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桃とティラミス

 過ぎたるは(ナオ)及ばざるが如し。

 こういう言葉は今、自室のベッドでアヒル座りし、両手で持った携帯の液晶画面に噛り付いてる桃花にはピッタリなのかも知れない。

「こ、この文章なら大丈夫やろな。マリィならきっと大丈夫や。よし、うん」

 と頷く彼女。実は明日の日曜日にマリサがルーチェの通りへぬいぐるみを買いに出掛けるということを美月から知らされており、それに自分も付き合いたいという旨の連絡を入れようとしていたのだ。

 しかしながら上から下までがお嬢様なマリサ、同じく上品で女の子らしい可愛げに溢れた美月ならいざ知らず

「やっぱりウチがぬいぐるみって、イメージちゃうもんなぁ」

 日焼けした腕を見てから少し肩を落としつつも、いつも自分が抱いて夢を見るクマのぬいぐるみを抱き寄せる。

「でもまぁマリィは口固いし、それにウチの言うこともたぶん信じてくれるやろな。うん」

 そうして自分を納得させ、先ほどから何度も何度も読み返して推敲を重ねたメールを送信。それから携帯を閉じた。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。人間の注意力は資源のように限りがある。

 今回のケースではメール本文に注意力を()くあまり本文以外までは気が回らず、結果それが原因で不本意なメールとなってしまったことだ。

 例えば宛先とか?


「ん? こんな時間にどうしたんだ桃介」

 と俺こと京太郎君が携帯を開いたのは午前0時。自室にて読書(むふふ本じゃないですよ)に励んでた時だ。

 まぁ明日はミユキ先輩が部活休みをくれたから多少の馬鹿話には付き合ってあげようか。なになに。


---


送信者:桃ちゃん

宛先:エロノミヤ

件名:絶対に一人で読んでください。絶対に誰にも言わないでください。そして読んだらすぐ消して下さい。

 

---


 ……不幸のメールとかじゃないだろうね? ともかく俺は本文を見た。


---


本文:

明日、ぬいぐるみ、ウチも一緒に行っていいですか? 誰にも内緒やけどウチもぬいぐるみが大好きです。

ウチにそういう可愛いもののイメージは合わへんから皆に黙ってたけど、コッソリ打ち明けることにしました。

他にも明日打ち明けたいことがあります。お返事お願いします。


とうか

---


「……」

 腕組み。思案。

「これはどう受け止めたらいいのかいろいろと難しいな。かなり」

 まず文面がおかしい。

「桃介はこういう感じじゃない」

 例えば前のヤリトリとかこんなの。


---


送信者:桃ちゃん

件名:Re:Re:Re:Re:おまえマジで授業中ポニーでアヤトリしてやるからな。



>モチに砂糖醤油はありえんだろ。

ミタラシの旨さを知らん時点で人生半分損しとるわ。


>つーかお前椅子の上でアグラかくのやめろ。誘ってるのか

そんなんウチの勝手やろ。つーか授業中は黒板かノート見とけや。


>お前まじでバカだろ? あのツインテールに次ぐバカだろ?

はぁ? バカ言う奴がバカやろ。 あとそれマリィにチクるからなエロノミヤ


>↑すいません上は言葉のアヤなんです。すいません死にたくないんです。

もう遅いわアホタンめ。マリィに送信や送信や。


---


 ちなみにラストメールのお陰で俺は翌日に青アザ作りましたよハイ。

 まぁこれが普段の桃ちゃんメールなのだ。

 しかしながら今しがた来たこのメールが冷やかしとかギャグに見えるかと言えばそう感じないからビックリだ。

 冗談めいた雰囲気がない。

「……オオマジなんだろうなこれ」

 文面見直す。なんかしおらしい。しかしまぁ桃ちゃんがぬいぐるみねぇ……。

「ふふふ」

 いやニヤニヤすんな俺きもいぞ。

 ま、意外と言えば意外だけど桃ちゃんにも女の子らしいとこあって安心といえば安心だな。

 いやむしろルーチェで見たあの”ティラミス”を考えたらこのぐらいはないと不自然か。

 何で俺が御指名なのかは分からないけど

「ヒマ出しつきあってあげようか。はいはい口外もしませんよ。メールも消しますとも」

 俺は削除キーを押してから返信メールを作成し、ポチっと送信しておいた。


 握りしめていた携帯が鳴って急いでオープンした桃花だが、差出人が京太郎だと分かると緊張の解けた溜息を吐き

「なんやエロノミヤか。こんなときに空気読めんなぁ」

 苦笑いしながら開いた。


---

 

送信者:エロノミヤ

件名:了解したよ。メールもちゃんと削除した。


---


 桃花は瞬く間に石化した。脳内で割と絶望的なファンファーレがなった。自分がさっき送信した宛先とかもう恐ろしくて見れない。

 顔が耳まで真っ赤になった。涙目にもなった。いろいろ、終わった。さらば神条桃花。またアリアハンで会いましょう。

「なんでエロノミヤやねーーん!!」

 小さく叫んだ。それからベッドの上を3往復ぐらいハイスピードでゴロゴロした。オリンピックにこういう競技があったらたぶん世界新で金。

 そしてうつ伏せで静止。

「……」

 枕に顔を埋めたままちょっと泣いた。

「……グス」

 もうちょっと泣いた。

「……」

 顔をあげて涙目のまま本文を開いた。


---


本文:

それじゃ明日の昼前、ルーチェの最寄り駅集合で良いか? 

悪いけどぬいぐるみとか良く分からないから、適当にエスコートよろしく。

まぁメシのうまいとこぐらいなら案内できるけど。

あとそれから自分に可愛いもの似合わないとか言うのやめようか。

お前がテディベア抱いてたって別に変でも何でもないぞ?

騙されたと思って鏡の前でそういうの抱っこして見るといい。で、マジマジ見ろ。

それで似合わんとか思うならマジ眼科いっとけ。じゃ、また明日な。遅れた方が昼飯おごりで。


PS:

ぬいぐるみの相場とか分からないけど欲しいのあったら言ってくれ。

少しぐらいはバックアップするぞ??


---


「……グス」

 鼻を啜ってから桃花は呟いた。

「アホタン」

 真顔で言った。でもすぐにクスっと微笑んでからぬいぐるみを手にしてモゾモゾとベッドから降り、姿見の鏡の前に立って見る。

 そこには小麦色のオーバーポニーの美少女が少し涙目でテディベアを抱いていた。

 小恥ずかしくて普段はあまり見ない鏡。それをマジマジと見つめてから呟いた。

「眼科にはいかんでもええか」

 またクスっと笑った。それからいつものように

「ん~!! 可愛い!!」

 ギューっと抱き締めた、時にガチャリと扉のオープンする音に振り返るとそこには美月が立っていて

「ご、ごめん桃花ちゃん。まだ起きてるみたいだったから紅茶淹れたんだけどその……」

 キョトンとしている美月に桃花はまた顔から火を出して

「あ、あのこれはクマだけにベアハッグの練習を……!」


「さて明日はどうしたもんか??」

 読書再開するも頭に入らない。きっと今読んでる無一文っていうヤツが書いたネット小説がいまいちなんだろうな。なんか自己否定してる気がするのは文字通り気のせいだ。

 ところで偶然かどうか明日はマリサとミィちゃんがルーチェのあの通りで何か買い物があるらしく、一応は俺も一緒に行く予定ではあったんだけど

「俺指名な上に絶対誰にも言うな、だもんな。すげー仲良しなこの二人に鉢合わせてもダメなんだろうか?」

 いや、良ければわざわざあんなメール送ってこないもんな。無粋な確認メール送るのはよしてさっさと寝るか。俺はPCをシャットダウンしてベッドに入った。


 翌朝9時。


「焼き肉弾きにミンチ肉~オジさんその子をどうするの~」

「初代スプラッタソングだねミィちゃん。モーニンモーニン」


 食卓にて。二人のお嬢様の顔には”不機嫌”って字が書いてあるんじゃないかってぐらい不機嫌です。

「兄さんはウソつきですマストビー!」

 義妹ブリブリ。

「当日ドタキャンってあんまりよ! もう」

 幼馴染ブリブリ。

「いや、ほんとゴメン。ちょっと急用でさ」

 俺平謝り。

 そんな感じで今日はマリサ手製の朝食頂いてるわけですが

「しかも用事の件まで言えないなんてありえないわよ」

 ツンツンなツインテール。ごもっともです。でも桃ちゃんとの約束ですから。

「浮気だったら許さないわよ?」

「すみません誰の誰に対する浮気ですかそれ?」

 とかマジツッコミしてる俺の隣でミィちゃんが

「まさか兄さんまたヒロシ君とハァハァしにいくんですかメイビー!?」

「あ~それ黒歴史!」

 予想通り顔真っ赤にして怒ったツインテールが立ち上がって

「相手選びなさいよ相手! せめてヨードーちゃんとかならちょっとは」

「マリリンそれ怒るポイントおかしくない?」


 まぁいろいろとお説教喰らいましたが、今は無事、ルーチェの最寄り駅に到着してます。

 目的地が近いのでマリサ達とはうまく時間をズラし、現在は午前11時、一人で桃ちゃん待ち。天気も宜しい。

 しかし今回は気になることが多いけどその中でもとりわけ気になってるのがあのメールのある一文。

”他にも打ち明けたいことがあります”

 だ。何だろうか? 関西娘は今になって何をカミングアウトしようと言うのだろうか。

 それにしても普段学校では桃ちゃんの後ろの席に座ってるのを良い事にポニー引っ張ったり紙ハリセンでビシビシやってるものの、いざこうして待ち合わせると妙に意識してしまう。

「素が可愛いだけになぁ」

 これはマジ話。普段のオッサンの振る舞いを知らず、初対面でニッコリされたら赤面する自信は大いにある。

 日焼けはしてるもののシャンと背筋を伸ばしてお上品に歩けばちゃんとお嬢さんにも見える。

 前にもいったけど

「桃ちゃんが美月ちゃんバリに振舞ったらエライ目に合うんだろうな」

 一人頷いてると

「それは例えばこんな感じでしょうか?」

 という透き通るような声に振り返ればそこにはあー何と言うことだ。ツヤツヤの黒髪を肩に滑らせた小麦色の美少女がニッコリ。

 上はちょっとセクシーな白の肩出しセーター。下はたぶんショートパンツだと思うけどセーターの丈が長くて見えません。むしろそれがさらにセクシーです。ブーツとの相性もいいですねハァハァ。

 いったいぜんたいこの美少女はどなたなんでしょうね本当にムフフ

「桃介か?」

「そうや。あと鼻の下伸びとるでエロノミヤ」

 目を細める桃ちゃん。いやでもそりゃ仕方ないだろお前その格好は……。

 よっぽど俺の視線がヤラしかったのか桃ちゃん、自分の肩をキュっと抱きながら赤面しつつこっち睨みながら

「あ、あんまジロジロ見んなやお前」

 やばいな今の仕草、すごく良いな。

「お前素質あるよすごく」

「何のや?」

「何でもないです。さ、とりあえず行こうか?」

 と俺が誘うと何やら意味深な視線を送ってる桃ちゃん。

「ん? どうしたんだ?」

 首を傾げると

「もしウチが仮にな? 仮にやで?」

「うん」

 随分慎重に前置きするね。桃ちゃんは視線を逸らして頬をポリポリとかきながら

「ウチの”ティラミス”が、その……」

 ティラミスが?

「普段のウチがその、ウチやのうてな……」

 なんか顔が赤い。

「ホンマの自分が、今のウチじゃなくてティラミスやったらお前笑うか?」

「それは笑わないが今のセリフには笑うかも知れないな」

 即答したことかその内容のどっちかが意外だった様で桃ちゃん”へ?”って顔。俺は腕組みして

「お前かティラミスかどうかも何も、ティラミスって桃介がやってるんだろ?」

 言えば桃ちゃんムっとしたような顔して

「そうやないってあーもう鈍いわ! ウチの本当のあれがその、ティラミ」

「だー! 分ってるって!」

 区切った。また”ヘ”って顔。俺は溜息を吐いてから

「言わんとしてることは分ってるよ。別に変でも何でもない。ハッキリ言えばティラミスはお前にピッタリだ」

 そしてそれがスゲー可愛いというのは恥ずかしいので流石に言わない、言えない。

「それに普段の桃介とティラミスどっちが本性なんだ~とかなんて気にしないし、どっちもお前らしいよ。ていうか両方ともお前だと思ってるから俺は」

 と苦笑いすれば

「そ、そうか。うん、そうなんやな。うん……」

 コクンコクンと赤面しながら頷く桃ちゃん。不覚にも、可愛い。しかしこの空気はくすぐったいので

「あと鈍いのと空気読めないのはお前の専売特許な。俺に回すな」

 イヤミっぽく言えばすぐにいつも通りムっとなって

「お前も大概空気よめんやろエロノミヤ!」

 いつもの関西娘になった。悪いけどまだティラミス桃ちゃんは俺にとって刺激が強いのでしばらくこうしててもらうとしようか。


 という、俺の何ともくすぐったい願いはこの後すぐに破られることになる。良い意味で?

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