しく曇っている。マリサが腕を組んだ。

「そういう自分勝手な幻想を誰かに押し付けるのはすごく失礼だって、前にも誰かに指摘されたことない? いったい何考えてるのキョウは?」

 何か失言でもしたのだろうかと自問しつつ額を擦っているキョウタロウに、なお彼女は刺々しい口調で続ける。

「それにそもそもね。加納先輩が美人で綺麗で、可愛くて優しくて、誰にでも仲良く出来る本当に素敵な先輩って私の言った感想だってね、単なる私の思い込みの一種じゃない。なにそれに完全同意してるのよキョウは? 貴方には自分の感性ってないの?」

「いや、実際そうじゃないのか? アヤ先輩ってさ」

 ミヤコはその時、マリサのコバルトブルーの瞳がショックで揺れるのを見た。ただしそれはほんの一瞬の事で、すぐに彼女はテールの片方を払って冷静な、しかし瞳の奥に確かな怒りの伺える表情を浮かべて

「キョウはどんな幻想を加納先輩に抱いてるのか知らないけれど、良いかしら? 加納先輩だって人間なんだから人並の欠点があるし、人間的に汚い部分だってあるし、見えないところで舌を出してる時ぐらいあるわよ?」

「いやそれはちょっと言い過ぎて」

「いいえ言い過ぎてないわ」

 マリサはキッパリと言った。

「そういうキョウの思い込みこそまさに幻想の産物よ。私に言わせれば『誰からも好かれる人』って八方美人で好きに馴れないし打算的で嫌らしく見えたりするわよ? そういう女の子ってぶりっ子って言わないの? 男の子前だけ天然っぽく振舞って裏でクスクス笑ってる様な子なんて私たくさん知ってるわよ? 加納先輩だってそうかも知れないのにどうしてキョウは」

 キョウタロウはいくらなんでも加納綾の事を悪く言い過ぎだと思って

「だからマリサ、何もそこまで言わなくても」

「言うわよそのぐらいは!」

 バン! 両手でテーブルを叩いてマリサが立ちあがった拍子にミヤコのティーカップが高い音を立てて倒れ、テーブルの上をストロベリーティーが滑るように広がって

「あ、……ごめんなさいミヤコちゃん」

「だ、大丈夫です姉さん! 大丈夫です」

 慌ててミヤコはテーブルのフキンでそれを拭う。その、ただ紅茶を零した始末にしては必死なミヤコの様子を見て、マリサは自分がかなり冷静さを欠いた態度を取っていた事にようよう気付いた。

「……」

 そしてやはり、思い返せばキョウタロウの言う通り自分はアヤのことを悪く言い過ぎたと思った。だから少し頭を冷やし、大きく息を一つ

「どうしたんだよマリサ? なんかさっきから少し様子が変だぞ?」

 確かに、空気が変わった。

 ピタリと音が止んだのだ。

 今のキョウタロウの一言は、しかし純粋に彼女の事が心配になってかけた言葉なのだが、マリサがそうは受け取らなかったのだ。

「……」

 ミヤコもまた同様で、彼女はマリサと同じような理解をして、だからこれから先に起きてしまうであろう事態に思わず俯いた。

「あ~あ」

 マリサは聞えよがしに大きなため息交じりの声を出し、さらに腰に手を当ててツインテールの先まで揺れるほど大きく首を左右に振って

「もういい加減バカバカしいから結論だけ言うけれどね、キョウの考えも山之内君の悩みも、私からしたらただのワガママだし加納先輩に甘えているだけよ。色眼鏡で見てるばかりで加納先輩を真っ直ぐ見ようとしてない。現実を見てない。さっきから自分達の思い込みばかり押し付けてるわ。それで恋愛相談ですって? ふん、そんなので対等な恋人関係になろうなんて笑わせないで欲しいわね。あ~あホントこんな話に耳を傾けようとした私がバカだったわ」

「マリサ?」

「御馳走様!」

 マリサはテーブルを鳴らして立ちあがった。

 そのまま皿を手にしてキッチンに向かい、シンクに着け、スタスタと出て行ってしまう。

 バタン、という扉の音。

 沈黙。

 しばらく茫然としていたキョウタロウだったが

「……なんなんだ急に」

 そう呟けば

「兄さん」

 ミヤコが俯けていた顔をあげて、キョウタロウの方を向いた。

「女の子の前で女の子の話をするぐらい、女の子を傷付ける事はないですよマストビー?」

 彼女は確認するように小首を傾げた。その目は少なからず怒っていたので、だから彼はひとまず素直に

「あ、うん。それは……その。ゴメン」

 謝ってから、しかし

「でもそんなに俺、アヤ先輩の事をあれこれ言ってなかったと思うんだけど…・…?」

 そう弁解めいた事を口にして頭を掻いたが、しかしミヤコは首を否定向きに振った。

「兄さんが女の子の事を考えるのはまだまだ早いですねマストビー。それよりも先に、自分の事を考えて下さい」

 そう言って皿を手にして立ち上がり、

「姉さんにこういう話を一番したらいけない人は、一体誰ですかメイビー?」

 また首を傾げて、そのクリクリの目で兄の、キョウタロウの目を覗きこんだ。

「……?」

 そこに何を読み取ったか、ミヤコもまた「ハァ」と溜息を吐いてから

「後で姉さんに『ゴメンナサイ』して下さいね」

 少し残念そうに言ってからマリサと同じように、皿をシンクへ着け、居間を出て行った。

 後には、二人分のデザートとキョウタロウがポツンと残された。 


 入浴を済ませてからすぐ寝室に閉じこもり、枕を抱いてベッドで横になっているマリサは強い自己嫌悪に沈んでいた。胸が重く苦しく、息も意識的にしなくてはならない。それぐらいに気が重くなっていて

「はぁ……」

 と、溜息に似た呼吸の音が、さっきから漏れていた。確かにキョウタロウの言う通り、マリサは何もあそこまでアヤの事を悪く言う必要はなかったし、そしてそのつもりもなかった。それに自分が最初に述べたアヤに対する過剰ともとれる評価にしても、今振り返って見たら的を得ているように思うし、つまりやはり相応の魅力を彼女は備えているのだと改めて思った。だけれどもマリサは、それでも彼女は他ならぬキョウタロウにだけはそれを肯定して欲しくなかった。否定とまではいかなくとも、少しぐらい疑問は呈して欲しかったのだ。『いやいや、それはいくらなんでもアヤ先輩を褒め過ぎてないかマリサ?』と、そんな言葉を彼女は期待していたのだ。

 それにしても自分の主張した意見に対して賛同ではなく異を唱えてして欲しいとは天の邪鬼な話であるが、だからつまり彼女はそのような気持からアヤの事を言ってしまったのだ。すると一体何が、彼女をそこへ追い込んだのか。

「……」

 マリサはそれが分らない訳ではない。それが分らずに苦しんだ時期はもう過ぎているし、今では理解した上に多少なり素直にもなって自分と向き合ってもいる。その上彼女は、その気持ちを行動や言葉、あるいは態度の端々に出して何度もキョウタロウに示しているのだ。だから、いくらキョウタロウが鈍感であったとしてもいい加減理解しているはずなのだが。

「……バカ」

 一人ゴチた。

 だからさっきの会話には、キョウタロウが絶対に踏み込んではいけない部分があったと分るはずなのに、どうしてあんなにあっさりと自分の前で――――否、それこそさっき自分の言った、自分勝手な幻想の押し付けではないか。

「……自分で言っておいてバカじゃないの私」

 嘆息し、寝返りを打つ。

 目線の先は部屋の扉。

 もうすぐミヤコが入浴を済ませてここにやってくるから、そろそろこの気持ちも落ち着かせなくてはいけない。彼女は『姉』としてミヤコの前でこれ以上腐っている訳にはいかないのだ。だけれども

「参ったなぁ、もう」

 なかなかそれが出来ない。むしろ一層に胸に込み上げてくる。鉛の様に重く苦しい、つかえにも似た不快感。嫌悪感。

 今度は仰向けになって天井に目をやった。 

 ――加納先輩だって人間なんだから人並の欠点があるし、人間的に汚い部分だってあるし、見えないところではきっと舌を出してる時ぐらいあるわよ?

 ――私に言わせれば『誰からも好かれる人』って八方美人で好きに馴れないし、打算的で嫌らしく見えたりするわよ? そういう女の子ってぶりっ子って言わないの? 男の子前だけ天然っぽく振舞って裏でクスクス笑ってる様な子なんて私たくさん知ってるわよ? 加納先輩だってそうかも知れないのにどうしてキョウは

「……最低ね。何てこと言ったんだろ私」

 目頭が熱くなって天井が滲んだように見え、溢れてから一筋の涙となって頬を横に伝い、ベッドに染みた。

 桜花学園内に限らず、八雲マリサがこれ以上ないぐらいに慕っている人物はそれこそ他ならぬ加納綾だった。友人関係や恋愛関係、あるいは日常の些細な悩みから取り留めのない不安の相談まで、本当に親身になって優しく聞いてくれるのが彼女なのだ。知りあってから今日に至るまで、本当に自分の人生観を良い意味で大きく変えてくれた存在である。それにそもそも、自分が出来そこないの様にキョウタロウにまくし立てた、相手に自分の幻想を押しつけたらダメだという意見自体、もともとアヤから教わった事なのだ。


 ――それでマリサちゃんね。もし念願かなって彼が振りむいてくれたら何をするのかな? デート? ベタベタ? ん~、アタシが見る限りは今のでも十分お腹一杯なんだけれどね~うふふふ。うん、じゃぁそうね。でもマリサちゃんさ、マリサちゃんが好きなのが今の彼ならね、いくら自分の理想のためって言っても彼を変えちゃって良いものかな? 好きな彼を変えちゃっても良いの? 変えるならむしろ、マリサちゃんの方が良いかもってならない? そしたら大好きな彼はそのままに関係だけを変えられるかもよ?  


 上半身を起こし、顔ごと枕に埋めるようにして抱き締める。思い出のアヤの笑顔が眩くて、それがさらに胸を締め付けた。アヤに謝りたい。この自己嫌悪は彼女に謝ってそれを許してもらえれば、いくらかマシになるのだろうが、けれども。今回の事は後宮家の中で完結するようなものであり、加納綾を実際に傷付けたものではないから、だからマリサは一番謝りたい彼女に謝る事が出来ない。

 しかしかといって、キョウタロウに謝るのも筋違いである。あの場で彼に喰ってかかった事を詫びるのは出来るかもしれないが、しかしそれは自己嫌悪の主な原因ではないし、むしろ逆に、今顔を見たら別の理由で腹を立ててしまう可能性もあった。

 パタンと再び横になった。

 そして再び枕を強く抱く。

 溜息。

「……このうえ八つ当たりなんて始めたら、最悪よね」

 今晩はこのまま寝たふりをするのが一番かもしれない。流石にミヤコにまで当る様な事はないだろうが、けれども知らぬ間に不快な思いをさせてしまう可能性は大いにある。そのぐらい今のマリサは沈んでいた。

 トントントン、というノックの音。

 マリサは身を起こした。ミヤコが入浴から戻って来たのだ。

 うっかり施錠でもしてしまったか、とベッドから降りて扉の方へ近付き、ノブに手をかけ

「お、俺だよマリサ」

 キョウ?

 と、思わずノブに伸ばした手を引っ込めた。それから黙って俯き、下唇を噛んだ。

「……」

 顔を見るどころか返事をすることさえ気まずくなっている自分に気が付いたのだ。あの時自分がキョウタロウに対して言ったこともそうなら、言い方もそう。どんな顔をして自分はこの扉を開ければ良いのか、それが思い浮かばない。

「あ~っとその、さっきは無神経な事言って悪かったよ。ごめん。反省してる」

 キョウタロウはマリサの返事を待たないまま話し始めた。

「やっぱり自分の思い込みを相手に無理に押し付けるって偏見の一つだよな。確かにそういうのって内容の如何に関わらずダメだと思う。マリサの言う通りだ。アヤ先輩だって人間だから、そんな良いところばかりで出来てるわけじゃない。それなりに欠点とか嫌な部分って、当たり前のように持ってると思う。でも、ん~。それが悪い事かって言われると、俺はそうでもないと思うんだ。その方が人間らしいしさ。……けれどそれを踏まえても、やっぱりさっきのマリサの言葉は少し言い過ぎの部分があったと思う」

 マリサは顔をあげた。

「人は良い面ばかりじゃないっていう一般論じゃなくて、何ていうかあれはアヤ先輩の悪い部分を実際に見て来たように言ってたよな。けどそんな事なかっただろ?」

 それは事実だ。マリサは今まで本当に一度も、アヤの嫌な面を見た事がない。

「それも考えて見れば、さっきのは悪い意味でのマリサの幻想を先輩に押し付けてたんじゃないかって思うんだ。だからやっぱり、ああいうのはダメだと思うぞ」

 マリサは思った。自分は謝りたかったと言うより、誰かにさっきのことを叱って欲しかったのかもしれないと。

「でもそんなことをマリサに言わせた責任って、俺にもあると思う」

 自分の瞳が揺れたのが分った。

「最初にも言ったけど、あれはやっぱり俺が無神経だった。何ていうか今になって思うけど、ちょっとアヤ先輩褒めすぎてたよな。もともとマリサが言ったからつい同意しちゃったけど、でもやっぱり多少過剰だったと思う。あそこは俺が軽く否定するターンだったかもしれない。変な言い方になるけど、ある程度はどっちかが悪い部分を言わないとバランス取れなかったと思うし、そういう役回りってマリサがするのは気分良くないよな。同じ女の子なわけだし、アヤ先輩の事すごく慕ってるしさ。だからその、ごめん。悪かったよマリサ」

 それを否定しようマリサはまたドアノブを握っていたけれど、それを捻れなかった。頬を伝って溢れて来た感情の波がなかなか抑えられなくて

「そ、それからえっとな。そのなマリサ……えっと、あの」


 と、後宮京太郎は八雲マリサが不貞寝していると思われる部屋の前でミヤコの用意した台本などをチラチラと見ていて、その内容については大筋において納得していたから誠意を込める意味で自分の言葉で伝えていたのだが、最後のセリフばかりは思わず飲み込んでしまった。何せすぐ隣でミヤコがスケッチブックをオープンして見せている言葉は『熱烈な愛の表現』なのである。そしてそのサンプルとして下に列挙されている妹考案のセリフと言えば。

 サンプル1:『そろそろ本気で好きになっても良い?』

 サンプル2:『その髪を撫でて語りたい愛があるんだ』

 サンプル3:『御休みの前にマリサの温もりが欲しい』

 相手が超のつく美少女のマリサなだけ想像するだけで悶えそうになる。

 キョウタロウはチラリと妹の方を見て、目で『マジでこういうの言うの?』と問いかけると、ミヤコは真剣な眼差しをキュピーンと向けつつ『マストビー』である。

 恐らくここで何も締めの言葉を言わなければマリサに対するフォローは中途半端になるし、ミヤコの機嫌まで損なうことになるかもしれない。そうなるとそれはキョウタロウが考え得る中で最悪の事態であり、故につまり今の彼に退路はない。

 最も今ミヤコがキョウタロウに提示している『熱烈な愛の表現』の『サンプル』は、彼の気持ちに反している言葉なのかと問われると決してそうではなかったりする。

 チラっとまたミヤコの方を見る。アホ毛もすごい勢いで立っている。眼光のマストビービームもどんどん強くなる。これ以上引っ張るともしかしたらマリサが扉を開けて出てくるかもしれない。そうなって自分のみならずミヤコの姿まで見られたら、それこそもっと悪い事になるかもしれない。

 ええい、なるようになるがいい!

 キョウタロウは息を一つ吸ってから、しかし力まずさわやかに言った。


「嫁に来いよオマエ」


 よし。

 よし。

 よし。 

 言ったった。

 言ったったぞ俺。

 ――――何言ってんですかい俺?

 キョウタロウはその場でロダンの彫像になった。ミヤコは顔を真っ赤にしてボンっと火を噴いた。

 一方扉一枚を隔ててマリサも全身から火を噴きあげていた。涙とかマッハで蒸発した。

「ち、違う違う違うんですマリサさん! 口が滑りやがったんです! もう一回チャンス下さいです!」

 キョウタロウは半泣き敬語になってリトライとか懇願し出した。

「ど、どうぞ」

 なんかマリサも思わず同意してしまった。声の位置からドアの側でガン聞きしていたのがバレた。その事実に二人はさらにテンパり出した。扉の向こうのマリサも自身のポジションがキョウタロウに伝わったと知って口に両手を当てた。その上でキョウタロウはまた挽回を試みるベく口を開いて

「結婚しろ下さい」

 しっかりと迂闊なことを言った。

 戦士キョウタロウはついに息絶えた。プロポーズするだけしてお亡くなりになった。死んだった。そうしてマリサとキョウタロウは二人その場に崩れた。

「もう一回! もう一回!」

 なんか妹が手を打ち始めた。死人にムチ打ち始めた。そして今の告白をミヤコが聞いていたと知ったマリサも半ば息絶えた。こっちにもムチが入った。

「わんもあたいむ! わんもあたいむ!」

 妹による激励イングリッシュヴァージョンを受け、マリサとキョウタロウは『二人ダブルKO、先に立ちあがった方が勝者』みたいな感じに扉を挟んでヨロヨロ立ちあがってその時、うっかりとマリサはノブを支えにしたので扉が勢いよく押し開けられ

「きゃ!」

「あぶ!」

 キョウタロウは突如押し開けられた扉に勢いよく顔を痛打されたが次の瞬間バランスを崩して倒れ込んできた彼女を見てとるや「っぐ!」と踏ん張って倒れずにしっかりと彼女をキャッチすることに成功した。ミヤコは持ち前の快足ならぬ怪足で階段を下りて隠れ身の術。今更感プンプンである。しかしマリサ自身もう今死ぬほど気が動転しているのでそんな粗末な対応にも気付かず、ただ顔を真っ赤にして目を見開いていた。

「「……」」

 二人して無言。

 ラブコメの神様はいるのか、という人類永遠の問いに対してはまさにこれがその存在証明である。 

 まず入浴後にそのまま寝室に直行してほとんど不貞寝状態だったマリサはそもそも胸にバスタオルしか捲いていなかったし、またキョウタロウの方も何時もなら先にミヤコが入浴するはずのところを「先に頭を冷やして下さいマストビー」とお風呂に入れられて、モヤモヤしながらあがって、まさにそのすぐのところ。碌に身支度も無いまま妹に「ゴメンナサイの台本考えたのですぐ実行して下さい。大丈夫です姉さんは照れ臭くなって出てこないですマストビー」とここに直行連行されてきたので、有体に言えば腰にタオルしか捲いてなかった。

 故に現在の構図としては、バスタオル一枚しか捲いていないマリサを、腰にタオル一枚しか捲いていないキョウタロウが抱き締めていて、

 キスをしている状態である。

 まさにラブコメの神様が降りてきている。

 倒れこんできた身体を身体が受け止める話は珍しくない。しかし何も唇を唇で受け止める必要などどこにあるというのだ。ないはずである常識的に考えて。これに必然性を求めるにはもはやそういう説明以外残されていないのだ。単純な消去法である。

 いま後宮京太郎の心拍はマッハだった。自分の胸に当てられている両手ごと抱き締めているマリサの細い身体。いつも以上に生々しく感じる体温。匂い。束ねられていない長く綺麗な赤毛から香る、オレンジのように甘酸っぱい柑橘系の匂い。間近に見える宝石の様な瞳。そして壊れそうなぐらい柔らかくて、でも絶対に壊れそうにない柔らかな唇。背中に回した手は、彼女の薄い肩甲骨に触れている。全身が内側から鼓動するような強烈な心拍。これはどちらのものか――――と、キョウタロウは我に返って大慌てで

「すまんマリサ!!」

 と離れようとしてしかし一時的に二人の間で拘束されていたマリサの両腕が自由になるとそれがすぐさまキョウタロウの胴に回されて身体は再び密着した。

「ま、マリサ?」

「動かないでキョウ!」

 と、真意を尋ねようとした彼だがしかし、顔を埋めている彼女の様子を見て悟って、そして今度こそ何もかも頭から吹き飛びそうになった。

 足元に、マリサのバスタオルが落ちている。

 抱き止め、そして離した時に落ちたのだろう。

 そうすると今、自分の胸に触れている柔らかで温かな感触は

「…………み、見た?」

 マリサが震えている。

「み、見てない」

 自分も震えている。

 マリサとは複雑極まりない事情で同居してかれこれ二年ほどになり、その間に似たようなハプニングがあったかと言えば多々あったが、しかしそれは大体パンチ一発で後腐れなく終わる(キョウタロウの意識的な意味で)ものが全てであり、このように逃げることもシヌことも出来ない致命的にも程が有るイベントは初だった。だからキョウタロウは今、身体が震えて頭も沸騰している。しかしこの感触と雰囲気を、これ以上体感していたら確実に何か取り返しのつかない事になり

「あ、あの俺、目……閉じるからその間にタオルを」

 辛うじて言えば

「……し、信じられる訳ないでしょそんなの」

 辛うじて返答。

「じゃ、じゃぁミィちゃん呼んで俺に手で目隠しを」

「み、み、み、ミヤコちゃんにこんな恰好み、み、見せられる訳」


 注:見てます、妹。


「じゃ、じゃぁどうすんのこれ? ず、ずっとここで抱きあってるわけ俺達?」

「そ、そんなはずないでしょバカじゃないのキョウ! み、み、ミヤコちゃんにこんなの見られたら私もうここにいられないわよ!」


 注:見てます、妹。


 いよいよテンパってきた。

「そ、そうだ良いこと思いついたわ私! ここでキョウを締め殺して意識失ってる間に離れたらいいのよ!」

「落ち着けマリサ! それじゃ俺の意識が永久に戻らない!」

「さ、流石ですわね私! 冴えてますわね私!」

「冴えてない! 著しく冴えてない! ていうか死にたくない!」

「何を女々しい事言ってるのかしらキョウタロウさん人はいつか死ぬのよ!?」

「一方的な悟りを開くな!」 

「そうか分ったわこれはロードランに住む巨人の見ている夢の出来事ね!」

「何処に行こうとしてるんだお前は!」


 注:見てます、妹。


 10分経過。依然熱烈抱擁中。


「問題:時間を15分前に巻き戻す為に私達がすべき事はなんでしょうか?」

「解答:キョウタロウが目を閉じてマリサから離れる」

「ブブー。不正解です。チャンスは残り一回」

「解答:マリサがキョウタロウを殴って今から15分前までの記憶を喪失させる」

「ピンポーン」

「理不尽だ!!」

「じゃぁどうすんのよこれ!!」


 その後、二人が知恵と勇気あるミヤコの英断と仲裁によって離れるまで、さらに10分を要する事になった。こういう仲直りのさせ方をする辺り、やはりラブコメの神様は降りてきているのだろう。


 翌日、食堂でのワンシーン。

「なぁヨードーちゃん、例え話としての質問なんだがさ」

「なんじゃキョウ?」

「か、仮にな。あくまで例え話だがな。だ、男女が、ほ、ほぼ全裸で抱きあってキスをして、そ、そのまま約半時間をそのまま過ごしたら、そ、それってどうなってしまうんだろな?」

「…………将来は子供が出来るかの」


 翌日、演劇部部室でのワンシーン。

「……という話をキョウから昼に聞かされたんですが」

「わ~おマリサちゃんすごいわね! 何その大胆過ぎるアプローチ!」

「……あの、アヤ先輩まさかそれって例え話じゃなくて」

「アタシ達ももう一歩先に行ってみるヨードーちゃん?」

「ふぇ!?」


 やっぱりラブコメの神様はいた。

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