ビッグベン
普段は気兼ねなく接してるとはいえ、お互い私服かつ二人きりでショッピングというこの露骨にデートめいた雰囲気ではどうも妙に意識してしまう。
例えばなんとなく歩調を合わせようとしてたり互いの距離を気にしたり。
二人で通りを歩きながらどうでも良い話をして平静を保とうとするも、二人の肩が接触しただけで
「おっとワり!」
「い、いやいやウチも!」
とか何やってんだという感じだ。これじゃまるで……。
まぁそんな具合にウロウロとしてるんだけどここってアオイちゃんとミキさんの生活圏内だし、マリサとミィちゃんが買い物に来てるし、場合によってはアヤ先輩とヨードーちゃんがフラフラとしてる可能性だってあるのだ。知り合いと遭遇する可能性大。
たぶん俺と同じことを考えているであろう桃ちゃんもあっちやこっちをキョロキョロとしている。
俺も俺でツインテールや義妹に見つかったら半殺されるけど、黙ってお出かけしてた相手が桃ちゃん一人と言うこの状況はいっそうマズイ気がする。
同じ具合に連れが俺こと京太郎君というのは桃介にとってヤバイんじゃないだろうか?
「な、なぁ桃介?」
「な、なんや?」
クソーなんで声かけるだけでこんな固いんだよ俺達!
「万が一だぞ? さっきも言ったけど今日はマリサやミィちゃんもここに来てるし、ミキさんとアオイちゃんはここに暮らしてるからエンカウントする可能性あるからな?」
桃花にとってマリサと遭遇するのはあまり問題無い。というかそもそも一番バレたらアウトな京太郎にメール送った時点でもうあまり怖いものはないのだ。
だから
「別にマリィやミィミィやったら構わへんけど?」
「ごめんなさい俺が半殺される可能性あるので一緒に隠れてください」
ややこしくなってきた。
桃花と京太郎をよそに、マリサとミヤコはルーチェにてアオイとミキの用意した昼食を楽しんでいた。
テーブルにて。ミヤコとマリサから事情説明を受けたアオイは大きく頷いてから
「……ヒドイですね! ミヤコ先輩とのデートをドタキャンなんて白米に水飴かけるくらいありえないですね!」
「アオイ。それは私に対する穏やかな宣戦布告ですか?」
ミキさんがムっとする一方でマリサはつまらなさそうに頬肘をつきながらサラダにドレッシングをかけつつ
「それにしても何の用事かしらね~? さっきからそればっかり気になって。自分で言うのもなんだけどずっと上の空よ」
「姉さんそれドレッシングじゃなくて姉々の水飴ですメイビー?」
「あら。また間違えちゃったかしら?」
「いいえマリサはそれは正しい選択ですフフフ」
「……みたいな感じで今はどこぞで昼食を取ってる可能性が高い。よって今からぬいぐるみ見に行こうぜ?」
と人差し指を立ててクールに力説する京太郎に
「ふんふんなるほど。ほな行こ!」
と頷く桃花。今日は珍しく死亡フラグ回避の方向に働く京太郎の勘であった。
さて桃ちゃんに案内されるままジュース片手にやってきました目的の店。なるほどこのオサレな通りにマッチする上品なお店だ。木の温もりが感じられるような造り。
そう広くはないものの所せましと、しかしお行儀よくぬいぐるみ達が棚に座ってお出迎えしてます。値段も多種多様なんだけど最低でも5000円から。思ったより高いのね……。
「さ~とりあえず入ろうぜ。約束どおり多少のバ……桃ちゃん?」
振り返ってみればもう、入る必要なんてなかった。それこそ小学校低学年の女の子の勢いで目をキラキラさせていて、そのキラキラ光線の先にはウィンドウ越しに
「で、でかいな……」
と俺が思わず口から漏らすほど大きな。たぶん1mはある超特大のぬいぐるみ。そこにもう釘付け。両手とかもお祈りするみたいに組んでます。
「可愛い~!! すっごい可愛い~!! 可愛い~!!」
連呼してます。嫌な予感するけど価格は……? 見ればしっかり60000円。お財布空にしても足りません。
「ね、ねぇ桃ちゃん。中も見てみないかな?」
「も、もうちょっとだけ! お願いもうちょっとだけこの子とお話させて!」
だめだもう完全に魂込めちゃってるよ! 額に青線落としつつ見守ってると扉を開けて出てきたのはエプロンしたオジさん。店長のようだ。
オジさんはトリップ状態の桃ちゃんをしばらく見て、次にそれを見守ってる俺を見て、また桃ちゃんを見て、ハァと溜息を吐いてから彼女に歩み寄っていきました。
あ~さすがにこれだけ噛り付いてるとあれなんかなぁ、と気まずく飲みかけのコーラを口にした。
「彼氏にオネダリするんだお嬢さん!!」
そして盛大に吹いた。ゲホゲホむせてる俺に今度は歩み寄ってきて
「そこの彼氏!! 彼女が全身全霊であの子の里親になりたいオーラを発していると言うのにそれに対する返答が店先で毒霧噴射とはいかがなものか!?」
テメェのせいだ120円返せ!! 言いたいけどノドが痛くて返答できない! 後では赤面発火してる桃ちゃん。オッサンそれを良い事に
「さ~あそこのウブなジュリエットのために男になってみせろセバスチャン!」
「誰だよセバスチャンって!! そこは100歩譲ってもロミオだろ!!」
「この期に及んで言い訳するのかサミュエル!?」
「言い訳しねーよしかも名前また変わってるだろ!」
とかスゲー不毛な言い合いしてたらまた扉が開いて
「うるさいですねお前らはこっちはいろいろと昼寝とかに忙しいのにこれじゃ一睡もできないじゃないですかウンコ共」
スゲー毒舌吐きつつ目をコスリながら出てきたのは
「「早乙女先生!?」」
うちの担任でした。俺と桃介のリアクションにオジサンは
「なんだジュン君。このカップルと知り合い?」
「目に入れても痛くない私の隠し子達ですよテンチョ」
ねー? 何から突っ込んだらいいと思うねー? オジサンは眠そうな担任を再び店内に押し返しながら
「話ややこしくなるからジュン君は引き続き寝てて。その分はしっかりバイト代引いとくけど」
「あーあー世知辛いですねお前ら本当にふやぁニャムニャム」
もう突っ込むのやめます。ポカンとしてる桃ちゃんをよそにオジさんは俺の方に再び歩み寄ってきて耳元に
「事情はだいたい分った」
「たぶん全然分ってないと思いますよ」
「しかしもうそんなことはどうでも良いんだ」
良いのかよ。
「大事なのは君があの子にぬいぐるみをプレゼントしてあげたいかどうか。その気持ちだ」
急にマトモな話題になった。しかしながら
「まぁ確かにバックアップぐらいはしたいですけど、手持ちが今2万しかないんで……」
ポリポリ頭をかけば店長は真顔で頷き、今度は桃ちゃんのほうに歩み寄ってなにがしかボソボソ。俺の顔を見てから急に赤面して首を左右に振る。
何かいらぬことを言ってるようだ。しかしもう一度言われると今度はやや恥ずかしげに目を逸らしながらもコクン。オジサンもコクン。
そしてまたまた俺の方に歩み寄ってきてからポンと手を置き
「やっぱり彼氏じゃないか!」
「「えー!?」」
俺も桃ちゃんも同時に叫んだ。
「まーその話を置いておくことにして、彼女の気持ちは充分に伝わった。彼女にならあの子の里親になる資格はあるだろう。だから彼女から今1万頂いた」
それから俺に人差し指を立て
「後はそんな彼女のために君がどれだけの気持ちで応えるかをみせてくれないか」
オジサンこの上なく真顔だ。今のセリフからするにオジサンのぬいぐるみに対する心意気は本物なのだろう。そしてこれはある種の駆け引きだ。
俺の気持ち次第であのぬいぐるみをあげようかどうか、そういうのを見てるんだろう。俺の出す金額が安ければ譲らない、高ければOKと。
しかしここで元値が6万だから全額の2万出しても釣りが来るだろうと考えるのは素人だ。あの6万という価格が適正かどうかという保障は全く無い。
店の言い値だから。だからここはうまい駆け引きをする必要がある……
わけないっしょ?
俺は無言でサイフをオープンして福沢先生2枚。それから小銭入れをひっくり返して手にジャラジャラ。それらをまとめてオジサンに差し出して
「これが俺のマックスです。全額」
言って見た。こういうのは理屈じゃないと思うんだ。ボラれようとそうでなかろうと欲しがったものの負け。まぁ俺が欲しいわけじゃないんだけどさ。
オジさん頷いてから俺の手から一万だけ取って、それをポケットにしまうかと思いきや桃介の前まで歩いて行って
「良かったな彼氏からのプレゼントだよ」
ニコニコとその一万円を握らせた。それから呆然としてる彼女に向って
「早速連れて帰るかい? それともデートの帰りまではウチで預かっておこうか?」
問えば即答。
「一緒に行きます!!」
「グレイト!!」
近くの喫茶店にて。俺の座る席にはテーブルを挟んで桃ちゃん。その隣にはスーパー特大のブラウンのぬいぐるみ。首には青のリボン。名前はビッグベン(桃ちゃん命名)。
あまりに大きいので注目の的。でも桃ちゃんそんなもの気にせず上機嫌の極み。フンフンフンと鼻歌口ずさんでます。初めて聞いたよ歌声とか。しかしながら
「可愛いなぁ」
思わず俺が呟けばまたまた上機嫌に
「やんな~! も~ウチも一瞬で一目惚れして絶対ウチの子にせなあかん思って」
「いやお前が」
「やんな~! このクリクリの目とかフサフサの毛とかもう~!!」
だめだイジれない。桃ちゃんがイジれない。ギューっとビッグベン抱いてます。
一方ぬいぐるみショップでは。京太郎のクラス担任こと早乙女は抹茶オーレをズズズと啜りながらも店長に
「これでまたうちすごい赤字ですねテンチョ。自分のやったことわかってるんですかねほんとに。あれってルーズベルト元大統領がいた頃に生産されていたタイプの限定復刻で最低でも200ま」
「何を言ってるんだジュン君。ワシが店を始めたのは商売のためじゃなくて里親を探すためのボランティアだって面接で力説したじゃないか?」
「まー私には被害でないから別にどうでも良いですけどね。抹茶オーレ美味しい」
そして夕暮れ時。ルーチェの最寄り駅、改札を抜けたところ。でっかいヌイグルミを抱いてる桃ちゃんは満面の笑みで俺に
「今日はホンマ大きにな! エロノミヤ!」
「いや感謝の気持ちがあるならその呼び方止めるといいよ。それから……」
「うんうん?」
大事にしろよ、って言おうとしたけどやめた。そんなこと言うまでもなさそうだから。それじゃ、万が一ツインテールに見られてもマズイし
「そろそろこれでお暇するわ。気をつけて帰れよ」
と手をヒラヒラと振ってから自分のホームに向おうとすれば
「ち、ちょい待ち」
ガシっと腕を掴まれて振り返れば何故か赤面してる桃ちゃん。
「い、一応、店長さんと約束したからな」
なんかゴニョゴニョいって目を逸らしてる。何だいったい? とか思ってたら俺にビッグベンをズイと差し出して
「抱っこして。少しだけ」
何の事やら分らないがここで時間浪費しててバッタリ遭遇するとバッドエンドだ。俺は言われた通りその大きなクマさんを抱けばフワフワとして良い匂い。
最初はこんな匂いしなかったけど……あ。そうかこれ桃介の匂いが移ったのか。どうりでフローラルとか納得してたら
「動くなよ絶対に」
とか念押しされて突然顔を寄せられたと思いきや頬に柔らかでシットリとした感触……って!!
「桃介!?」
「何も言うな!! なんも!!」
振り向けば顔真っ赤プラスぷち涙目の桃介。
「今お前俺に」
「だから何も言うなー!!!!」
叫びながら俺の腕からベッグベン奪取。そしてダッシュ。顔から火を出しつつも呆然とその姿を見送っていたら途中でピタっと止まって。
また振り返るとそこには桃介ではなくあの”ティラミス”が首を少しだけ傾げて微笑みながら
「今日は本当にありがとうございました。京太郎君。またデートしましょうね?」
たぶん顔真っ赤な上に超マヌケな顔してるであろう俺にクスっと笑ってから
「なんてな~! じゃーなエロノミヤ、バイバイブー!」
とまた元の関西娘に戻って、いつの間にかにやって来ていた電車に乗り込んでいきました。
「……」
呆然と見送ってしまう俺。しばらくして笑ってしまう。
「何が可愛いもの似合わないだよ、ふざけんな」
って。
「反則級にドンピシャってるよアイツ……」
呟いた。にやにやすんな俺きもいぞ。
「あ! 兄さん発見マストビー!!」
という義妹の声に振り返ればミィちゃんとマリサが。彼女達も今しがた帰って来たようだ。フー、何と言う危機一髪か。
コッソリ汗を拭ってから
「おう。お帰りマリサ、ミィちゃん」
手を振りながら歩み寄る。マリサと俺でミィちゃんの頭を撫でながら
「偶然ねキョウ。用事ってここのことだったの?」
というツインテールのクエスチョン。さてここでの受け答えは重要だよし選択肢。
1:そうだよここで桃ちゃんとデートしてぬいぐるみ買いに行ってました。
2:まさかついさっき巨乳のお姉さんがいたのでストーキングしてたら貧乳の知り合いに遭遇したっていう
3:いやいや。そろそろ帰ってくるかなと思って二人を待ってたんだ。
1は正直者が死ぬ例で2は嘘吐き者が惨殺される例ですね。これはどう考えても3が一番。
俺はクールに前髪を払ってから
「いやいや。そろそろ帰ってくるかなと思って二人を待ってたんだ」
ふーむ拍子抜けするほどうまく行ったな。言えば100万ドルの笑顔でマリサが
「なによ気が利くじゃないキョウ!」
ミィちゃんもヒマワリみたいな笑顔で
「兄さんお迎えありがとうサクスベリーマッチ!」
おおかつてないくらい素晴らしいまでの事の運びようではないか! ミィちゃんはまた機嫌良さそうにニコニコしながら
「でも本当にそうですか兄さん?」
「もちろんそうだよ。いつも美味しい料理作ってもらってるんだからこのぐらい当然」
俺もクールに微笑みながら応えると上機嫌なマリサは
「ふふふ本当にそうでしょうね~? キョウのほっぺにキスマークついてるわよ~?」
え!! 俺は慌てて頬を触って
「ウソまじ!? アイツ調子に乗ってそんな!」
「「……え?」」
「へ?」
ははー……。なるほど。アゲて落とすですか初歩的な戦術ですね。分ります。すいません現状で一句詠ませて下さい。
限りなく 絶対零度な 場の空気 情け無用の 笑顔がステキ
「……お相手はどなたかしら?」
マリリンその笑顔やめて。すごく可愛いけど今の俺には阿修羅より怖いよ。ミィちゃん助けてお兄ちゃん生命の危機だよ。
そんなとこで迷子のネコさんヨシヨシしてないでこの子を何とかしてくれないかな。ないかな? ないか。さて誰の名前を挙げようか。
1:ヒロシが冗談で軽く
2:シロクマが冗談で軽く
3:ヒグマが冗談で軽く
4:ヒロシ以外の人間全部、以外が冗談で軽く
これもう運命ですよね?
「ヒロシが冗談で軽く」
「ちょっと急用が出来ましたのでお先に失礼致しますわ京太郎さん」
俺は弾丸のような速度で疾走していくマリサを見送ってから携帯を取り出してヒロシにピポパ。
「ようもしもし? どうしたキョウ?」
「いや悪いな突然電話して。実はお前に話があるってマリサが飛んで言ったよ」
「なに!? この告白するには最適な春うららかな夕暮れに八雲様がお話があると全力で俺の元に向っているだって!」
「ああ。そうだ」
この告白するには最適な春うららかな夕暮れにお前を言われ無き罪でブチコロスべく全力です。
「よし分った! 八雲様には学園の教室で待ってると伝えてくれ! よしいくぜ!」
「グッドラック!」
まじで。俺は通話を切ってからマリリンにシロクマの位置情報を送信っと。ふいー助かった。
ホっと溜息を吐いてからネコをジャラしてるというか同レベルにジャレ合ってるミィちゃんのもとに歩み寄って
「ミィちゃん帰ろっか」
「兄さんこの子持って帰りたいです」
ネコ抱っこしてるミィちゃんの頭を撫で撫でして
「もしかしたら誰かの飼い猫かもしれないからさ。そこに放して?」
「ううう。でも」
「メー」
「はい」
いいこだ。ネコを降ろしてから周りをキョロキョロ見て
「姉さんはどこですかメイビー?」
「ああ。なんか急用が出来たとかで先に帰っててってさ」
「急用ですか?」
「うん。なんでもクマ狩り的な何かで」
「シーシェバードが怒りそうですねマストビー」
「アハハ。あれはクジラだよ」
一方自宅こと園田神社に着いた桃花はさっそく自室のベッドにビッグベンを座らせて、そしてそれに抱きついて
「あ~可愛い~!! すっごく可愛い~!!」
頬ずり。それからいつも夢を一緒に見ているテディベアも抱き寄せて
「ハンナ~。新しい家族よ御挨拶は~」
「は~い」
と何やら始めていた、時に扉がガチャリと開いたので振り返れば美月が立っていて
「桃花ちゃん、ゴハンできたけど……」
大小二つのぬいぐるみを抱いてベッドに寝そべりつつも顔から火炎放射な桃花にキョトンとして、でもクスリと笑ってから
「ごめん。お邪魔だったかな? それじゃぁクマちゃんとお話が終わったら食べにきてね、フフフ」
と扉を静かに閉めた。それから階段を降りつつ
「てっきりあの子はマリリンが買ってくると思ってたんだけどなぁ」
クスっと笑った。
「それが今日行って見たらついさっき売られたって聞いてビックリしたわ」
「へ~。そういうことがあったんだ」
自宅にて夕食。マリサの話してくれた内容は今日、訪れたぬいぐるみショップから一番大きなぬいぐるみが消えていた、とのこと。間違いなくベッグベンだろうね。
「あの子って間違いなく世界に20もない限定テディベアだったと思うんだけど」
「そりゃないんじゃないかな?」
高価だけど6万だし。
「ん~……そうかなぁ? 昔フランスのパリで見かけたのと確かに同じだったと思うんだけど」
相変わらずブルジョワなツインテール。
「ちなみにいくら位?」
尋ねればマリサは指を折って
「日本円にすると当時で300万くらいかしら?」
「あはは。そりゃ間違いなく別物だよ」
とか会話してたらエプロンつけた義妹がキッチンからニョキっと顔を出して
「紅茶とコーヒーどっちが良いですか?」
午前0時。過ぎたるは猶及ばざるが如し。
こういう言葉はやっぱり、自室のベッドでアヒル座りし、両手で持った携帯の液晶画面に噛り付いてる桃花にはピッタリなのかも知れない。
「こ、この文章なら大丈夫やろな。いくらエロノミヤでもきっと大丈夫や。よし、うん」
何度も読み返しては推敲を重ねたメール本文を見直し、頷いた。しかし送信前に一度携帯を閉じてテディベアのハンナとビッグベンを抱き寄せて目を閉じる。
「うん。勇気もろた」
そして送信すべく携帯を開いた。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。人間の注意力は資源のように限りがある。
今回のケースでもまたメール本文に注意力を割くあまり本文以外までは気が回らず、結果それが原因で不本意なメールとなってしまうことだ。
例えば宛先とか?
「おっと危ない危ない。宛先がエロノミヤになってるやんか!」
慌てて”マリィ”へと変更し、送信。
「危ない危ない。もうウチは早とちりやからなアハハ」
ホっと溜息。そしてしばらく。
「……」
目をパチクリ。
「今のはエロノミヤで良かったんやん!!」
「あら? 桃花じゃない」
自室にてミヤコの髪にドライヤーを当てていたマリサは片手で携帯を開いた。
----
送信者:桃花
宛先:マリィ
件名:今日はおおきに
本文:今日はウチの用事につきあってくれておおきに! とても嬉しかったでエロノミヤ!
----
マリサはそれを見てクスリと笑って
「なによ用事って桃花のことだったんじゃない。それに宛先間違えてるわよもう」
そしてまだ続きがあるようなのでスクロールさせれば
----
本文:追伸:キスのことは気にせんでな
----
ピタリとマリサの動きが止まった。ミヤコが振り返って
「どうしたんですか姉さん? ワッツアップ?」
「ちょっと待っててねミヤコちゃん」
ドライヤーを止めておもむろにマリサは立ち上がった。
「ふ~む何だろうか。この言い知れぬ不安はタダごとではあるまいよ」
京太郎君は今現在、自室にてPCに向かい昨日の続きを読書中。そこへコンコンとノック音。
「開いてるよ~」
「お邪魔致しますわ京太郎さん」
一方残されたミヤコが姉の帰りを待ってベッドに腰掛け、足をブラブラさせてると隣の兄の部屋から威勢の良い音が聞こえてきたので
「また姉さんのスキンシップですねマストビー」
クスっと笑った。それから新着メールを知らせて震えた自分の携帯を取るべくモゾモゾと這って机に手を伸ばす。
開いてみれば
----
送信者:お姉様
宛先:私のミヤコ@アオイにはやらん
件名:おやすみのメール
本文:
カギはしっかりしたか?
歯はキチンと磨いたか?
そうかイイコだなミヤコはフフフ。
おやすみなさい。明日も朝練楽しみにしてるぞ。
追伸:今日はやたら桃花の機嫌が良かった。何かいい事があったらしい。
----
ミヤコはまたクスっと笑ってから返信メールを打った。そしたらその直後に再び新着メールが。
----
送信者:兄さん
宛先:ミィちゃん
件名:なし
本文:たすけtあsd
-----
ミヤコはまたまたクスと笑ってから返信メールを打った。
「仲良しは良い事ですマストビー」
それから自分もその遊びに加わるべくベッドから降りて、兄の部屋へチョコチョコと向って行った。
今日も後宮家は仲良しのようだ。
「マ、マリリン落ち着くんだ! 深読みしすぎだ! その浅い胸のように軽く考え」
「逝って来なさいな!!」