5:お? それ沸点低過ぎっしょ。いやいやユキたんもう(ry
「ときにキョウタロウ。もし私がこの安綱を手にして”死合おうか”と問えばお前は何と答える?」
「えっと”ミユキ先輩いっしょに病院行きましょう”です」
柔道場。胴着姿の俺の前では同じく胴着姿の主将、園田美雪が腕組みしながら今日も真顔で部員を亡き者にしようとしていた。
お姉様は京太郎君の返答に
「そうか」
とその長いマツゲの目を細めながら
「しかしたまには”応!”と答えるくらいの気骨が欲しいもんだな」
その流麗な黒髪を腕でサラサラと流されました。今日も髪はツヤツヤお手入れ万全。ちなみにだけど
「オウと答えたらどうなりますか?」
「華々しくお前が散る」
即答ですかユキたん。
「なら冗談でも言いません」
自信満々に言えばミユキ先輩
「私は真剣なんだがな。ん!? 真剣を手にして真剣とな!?」
いまどき親父ギャクとも言えないレベルのジョークで自己開発してヒクヒクとしゃがみ込まれました。
「わ、私にこんな才能があるなんて知らなかったぞ」
俺もそんなことで笑える奇才があるなんて知りませんでした。もうやだこの人。
「武道を続けてきて良かった!」
全武道家に謝るといいよユキたん。なんかもう立てなくなってる武神。でもこうなると面白いのでちょっと遊んでみる。
俺はしばらく思案してから
「正月に車をブツけたらこんな音がしました。ガンタン!」
「くひー!!」
お腹抱えて転げ回る生徒会長。言い忘れたけどこの人の笑いの沸点は常温で気化するレベルだからね。実はたまにイジってます。
「あ~お水美味しかった。あれ? お姉様どうしたんですか?」
水分補給に行ってたミィちゃんがお口を胴着の裾で拭いながら戻ってきました。もうちょっと遊んでみようか。
俺は興味シンシンにやって来た義妹に向かって
「えっとね。ミユキ先輩はいま流行のイモムシごっこやってるんだ」
言えばミィちゃんはクリクリの目を輝かせて
「楽しそうです私もやりたいです!」
何が楽しそうなんだろうね。そんな疑問を挟む間もなく畳の上でペターと倒れたミィちゃん。
「楽しい?」
「分りません」
立ち上がる。素直だ。とにかくまだユキたんがヒクついてるのでミィちゃんに人差し指を立てて
「ミィちゃんの役は、今俺の足元でヒクついてるお姉様の耳元でダジャレをひたすらささやくことねマストビー」
言えばまた目を輝かせて
「楽しそうです分りました!」
何でも楽しいんだねこの子は。それからチョコチョコとお姉様のもとに回り込む義妹を見て
「さて、ちょっと食堂までコーヒー買いに行きますか」
休み時間はまだ15分あるし。と柔道場を出て行く俺の背後では義妹がお姉様の耳元に口を寄せて
「えっとえっと。餡子のアンコール」
「!!!!」
桜を見ながら下り坂を降りて食堂へ。ガラっと戸を開けるとそこには弓道着姿の
「よう桃介。お前も一休みか?」
桃花が2リットル容器のミネラルウォーターをラッパ飲みしていた。そして俺の挨拶にウンウンと頷きながらもゴキュゴキュ。
ふむ。豪快だな。腕組み
「ドラゴソボールの実写版」
「ブハ!!」
盛大に吹く桃ちゃん。この子のツボもちょっと特殊なんだよな。
「中耳炎中耳炎!」
なんか病状を訴えつつテーブルにピクピク突っ伏してからしばらく、涙目で起き上がって
「何すんねんエロノミヤ!!」
怒るモモスケ。
「いやお前、俺が挨拶してんのにお水飲んでるとか失礼すぎて自害するレベルだろ」
「ウチの命はお前の挨拶以下か!」
パチンと頭を叩かれる。関西娘のいつものクセだ。
「それよりどうだ? ミキさん説得できたのか?」
ちょっと痛かった頭を擦って聞けば、桃ちゃんは小鼻の下を人差し指で擦りながら
「ああバッチリや。恥ずかしがってたけどやる気まんまんやろな」
”へへ”と笑う。この様子なら本当に説得出来たみたいだ。
「それより他にもなんか面倒なこといろいろあるんちゃうん? そっちこそ大丈夫なん?」
聞かれたので
「ああ。営業許可証の提出については美月ちゃんのママにお願いしたよ。園田先生、栄養士の資格持ってるからな。食品衛生責任者になってもらったんだ」
言いながらブラック無糖のコーヒーを自販機で購入。そうだミィちゃんとミユキ先輩にも買ってあげよう。
「ようOKしてくれたな」
その質問は待ってました。俺は続けてミユキ先輩用のイチゴオーレのスイッチを押しながら
「むしろそれがバイト許可とその他モロモロの条件なんだよ」
答えた。さ~て当たりは出るかな~? と自販機の数字を見守る。……。ハズレ。
「今回はうちの生徒がたくさん店員になるわけだし、実の娘や姪も入ってるだろ? だからお目付けってことだ」
今度はミィちゃんのレモンスカッシュを買う。さ~て今度は……。ハズレか。
「テーブルセットとかはマリィが調達してくれるらしいけど。水道、ガス、電気がまだなぁ」
桃介がまだ水を豪快に飲む。マリサが家具調達ね。きっとすごいもんが来るんだろうな。フランス王室ご用達だのなんだの。
「まぁライフラインの復旧については今日明日中に俺の方で連絡入れてみるよ。店が解体された訳じゃないからさほど時間かからんでしょ」
しゃがみ込んでジュースの出口から飲み物3本回収してると
「……悪いな」
らしくないセリフに顔あげる。
「なんやかんやでいろいろお前に迷惑かけて。ホンマにおおきに」
そう微笑む桃っちが不覚にも可愛くてちょっと赤面。
「気にすんな。代わりにお前が働き出したら茶の一杯ケーキ一切れ俺におごれよ」
言えば天真爛漫の笑みで
「おう。しっかり遊びにきいや」
バンと背中を叩かれた。やれやれ、こいつ振る舞いがもし美月ちゃんみたいにおしとやかになったらとんでもないことになるんだろうな。
マジマジ見つめてると桃介はまたペットボトルを手にして水を豪快に
「パールハーバーの勘違い日本」
「ぶふ!!」
「ただいま戻りましたー」
と飲み物三つを手にして戻ればお姉様が亀の字の体勢で痙攣しながら”バンバン”と畳を叩いてタッピングしてて義妹がその耳元にしゃがみ込んでて手を添えて
「んとんと。しゃべるシャベル」
「!!!!」
まだ何かやってましたよ。
柔道部部員がそんなことをしてるお隣の演劇部部室。アヤとヨードーは向かい合って座り、二人で挟んだテーブルの上のデッサン画を食い入るようにジーっと見つめていた。
「ゴシックで行くべきか甘ロリで行くべきかネタに走るべきか」
目を閉じて腕組みのアヤ。
「うちの女子はみんなハイレベルだから何を着ても似合うと思いますけど、ただせっかく個性があるのでそれを一つにまとめるのも。ん~」
ヨードーは泣きホクロのついた色っぽい目を悩ませながらデッサン画を見ていた。
「個性を犠牲にしてまで統一性を保つのか、統一性を犠牲にして個性を活かすべきなのか」
アヤは適当な二枚を取り上げて見比べる。そこには古風な正統派メイドともう一つはネコミミの色物メイド。
「お店の内装にもよるんでしょうか?」
聞かれてアヤは首をフリフリとして
「あのお店の感じだとカーテンとテーブルクロスいじれば柔軟に対応できそうだから、今回はコスチューム優先で良いわ」
ヨードーは頷いた。
「ちなみに桃花さんは小悪魔系でやって、他のスタッフはヴィクトリアンタイプのエプロンドレスを着用してたみたいです」
つまりは正統派だ。アヤはボールペンの頭をくわえながら
「桃花ちゃん一人浮いてることはなかった?」
「はい。一緒に働いてましたけどあまり違和感なかったというか……」
アヤはまた目を閉じて
「ある意味では色物のキワミの小悪魔系と正統派ど真ん中のヴィクトリアンがねぇ」
間違いなくそこにヒントがあるはずだ。しばし二つのデザインを脳内で比較して、アヤはそれらしきものを見つけるとポンと手を打った。
「これでいきましょう」
指差したデッサン画は白と黒の慎ましい上品なエプロンドレスだ。
「ヴィクトリアンですか?」
ヨードーの問いにアヤは首を左右に振り、テーブル上のデッサン画へ次々と丸印をつけていく。
「これでいきましょう」
もう一度そう言ってからペンを置いて、彼女はヨードーの前に印をつけたデッサン画をザっと両手で押した。彼はそれを見ながら
「ネコミミ、小悪魔、ヴィクトリアン、ロリータ、男装に和服まで……」
とにかくパッと見、白、黒、ピンク、赤、水色とゴチャゴチャとしていた。これはいくらなんでも。
「さすがにこんなにたくさんは無理があると思いますよ?」
ヨードーが当然のように溜息を吐けばアヤは自信満々に人差し指を左右に振り
「まぁ見てないさいよ」
ポケットから携帯を取り出し、何がしか操作してから
”カシャ”
っと撮影。そして
「これならどう?」
手渡された携帯の画面に映っているのはテーブルの上に置かれたデッサン画の数々。しかしさっきのような不協和音はない。
ヨードーは普段ならすぐに気付くような単純な手品にかかって目をパチクリとさせた。アヤは予想外の騙されっぷりにクスっと笑いつつも
「どう? これでもまだ統一性ないかな?」
尋ねた。ヨードーが首を左右に振ったのを見てアヤは満足げに頷き、携帯の”モノクロモード”を切った。
彼女の出した結論。それはスタイルとタイプで個性を出し、色は伝統的なヴィクトリアンスタイルの白と黒で統一するというものだった。