神条会
ちょっとした用語解説から始めようと思う。
付け毛というのには2種類あって、一つはエクステ、一つはウィッグと言われるものだ。
エクステと言うのは地毛の中に紛れるように細かなパーツをくっつけていくような感じで、ウィッグというのは平たく言えば頭にバッサリと被るのでカツラだと思って良い。
ちなみにどちらが優れているかと言えばどっちも一長一短で、例えばエクステはパーツ単位での着脱が出来るので細かなアレンジが楽しめるし、何より地毛と織り交ぜて使われるので仕上がりが非常にナチュラル。しかしながら相応の手間がかかるので、毎日のオシャレにと考えているのであれば結構気合いがいる。
一方それに対してウィッグは手間いらず。被って固定でOKだ。もちろんエクステに比べてアレンジの幅や仕上がりの良さが劣るのは否めないが、例えば俺のようにテクニックも拘りなく、ましてや見つかれば速攻で人生終了のお知らせとなる女子トイレにおけるヘアスタイル換装を敢行もとい強行している俺などにとってはこの手軽さは有りがたいというかもはや生命線だ。
そんなどうでも良い解説をのたまいつつも、登校時はセミロングだった京太郎君もといステビアちゃんは今現在、ショートポニーへのトランスフォームが完了したところだ。
左右確認。敵影なし。クールに言ってみよう。
「任務完了」
何も格好良くない。ただの変態だもの。でも声はすごくステキ。
そんなわけで櫛で髪を整えてから鏡の前でとりあえずニッコリ。すればそこには100万ドルの笑顔のステビアちゃん。
「……」
存外に似合っていて、予想外に可愛くて、必要以上に萌えて、にやけて、最後に泣きたくなった。とりあえずトイレから脱出。
さー目指すはシロクマのいる体育館。ちなみにあいつの好みはショートポニーなんです。
「あー危なかった。最近週3の割合で三途の川見てる気がするわアタシ」
と演劇部部室でグッタリと腰かけ、ちょっと貧血気味になってるメガネッ娘美少女はもちろんアヤだ。そしてそんな彼女に
「あの世とこの世のボーダー行ったり来たりですか。間違っても越えないで下さいねその川。はいこれどうぞ」
とハーブティーを運んできたのは美少女少年ヨードー。アヤはそれを
「ありがとねヨードーちゃん。いただきまーす」
と受け取ってから身体を起こし、でもやっぱり頬肘ついて
「しかし侮れないわねステビアちゃん。想像を遥かに超える萌えっ娘に変貌しちゃって」
「確かにキョウはもともと女顔と言いますかミヤコ嬢にソックリと言いますか、素質はすごくありましたね」
言いながらヨードーが向いに座る。
「アタシ、妄想なら誰にも負けない自信あったんだけどなぁ。あのインパクトは予想外だったわ。特に声が入った時」
「そうですね。ヴォイスチェンジャーのチューニングがドンピシャだったんでしょうか。それにしてもアヤ先輩。あんなのどこから仕入れてきたんですか?」
尋ねるヨードーにアヤはにやにやとして
「うふふふ。実は園……」
そこでガラっと扉が開いたので二人で見ればそこにはミヤコがひまわりのような笑顔で
「こんにちわ~。お菓子食べに来ましたマストビー」
ウィンクしていた。
「ストレートじゃなミヤコ嬢。いらっしゃい」
「いらっしゃいミヤコちゃん。ちょうどお茶してたのよ」
と彼女がアヤにテーブルへと招かれるとその後ろからアオイもフワフワモードで
「こんにちわ~」
とニョッキリと現れ
「ミヤコ先輩を食べに来ました」
「ストレートにおかしいなアオイ嬢」
「あとヨード先輩を視姦しに来ました」
「鈴を転がすような声でストレートなこと言うわねアオイちゃんいらっしゃい」
ニの句が告げず額に青線落としているヨードーの隣へアオイは腰を降ろし、その前へアヤがティーカップとクッキーの入った皿を回してから
「じゃぁ一緒に御茶しつつ観察しましょうか、ヨードーちゃんを」
「……」
グランド。そこでは野球部もサッカー部もハンドボール部も手を止め、あるいはそこを見下ろすことが出来る校舎の窓からは文化部のメンバーも我先にと身を乗り出し、全員が一点を注視していた。
視線の先はグランドの隅、正門へと続く下り坂の手前、そこで静かに佇んでいるのは桜花学園生徒会会長、園田美雪その人だ。
無論ただ立っているのではない。正確には立ちはだかっているというべきか。
「またお前達か。方向性がまともならその気骨を褒めてやりたいところだがな」
と彼女が目を細める先にいるのは桜花学園生の期待する武装高校の生徒達、ではなかった。
人数は20人ほどで、年齢で言えば20から30までの幅、服装は全員が黒のスーツだ。そしてその襟には
「……神条会のバッヂですか」
体育館2階、弓道場の窓から赤い瞳を細めたのは神条ミキだ。その隣に桃花が並んで立ち、両手を頭の後ろで組みながら
「わからへんな。親元顔してルーチェから上納金せびるにしても店が再開せなどうしようもあらへんやろ?」
姉のミキに流し目。ミキも目線を合わせ
「……かといって、前に私やマリサから受けたカリを返すためとも考えにくいですね。組はもう解散してるのにメンツ回復を図る意味もないでしょう? 私怨なら別ですが」
そう答えた。そこに
「しかしながらその胸には神条会のバッヂをつけているとはこれいかに? ってところかね?」
というような聞きなれない澄んだ声色と聞きなれた声の調子に違和感を覚えて二人が振り返れば、そこにはショートポニーの美少女が腕組みしていたので
「ステのみや?」
「足して2で割るな桃介」
「京太郎ですか?」
「ミキさん直球でアウト」
「いります? アメとか」
「このタイミングで?」
一方、体育館一階、バスケットコート。
その中央では練習を終えた今でもまだ真っ赤なバスケットユニフォームに身を包んだヒロシがその丸太のような腕を組んで熟考にふけっていた。
そこへ帰宅したはずの新入り1年生がなにやら火急の様子で駆け寄りながら
「あ、紅枝先輩大変です! 今グランドで怪しい大人達が園田先輩の抜刀でメっ」
と何か極めて悲惨な事実を知らせようとしたがヒロシはそのハルク並の手を広げてそれを制し、それに
「どうしたんですか? 何かあったんすか?」
聞き直せば彼は頷き
「うむ。実はさっき俺の想い人から思いも寄らぬ告白を受けてその衝撃の大きさを受け止めようと必死になっているところなんだ」
副キャプテンの想い人、新1年生は同じように腕組みして考えを巡らせ、そしてヒロシの参加しているファンクラブのアイドルに考えが行き着いて
「八雲様ですか?」
問えばヒロシは首を左右に振った。
「いや、あの人は想い人どころかもはや俺にとって崇拝の対象だ。若干アッラーな感じだ。特に最近」
1年生は副キャプテンのどうでも良い宗教観に
「はー」
と同意っぽい返事を挟んでから
「八雲様でないとなると、もしかして大山さんですか?」
問えばヒロシは首を左右に振った。
「いや、アオイちゃんは確かに俺の想い人と言うか想われ人になってもらって毎日
”先輩、ボクのお弁当食べてください”
って両手でお弁当箱を差し出しながらハニかんでもらう予定だったのだが、先約というかミヤコちゃんという絶対に勝てない存在がいたので残念だが諦めた。あと何故かアナグマさんと呼ばれ始めた」
1年生は副キャプテンの願望もとい妄想計画が破れたことに
「はー」
と無難な返事を挟んでから
「すると……美月先輩ですか?」
問えばヒロシは首を左右に振った。
「いや、園田さんに告白することその数、実に3桁に及ぶのだがその後にほぼ必ず
”そんなことよりクッキーどうかな”
と手作り愛情その他色々込みクッキーをオススメされて感涙に咽びながら毎度食すのだが、その後毎度のように記憶がない。あと返事も無い。ついでに言うと脈もなかった」
1年生は副キャプテンが知らず知らずに生死の境をさ迷っているとなど知らずに
「はー」
と是と非ともとれない返事を挟んでから、最後は自分の憧れであるあの人の名前を口に出すことにした。
「もしかして生徒会長の」
「切り出す前に斬られそうになった」
沈黙した。すると後は誰だろうか? ミヤコ先輩か? アヤ先輩か? ヴィジュアルなら山之内先輩もありえる。もし神条先輩なら自分のライバルだ、とか良く分らない決意をしつつも
「……。えっと、つまり誰ですか?」
尋ねればヒロシは純粋な後輩に目を向け
「ミヤコちゃんの実のお姉さんだ!」
目を丸くした。ミヤコ先輩の周囲には義理の姉で溢れかえっているのはもはや周知の事実で、そして全員が超のつく美少女で、何のギャルゲーかその中に兄が紛れていると言う天罰的な先輩がいることも学園内では有名だ。
しかしそんな中に実の姉がいたとは驚きだ。自分が伝えようとした
”生徒会長が0.5秒でマフィア軍団カッコハテナを返り討ち”
などというニュースもどうでも良くなった。とにかくそんな感じで脳内パニックになってる彼にヒロシはこう続けた
「彼女の執事になるように頼まれたんだ!」
「……とまぁ早い話が、本来は京太郎君がやる予定だった雑用諸々をアイツにお願いしてきたわけです。結果は即答でOK。でもシロクマの事だからものすごい斜め上の解釈をしてる可能性もありますが、ひとまず今週一杯は放課後すぐにルーチェへ顔出し出来るようになりましたよ、っていう連絡をミユキ先輩にも伝えようとやってきたら、なんか目の前ではマフィアっぽい人達が先輩の周囲で散華してるという理解不能な事態に陥ってるわけですね、はい。なんでですか?」
と俺ことステビアちゃんが尋ねてるのは、グランドでいつものように歓声を浴びているお姉様だ。しかしそれにしても
「圧倒的ですね。相変わらず」
ちょうどミユキ先輩を中心として、放射状に倒れている黒スーツのオジさん達。たぶん上空からグランドを見ればまるで大きな黒い花が咲いてるように見えるだろう。
つまり……。勿体無かった。久しぶりの”月下美人”を見損なった、なんて呑気な事を考えていたら、お姉様はその黒髪を腕でサラサラと流してから足元のマフィアその1に目を落とし
「黒のスーツと襟についてるバッヂ。見覚えは?」
俺は左右を確認して、桃ちゃんやミキさんが近くにいないのを確認してから
「元”神条会”の構成員のコスチュームですね」
言えばお姉様は頷いた。
「何しに来たんですかね彼ら? さっきも桃ちゃんやミキさんと軽く話してたんですけど、答えでなくて」
隣でお姉様、フっと軽く息を吹いてから
「以前のようにルーチェからの上前ハネが目的なら、こうして店の再開の妨げになるようなマネはしないはずなんだがな。いや」
と否定を挟んでから
「それ以前にわざわざ閉店に追い込むようなマネもしなかっただろうけどな」
頷いた。確かにそれはそうだ。つまりは、えーっと上納金だけ? 今回の襲撃はそういうものとは無関係だと仰るわけで。するとミキさんの言ってた
「個人的な恨みとかですか? ほら、前にマリサやミィちゃんにルーチェ最寄り駅付近で返り討ちに合ってるし、それに美月ちゃんから聞いたんですけど、あの日ってミユキ先輩達も絡まれたって……」
ミユキ先輩は首を左右に振って否定。
「私怨なら夜道の背後か暗がりの物陰から襲えばいい。実際にそれがコイツらの常套手段だ。戦国時代じゃあるまいしこうしてわざわざ白昼堂々、喧嘩を売る意味がないだろう?」
それも確かにそうだ。よりによってこんな目立つようなトコで
”やーやー、我こそは~……”
とか
「やる必要ないわけですね。ハハ」
苦笑い。それにお姉様は流し目して
「ところが実際、それをやって来たわけだ。つまりやる必要があったということだが?」
閉口する。
”やーやー我こそは~”
みたいな名乗りをやる必要があった。だから実際にやって来た。ならその理由は何だろうか? 腕組み。
「もう一度言うぞ。黒のスーツと襟についてるバッヂだ」
「えっと、それは……」
言いかけた口を手で塞がれる。目をパチクリとさせると、お姉様は校舎の方に向け自分のアゴをクイと動かし
”聞いてみろ”
と合図。そういうことで耳を澄ませば、やや収まり気味な歓声の合間を縫って
「あれって神条会だよな? なんでうちに来てるんだ」
「わかんね。でもテレビじゃ解体されたとか何とかってニュースに流れてたけど」
「ていうかそもそもマジで何で神条会が学園に来てる訳? 何か関わりがあんの?」
学園生たちが口々に”神条会”という単語をもらしている。俺はチラとミユキ先輩を見れば
「……まぁ、これが目的だろうな」
呟いて口から手を離してくれたので
「どういうことです? もしかして神条会をまた作ろうとか……。あ、ミキさんも言ってたんですけど面子回復とかが目的ですか? それで神条会の制服着て……」
途中で姉様は首を左右に振り、否定。
「こんな目立つ場所で”神条会”をアピールし、あっさりと返り討ちにされたんだ。面目はむしろ丸つぶれだろ?」
そうでした。
「それに私達の実力はもう”例の事件”で把握してるはずだ」
確かにあの”ロストワールド事件”で十二分に伝わったはずだ。お姉様含め、ミヤコシスターズの実力が、まぁジュラ紀にまで遡っても史上最強だって言うのは。
ミユキ先輩は続けて
「端的に言えば彼らはわざわざ”やられに来ている”。しかし同時に”神条会”の名前をアピールしに来ている」
しかしそれならなおさら不可解だ。俺は腕組みして
「それじゃわざわざ”桜花学園の皆様~。神条会は健在です~。でもすっごい弱いですよ~”って言いに来た訳ですか?」
お姉様は答えない。いや、わざと沈黙している? いや、そうじゃなくてまた”聞いてみろ”と言うことらしい。校舎へ耳を澄ます。
「マジかよ。何でここが目つけられるわけ?」
「やだ私、あの通りの近くに家があるんだけど」
「マフィアが因縁つけてくるとかシャレになってないよね……」
……。倒れている黒スーツの元・マフィア達。その手には良く見れば全員が抜き身の……
「短刀ですね。がっつり真剣の」
自分で言って一瞬、背筋が寒くなった。つい忘れていたが、彼らが相手したのはあくまで武神の異名をとるミユキ先輩だ。もして囲まれていたのがただの学園生だったら……。
「……。つまり、何かの脅しですか?」
初めてお姉様が頷いた。
「私怨でもない。ルーチェの上納金が目的でもない。解体された神条会の面子回復や再興が目的でもない。しかし神条会と言う名前を語って乗り込んできた。結果は返り討ちだがそれも織り込み済み、だ」
ただし学園生を不安に追いやる効果としては充分だった、と。
「以前ほどにはないにせよ、神条会のネームバリューは”脅迫”としてはまだまだ使える訳ですか?」
校舎から漏れてる不安そうな声を聞く限りは。う~む。俺はお姉様の方を向いて
「結局、ミユキ先輩は何だと思います? 彼らの目的は」
尋ねればお姉様は腕を組み。
「今回のこういう動きが目立ち始めたのは、ルーチェ再開のメドが立ってからだ」
一番最初は、確かアオイちゃんがルーチェに引っ越して来たときだっけ。
「それに神条会がルーチェ付近をシマにしていたのは学園生の多くが知っている。これがニュースになって公の知るところになれば、あの通りを訪れる客は大幅に減るだろうな」
だろうね。わざわざトラブルの可能性があるとこに遊びに行っても仕方ないし。
「とにかく今回の”アピール”はルーチェスタッフに学園生が絡んでいると言う点も踏まえ、確実に再開のマイナスになったろうな」
やれやれ面倒な。頭痛がする。
「店の再開を妨害したいんですか?」
尋ねる俺にまた流し目。
「聞くぞ。営業妨害して得られるメリットは? いや、もう少し言い方を変えよう。上納金を諦めてまでルーチェを閉店へ追い込み、再開も妨害し、その上で何を狙っているんだろうな?」
神条会が狙っているもの……。何だろうか。単なる営業妨害が目的なら店に嫌がらせをすれば良い。わざわざ学園に来る必要がない。もっと言えば直接的に再開を阻む手だってあるはずだ。例えば店を荒らすとかボコボコにするとか。
通報される恐れがある? いや、そんな事は心配してないか。こうして学園に大の大人が凶器を持って不法侵入してるんだ。こっちのがよっぽど刑事罰は重くなるはずだ。
そのリスクを踏まえた上でこんな回りくどいことをした理由は? 店を傷つけず、しかし再開はさせないように脅した理由は?
そうして腕を組んだとき、俺はミィちゃんやマリサとルーチェから帰るときに聞いた、あの擦れ違いざまの一言が脳裏を過ぎった。
”兄貴どうします? あの喫茶店ごとやりますか?”
”アホか不動産の価値落とすようなこと言うんじゃねーよ。今日は下見だ。下見”
「土地、店そのもの……とかですか?」
顔をあげれば既にお姉様は柔道場のある桜花ホールの方へと歩き始めていた。俺が小走りで追いかけて隣に並べば
「ミキにはもう少しアオイの側に居てもらうことにしよう。念のために桃花もつける。それから……」
少しだけ俺の方を向き、その長いまつげの目で俺を見て
「アオイがここに来た本当の理由。お前にも話しておこう」
どうもご無沙汰してます無一文です^^
お陰様で桜花シリーズが100万アクセス突破です。
ほんと千里の道も一歩からですね。
追記:没頭している執筆があるので、更新遅くなります。
忘れたころに見に来て下さい^^




