4:お? それで行こうか?
桜花ホールの2階に新設された弓道場。そこで昨日の一件を姉から聞かされつつも桃花は部員達と射を続けていた。
桃花は紺の袴に白の胴着、そして黒の胸当てという格好で、姉のミキは紺Tシャツの上から空手胴着を着て黒の帯を締めていた。
「せやけど姉貴が蹴ったらタダじゃすまんかったんちゃうか? 骨の2、3本はいったやろ?」
桃花に放たれた矢は霞的と呼ばれるオーソドックスな白黒の的の真ん中よりやや上に刺さった。姉は腕組みしながら
「いいえ。充分な加減をしたので捻挫で済んだと思いますよ。それより本当にもう一度そこで頑張ってくれますか?」
聞けば彼女は自分の長いオーバーポニーを払って
「頑張るも何も、ウチはそもそも辞めたくて辞めたんちゃうしな。ホンマにただの経営不振や思てたらそんな裏事情あったんかいな」
ポリポリと頭を掻いた。
「ええ、ですがもうウチの組は解散したハズですから。上納金回収はどこかの成りすましが調子に乗ってやってたんでしょう。だから今回のことで報復の心配はないはずです」
「いいや。そんな心配してへんよ。仮にそんなんが来たら今度はウチがブッ飛ばしたるわ。それよりなぁ」
桃花は弓掛けと呼ばれる手袋を外して
「うちはめんこいメイドと本格的なスイーツが売りやったから。”再開や! よし集めよう!”ではなかなかスタッフは集まらんで?」
「お菓子作りに関してはアオイを手本に私と美月、マリサで何とかします」
「ほー。なんやもう話が進んで……って、アオイて?」
ミキはアオイが今年の四月から後輩としてここに来ること、パティシエを父として持ち、さらに自身の腕前も相当であることを彼女なりに語ってみた。
「……あとは彼女のメニューに水飴かければどこに出しても恥ずかしくない一品に」
「どこにも出せなくなるから却下で」
ミキは否定された最後の一文にブツブツ言いながら制定カバンを明け
「このアップルパイを食べてみてください。必要に応じてこの金平糖の粉末を」
と包みを取り出せば
「かけへん。ほないただきます」
桃花は手にとってアルミホイルを取ってじっと見た。
丁寧に編みこまれたキツネ色のパイ生地、そこから溢れる蜜のようなリンゴの甘煮。見た目はまず
「合格か」
そしていつものようにはがっつかず、探るように一口。
「……」
「どうですか?」
また一口。
「……」
「どうですか?」
また一口。そして桃花は隠すのに失敗したかのように笑みを見せ
「会うて話が聞きたいな。アオイなぁ」
そして今度は残りを一口で平らげた。どう見ても合格だ。その表情にミキもまたトビキリの笑顔で
「食いしん坊の桃花がそのコメントなら問題ないでしょう。よろしく頑張って下さいねティラミス。フフフ」
口元に両手を当てて笑った。心底嬉しそうな姉に大きく頷いて
「ああ。お互い頑張ろうな。オペラ」
ウィンク。
「ええ。フフフフ……え?」
「来週の土曜日か? 私は構わないぞ」
柔道場。練習を終えて胴着を肩に下げているミユキに声をかけているのは彼女の親友で演劇部部長のアヤ。
「ホントに!? やったありがとうユキたん!」
子供のように飛び跳ねている彼女に苦笑いして
「おいおい。何が嬉しいが知らないが私たちはもうすぐ最上級生だぞ? もう少し落ち着きのある振る舞いを心がけたらどうだ?」
言えば踊っていたアヤはクルっと彼女の方を向いて
「ユキたんこそ。今はミヤコちゃんも後宮君もいないんだから生徒会長からモードチェンジしたらどうなの?」
言われてミユキはチラっと入り口に目を向ける。そういえばアヤが席外しをお願いしたから今は二人とも食堂か。なら良いか。
彼女は目を閉じて首を左右に曲げてコキコキと鳴らし、
「ふー」
脱力。そして目を開ければクールな雰囲気から一転、オレンジのような暖色系が似合いそうな
「元気なお姉さんユキたんでOK?」
アヤが伺えば
「もちのろんよ。まー今だけだけどねー」
ミユキは悪戯っぽく笑った。それにウンウンと頷いて
「やっぱりこれでこそウチの店員に相応しいわね~」
「ん? 何の話よアヤ?」
と首を傾げているミユキに
「こっちのことよ。それよりどう? 今日一緒にアイス食べに行かない? 季節限定の桜アイスが昨日からやってるんだけどさ」
瞬間ミユキは目を輝かせて
「いくいく! もち行くわ! アヤのオゴリで」
最後の一言には突っ込み入れようとしたアヤだが、彼女に満面の笑みを浮かべられたらしょうがない。
「アタシその笑顔には勝てる気しないわね」
悔しさ半分可愛さ半分。そんなアヤにまた
「そうでしょ? それなら遠慮なくオゴられまっす」
親指を立てる彼女。自覚してる辺りがさらにひどい。そして可愛い。鼻血。
「ユキたんネピアちょうだい」
「はいはい。じっとしてよー」
鼻ティッシュ装填完了。アヤは溜息を吐いて
「さすがに今月は献血無理かな~」
「むしろ輸血がいるわね。あ、そうだ。ちょっと待ってて」
と長い髪をサラサラ揺らしつつ小走りで更衣室に行く彼女に
「なに? 何かに着替えるの?」
問えば振り返ってから
「んんん。安綱忘れるトコだったわ危ない危ない」
どっちが危ないのか分らなかった。そして朱塗りの鞘を手に出て来た彼女に
「うふふふ」
声を漏らして笑う。抜刀娘ユキたんが果たしてどんなメイドになるか今から楽しみで仕方ないアヤだった。
俺とミィちゃんは食堂にて、二人仲良く”あっち向いてホイ”という童心に返った遊びに勤しんでいた。
その隣のテーブルでは美月ちゃんとマリサが並んで座り、向かいに座るアオイちゃんの用意したお菓子のデッサンとレシピを見ながらそれについての解説を熱心に聞いていた。
「あっち向いて……」
俺の人差し指を食い入るように見つめる義妹。そして
「ホイ」
と上を指せば糸で引っ張られるように上を向くミィちゃん。
「「……」」
そしてものすごく悔しそうに
「兄さんなんか変な術使ってませんかー! 使ってませんかー!」
バンバンとテーブルを叩いている。あかんこの子かわい過ぎだろ。ていうか隣でアオイちゃんもその光景見てホワホワと癒されてるし。
「これで40連敗だよねミィちゃん。ていうかジャンケンそこそこ強いのにね」
「もう一回ですもう一回です!」
人差し指を立ててまたリターンマッチを申し込む義妹。一方でマリリンはレシピを指差しながら
「そうね。トッピングを変えればこのメニューなんてバリエーション増やせるし幅が利くと思うわ」
そして隣の美月ちゃんは
「ここのハーブの15種類くらいはウチで栽培してるから。買出しに行かなくても大丈夫よ。だから予算の割り振りをこっちに割り付けた方が」
とすごく真剣に会話してます。アオイちゃんも二人の意見を熱心に聞きながら丁寧にメモを取っていた。
そして30分後。ちょうど議論も煮詰まって皆でアオイちゃんの用意したショートケーキと紅茶で一息ついてると
「おっすヨードーちゃん。首尾はどうだった?」
俺の声で、入ってきた美少女少年に皆の視線が集まった。弛緩していた空気が一気に緊張する。これが全ての運命を決めると言っても過言ではないのだから。
静寂の中、自分に集まっている視線を一身に受け止めながら彼は一枚の紙を掲げて見せた。視線はそちらに移る。
そして皆がその意味を理解して目を見合わせる。アオイちゃんは涙目になってる。そしてヨードーちゃんは大きな声で
「校長先生の許可がおりたんじゃ!」
第一関門はクリアのようだ。さーてあとは事務モロモロが残ってるぞ~っと。