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京太郎日記

 満開の桜で彩られた桜花学園とその周囲は、色も香りも春めいていた。 

 朝に聞く鳥の音には鳴くと言うより歌うという表現の方がしっくりくるし、外に出るとその心地よさには思わず伸びをしてしまう。

 例えば早朝午前5時。いつも通りに甘えっ子な義妹が京太郎君の上にヨイショと乗って

「まな板トントントン。まな板トントントン。真っ赤なまな板トントコトーーン」

「何を刻んでたかは聞かないよミィちゃん。モーニンモーニン。天気いいね」

 これもまぁ歌に聞こえなくはない。春真っ盛りだ。


 さて、俺こと後宮京太郎君はこの春眠暁を覚えずというような日でも早朝から部活の朝練。

 柔道場ではミユキ先輩のもと、可愛いミィちゃんと一緒に受け身の練習でパンパンと青畳を叩いていた。

 しかしながらこの柔道部、よくよく考えてみれば色々と面白い。まず部員の得意技。

 義妹曰(イワ)

”間合い3mからの後ろ回し蹴りが大好きです”

 柔道じゃない。

 お姉様曰く

”もちろん抜刀術だな。宴会芸としてなら空中で投げたリンゴは落ちるまでにスリリンゴに変えられる”

 さも当然ですね。

 京太郎君曰く

”早口言葉かな。口先だけなら誰にも負けない”

 ひどいな俺。もう少しキャラ作ろうよ。

 ご覧の通り、見事に全員が柔道してない。まぁともかく練習そのものは柔道だから柔道部で良いんだろうね。

 しかしどうしても気になるので

「ミユキ先輩、やっぱり外周でも”それ”を着けるんですか?」

 ”外周”とは学園の外を走るトレーニングで、”それ”とはもちろん朱塗りの鞘、名刀童子切安綱。

 言えばお姉様

「ああ。体育会系だろ」

 と可愛くニッコリされたらどうしようもない。


 朝練が終わるといつも柔道場の前で

「お疲れ様キョウ、ミヤコちゃん」

 と100万ドルの笑顔でお迎えしてくれる美少女はもちろん幼馴染のマリサだ。

「お疲れマリサ。お前なんて朝練免除のスーパーエースなのによく頑張ってるよな」

 言えばツインテールはミィちゃんの頭をヨシヨシと撫でながらも

「だってキョウとミヤコちゃんが朝一から学校行くのに、私一人だけ寝てたら格好悪いじゃない?」

 そうでもないけどな。俺もミィちゃんの頭を撫でながら

「じゃぁ俺とミィちゃんが朝練なかったらマリサどうするの?」

「キョウをビンタで起こしてミヤコちゃんをヨシヨシで起こして連れてくわ」

 ねぇ君ならどこに突っ込むよ? まぁそんな具合にいつも会話しながら校舎に向かうわけだ。

 ちなみに今日は朝礼があるのでグランド待機ね。

 歩いてる間せっかくなのでマリリンのハイスペックぶりを脳内にてアルファベット評価してみよう。

 容姿A、頭脳A,スタイルA、運動能力A、カリスマ性A

「バストサイズA」

「京太郎さんちょっとお話がありますの」

 情報漏えいが命に関わる良い例だ。良く覚えておいてほしい。


 一方、一足先に道場を出た園田美雪は今日も生徒会長でありながらも生活指導員でもあるため、桜舞う正門の前で朱塗りの鞘を手にして

「今日は朝礼があるぞ! 歩いてるやつはささっと走れ!」

 と凛とした声を響かせていた。そこへ駆け込んでくるクマのように大きな生徒は京太郎のクラスのクラス委員長であるヒロシだ。

 彼は正門前でミユキの姿を見つけるや否やキチンと気をつけして

「おはようございます園田先輩!」

 礼、だ。その姿にミユキも頷いて

「おはよう紅枝。朝から元気が良いな」

「はい! これも園田先輩の御指導の賜です!」

 とオジギすればミユキは笑顔で

「そうかそうか。ところでお前は今年からバスケットボール部の副キャプテンだそうだな」

「はい! お陰さまで重要な役割を頂いております!」

 ヒロシも笑顔。ミユキもまた笑顔で頷いてから

「ところでそんな重要な役割を担うお前がどうして朝練を寝坊しているんだ」

「い、いえその。別に寝坊とかじゃなくて電車に遅れが出たと言いますか」

 笑顔の強張るヒロシにミユキはあくまでステキ笑顔。

「なんだそうなのか。最近はシステム入れ替えの関係でダイヤが乱れてるから4回連続も仕方ないか。ハハハ」

「そうですよね! システム入れ替えなら仕方ないですねハハハ」

「何ていうと思ったか?」

 ヒロシの血の気が引き潮のように引いた。ミユキは冷淡な笑みで

「私鉄のシステムよりまずはお前の性根を入れ替えてやる。そこに直れ」


 グランドにて。生徒会役員の位置で待機しつつも手を振っている京太郎を見つけて、ヒロシは

「よう」

 と挨拶したのだが

「ん? どうしたんだキョウ? この前に電話で俺を罠にハメた借りを返してやろうと思ったら割と満身創痍じゃないか」

「ようヒロシ。いや、笑う門に災い来たるってヤツさ。お前も負けず劣らずボロボロなのには突っ込まないでおく」

「お互いのためだな」

「そういうことだ」

 二人でコツンと拳を合わせた。


 さてミユキ先輩の激が効いてるようで、グランドに続く坂を見守っていると急に駆け上がって来る生徒が多くなった。

 隣ではミィちゃんがマリリンのテールで

「これをこうして、回して、そこで穴に通して捻ってまた通して……」

「み、ミヤコちゃんあの、元に戻るのかな?」

 なにやら遊んでいた。ちょっと不安そうに後目で見てるマリサが面白い。ちなみに一年ほど前に俺がシャレでテール同士をこっそり蝶々結びしたらミニ破城槌が来ました。

「おはようございます」

 というこの鈴を転がすような声は間違いない。振り返ればやっぱりアオイちゃんだ。

 いやー実はここでものすごく紹介したいことがあるんですよね。もうニヤニヤが止まらない俺がキモい。さてそれではどうぞ。

 マリサは警戒してちょっと引き気味、ミィちゃんはいつも通りというかマイペースにマリサの髪をイジイジ、アオイちゃん目がキラキラ。

「あの、八雲先輩……」

「な、なにかしらアオイちゃん?」

 キてます。すごく。

「今日も綺麗です。とっても」

 溜息のフワフワさんは倒置法です。

「あ、ありがとうアオイちゃん」

「今度の八雲様ファンクラブの懇親会いつですか?」

 はい。このボクッ娘、マリサのファンクラブの旗頭になりました。まぁアオイちゃんがアヤ先輩クラスに萌えに関してセンシティブだったという事実に気付けば自然な成り行きかもしれない。

 そういうわけで恐らく史上最強にして唯一のマリサの天敵となりました。

 額に青線落としてるマリサに羨望全開な眼差しで歩み寄りながらアオイちゃん、その両手でマリサの手を掴んで

「ボクもお姉さんって呼んでいいですか?」

「え!?」

 おお素晴らしいですねアオイちゃんマリサがプチ涙目で赤面してるじゃないですかもっとやれ

「良いですよね?」

 さらにキラキラ目線で歩み寄るフワフワさん。助けを求めるようにマリサがミィちゃんの方を見れば義妹はニパーっとして

「私の姉さんはアオイちゃんにとってもお姉さんですマストビー」

 さすがミィちゃん天然ゆえのエゲつなさはもはやシスターズ最強。

「そうですよね。それじゃぁお姉さんで」

 機を逃さないアオイちゃんはシスターズ最凶。彼女は頬を染めつつも

「それにあの、ミヤコ先輩とお姉さんは同じ部屋で寝起きしてるって(センパイ)の噂で聞いたんですがその間にボクが入ると言う選択肢はないですか? ないですか?」

 訂正。シスターズ最高。

「サンドイッチ」

 この子も脳内言語漏れてないかな?

 一方でもはや万事休すというかHP0なマリサはアオイちゃんに手を握られつつも俺にヘルプのアイコンタクト。

”た、助けてキョウ!”

 さぁやって参りました俺のターン! 日頃のご恩返しをここでせずにどこでする? 期待に応えて見せようホトトギス。

「ねぇねぇアオイちゃん」

 俺が声をかけると振り返るフワフワさん。俺は彼女に向けてクールに

”マリサはお姉たんかお姉たまって呼ばれたいらしいよ”

 って言おうとしたらマリサが100万ドルの笑顔で


”余計なことホザいたらブチコロス。わりと時間をかけてコロス”


 それはアイコンタクトどころから空の雲で文字を描くほどの執念深さと意思の強さ。

「天気いいね」

「兄さんの顔色が青空見たいですマストビー」

 ヘタレな俺だった。


 早乙女先生のやる気も覇気もない授業やらを挟んで昼休み。春は恒例、グランドの染井吉野の下で俺とシスターズは花見を兼ねたお弁当。

 俺が美月ちゃんのお弁当からダシマキ卵を失敬しつつ

「しかし桃介って毎回毎回カツサンドだけど、ほんと飽きないのかなぁ」

 言えばミキさんが自分の超豪勢和風弁当に水飴をトロトロかけながら

「ええ。でも桃花からカツサンドを取ったら何も残りませんから」

 ワリとひどいこと言うねお姉ちゃん。一方でアオイちゃんとミユキ先輩は交互に

「ほらミヤコ。あ~んしろ」

「はいミヤコ先輩。あ~んして下さい」

 とか親鳥と雛鳥みたいなことをやっていた。お陰でミィちゃん、自分のお弁当には手が付いてない。そういうわけでそれも食べてる俺。

 ちなみにどれも美味しいんだけど、最終的に一番ハシを伸ばしているのはマリサの赤いお弁当だ。

 昔から良く食べてるというか食べさせてもらってるせいで自分の好みに合って来たというか、いやたぶんマリサが合わせてくれてるのかも知れない。

 ともかく早い話が

「ん~家庭の味というか。これなら毎日いけるな」

 身近な味なのだ。呟きながらもオカズを失敬してたらちょっと赤面してるマリリン。気になったので

「風邪ひいた?」

「キョウのせいじゃない。別にいいけど」

 そっぽ向かれた。

「アオイ! 今度は私がミヤコに食べさせる番じゃないのか!」

「ミユキ先輩! こういうときは後輩に譲るのが先輩としての務めじゃないんですか!」

 最近、義妹の私物化が著しい。

「お~。さっそく始めてるなぁ」

 と袋を手に遅れてやって来たのは小麦色の肌がトレードマークの

「ようティラミス」

「午後の授業覚えとけステビア」

 モモスケです。俺の正面にどかっとアグラをかいてビニール袋からカツサンドを取り出せばミキさんが

「せっかくなので私の特性水飴を使ってもいいですよ」

「せっかくのカツサンドが台無しなるからいらへん」

「可愛い妹だから特別です」

「優しい姉の頼みでもあかん」

「毎日の食卓にミキキャンディソース」

「CMっぽくしてもあかんもんはあかんで」

 桃ちゃんに手をヒラヒラとしてあしらわれてミキさん、ショゲました。体育座りしてブルーになってるとミィちゃんがその頭をよしよし。

「ねぇミヤコ。どうして世の中から戦争なくならないんでしょうね」

 すごく関係ない世の不条理を義妹に語り始めました。

「バルス」

 そしてもう滅ぼしました。ミキさんキャンディに命かけてますね。

「キョウ君。そろそろデザートなんてどうかな?」

 とはポニーテルの女神様こと美月ちゃん。今日もリボンがとっても可愛い。クッキーがとっても怖い。

「少しは今日は多く作っちゃって」

 と赤面してる美月ちゃんああ可愛い。なんで昼から俺命がけ? マリリンにヘルプアイコンタクトしようと振り返ればそこではお姉様ことミユキ先輩も朱色の包みもオープンしていて

「遠慮するな八雲。さぁたくさん食べてくれ。私のクッキー」

 マリサ涙目。こっちが阿鼻叫喚地獄なら向こうは無間地獄でした。

 

 そんな具合にお昼も終わって午後の授業、ばっちり睡眠学習を行った俺は部活のため元気良くミィちゃんと柔道場へ。

 朝練で基礎的な練習をするので、放課後の練習、いわゆる部活動の時間では主に実戦形式の試合が行われるのだ。

 無論、部員が3人なので審判にミユキ先輩が立てば俺とミィちゃんが取り組むことになる。で、ここでいつもビッタンビッタンにやられます。

 想像して下さい。音速の壁をブチ破る脚力による足払いとか。

 で、そういう悔しさをお兄ちゃんは帰りの食堂でぶつけるわけです。何で勝負するかって? アッチ向いてホイ。

「あっちむいて~……」

 食堂テーブルで向かい合い、目の前で人差し指をクルクルとするとミィちゃんの真剣なクリクリ目もくるくる。

「ホイ」

 と上を指せばミィちゃん上

「ホイ」

 と下を指せばミィちゃん下

「ホイ、ホイ、ホイ、ホイ」

 全勝である。ミィちゃん悔しそうに涙目。お兄ちゃん勝ち誇って腕組み。

 これはお兄ちゃん無敗なのだハッハッハ。笑いたければ笑うと良いよ。


 ともかくそんなことをしてる間に練習を終えたマリサがやって来ればゲームセット。3人で仲良く帰宅。と相成る訳です……っと。


「ふ~む、日常生活を綴って見たけどすごく平凡な内容だよな」

 と俺こと京太郎君は夕食の片づけを終え、自室にてPC画面に写る”今日の一日”と題されたテキストファイルとにらめっこしていた。

 しかしこれとももうすぐ決別か。いや少しの間だよな? 少しの。出ないと俺立ち直れないからね。

 と、目をやった先。ハンガーにかかった制服ブレザーの隣には、新調されたセーラー服がかかってあった。


 明日、火曜日からルーチェ開店の週末まで、俺はステビアになります。極秘で。

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