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ルートミヤコ5:フィナンシェ

 真紅の裾を翻し、仮初の花園に顕現した灼髪碧眼の彼女。その名はフィナンシェ――八雲マリサ。

「残り99万9千9百99回でしたかしら?」

 迫り来た黒怨の波を前にし、パーティーグローブに飾られた指は拳にたたまれ、大気を鳴動させる爆音を轟かせた。

「宜しいでしょう。残り99万9千9百99回を尽く破壊し尽くした後、記念すべき100万発目を叩きこんで差し上げますわ」

 放たれたるは力と技の一糸乱れぬ連動。速度と破壊の織りなす刹那の芸術――破城鎚ハジョウツイ

「貴方のその歪んだ心にね?」

 眇められたコバルトブルーの瞳の先に、確かに彼女はいた。

 早乙女ジュンが。

 黒波の残滓に爛れ、ぐったりと首をもたげる花々。それらより立ち上る黒い瘴気。その暗い陽炎に炙られるよう中空に浮き、まるで不可視の椅子が存在するかのよう優雅に腰かけている魔女――早乙女ジュン。

「100万発目をねぇ~っふふふ」

 もしも心の有り様がここに姿として現れるなら、今の早乙女ジュンの心は闇色一色に染め抜かれている。黒色ではなく闇色。一切の光を飲み込み喰らい尽す死色。完璧な漆黒。黒よりもなお暗い色に彩られたパーティードレスを纏って、憎悪と慈愛をない交ぜにした背筋も凍る様な笑みを、その童顔に張りつけ、彼女はミヤコ達を睥睨している。

 その奈落の様にあどけない瞳が、マリサに絞られた。

「……思い上がってんじゃねぇぞ小娘?」

 優しく慈しむような、けれども弛緩した精神には毒針を打ちこむような、おぞましい声。

「っふふふふふふふ」

 痙攣するように肩を揺すって、彼女は嗤い始めた。

「っふふふふふふはははははは!」

 調子の狂ったオルゴールのような嗤い声。

「っはははは! あれが噂の破城鎚? 破壊神マリサちゃんの二つ名? 八雲式喧嘩空手の集大成? 一撃必殺無双の剛拳? ふふふふ。あんなものあんなもの、あんなものをこれみよがしにされちゃ片腹痛てぇったらありゃしないですよ」

 童子切安綱の刃さえも腐食させた死の波。それを立ったの一撃で霧散させられたというその事実に対し、ジュンはそんな風に嘲笑った。マリサの一撃などまるで下らぬ児戯とばかりに。

「切り札のつもりか知りませんがこちとらその程度は捨て札なんですよマリサちゃん」

 パチンと、ジュンが指を鳴らした。

「!?」

 マリサの一撃を受けて霧散したはずの黒い霧。それが打ち鳴らされたジュンの指を合図に中空を目がけて吸い寄せられ、濃縮され、凝縮され、見る見るうちに真っ黒な球形に膨れ上がって行く。さながらそれは、膨張する生きた黒水晶。

「……なるほど、手応えなかったわけね」

 ゴボゴボという濁った泡音を立てて成長していくそれに、マリサの表情は険しくなる。

「それじゃぁマリサちゃんが切ってくれた切り札に対して、わたしは捨て札をくれてやりますよっと」

 パチン――ともう一度指が鳴った。

「な!?」」

 それを合図として黒紫の球形が。

 見る見るうちに黒紫の人型に変じ。

「それじゃぁいきなさいな」

 ふわりと優雅に、まるで一輪の花弁が舞い散る様な気品を伴って、

「くれぐれも全力ですよ?」

 驚愕に揺れるマリサの瞳にネットリとした笑みをジュンが返したとき、その黒紫の人型は降り立った。

「わたしのマリサちゃん」

 黒紫のドレスを纏う黒紫の人型が、黒紫のツインテールを黒紫の腕で流し、黒紫色の100万ドルの笑顔を称えて

「わたくしを99万9千9百99回尽く破壊し尽くすですって?」

 黒紫色の声でそう答え、

「大きな嘘は憎まれないなんて言うけれど、笑えない嘘となるとそうもいきませんわね」

 そして構えた。

「高くつきますわよ? そのへらず口」

 まるでマリサと鏡向かいの様に、構えた。

「っふふふふふふふふふふふふふ!」

 絶句している彼女達に、早乙女ジュンは苦しげに楽しげに、お腹を抱えて足をバタつかせて笑った。

「ここで先生からさいっこうのネタバラシを聞かせてやりましょうかい?」

 その瞳が、加納綾の方へ向けられた。

「アヤちゃんさ~」

 艶を返さぬ底なしの昏い目が彼女を捉える。知的な明りの見えない、闇の底から魚に覗きまれる様な感覚。悪寒が背筋を走る。けれども加納綾は目を逸らさない。逸らせば負けだ。負けなのだ。ここではたとえ勝負に負けても、気持ちで負けてはいけないのだ。ルーチェとは、そういう場所なのだから。

 無論相手もそれを承知している。だからつまり、ジュンはアヤの心をいま負かしに来ているのだ。アヤは負けじと睨み返す。

「何でしょうか早乙女先生? 言っておきますが、マリサちゃんは高みの見物決め込めるほど安い相手じゃないですよ? どんな手を使ってここに彼女の偽物を用意したかアタシにはサッパリですが、そんな虚仮では束になっても敵いっこないです」

 ジュンが目を細めた。

「へ~~」

 と。

「まだ気付かないのね貴方。へ~」

 にぃぃいっと、ジュンの笑みが濃くなった。


「さっき貴方が嬉々として串刺しにして皆殺しにした大群、あれ全部マリサちゃんよ?」


 加納綾をフラッシュバックが襲う。放った槍で磔刑の如く刺し貫いた黒の大群。朧だったあの時の像が全てマリサの姿に代わる。

「そ、そんなはずないじゃないですか!? 本物のマリサちゃんはちゃんとここにます! アタシがやっつけたのは先生が造り出した幻か何かであって」

「それはどうかしら加納先輩?」

 黒紫色のマリサが目を眇めた。

「先輩は何を根拠にそちらのマリサが本物だと仰るのですか? そしてこのわたくしが偽物であると断定した根拠は何ですか? まさか衣服の色などと仰いませんわよね? ここは仮想世界ですからやろうと思えば先輩自身御自分の色形姿を変えられるのは御存じのはずですが?」

「その程度の詭弁で本物を名乗るのは厚かましいわよ。そしてその言動こそが証明ね」

 アヤの目が強固な意志を宿す。

「誰よりも傍でミヤコちゃんや後宮君を見て来たマリサちゃんが、早乙女先生の手先になってそんな事を言うとは思えないわ」

「お伺いしますわ先輩。ルーチェにいる誰も彼もが後宮兄妹の味方であり、誰も彼もが早乙女ジュンの敵であると決めてかかっている根拠は何ですか?」

「それは――」

「早乙女ジュンは同情の余地が一切なく酌量すべき情状もない絶対悪で、ミヤコちゃんやキョウ、あるいは園田先輩方は一点の曇りも議論の余地もない問答無用の正義だと盲信しそれに加担している加納先輩、一つ些細な偽善を指摘して宜しいでしょうか?」

 アヤはグっと握り拳を作った。

「……なにかな」

 短く力強く聞き返す。黒紫のマリサが冷徹に目を眇めた

「やっつけた――先程そんな風に可愛く言葉を濁されていましたが、貴方が放った青い槍がこのわたくしに対して為した事を真っ直ぐ正直に、この場で仰ることは出来ますか? 加納先輩」

 ガンゴニール。投擲すれば必ず相手の心臓を刺し穿ち、貫き通し、決定的に死に至らしめる魔槍。

「それは……」

「背中の皮膚にまずは鋭い切っ先がグイと当てられて?」

 アヤが言葉に詰まった。

「ブツっと皮膚を抜いたら薄い筋肉の層のすぐ先にある背骨に刃が当たって?」

「!」

「どうなさいましたの加納先輩? あなた御自身がわたくしに対してなさったことですわよ? 偽物か本物かは棚上げして、少なくともこのわたくしに対して他ならぬ加納先輩がなさったことですわよ?」

「そんなこと……」

「たったいま自分がやったことさえ口にできない貴方が、良くもまぁスラスラと淀みなく他人ことを知った風に語れますわね? 加納先輩――流石は……」


 演劇なんていう芸術の皮を被った偽物劇を堂々やり続けてきただけのことはありますわね?


「うろたえるな!!!!!」

 アヤはビクっと肩を震わせた。

 叱咤よりもなお厳しい、裂帛の様な気を放ったのはシャルロット――園田美雪だった。

「山之内」

「は、はい!?」

 武神の声にヨードーも我に帰る。

「お前がルーチェに接続する時は八雲と一緒だったな?」

「は、はい! 間違いないです! だから、今こちら側に立っている真紅の彼女が、偽物であるはずはありません!」

 これも詭弁と言えなくはない。

 この山之内陽動も偽物だったらどうなのだ? と指摘されたら、先にルーチェに接続してしまっている園田美雪にはそれまでである。何ら反証する材料がない。イージスを展開して皆を守ったと言う事実も、味方の目を欺く為の偽装工作だと早乙女ジュンに嗤われたら、最後まで心に言い様のないシコリを生む事だろう。が、今はそんな事よりもアヤを『脱落』させてはならないと、園田美雪は詭弁を応急処置的に気迫で補って放ったのだ。

「ならばよし!」

 園田美雪は決然と言う。疑問も疑念も挟ませない、凛とした言葉で。

 この揺さぶりの焦点がマリサの真偽でないことを、つまり園田美雪はよく分っている。

 あくまでマリサに関する口上は糸口に過ぎず、早乙女ジュンの本当の目的はルーチェに顕現している『加納綾という概念』を否定し、脱落させること。

 この計画の首謀者からまず、予期せぬタイミングで潰してやろうと早乙女ジュンは睨んでいるのだ。

 だからアヤが討滅したあの黒の集団をマリサに変えたのだ。

 人一倍友達思いで、人一倍後輩思いのアヤが、自分自身の手で仲間を殺めたのだと錯覚すると、彼女はたやすくこの世界で自分の概念を見失い、ルーチェより脱落してしまうだろう。優しさゆえ、思いやりの深さゆえ。恐らくはそこに、早乙女ジュンは付けこんだのだ。

「失礼、柄にもなく大きな声を出して勝負に水を差してしまったな」

 一転、涼しげに園田美雪は言う。

「もう邪魔はしない」

 詭弁を蒸し返される前に早々に話を切り替える。

「――八雲」

「はい」

 空気を読んで即答する真紅のマリサ。

「すまないが、偽物コピー本物オリジナルを越えられないと言う決定的な当たり前を、ミヤコやアヤ、そしてそこの早乙女先生へ目の当たりにさせてやってくれ」

 サラリと、園田美雪はそう言った。

 けれども

「それには少し異論がありますわ、園田先輩」

 マリサが反駁した。しかし園田美雪は眉一つ潜める様子も無く

「ほう。では拝聴しようか。言ってくれ八雲」

 むしろそれをこそ期待していたとばかりに目を細め、微かな笑みを口元に浮かべた。まずは返事の代わりとして、マリサはツインテールの片方を緩やかに流す。


 わたくしは自分が偽物であっても何も問題ありません。

 

 彼女は言い切った。

「偽物であっても一切として不都合がありません。たとえそれが事実であっても爪先一つ・髪の毛一本、マツゲ一つ程の不利益もありません。わたくしにも、わたくし達にも。なんならこの瞬間、いまこの瞬間からわたくしは偽物の八雲マリサであると名乗っても、全くやぶさかではありませんわ。なにせわたくしは偽物になったところで」


 ミヤコちゃんの味方であることに代わりありませんから。


 それともわたくしが先生の造った偽物であるなら、先生の手でわたくしを消失させることなど造作もありませんわよね?


 猫の様に目を細める。

「さぁ先生。今からわたくしは、これからわたくしは先生に大変ヒドイことをしてさしあげるつもりです。とてもヒドいことを。だから先生。わたくしが先生の生んだ偽物だと仰るなら、どうか指を一つ鳴らし、わたくしを霧散させて下さいませ。さもなくば、先生」

 ヒドいめにあいますわよ?

 真紅のマリサは黒紫のマリサには目もくれず、嘲笑するように挑発した。

「……」

 にも関わらず。

 早乙女ジュンがそうしない理由。

 否

 そうできない理由。

 そんなものは語るも蛇足、言わずもがな。そういう段になってようよう、アヤは自分の不甲斐なさに嘆息した。

「もう一回プランAやろうかしら?」

 と。

 その様に、これでもう大丈夫だろうと園田美雪は安堵する。

 しかしそれでも。

「あ~。先生意外よ~」

 なお皮肉っぽい笑顔を浮かべているのは、中空の早乙女ジュンである。

「マリサちゃんてすっごい高ビーで高慢でプライド高そうなイメージあったのにさぁ、結構アッサリとそういうアイデンティティ放棄出来るのね~? 先生すっごく意外よ~」

 別にこのハッタリが破られたところで、早乙女ジュンこそ髪一本・爪先一つ程度不利益はないのだ。故のこの余裕である。ノーリスクハイリターンの揺さぶり。内心で腹立たしいと思ったのはそれを破った園田美雪であるが、口には出さない。

「流石はクラス担任ですわね早乙女先生。わたくしのことを良く御理解頂いている御様子。仰るとおりです」

 マリサは否定せずに頷く。さらにはにこやかに言う。

「わたくしは見栄もプライドも矜持も人一倍高く、加えて高慢で高ビーである事はハッキリと自覚しています。自慢じゃありませんが、いえ、自慢致しますが、普段から大層な猫の皮を被っておりますので。……ところで先生、一つ意趣返しをさせて頂いても?」

 100万ドルの笑顔でそう言った時、早乙女ジュンは肩をすくめた。


 侮 っ て ん じ ゃ ね ぇ ぞ 小 娘 ? 


 空気が凍った。

 早乙女ジュン

 ではない。

 マリサがそう言ったのだ。確かに。

 深窓の令嬢が、豹変した。

 端正な顔を好戦的な笑みに歪ませ、惜しげも無く品位を崩し、腕を組んで斜めに構えた。

「妹の為に自分テメェのプライドや名前や矜持や見栄や高慢、被った猫やアイデンティティ風情が捨てられない端役に、この【俺】が見えるのかオイ?」

 この啖呵には園田美雪でさえ、開いた口が塞がらなかった。

「良いね~偽物。本物よりも遥かに上等だよ。開発成長の余地がない完成系よりそれに迫ろうとあがく偽物の方がよっぽどアツイじゃん。上等上等。俺はそういうの大歓迎だって。ははは」

 マリサが笑った。 

 園田美雪は京太郎にこんな話を聞いたことがある。マリサは普段、おしとやかで上品で礼儀正しく、さながらお嬢様のように――実際お嬢様なのだが――立ち振舞っているのだが、実は単に猫を被っているだけであり、本来の彼女は半生をテキサスで育った暴馬アルデバランの如きジャジャ馬で、口より先に拳と足が出る文字通りの破壊神だと。真名は貧乳妖怪ネコかぶりツインテールだと。ウソだと思ったら『桜咲くここは桜花学園』読んでみろと。

 ――そしてさらには、

 元々彼女の一人称は【俺】であったと。

 正直、ネタだと思っていた。ミユキもアヤもヨードーも石化していた。何故かミヤコだけが頬を染めて目をキラキラさせていた。姉さんステキとか漏らしていた。この娘の挙動がおかしいのは定例行事なので気にしない。

「おい俺の紛い物」

 マリサがマリサに向けて言った。そしてウィンク。

「お前はそのまま猫被ってろや黒紫。認めてやる。その色の俺もなかなか良く似合ってるぜ? だからこの勝負の間、それに免じて偽物の俺はこれでやってやる。猫はその間貸しておいてやる。だから紛い物のお前はお嬢様やっとけ」

 黒紫色のマリサは構えを解き、頬を指でかき始めた。

「これは奇妙な塩梅になりましたわね、わたくしが紛い物で貴方が偽物なら、果たして本物のマリサはどこなのかしら」

「あっはははははは」

 マリサが哄笑した。大笑いした。腹の底から、心の底から可笑しいとばかりに。

 しかしいくら力強く豪胆に笑おうもと、それでも普段の品や華やかさを隠しきれないのは、やはり彼女こそが本物の証。あるいは生来のお嬢様の証なのだろうか。

「はははは……はぁ、笑わせんなよお前。……ったく。本物のマリサって、お前なぁ」

 笑い疲れたか、一度大きく息を吐き、マリサはやれやれという具合に頭を左右に振った。

「んなもんいるわけねーだろが!!!」

「ぶ!」

 ノーモーション。

 フリも構えも素振りもなし。

 ともすればフライング、あるいはイカサマのレッテルさえ貼られかねない偽物マリサ渾身の――

 普通のパンチ。

 洗練されたところが一つも無い、粗野で野卑で乱暴で、野蛮で横暴で下品な一発。酒場の酔漢御用達。実にオールドアメリカンな匂いのする、大振り過ぎる普通のパンチ。

 要するに、殴った。

 結論から言うと一発だった。

 自称偽物のマリサは、紛い物のマリサの顔面に不意打ちで拳をブチ込んで、そのままブっ倒したのだ。

「……ふん。いっちょまえなのは口だけかよ、アバズレ。出直せ」

 吐き捨てるように、マリサはマリサを見下して言った。

 おおよそ八雲式喧嘩空手の有段者にして正統な後継者の行動とは思われない、引いては『空手に先手なし。迎撃カウンターストライクこそ至高』を信条とする彼女には考えられぬ暴挙である。

 何の事はない。

 マリサは自分諸共空手も捨てて見せたのだ。

 ミヤコの為に。

 妹の為に。

 ともあれ、全員が絶句していた。

 マリサのその余りの逸脱に。

「ま、いっちょあがりか」

 パンパンパンと、パーティーグローブの手を叩き、ドレスの裾を直すマリサ。ふと石化しているルーチェのメンツに気付き、コホンと咳払い。

 はにかんで一言。

「やだわたくしったらハシタナイまねを――」

「「「「手遅れだから!!!」」」」

 全員が突っ込んだ。余りのイメージブレイクにヨードーちゃんとかちょっと泣いていた。

「面白いものを見せてもらったわマリサちゃん」

 ジュンの声。

「捨て札とは言えこうもあっさりやられるとは先生思ってなかったわ。意趣返しも笑納してあげる。ふふふふ」

 振り返ると、また黒紫色のマリサが佇んでいた。

「ああ?」

 ただし、今度は10人。

 そして10人が10人とも、既に微塵の油断も許さぬ気迫で、八雲式喧嘩空手の構えを取っていた。しかしそれにも、不敵な笑みを返すのは自称偽物のマリサ。

「ミヤコちゃん」

 咄嗟に呼ばれて返事をしそびれたか、けれども真っ直ぐにマリサの後ろ姿を見るミヤコへ、彼女は続ける。

「ビックリしたと思うけどさ、これもまぁ俺の一部なんだ」

 構えを取りつつ、彼女は告白した。


 テキサスを出て最初にこの国へ来た頃、ちょうど小学3年生だったかな。学校では目の色や髪の色、たどたどしい日本語をしゃべるせいで周りからよくバカにされてたんだ。しかもその上性格がこんなだから、まぁイジメられこそしなかったけど友達も出来なかった。ていうかイジメっこ一人をブっ飛ばしたら誰も近付いて来なくなったね。ほんと皆目の色変えて逃げ出すようになったよ。

 たった一人を除いてさ。

 それが、ミヤコちゃんの兄さんだよ。

 ネタバラシしちゃうけどさ、実はその時のイジメっこであり、そしてブッ飛ばした後もしつこく絡んできたのが、キョウだったんだ。ホントことあるごとにチョッカイかけてきてバカにして、からかいに来てさ。例えば教室入ろうとしたら通せんぼしたり、お弁当の時ご飯のオハシ取り上げたり、外に追い出そうとしたり、席に座らせようとしなかったりね。で、それでイラっときて殴ったら加減間違えて病院送りにしちゃった。学校では先生に怒られたけど、キョウの、ミヤコちゃんのお父さんやお母さんには全然叱られなかった。不思議だった。あんなヒドイけがさせたのにね。ともかく、俺はしばらくは保護観察処分とかだったかな。

 それでそのまま学校行くうちに、アイツと合わなくなってすぐ気付いたんだ。ああ、キョウにばかり気を取られてたけど、自分は一人ぼっちで孤独で、誰にも相手してもらえてなかったんだって。

 その後、急にアイツが今まで自分にかけてたチョッカイの言葉が気になって、思い出せる限りを思い出して辞書で調べたんだ。そしたらね。

 ――教室には土足だめ。

 ――ハシは刺して使わない。

 ――次は体育で運動場。

 ――席替えしたから、そこは違う。

 笑っちゃうだろ? 意地悪なんて何一つしてなかったんだよ、キョウは。右も左も分らない自分に、一生懸命手助けの手を出してくれてたんだ。

 すごく後悔した。すごく泣いた。たった一人、友達になれたかもしれないヤツを殴ったんだから。

 とにかくでも、謝りたくて病院行ったよ。ゴメンナサイだけを覚えて。

 それで病室に通されて、包帯巻いてるキョウにゴメナンサイって言ったら、やっぱりキョウは怒ってた。何言ってるのか分らなかったけど、何度ゴメンナサイって言っても許してくれなかった。途中で情けない事に泣いちゃったら、キョウは困った顔してペンでカミに書いて見せてくれたんだ。

 ――ここも くつ ダメ。 スリッパ はく。

 まぁ何が言いたいんだって言われると困るんだけどさ、えっとつまりミヤコちゃん。

 ミヤコちゃんは、兄さん自慢して良いよ。

 それから、こんな俺でさえキョウは優しくしてくれたんだから、ミヤコちゃんもありのままの自分で良いと思う。

 大丈夫だから。

 信じて。

 兄さんと。

 それから。

 この、

 猫っかぶりな姉さんを。


「10人寄っても十把一絡げ。これは確かに捨て札だね先生よ。いいぜ、まとめて処分してやるから切れるだけ切ってみなそのカード。全部まとめて鬼札ジョーカーくれてやるからさ。ただし」

 そうして八雲マリサ――八雲魔理沙はシニカルに、けれども相反して愛らしく笑った。

 そして今までどこの誰にも見せたことがない、

 彼女の師にしてかつて死神リーパーと呼ばれたシンシア・フリーベリより受け継いだ、

 彼女本来の本当の構えを取って見せた。

 並の人間には許されない、選ばれた身体能力を持つ者にしか許されない

 真実正真正銘、

 殺しの型。

 殺戮の型。

 虐殺の型。

 一方的に始まり、一方的に終わる、仮想世界だからこそ彼女が彼女自身に許した、

 皆殺しの型。

「いまの俺は加減を知らねーよ?」

 ウィンクを最後に一つ。

猫かぶりツインテール「よくぞこの異世界でわたくしを見つけましたわね。御褒美に評価とか感想とかお気に入りとかに追加する権利をあげちゃうんだから。べ、べつに貴方なんかにして欲しいわけじゃないんだからね!」

ごす(大振り顔面パンチ@容赦なし)

マリサ「読者様、くれぐれも偽物には御注意下さいませ(ウィンク」


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