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14:ふ~む……新メニューか

 俺とミユキ先輩しかいないその場所で、二人は鼻先の触れあう様な距離で見つめ合っていた。


 お姉様は長いまつげの目を細め、その美しい栗色の瞳で俺の目の奥を覗き込みながらさらに距離を寄せる。

 フワリと揺れた長い黒髪から漂う甘い香りと官能的な吐息が鼻をくすぐって、背筋がゾクっとなる。

 そしてそのキメ細やかな手で俺の頬にそっと触れながら

「……私としないか。京太郎」

 切なげな声で囁いた。その得も言われぬ色気に喉をゴクっと鳴らしてから俺は


「甘く囁いても果し合いには応じられません」


 きっぱり。

 すると柔道着のユキたんは下がってからホッペをプーっと膨らませて

「あーつまんないヤツー! 私がこれだけ誘ってると言うのに素振りもなしかお前はー! もー!」

 3歳児に並にブリブリ言ってます。

 ちなみにですが今柔道場で部活の真っ最中です。ミィちゃんは別の用事で今ちょっと抜けてます。

 ミユキ先輩はブリブリタイムを終えるとまたクールビューティーモードになってからフムとアゴに手を当てて

「おかしいな~。アヤからはこれで大抵の男ならオチると聞いていたのだがな~」

 首を傾げておられます。確かに並の男子諸君なら陥落率1000%でしょうね。免疫ついてる俺ですらグラつきましたから。

 けどね。

「親友と結託して後輩の命を奪おうとするとかどういう先輩ですか?」

 冷静に突っ込めばお姉様、両手を腰に当てて可愛くニッコリしながら

「体育会系だろ?」

「なんも関係ないです。つーかミユキ先輩がそんなだから今年も新入部員0なんですよウチは」

 京太郎君久しぶりのお説教モード。ミユキ先輩は”う~む”と腕組みしながら

「それは確かに悲しいな。いったいどこで間違えたんだろうな? 部活紹介」

「1年生の視線が主将の帯に差してある真剣に集中してた時点で大間違いだと気付きませんでしたか?」

 と俺が今も腰に差してる朱塗りの鞘に目を向ければ

「これは乙女の嗜みだ。無粋なことを言うな」

 フンっとそっぽ向く抜刀娘。どこの世界の乙女なんでしょうね。


 夕暮れのグランド。その片隅にて。

 ミヤコは柔道着に黒帯、ミキは空手着に黒帯、そしてマリサもまた空手着に黒帯を締めていた。

「マリサの胴着姿は初めて見ました。すごく様になってますね」

 とミキが構えながらも興味深そうにキョロキョロとすれば、数歩の間を開けて向かい合うマリサも構えを崩さないまま

「久しぶりに引っ張り出して来たんだけどね。懐かしいわ」

 少し照れくさそうに頬を染める。そしてその二人の間に手を差し入れ、合図を入れようとするミヤコはいつになく真剣な表情で

「始め!」

 その手を挙げた。空気が一瞬にして張り詰める。

 構えはお互いに半身。しかしミキが一定のリズムでトントンと軽快に跳んでいるのに対し、マリサは深く腰を落としたまま地に根が張ったように微動だにしない。

 ミキは目を細める。自分からしかけない限りいつまでもこの状態が続くことを知っていたから。

 マリサの信条は”空手に先手なし”。それは”武道家は無闇に手を出すものではない”という心構えを表す言葉なのだが、彼女の場合表面上はそうでもその真意はまるで真逆。

 ”迎撃(カウンターストライク)を叩きこめ”だ。

 ”先に手を出すな”というよりむしろ”指一本でも出してきたなら完膚なきまでに叩きのめせ”という色の強い信条は、マリサの取得した”喧嘩空手”という名前に符合した。

 実際にその信条はルーチェからの帰りに京太郎が絡まれた際、チンピラが”先に出してきた指一本”を容赦なく砕いた点からも確認できる。

 ミキはマリサの静の構えに隠された”暴”の匂いを読み取ると

「ではいきます」

 その赤い瞳でコバルトブルーの瞳を捉えた。かつてない死闘が始まろうとしていた。


「こ、これが美月先輩の手作りクッキーですか?」

「そうよアオイちゃん。これもルーチェのメニューにどうかな?」

 料理部部室。こっちもこっちでなんかの死闘が始まろうとしていた。

 アオイは自分の座るテーブルに運ばれてきたお皿、その上に輝く黄金色のクッキー数枚に戦慄し、その喉をゴクリと鳴らした。

 その後ろでは美月がトレイを胸に抱きながら

「さ。熱いうちに召し上がれ」

 ニッコリ。アオイはそれに精一杯の笑顔で答えながらも以下のような選択肢を用意していた。


1:美月先輩、実はそのクッキーには人知を超えた何かが潜んでいると言いますか死にたくないと言いますかえっとその……。

2:ボクはもう充分生きたよ。さよなら皆。いえ何でもないです頂きます逝ってきます。

3:それでも、それでも京太郎(センパイ)なら何とかしてくれる。


 アオイは目を閉じて胸に手を当ててから深呼吸し、携帯を取り出してピポパ

「……あ。もしもし先輩ですか? ボクですアオイです。ひ、人助けに興味とかないですか?」


「あるあるすっげーあるすっごく!!」

 と俺はアオイちゃんとの会話を理由にし、いつの間にかミユキ先輩と木刀手にして一対一という絶命必至なシチュを乗り切ろうとしていた。

 京太郎君の大仰な電話ボイスに、向かいで木刀を腰に差したお姉様も腕組みして首を傾げている。良いぞ良い傾向だ。

「うんうん。とにかく命に関わるならすぐにいくよすぐ!」

 そして携帯を降ろしてから間髪いれずにミユキ先輩の目を見て

「後輩が緊急事態なのでいってきます」

「あ、それなら私も一緒に」

「いえいえミユキ先輩のお手を煩わせるまでもありません! では行ってまいります!」

「こら待て京太郎!」

 とか言う声は聞こえないふりをして俺はそのまま柔道場を飛び出して階段を上って行った。

 やったナイスタイミングだよアオイちゃん起死回生危機一髪! やっほーい!


 料理部部室。テーブルに着席して死んだ魚の目をしてる俺の前にはお皿いっぱいの黄金色のクッキー。

 隣では気まずそうに俯いてるフワフワさん。

 そして背後にはトレイを胸に抱いてニコニコしてるポニーテールの女神さま。

「ねーアオイちゃん」

「はい……」

「人助けと人柱の意味を間違って勉強してないかな?」

「……すみません」

 命綱的にミユキ先輩にお助けメールをさっきに送信して、今しがた戻ってきた最後の頼みの綱であるお姉様の返信はこんな感じ。


”京太郎ばーか。ばーか。京太郎ばーか”

 

 万策尽きたか。 

 

 そこで扉がガラっと開いたので振り返れば

「京太郎がものすごい勢いで階段昇るのが見えたので追って見ればすごく良い匂いがしますね」

 そこには艶っぽく微笑む胴着姿のミキさんが現れて、でも泣きそうな俺の目の前でキラキラ光る黄金色のクッキーを見つけると一瞬石化してから

「でもそれは気のせいでしたか」

「気のせいじゃないよミキティ一緒にお茶しようよ!!」

 無情にも去って行かれました。しかしながら直後に再び扉が開いたので見ればマリサが

「あれ? ここにミキさん来なかったかな?」

 とコバルトブルーの瞳をキョロキョロ。よしまだ状況を把握してないぞツインテールは! これはチャンス! 

 俺は立ち上がってから素早くマリサの方に歩み寄って

「あ、キョウじゃない。そういえばさっき急いでミキさんが」

 とか言ってるのも気にせずその手を両手で取って

「え? なにいきなり」

 とか言ってるけど

「マリサ!」

 そのセリフにも割り込んで。俺はクールかつオオマジな目でその瞳を覗き込んでから

「二人で運命を共にしないか? 俺と一緒に」

 ガッツリ告白まがいに言ってみた。もちろん突然の出来事にマリリンは余裕でテンパっててコバルトブルーの瞳もユラユラしていて、そして頬も赤く染まっていて

「キョウ……」

 俺の名前を呟いた。俺は大きくうなずいて

「苦難の道も。二人ならきっと楽しく乗り越えて行けるよな……」

 そう囁けばコクンと可愛らしくマリサは頷いた。俺はそのまま二人の座るべきテーブルへと手を引いて


-10分後-


「いやー、ほんとすいませんでした」

 テーブルにて。両眼に青あざ作ってる京太郎君の前ではツインテールがニコニコ、でも頭に青筋立ててます。

「別に悪気あったとか罠にハメようとかそういうあれじゃなくてその、ほんとすいませんでした」

「すいませんでした」

 アオイちゃんも一緒にペコリ。美月ちゃんは頭にクエスチョン。

 以下二人のアイコンタクト

”こうなったら二人で食べるわよ? アオイちゃんにはまだ危険すぎるわ”

”おうさ。後輩を守るのも先輩の務めだよな流石マリリン!”

”よし。それならキョウが8で私が2で良いわね?”

”いやここは男女平等に5、5で行きませんか? むしろレディファーストで1、9でも”

”なにフザけたこと言ってるのよここは幼馴染にかっこいいとこ見せなさいよ!”

 とかやってたらまた扉がガラっと開いてそこからニョキっとミィちゃんが顔を出して

「あ、姉さん達ここにいたんですねマストビー」

 ニパーと可愛い笑顔。おお! 我らが救いの女神パラスアテナミヤコが降臨された! 

 俺とマリサとアオイちゃんが一斉に立ち上がって歩み寄ってきたので、訳わからないながらもミィちゃんはクリクリの目で俺達三人を見て

「どうしたんですか兄さん姉さんアオイちゃん? あ、さては何か楽しいことしてましたねメイビー?」

 人差し指を立ててます。俺たちは笑顔で頷いて

「「「一緒にお茶しよっか」ましょ」ませんか」


 演劇部部室。ルーチェ開店まであと10日に迫った今日、アヤとヨードーはいつものようにテーブルを挟んで向かい合っていた。

 アヤはヨードーの目を見ながら頷いて

「今週の土曜、いよいよ衣装合わせね」

 ヨードーはそれに頷いて答えたものの

「でもどうやってキョウにお願いしましょうか?」

 当然ネックとなるあのステビアに関する問題を口にした。

 昨日まで京太郎の説得方法をいろいろと提案していた二人なのだが、結局どれも決め手がなかったから。

 しかしそれにアヤは人差し指を立てて左右に揺らし

「ふふふ。実はその件に関してね。今朝、最強の助っ人が協力を約束してくれたわ」

 不敵に笑んだ。ヨードーは勝利を確信したかのようなアヤに思わず身を乗り出し

「だ、誰ですかそれは?」

 彼女の目を見た。しかしアヤはにやにやと笑うばかりでヨードーには答えなかった。

「来週のお楽しみよ」

 ただそれだけで。


「し、しりとり。無限プチプチの電池ギレ……」

 テーブルに突っ伏してヒクついてるミィちゃん。今日も元気よく謎の一人しりとり。

「つ、通じない。私の渾身の破城鎚が通じない」

 目をクルクル渦に変えてるマリサ。何がしか見えない強敵と交戦中。 

「み、ミヤコ先輩の水着って実はス」

 テーブルをタッピングしながらヒクついてるフワフワさん。義妹の秘密を暴露寸前。

「あ、アパム! 弾持ってこい! 弾幕足りてないぞ!」

 焦点のあってないと思われる京太郎。現在脳内ではスタンリー一等兵としてドイツ軍と交戦中。

 そんな4人を見ながらも、遅れて来たミユキは美月のクッキーをモッシモッシと食べながら

「最近妙な遊びが流行ってるみたいだな。三者三様良く分からない会話だ」

「はい。姉さん。紅茶が入ったわ」

「ん、ありがとう美月。それにしても私の味を良く守ってるじゃないか」

「もちろん。それにね。このクッキー、ルーチェで”メイドの気まぐれスイーツ”の一品にするつもりなんだけど、どうかな?」

「私は大賛成だ。きっとお客さんも喜ぶだろうな」

「し、しりとり。サンクトペテルブルクの乾燥注意報……」

ひ、評価を下さいませ。ど、読者様……さま(ガク

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