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9:ん~? ん~……うん、え!?!?

 ミヤコシスターズが接客マニュアルの課題を次々に、そしてアッサリとクリアしていくのはアヤ先輩にとってなかなか命ガケだったようだ。

 例えばテーブルの側でマリサが自身の長いテールの片方を払って

「ご注文はお決まりですか旦那様」

 と100万ドルの笑顔で微笑めば

「アナタに決まりよ!!」

 鼻から真紅のジェットを噴射し、玄関先に立った美月ちゃんが恥らいつつも

「そ、それではいってらいっしゃませご主人様」

 とオジギして大きなリボンをフンワリ揺らせば

「コンマ2秒で帰ってくるからね!!」

 ヨードーちゃんに装填された鼻ティッシュを吹き飛ばし、そしてミィちゃんがニパーと愛らしい笑顔で

「いいこにしてるから早く帰ってきてお姉ちゃん。マストビー」

 なんてウィンクしようものなら

「アタシこの子持って帰るわ!!」

 と薔薇色の噴水を巻き上げてその場に散華し……って鼻血ばっかじゃないか。

 そうして親友が失血死しかねない一方でも手をワキワキさせてキュンキュンきてるお姉様は

「あ~可愛いなミヤコ可愛いなミヤコ可愛いな……」

 とエンドレスかつダイレクトに脳内言語を漏らし、はたまた一方でほっぺをピンクにしてホワホワしてるアオイちゃんもまた

「やっぱりミヤコ先輩可愛いですハァハァ」

 もうやだこの人達。


 まぁそんなこんなで全員の振る舞いをチェックし終え、ネピア1ダース半を消費してやややつれたアヤ先輩は横一列に並んでいるシスターズに向けて

「皆さん合格です」

 太鼓判を押した。そして親指を立てつつも

「もう少しでアタシ他界するとこでした」

 キワキワだったようだ。その様子に義妹が

「大丈夫ですかその……」

 オロオロしながら言おうか言おうまいか。その迷子の子犬めいた様子に

「どうしたのかなミヤコちゃん? アタシなら大丈夫よ」

 おっとり微笑むアヤ先輩。それにミィちゃん、一大決心の如く胸に手を当ててから”スーハー”と深呼吸して、でもやっぱりちょっとハニかんで、それからそっと上目遣いで

「……アヤお姉ちゃん?」

「我が生涯に一片の悔いなし!!」

 ルービーの噴水と共に一回ひねりを加えて(ノック)(アウト)。ちゃっかりトドメを刺した。ちなみにだけど俺の中で主演女優賞を見事獲得したのは……やっぱ今は秘密で。


 そういうことになってルーチェを出る頃にはすっかり夕暮れ。茜色に染まった通りに長い影法師を伸ばしながら

「帰り大丈夫ですか? 良かったら送りますけど」

 とミキさんが心配そうに声をかけてるのは、ヨードーちゃんに付き添われているアヤ先輩。彼女はいっそうやつれた顔で微笑みながら

「大丈夫よ。アタシ皆のコス見るまで頑張れるから」

 ビっと親指を立てる。本気で大丈夫だろうかこの人。色んな意味で。


 シスターズはミキさんとアオイちゃんに見送られる中それぞれの帰路につき、帰り道が同じ俺、マリサ、ミィちゃんは駅に向けて仲良く並んで歩いていった。


 なんだかんだで現実味を帯びてきたルーチェの再開なんだけど、そもそもどうしてここが閉店に近いような休業へと追い込まれたのか。その理由を詳しく知っているのはたぶん、俺、ミユキ先輩、そしてミキさんぐらいだろう。

 なりゆきで俺が首を突っ込んだ”あの事件”は幸いにしてもう解決した。強いて言うとミキさんがトドメをさした格好になった。

 そして事件後、ミユキ先輩には

”あの件については皆に内密に頼む。今は。ただしこれは口止めじゃなくてお願いだ”

 そう言われた。

 ”口止めじゃなくてお願い”。ミユキ先輩が重ねてそう言い直してたところを思い返せば、あれは言う必要があれば言っても構わないという意味なんだろうか。

「……さん」

 ”今は”というその言葉も、裏を返せばいつかは話すこともあると言う意味なんだろうか。だけど俺には何となく、その辺りの理由をかき集めて

”わざわざ解決した話を蒸し返して心配させても仕方ない”

 とか

”言うべき時に言えば良いだろう”

 とか、そういう無難な免罪符を作ってる様な気もする。

「……いさん」

 別に家族とも言える親しい人や仲間にまで隠し事は良くないとか、そういう有り触れたことに葛藤してるんじゃない。

 ただ皆がこうしてあの店を再開させようと頑張ってくれてるのなら、俺はそれに応えるための

「兄さんってば!!」

 というミィちゃんの声にハっと我にかえればちょっと膨れ気味の義妹が目の前に。

「あ、ごめんミィちゃん。ちょっとボーっとしてて」

 頭を掻けば隣のツインテールが

「最近そういうの多いわよキョウ? 疲れてるんじゃないの?」

 とコメント。マリサにまで気を使われた。やれやれ。これじゃ本末転倒じゃないか。

 俺は頷いてから

「そうかもね。最近夜更かしばっかしてるからな~」

 チラっとマリサの青い瞳を見て

「お前のことばかり考えてさ」

 言えば条件反射的に顔を真っ赤にした幼馴染が

「わ、(ワタクシ)のことを?」

 なんで俺に猫かぶるほどテンパってるのよこの子。俺は腕組みして

「うん。なんであれだけ牛乳飲んだりダンベルやってるのに胸が一向に成長せずペッタンペッ」


-しばらくお待ちください-


「マリリンこれラブコメだからね。シリアスじゃないからゴフ」

「そうですわねだからブラックユーモア要素ぐらいよろしくてよ?」


 知らないうちに満身創痍になってると見えて来た駅の改札口。気分良く帰ろうと思ってたのにそこからゾロゾロと降りて来たのは

”あ~……ミキさんにやられてまだ懲りてないのか”

 と舌打ちせざるをえない集団10名。最もロクでもない連中だと言うのは残念ながら見た目で判断できちゃいます。

 安っぽいスーツに安っぽいシャツにパンチパーマ、ね。で、十中八九、目的はルーチェなんだろうね。

「兄貴どうします? あの喫茶店ごとやりますか?」

「アホか不動産の価値落とすようなこと言うんじゃねーよ。今日は下見だ。下見」

 いくらなんでもスレ違いざまにこんなこと言われて黙ってるほど俺は

「あの、ほんとすみません」

「ん?」

 振り返ったどうしようもなく腹立たしい顔に握り拳を、でもそれは治めて

「もうルーチェに”神条”の名前で手出すのやめて頂けませんかね。いい加減に」

 言えば案の定、その場で俺を取り囲む10人。そしてスキンヘッドの”兄貴”が隣の子分その1みたいなのに

「もしかして。お前のツレが足やられたっていうのはこのガキンチョにか?」

 と俺に指差せばその指を掴んだのはツインテール。そして100万ドルの笑顔で

「人様に指を差してはいけませんってお母さまから教わりませんでしたの?」

 そのまま伸ばし過ぎたシャーペンの芯のように

”ペキキ”

 これは元に戻らない音だ。しかしその奇怪なオブジェになった指とその痛みに声を上げる間もなく彼は路面に沈められた。

 音速を超える首を刈り取るようなミィちゃんの後ろ回し蹴りによって。通りに反響したのは打ち鳴らしたムチのような破裂音。

 それに行きかう人達は当然のように振り返った。しかし目にしたものの意味を理解できた人は一人もいなかった。奇妙な光景だ。

 少年一人、少女二人、青ざめた大人9人、そして路面にめり込む一人。

「続けますか?」

 あくまで義妹は笑顔だ。そして首を傾げて

「横たわるのが一人から二人に、三人に、四人に? 構いません。でも承知の上なら今度は”全力”でいきます」

 足首をユラっとくねらせるミィちゃん。しかし男たちはその場から動かない。正確には動けない。しかしその”恐怖”という呪縛から放たれたものから順に、足早に、しかし静かに去って行った。

 一方でマリサは携帯を取り出して

「もしもし? はい。駅前で人が一人倒れているんですけども、いえ命に別条はありません。呼吸もしっかりしてますわ。見た限り右人指し指の複雑骨折と脳震盪ですね。あと左袖にダガーナイフが入ってますので警察にも御連絡お願いしますわ」


 奇妙な出来事は京太郎たちからそう遠くないところでも起きていた。彼らが目撃しているのは少女1人、大人10人、そして足元に散らばった木屑と鉄屑の山。

 それらはつい瞬きほど前まではナイフであったり角材であったり、あるいは鉄パイプといった大仰で物騒なものだった。つい瞬く間程の前までは。

 渦中の赤い着物を着た黒髪の美少女は手にした身震いするほど美しい白刃を

「お前達の動体視力で追えるほど私の太刀は鈍くないぞ」

 フーと穏やかな息を吐いて朱塗りの鞘へ納めた。そして腕組みして冷淡に微笑み

「どうした目が赤いな充血してるぞ。目の痛みに負けてマバタキするか? ただし」

 そしてその長いマツゲの下の栗色の目を細めて

「その間にお前達を八十八度斬り捨てることが出来るがな」

 だからマバタキの出来ない男たちの目は泣き腫らしたように赤く、そして実際に目には涙が溢れていた。しかしやはりマバタキはできない。

 10分の1秒さえ視界をカットすることができない。なぜならその一瞬の間に自分の得物が足元でただの切り屑となっていたのだから。

 ミユキは自身の黒髪を指で挟み、解かすようにして流しながら静かな声で

「仏の顔も三度までだ。次はない。頭の悪いボスにそう伝えろ」

 告げてからその目を流し

「いけ」

 その一言で男達は駆け出して行った。そしてその背中をしばらく見送っていたが、やがて振り返ってから木陰に笑顔を向け

「もう大丈夫だ美月」


 自宅に着いた俺、マリサ、ミヤコちゃんの三人はテーブルでコーヒーを啜りながら本日の事件についてのお話会。

「なーんだ。アイツらがアオイちゃんにちょっかい出したヤツって知ってたらもっとブッ飛ばしてやったのに」

「お前は息の根まで止めるつもりか」

 恐ろしいこと言うツインテールに溜息の京太郎君。いつの間にか空になってるコーヒーカップにはミィちゃんが2杯目を注いでくれた。

「ありがとミィちゃん。しかしナイフ持ってるなんて思わなかったな。物騒だね~マジ」

 肩をすくめながら”ねぇ?”と頷けばミィちゃんも頷いて

「私もそういうの持ってなかったら足は出さなかったですメイビー」

 言いながら自分のコーヒーに水飴をトローリ。ああミキさんの影響がさりげなく……。

「ともかくこれだけやられてまた手を出してくるようなら相当なバカだろうな。相当の」

 しかし二度あることは三度あるってね。マリサは頬杖つきながら

「でも”神条会”ってTVで何度も解体されたって報道されてるのにね。虎の意を借るにしてもその名前はないと思わない?」

 仰るとおりだ。語るにしてもまだマシな名前はありそうなものだけど

「そもそもまともな考え方してたらそういう商売しないっしょ。だから俺らが考えるだけ無駄な気もするけどな」

 言いながら新着メールを知らせてポケットで震える携帯を取り出した。アヤ先輩からだ。

「あ、私にも」

「私にも着ましたー」

 と携帯を取り出すマリサとミィちゃん。シスターズ全員かな。どれどれ。


----

送信者:アヤ先輩

件名:ルーチェネームこんな感じでどうでしょう?

本文:

葵ちゃん:モンブラン あたし:マドレーヌ 桃花ちゃん:ティラミス

マリサちゃん:フィナンシェ ミキちゃん:オペラ 美月ちゃん:シフォン

ユキたん:シャルロット ミヤコちゃん:エクレア ヨードーちゃん:ミルフィーユ

後宮君:ステビア


あと来週の土曜日にもう一度ルーチェ集合でお願いします。

またそれまでに自分のやりたいメイドさんを考えておいて下さいね。

でわでわ

----


「「「……」」」


 後宮君:ステビア、どういうことでしょうか?

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