11:ま~自分でも気付かない本音もね、あるよね
入学式は桜花学園の運動部にとって数少ない休みの一つだった。
だから今日は久しぶりに日の高いうちに帰れるはずのマリサだったが、京太郎やミヤコの柔道部が今日も行われるということを聞いて
「なにやってるのよ……」
食堂で一人、冷めたココアに向かって溜息を吐いていた。
赤色の携帯を開けばまだ13時。二人が戻ってくるまでタップリ4時間はあった。
どうして自分はここでこんな罰ゲームをやってるのだろうか。ポケーと一人で桜を眺めているのだろうか。
2年生初めての生徒会が終わり、席を立つ京太郎に一緒に帰ろうと声をかけて
”悪いマリサ。今日も部活あるっぽいから先帰っててくれ”
と頭をかかれ
”ぐ、偶然偶然! 陸上も今日は臨時練習あるみたいだから、食堂で落ち合いましょ”
そんなウソを
「どうしてついたんだろ。ねぇ?」
携帯ストラップの”誰か”を模した人形に問いかけ、パチンと携帯を閉じたらいつの間にか目の前にはメガネの奥の目をニッコリとさせているアヤが
「どうしてかな。アタシにも分んない」
向かいに座っていた。耳まで赤くなったマリサは
「あ、アヤ先輩どうなさいましたのこんなところで!?」
携帯隠して急いでお嬢様モードオン。そんな彼女の態度に”うふふふ”と笑いつつも
「部室のお菓子を補充しようと思って食堂来たら、深窓のお嬢様が憂鬱そうにしてたから声をかけたの。良かったら紅茶一緒にどう?」
外は暖かく風は桜の香りを含んで甘い。だから
「せっかくだから、お外いかない? マリサちゃん」
アヤにそう言われて”なぜ今まで食堂の中にいたんだろう”とマリサは自分に首を傾げた。
外の長椅子。二人はそこに腰を降ろして満開の染井吉野を眺めなら紅茶の香りを楽しんだ。
二人の会話はキャッチボールのようにテンポよくお互いが言葉を交わしてるようでいて、しかしよくよく聞いてみればアヤが聞き役でマリサが話し役になっていた。
ただそのやり取りはよくよく聞こうと耳を傾ける程不自然でもなければ違和のある流れでもなく、だから誰もその中に隠された役割に気付かなかった。当のマリサでさえも。
しかしその途中、脈絡なく唐突にアヤに言われた
「ありがとうね、本当に」
の意味が分からなくてマリサは思わずキョトンとなった。アヤはそれに
「ルーチェのスタッフになってくれてね。でもどうしてお店を手伝ってくれるのかな?」
その疑問に答えつつもすぐにニッコリと次の質問を投げかけて来た。
マリサはさっき買った残り少ないココアを先に飲みほしてからホっと息を吐き
「どうしてでしょう? 改めて聞かれると、私にもハッキリとした理由は分かりませんわ」
苦笑いした。アヤはその表情をチラっとだけ確認すると
「ん~」
ニヤニヤと首を傾げつつも持っていた携帯を馴れた手つきで操作し
「気付いてないのか、気付いてないふりをしてるのかウフフ」
「どうなさいました先輩?」
首を傾げるマリサにパチンと携帯を閉じて
「んんん。えっとそれじゃぁさ、同じ質問になるんだけど」
アヤはマリサに向き直ってその目を見ながら
「マリサちゃんがルーチェのお手伝いしてくれる理由と、ここで一緒にアタシとお茶を飲んでくれてる理由は関係ある?」
尋ねた。たぶんほんのわずか、マリサの瞳が揺れたのはほんのわずかのはずだ。
「すみません。仰ってることが掴めません」
そう答える彼女。しかしアヤは満足げに頷いて
「OKOK。充分よ。ありがとうねマリサちゃん」
そして立ち上がって”ん~”とノビをしてる彼女にキョトンとするマリサ。
「さ! アタシはそろそろ行くね」
「え、あ、ハイ……あの」
と何か気になることがあって手を伸ばしたものの、その正体が掴めずマリサはやっぱりその手を戻した。
そして自分のキメ細かな手をなんとなしに見てると
「うわっちゃ!!」
突然のアヤの声にビクっと顔をあげると彼女は真っ赤な舌を出して
「まだ一気するには紅茶、熱かったわ。アハハ」
マリサは呆れて溜息を吐きそうになった。まだ10分と話をしていないのにそう簡単にこんな熱い紅茶が冷めるわけがない。
アヤはまだ湯気を立てている空の紙コップをクズカゴにポンと投げ入れて
「それじゃまた明日ね? バイバイ」
「あ、どうもお疲れさまでした」
マリサは慌てて立ち上がってお辞儀した。そして桜の花びらが降り積もった坂道を忙しく駆け下りていくアヤを何とはなしに見送った。
腕組みして熟考。
「……」
分からない。とりあえずテーブルの上に残った自分の紅茶を見る。白い湯気が空へと昇っている。手に取る。
「……」
見つめる。
「……」
一気決行。瞬間刺すような舌の痛みに
「ったは!! あっつー!!」
「おまえ相当バカだろ!」
涙目で振り返るとそこには胴着を肩にかついだ京太郎が何故かいて
「あ~あ~お前、舌真っ赤じゃねーかマジ何やってんだよ!」
言いながらヒリヒリした舌を出しつつも現状理解がいろいろできないマリサに
「ほらコレ早く飲みやがれ!」
ズイと押しつけられたのはキンキンに冷えたスポーツドリンク。ちなみに開封済み。
マリサはそれを受け取りつつも開封済みの意味を理解した瞬間赤面して
「ちょっと! でもこれキョウの飲ん」
「いいから早く口ん中冷やせ! 顔まで赤くなってんじゃねーかホラ!」
言われていっそう顔が熱を帯びるのが分かった。でも変に悟られるよりは、とそのまま一気。空になるまで。
口の熱は和らいだものの頬の熱があがる。どうしよう。
とにかくそうして飲み干したものの二の句が継げずにマリサが俯いていたら
「おまえ部活休みなら休みって正直にそう言えって。こんなとこで一人熱いお茶一気してるとか何の罰ゲームだよ」
本当にそうだ。けれども、マリサは腰に手を当てて
「キョウこそ。部活って言ってたのに何でこんな早いのよ?」
顔赤らめつつも京太郎に抗議すれば彼は頷いて
「アヤ先輩から
”後宮君! CG回収ポイントよ食堂に急行されたし!”
とかいうカオスなメールが来たから訳も分からず急行したらお前が紅茶吹いてたって言う……」
それにポカンとなってるマリサから京太郎はおもむろにペットボトルを取り上げ、そのまま
「あ」
というマリサの声をよそに口をつけた。しかし傾けてみたものの数滴しか残っておらずにチョロ。
「……全部飲んだのかよ」
目を細めてから京太郎がクズかごに向けてボトルを
「ま、待ちなさいよ!」
マリサが強引にそれを取ったので怪訝な顔をして
「いや、残ってないだろそれもう空だから」
「まだ少し残ってるわよ! ほんの、少し……」
京太郎は腕組みしつつ首を傾げ、怒ってるのか熱いのか分からないけどまだ顔の赤い幼馴染に溜息を吐いて
「そんな喉かわいてるなら何かオゴってやるよ。ほら、食堂入るぞ」
「え? 本当に!?」
と何だかやたら嬉しそうなマリサに苦笑いして
「ああ。前に駅で約束したろ? 茶一杯おごるって」
「それじゃダメ! あれは喫茶店でっていう約束を」
「あーもう分かった!! これは別件だよ!!」
坂道を駆け下りたアヤは目的の人物というか目標を見つけると勢いそのまま
「ヨードーちゃん発見!!」
背中に跳びついた。それに演劇部部員のヨードーは
「あう!!」
スッ頓狂な声をあげつつも何とか踏みとどまった。そして振り向くとそこにメガネの奥の目をニコニコとさせた
「あ、アヤ先輩!?」
「や! ちょっとルーチェのスタッフで変更したいことがあって」
ヨードーはくっつき虫になってるアヤを
「よいしょ」
と背負い直せばその耳を摘まんで
「ちょっとー。アタシそんな掛け声いる程重いわけー?」
「あ、そんなことはないです! それで予定変更ってなんです?」
とチラっと横目に見れば彼女はニコニコしながら
「えっとね。マリサちゃんのフィナンシェだけどさ。属性をツンデレお嬢様からツンツンお嬢様に変更でお願い」
「え? デレを外すんですか?」
「そうよ。メモっておいてね?」
ヨードーはしばし首を傾げた。でも頷いて
「そうですね。確かにツンデレってもうベタなんでツンツンの方が新鮮味があっていいかもしれないですね」
「そうそう。そんな感じかな」
アヤはそのまま背負われつつも、桜で覆い隠された食堂の方に振り返りながら微笑んで。
”マリサちゃんがデレられるのって、やっぱり一人だけね”