ルートミヤコ:-2
――そうねぇ。人と仲良く付き合いたいなら、まずはお互い共通の趣味なんか探してみたらどうかな?
そんな感じのアドバイスを親友である加納綾に受けた園田美雪は今現在、柔道場の中央にて腕を組み、俺の目の前でじっと瞼を閉じている。
彼女が共通の趣味を見出して仲良く付き合おうとする御相手、それは、週末いよいよミィちゃんと顔を合わせる事になるミレイちゃんである。
何か手回し気回しをしなければお姉様はミレイちゃんと会話しにくい、これはそういうわけではなく、彼女はミィちゃんとミレイちゃんとが美味く噛み合う為の潤滑油になろうとしているのだ。
こうした計らいは生徒会長としてなのか、シスターズの長姉としてなのか、あるいは部活の先輩としてなのか、まぁいろいろと立場的なお話は出来るのだろうが、俺としてはその何れでもなく、一重に「それがお姉様だから」という安易にしても安易過ぎる結論に辿りつき、そしてそれに充分納得してしまっている。どんな肩書きも『園田美雪』という名前以上のインパクトがないからだ。
その見た目、その立ち振る舞いから『クール』『ストレート』『カリスマ』といった現代的豪傑な印象を周りにもたれている彼女。実はよくよく観察していると繊細で思慮深く、そして傷つきやすいといった女の子らしい面が見えてくるのだが、たぶんそれに気付いているのは恐らく俺を含めたごく少数そして貴方位のものだろう(そうそう君だよ君)。だからこの現状を知ればその多くの人が、「へー意外」といった感想を漏らすに違いないと、俺などは思っている。
まぁそんな訳で。
先程から目の前でその長いまつげをジーっと観察すること早10分というところなのだが、彼女は依然沈黙を守っている。果たしてその怜悧な頭脳はどのような共通項を、ミレイちゃんとの間に見出そうとしているのであろうか。
お姉様は「うーむ」と思案の声をようやく漏らしたと思いきや
「真剣と鉄砲のコラボレーションを捻りだせと来たか」
何が彼女の頭に到来したと言うのであろうか……ともあれ後輩として挨拶をしなければ。
「おはようございますミユキ先輩。朝からさりげなく物騒ですね」
俺の声にチラっと片目を開けるミユキ先輩。
「おはよう京太郎。ところでこんなところで何をしているのだお前は」
「それはもちろん、朝錬などしに来たのですが」
朝から柔道部員が柔道着着て柔道場に来る理由と言えばそれしかない。
「そんな事は分かり切っている。私が聞いているのはお前の格好の事だ。ここは柔道場だぞ」
「ええ。ですのでそれに相応しいようパリっとした柔道着に帯を締め、柔軟などを始めようかと思っている次第です」
そうではない、と否定のお姉様
「何故女装していないのかと聞いているのだ私は。理由によってはお前の首が大気圏の外に離脱するかもしれない」
今すごい発言があったかもしれない。
「場合によっては俺の首が第一宇宙速度を超える訳ですか」
「宇宙は少年の憧れだからな。命を賭しても叶える価値がある夢だと思わないか」
「同意を求めておられるならNOですね」
「先輩に対する返事は全てハイで答えろと私は教えなかったか?」
「ハイ」
「お前の命を賭しても以下略」
「ハイ」
「だろう。タイトルは2011年宇宙の旅」
映画化決定ですね。
「でも首だけって命賭けてるんじゃなくて捨ててません?」
確実に。
「人はそれを犬死と言う」
分かってらっしゃる。
「もしくは無駄死にとも言うか」
ようく分かってらっしゃる。
「まぁそんなことはどうでも良いか」
「ハイ」
「そこは否定して欲しかったな」
「ハイ」
「……もしかしてお前、私をバカにしてないか」
「滅相もないです。ていうかやや話が脱線してますね。なんでお題が俺の首が宇宙旅行したりしなかったりになってるんでしょうか」
素朴かつ重大な疑問に腕組みのお姉様。
「今流行りの斬デレというヤツだよ。上目づかいで小柄などを打ちこみながらハニかんだりとかな、ふふ」
あら可愛い。
「いやいや何時の時代に流行ってたんですかその物騒なデレは。そして俺にはそういうの必要ないです」
「そうした判断は私がする。お前はただ黙ってデレデレしていれば良い。分かれば返事」
「ハイ」
「宜しい。精一杯デレデレしておけ果報者め」
ニコリとステキな笑顔のお姉様。しかしこういうセリフをユキたんがストレートに言えるようになった辺り、俺はこの手の教育係である加納綾という人間の恐ろしさを再確認するわけである。
その毒牙というか魔の手というか触手というか、まぁそういった類のものは実はお姉様だけではなくミィちゃんにも及んでいて、つい先日、義妹は帰り道についうっかり、アヤ先輩に対して「ねぇアヤお姉ちゃん」などと声をかけてしまい、彼女は鼻血を要因とする貧血失血を起こして翌日は終日保健室でうわ言を漏らす事になったのだ。
名実ともに演劇部の副部長であるヨードーちゃんは彼女の身を案じて休み時間ごとに見舞いをしていたのであるが、彼(いや彼女というべきなのか)曰く加納綾はこんな風にうなされていたようである。
『義妹というステータスを侮っていたわね、アタシともあろうものが一生の不覚……』
ハッキリ言わせてもあろう、ただのアホである。
まぁそんなことはどうでもよくて、今は何故か俺の女装に関するお話。実はこれも至極どうでも良いのだが。
「とりあえず納刀して落ち着いて下さいよミユキ先輩」
「斬れ味すごいぞこれ」
「知ってますから落ち着いて下さい」
「とりわけ昨日は念入りに研いで来た。研ぎ戻しの塩梅も完璧」
どうしてこの娘は人の話を聞こうとしないのか。
「まぁ冗談はここまでにしておいてだ」
ようやくカチンと納刀。そしてその長い髪を腕でサラサラサラ――今日も髪はツヤツヤお手入れ万全。久しぶりに言った気がするよこのフレーズ。
「お前が何時までも突っ込まないから私が一方的にボケ続けるハメになったじゃないか」
すいません、地だと思ってました。
「下手に突っ込むと2011年宇宙の旅が始まるかと思ったので」
「心配するな。私もそこまで非常識じゃないさ。これはナマクラだよ」
と、再び抜刀して――この人は脈絡なく刀を抜くな最近――その刃を指でツツーと撫でるお姉様――なんだなんだ模造刀だったのかほんと朝からヒヤヒヤさせ
「あ生皮斬れた」
「真剣じゃないですか!?」
突っ込めばユキたんは人差し指をチューチューと吸いながら
「これ無かった事に出来ないか? かっこ悪い」
「無理ですよ!」
「やだ」
「やだじゃないです!」
「後で編集しておいてくれここは、先輩命令」
「何無茶苦茶言ってるんですか!」
さて、本題である。哀しいかな、本題は女装ネタである。
「俺もステビアと京太郎君のオンオフは大分慣れて来たのでアヤ先輩から男装の免状はもらってます」
そもそもこのセリフがありえんわ。
「私はまだ出していないぞ。命令違反も甚だしいな。そこに直るが良い」
「直るとどうなりますか?」
「そんなことは直ってみるまで分からない。ただ一つ確実のはお前の首が胴体とバイバイしてるかもしれん」
直る前から明らかですがな。ていうか冗談は終わったんじゃなかったのかっていうか
「退屈しすぎたミィちゃんが畳の上で謎のホフク前進し始めたので、そろそろ練習しませんか? 本気で」
そんな訳で、俺とお姉様の間をモゾモゾと進む、真剣な表情の義妹である。彼女はムムムとひたむきな眼差しで正面を見ながら
「この先にはきっと国境がありますマストビー!」
「なんかそういう設定とかも既に作っちゃってるので、ミユキ先輩始めません?」
言えばお姉様は頬など染めて
「可愛いなミヤコ可愛いな」
微妙な速度で進んで行く義妹にキュンキュンしていた――もうだめだこの人もうだめだ。ミィちゃんはキリっとした眼差しで俺を見て
「だから兄さん諦めちゃダメです! あそこを超えたら無法地帯まですぐそこですメイビー!」
「そうだね、お兄ちゃんもう少し頑張ってみるね。でもエライ場所目指してるねミィちゃん」
「自由への道は辛く困難なのですマストビー!」
今一シチュエーションが想像出来ないけど、なかなかシビアな道を歩んでいたようだ、ホフクで。
「ここまで来てお姉様の犠牲を無駄には出来ないですマストビー!」
ユキたん乙ってる設定なのか。
「ミユキ先輩助からない環境だとたぶん俺もミィちゃんも助かってないんじゃないかな……って」
お姉様が畳に両手をついてヒクヒクと震えながら
「私がミヤコに捨てられる日が来るなんて京太郎が女装しても有り得ないと思っていたのにううう」
「あああ! ミユキ先輩!」
ガチ泣きするお姉様がレア過ぎてなんかテンションあがった! 異変に気付いたミィちゃん駆けつけてユキたんに抱きついた!
「違うんですお姉様違うんです私が犠牲にしたのはお姉様じゃなくてお姉様の夕御飯ですマストビー!」
「あああ! ミィちゃんその設定意味分からない!」
「ううう私がミヤコに夕ご飯犠牲される日が現実に訪れるとは思いもしなかった!」
「あああ! 割とどうでも良い事だけどミィちゃんの設定が現実化されてしかも結構ダメージ与えてる!」
そんなこんなでお昼時である。
本日は雨なので今日は教室にてお弁当。
我がクラスに学園最高峰の人気を誇るミユキ先輩やらファンクラブの数を本人意図せぬところで増やし続けるマリサやら、あるいは女の子からも男の子からも告白されてるミキさんやらと賑やかなメンツで机を寄せ合う事になった。まぁそんな状況で敢えて贅沢を言ってみましょうか。
女装モード解いたら針のむしろですよ、周りの視線。
ミユキ先輩はミィちゃんにご飯を食べさせてもらいながら(まだちょっと引き摺ってるよな)
「まぁ今朝方泣いてスッキリとしたせいか考えがまとまった。何が閃きを与えるか分からないものだな」
ホント分からないわ、特にミユキ先輩。
「あれ、ミユキ先輩何かあったんですか?」
とは今日もツインテールが良くお似合いのマリサである。最近は縦カールなど入れてるせいで一層お嬢様めいている。今日からあだ名をツインドリルにしようかな――とか一人ニヤニヤしてたらミユキ先輩と目があって、それでニコリとお姉様。
「京太郎は女泣かせなヤツだからな」
「ミユキ先輩今の軽い冗談のつもりかもしれないですが俺にとっては死活問題の失言なんですねそれ今だって隣のツインドリルが床を踏み抜かんばかりに俺の足を上から踏みいたいいたいたい!」
「まぁ、冗談はさておきなのだが。私が皆とより親睦を深める為に閃いた案というのは、流行りのゲームだ」
ミユキ先輩はまだ、それがミレイちゃんとのコミュニケーションツールになることは誰にも言っていない。
しかしながらゲームと一口に言ってもそれの意味することは多種多様で、だいたいにおいてそれは発言者に依存することになる。例えばゲーマーであるヨードーちゃんなどが『キョウたまにはワシとゲームでもせんか』とニッコリすれば十中八九、PZPやら3DZのような携帯ゲームであろうしミキさんが艶っぽく微笑みつつ『キョウタロウ。私と一つ勝ちを争ってみませんか、洒落たゲームです』等と言えばだいたいがテーブルゲームである。
さて今はお姉様がゲームと仰った訳なのだがそれが意味するところは恐らく、一つしかないはずだ。それは
「カツサンド今日も独り占めや」
「話と場の空気をぶった切るセンスは相変わらず一流だな桃介」
食堂より戦利品を手にして戻ってきた小麦色の関西娘に俺は突っ込まざるを得なかった。しかしそんなことなどどこ吹く風、俺と美月ちゃんの間に「ちょっとごめんな~」と自分の椅子を差し込んでアグラにて着座。そしてまずは1.5リットルのコーヒー牛乳紙パックを開けて口をつけ、一気にゴクゴクと
「おいオッサン」
「ぶふ!」
盛大に吹かせる――真上に。むせる桃介。これで予定通り。
それを境に低レベルな口論を始める俺と桃介。
しばらくしてお菓子を抱えたアオイちゃんが教室に現れ、シスターズはようやく全て顔を揃えた。
いよいよ本題、というか話の続きである。ミユキ先輩は一通りの顔を見てから
「まぁゲームと言っても色々あるが、私の言っているゲームというのはこれのことだ」
と言いつつお姉様が自身のカバンから取り出して見せたもの、それは。
「……メガネ?」
とは美月ちゃん。
強いて言うならそれしか表現のしようのないような奇妙な……あるいはゴーグル? 何だろうか。恐らくシスターズ全員の頭がクエスチョンになっていたのだろうがしかし、何故か、アオイちゃんだけがニコニコとしていた。その笑みに笑みを返したのはお姉様で。
「私はもちろん、刀を選ぶがな」
よく分らないが、なにやら物騒な事を仰った。