シャルロット
抜刀から納刀までは瞬く間すらもなく。
しかしその間に繰り出される斬撃は八十八の太刀に及び。
その様は大輪の花が咲き乱れるように鮮やかで美しく。
ゆえにその抜刀術は”月下美人”と呼ばれた。
名門私立桜花学園のグランド。全校生徒が教室の窓から身を乗り出して見守る中、生徒会長の園田美雪はその中央で静かに佇んでいた。
風になびく流麗な黒髪、スラッとした細身の体型と雪のように白い肌。魅惑的な長いまつげと端正な顔立ち。絵に描いたような美少女である彼女の第一声は皆の期待通りだった。
「お前たち。入校許可証は持っているんだろうな?」
問いかけた相手は彼女の前にズラリと広がったバイクに跨った学ランの不良生徒たち。その数おおよそ50。
たびたびこの辺りでトラブルを起こしている問題校、武装高校の生徒達だ。
そのうちの一人、この不良達を率いていると思われる学生が正面から彼女を指差して
「あーこれかこれ。この後でお前ら昔ノサれたんだってな?」
ヘラヘラと仲間に笑いかけている彼に彼女は歩み寄り、おもむろにその指を摘んだ。
”ポキン”
背筋がゾっとするほどの小気味良い音。明後日の方向に曲がった自分の指を見ながら彼はその意味をしばらく考えていたが
「俺っちの指が東を向いたー!!」
理屈ではなく感触で意味を理解して絶叫。しかしミユキはそんなことには目もくれず
「もう一度だけ聞いてやろう」
目を細めて
「入校許可証は持っているのだろうな?」
「「「「「持ってます!!」」」」」
思わぬ一斉返答に彼女はキョトンとした。そして不良達が我先にとバイクを降りて
「これっす!」
「ここにちゃんと守衛さんの印鑑もあるっす!」
「ほ、ほら学生証だっちゃ!」
「運転免許証もありますぜ!」
「出生証明書とかもありますぜ!」
「キラカードもありますぜ!」
次々と押し付けられていくれっきとした入校許可証の数々。目をパチクリとさせている彼女に
「ゆ、許して下さい!! 俺らヘッドの命令でここに来ちまいましたが悪気はカケラもなかったんです!」
「お願いします! この通りです!」
キチンと整列して頭を下げた。そんな殊勝な態度にクールに腕組みした彼女はこんなことを考えていた……。
えーなにこれちょっと冗談やめてよ久しぶりに私の見せ場来て
”アヤの着せ替えゴッコで溜まった日頃のウップン晴らそっと血祭りだヤッフー”
ってヤスツナ帯刀してテンションあげて来たらなんですかこのヘタレ具合フザけんのは髪型だけにしときなさいよアンタ達。
「空気よめ」
「「「「「はい?」」」」」
「あ、いや何でもないぞ。うむ、確かにこれは、うんそうだな。入校許可証に間違いない、ようだ。しかしだ」
ミユキはそれらの書類を元の不良達に一枚一枚丁寧にお返してから
「字が汚くて読めません」
愛らしい笑みでスっと掲げたのは朱塗りの鞘。まさかの死刑判決に青ざめている彼らにミユキは一転して冷淡な笑みを浮かべ
「そもそもグランドにバイクで来た時点でお前達の処遇は決まっていたんだ。悪いな」
刹那、空間に描かれた大輪の花はミユキの太刀筋。香りすら漂うその鮮やかな”花”に包まれた50ものバイクは瞬く間も無く八十八の鉄屑へと細断された。
納刀の音だけが静寂の中こだます。彼女は硬直している彼らとグランドのあちらこちらで準備されている機材を一瞥してから
「しかし文化祭のセットに手を出すほどのバカではなかったようだな。だから今日はこれで勘弁してやる」
直後に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した不良たちの情けない声は全校生徒の歓声にかき消された。
ミユキはそれに応える様に自身のスーパーロングヘアーをサラサラと流しながらもこんなことを考えていた……。
あーヤバイでしょ私ほんと格好良すぎじゃないやっぱ園田美雪はこうでなくっちゃねフフフ。
あー今日もきっとイチゴアイスが美味しいわアヤにおごらせよっと。ミヤコの分もね。
それからいまだ足元で転がっている逃げ遅れたボスを見下ろして
「情けないやつめ」
その指を爪先でコンと蹴ると再び
”ポキン”
「俺っちの指が西を向……戻った?」
ムクリと起き上がってマジマジと自分の指を見ている不良に腕組みして
「指一本脱臼したくらいでギャーギャー騒ぐなみっともない」
そしてポケーっとしている彼に流し目をしてから
「さっさと帰れ」
言い残してそのまま背を向けて校舎へと戻っていった。
容姿端麗、頭脳明晰、カリスマ性抜群。そして学園最強の名を冠する生徒会長、園田美雪にはよくある1ページだった。