2:あれ? ちょっとオマなんで俺の株ダダ下がり?
始業式までの数日のお休み。お休みといってもそれはあくまで授業がないという意味で、ミユキ先輩率いる柔道部の部活は平常より遅くはなるんだけどキチンと行われるのだ。
そういうことで今日はいつものように早朝午前5時とはいかないものの、6時にミィちゃんのスプラッタソング”真っ赤な果物ナイフ”に起こされた俺は今、
”流石にこの時間に起こすのは気の毒だよね”
と寝かせて置くつもりだったアオイちゃんを含めた3人で朝食を頂いている。
ミィちゃんの焼いてくれたソーセージをかじりながら
「アオイちゃんて早起きなんだね」
眠気眼で尋ねると彼女はコーヒーを牛乳で割りながら
「僕の家は洋菓子店やってるので、朝は仕込みや手伝いがあるんです」
スッキリとした声で答えてくれた。
そういえばお父さんはパティシエだったっけね。言えば義妹がニコニコとして
「兄さん、アオイちゃんの作るお菓子は本当に美味しいんですよ」
聞けばアオイちゃんがホワホワとしながら
「先輩、ミヤコ先輩がお菓子食べてる時は本当に可愛いんですよ」
需要と供給が一致していた。
朝食を終え、平日としてはリッチな食後のコーヒーを頂きながら
「それじゃぁちょいと本題に入るけど、アオイちゃんが昨日言ってくれた”帰る家がなくなってた”ってどういうことかな」
聞けば彼女は沈痛な面持ちで頷いて、放っておくには忍びないというかガマン出来ない事情を話してくれた。
午後4時、桜花学園の体育館。窓から夕暮れの差し込むそこで俺とヒロシは二人だけでバスケットゴールに向け、黙々とフリースローをしていた。
「なるほど。それで京太郎君は俺に相談しに来たわけですか」
ヒロシの放ったシュートがバスケットゴールを揺らし、そして床に落ちてバウンドしたボールの音が反響する。
「悪いな。いつもロクな話持って来なくて。けど断るなよマジ」
俺の投げたボールはリングに嫌われて弾かれ、そして足元に転がって来た。隣のヒロシがそれを拾い上げて
「余計なこと考えてるから手元狂うんだ。もっと力抜けって」
ロクにネットも揺らさずに確実にシュートを決めた。さすが一年でレギュラー。
「で、今日さっそく決行だから支度よろしくなシロクマ」
言えば
「おーい。俺はまだOKしてねぇぞキョウ」
言いながら人差し指の上でクルクルとボールを回すヒロシ。表情は言葉に反してヤル気まんまんの笑顔。だから
「クマに拒否権あるわけないだろ。身の程わきまえろって」
笑って返せば
「”ふざけんな”って言ってやりたいが、4月には後輩になって俺に”先輩、これ食べてください”って手作り弁当を渡してくれるであろうアオイちゃんが心配だから手を貸してやるよ」
「お前は川の上流でサケでも巻き上げてろ」
そうして儀礼的なハイタッチをした。
「で、アオイちゃんて可愛いんだよな?」
問われて二度三度頷いて、そしてシロクマの目を見てから
「何で俺がこんなメンドイこと引き受けてるかが答えだろ?」
「ですよねー。いきますかキョウタロウ君」
「いきますかヒロシ君」
さて午後4時半。食堂でイイコに待ってくれていたミィちゃんには
「ごめん今日はちょっとヒロシと一緒に男同士ハァハァすることしてくるから先に帰ってて」
と盛大に誤解を招く言い訳をして
「お前ころすぞ」
とシロクマにヘッドロックされる場面があったものの。
「無事、女子諸君に悟られずに到着したなヒロシよ」
「ああ失うものもかなり多かったけどなキョウよ」
そうして腐れ縁の二人が今いるのは学園の最寄り駅から二駅下った駅、そこの改札を抜けたところ。ヨードーちゃんのかつてのバイト先であり、アオイちゃんの下宿予定地にもなっていたメイドカフェ・”ルーチェ”のある通りだ。
淡いミントグリーンと白がベースになった店が立ち並び、通りの中央には木製のベンチと噴水のオブジェがある小洒落たところだ。
二人で目的地ことルーチェに向かって歩きながら
「それじゃぁ順に確認するぞキョウ。アオイちゃんが言うには昨日の夕方、あのメイド喫茶を尋ねようとしたら”営業停止中”になっていた。OK?」
「OK」
「そして店の前で呆然としてたらチンピラ複数人に絡まれて、頭悪そうな口説き文句を言われたけどアオイちゃんは断った。OK?」
「うむ」
「すると頭悪そうなチンピラは悪知恵が働いたのか、アオイちゃんがここに用があるんだと悟るとこんなことを言った」
ヒロシはそこで足を止め、近くの自販機にコインを二枚入れて
「”ここは神条会のシマだから入りたきゃボスの許可もらいな” OK?」
スイッチを押すと缶コーヒー一つと大量の小銭が落ちてきた。
「あってるぞ」
答えるとヒロシはコーヒーはポケットに入れ、小銭は3、4枚を適当に摘んでから
「で、俺らの仕事はそのボスの許可を頂こうってことでOK?」
俺の目を見てニっと笑いながらコインを差し出してきた。やれやれ。
「OKだよ。しかしマジだなお前」
それを掴んで制服のポケットに入れる。なら今度は
「じゃぁ確認するぞヒグマ」
俺の番だ。ヒロシに流し目して
「凶器は所持していたんですか?」
「滅相もないです。怖くなって無我夢中でビニール袋を振り回してたら、たまたま袋の中に小銭が入ってたんです」
「たまたまですか?」
「もちろんです。ほら、証拠にここに缶コーヒーが。これのお釣りです」
ヒロシがウィンク。問題ないな。俺は頷いた。
「しかしこれはあくまで最終手段な」
念を押せば
「ああ。でないと親父殿に申し訳立たないだろ?」
ヒロシの言う親父殿というのは俺の親父でありコイツのヒーローのこと。まぁその話はまたおいおい。そろそろお店が見えてきた。
練習を終えて食堂に一息着きに来たマリサは、テーブルにてミヤコシスターズの末妹であるミヤコがグッタリとしてるのを見つけたので
「どうしたのミヤコちゃん」
そう声をかけた。姉の上品な声に顔をあげたミヤコは
「あ、姉さんお帰りなさい。部活お疲れ様。あのね」
席を立って彼女に歩み寄って……
「そろそろツインテールが休憩に入る頃だけどまさかミィちゃん。あれを素で伝えたりしてないよな?」
一方、後宮京太郎は言い知れぬ不安を抱えて身震いしていた。隣のヒロシがそれに
「ああ。お前の言った”男同士ハァハァ”な。お前そっちのけはないんだろ?」
「当たり前だバカモノ。例えヨードーちゃんでもそういうことはない」
断言した。ふむでもヨードーちゃんなぁ……。
「みみみみミヤコちゃんそれ本当なの!?」
そうして赤面しているツインテールの姉に
「はい。兄さんは確かにそう言ってましたマストビー!」
人差し指を立てて強調する義妹。マリサは両手を頬に当てて
「何てことかしらキョウタロウさんいつのまにそんな禁断の道に目覚めてしまったの! あそうだ! ミヤコちゃん相手誰とか言ってなかった!? まさかヨードーちゃんとか!?」
ドキドキと身を乗り出す姉にミヤコは
「むむむ」
と考え込むように腕組みして、そしてマリサの目を見て
「……ヒロシ君?」
マリサは慌てて携帯を取り出した。
「お、マリサから着信だ」
京太郎はポケットから携帯を取り出してパチンと開いて耳に当てて
「もしもし?」
”キ、キョウ! 大丈夫!? ミヤコちゃんから聞いたけど無事なの!? 襲われてない!?”
あ~マリサがこの言い分だと、どうやらミィちゃんは俺達がチンピラ相手に一暴れすることを察知したみたいだな。やれやれ。
「大丈夫だよマリサ。心配ない」
”心配ないじゃないわよ! 早く逃げて!”
やはりマリサも女の子なわけだ。ここは男らしくかっこよく決めてみよう。俺はクールな声で
「いや逃げるわけには行かないんだマリサ。これは俺の意思で決めたことなんだ」
”じ、自分の意思ってキョウ正気なの!? 早まっちゃダメよ!”
ほー。マリサの言い方だとどうやら俺達が手を出そうとしてる相手はそれ相応のヤツらしいな。なら男としてなおさら引くわけにはいかない。
「これは男同士の問題だ。悪いがマリサは首を突っ込まないでくれ」
”バカ言ってんじゃないわよ! 相手選びなさいよ相手! もっとこうなんていうか”
やはりとんでもない相手か。上等だ。弱い相手と戦って勝っても何の自慢にならないからな。
「なに。どうせやるならデカイやつ相手のほうが楽しいってもんだ」
”デ、デカイですって!? 大きい方がいいですって!?”
そう。自分よりデカイやつをぶっ飛ばしてやりたい。そんな憧れをもって中学まで帰宅部だった俺はミユキ先輩のいる柔道部に入ったんだ(ウソです)。
しかし思い返せば最初はずっと基礎練習ばかりで前方回転受身、後方受身、側方受身と受身ばかりの毎日だった。
「……そう。攻めるためにあの世界に入ったはずなのに俺は受けてばかりいた」
”キョウタロウさん受けですの!? ていうかあの頃って!!”
ああそうさ。最初はこんなもの負け犬のすることじゃないかとフテくされたさ。だけど。だけど
「だけどそれで多くを学んだんだマリサ」
”な、な、なにをお学びあそばされましたの!?”
根性、やる気、継続することの大切さ、たくさんあった。
「とでも言葉じゃ言えないよフフフ」
”!?!?”
「だけどそうして半年を耐え切ったとき」
”半年もマグロ!?!?”
マグロ? まぁいいか。そう。俺はそうして半年を耐えきってようやく
「寝技を手ほどきしてもらったんだ」
”ね、寝技ですってー!!!!”
ああそうだ。上四方固めに横四方固め。袈裟固めに後袈裟。
「横から、上から、後からといろいろなバリエーションがあった。とくに」
”と、とくに!?!?”
特にあの奥襟締めを学んだときなんか、あのときなんか、
「あのときなんかマジで意識が飛びそうになったよフフフ」
”なななななななんですってー!! ちょっと紅枝君に代わって!!”
そうか俺の戦友も説得するつもりだなマリサ。やれやれ無駄なことだ。俺はヒロシに黙って携帯を押し付けた。
今食堂のマリサは血圧1999くらいのテンションで携帯を握り潰さんばかりだった。そして自分の耳に
”もしもし紅枝ですけど八雲さんですか? もう止めてもム”
という諸悪の根源の声が聞こえた瞬間プッツン来て
「コラこのピーピー(放映禁止)!! よくもワタクシのキョウをそんな不潔な世界に巻き込んでズキューン!!(放送禁止) そのまま間違ってキョウのおズキューン!!(放送禁止)にピー(放送禁止)ごらんなさいよ! その粗末なピー(放映禁止)をハサミでピー(放映禁止)からね分ったかこのズキューン(放映禁止)!!!!!!」
「どうしたヒロシよ死んだツキノワグマの目をして?」
「いや、なんか知らないうちに俺の株ってものすごくダダ下がってたっていうか立ち直れないっていうか」
ふーむいったい何があったのやら。俺はただ腕を組むだけだった。