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魔道具の三日月堂シリーズ

僕が一番描きたいのは、君の。

作者: 内田縫

扉がゆっくりと開いていく。

その奥の薄暗い空間から、女の声が響いてくる。


――魔道具の三日月堂へようこそ。私は店主のクロエです。


当店は絶大な力を持った魔道具を数多く取り揃えています。

あらゆる奇跡を起こすことから、私のことを『三日月の魔女』クロエ・アナと呼ぶ方もいらっしゃるそうで。


例えばどんな商品があるのかって?


それでは、こちらの魔道具をご覧ください。


……願いは、必ず叶うとは限らないもの。

いくら強く願っても、乗り越えられないこともあるのが現実。

身分違いの恋も、そのひとつでしょう。


ですが、どんな願いも現実にしてしまう魔法の道具があったとしたら、あなたならどうしますか?


参考までに、あるエピソードをご紹介しましょう……。



**********



12歳になった春、ジュリアーノは父に連れられて、初めて王宮にやってきた。


父の名は、フィリッポ・バルディーニ。

息子のジュリアーノとともに各地を放浪して絵を描き続けていたが、自由奔放で独創的な作品群に対する評価の高まりを受けて、彼は宮廷画家に抜擢されたのだった。


国王の肖像画を描く父の傍らで、ジュリアーノは毎日、デッサンに取り組んだ。

ジュリアーノにとって腹の出た国王のデッサンなど特段面白いものでもなかったが、不慣れな王宮で父から離れるのは心細かったし、他にやることもなかった。


そんな時ジュリアーノに、


「へえ、アンタもけっこう上手いじゃない」


と声をかけたのは、第三王女のレベッカだった。


レベッカ・マグダレーナ・コスタクルタ。

王国史上一のおてんば姫と呼ばれている王家の問題児だったが、それでもジュリアーノにとって彼女は光り輝いて見えた。


春の日差しを集めたように柔らかく揺れる金色の髪、陶器のように白く透き通った肌、宝石のように輝く紺碧の瞳。


呆気にとられて言葉を失うジュリアーノの手を取って、レベッカは勝ち気な笑顔を見せる。


「アンタは今から私の専属画家よ。いいわよね、お父様!」


フィリッポの前でマントを広げてポーズを決める国王が「ん、ううん?」と曖昧な反応をすると、レベッカはジュリアーノの手を強引に引っ張っていった。


ジュリアーノが「ちょ、ちょっと」と抵抗を試みても、レベッカの歩みは止まらない。自分より少し背の低い女の子――それもお姫様とは思えない力の強さに、ジュリアーノは驚き戸惑うばかりだった。


「さっそく、今から私を描いてもらうわよ!」



**********



そうしてジュリアーノが引きずり込まれたのは、レベッカの私室。


侍女ラウラが淹れてくれた紅茶を飲んでから、ジュリアーノはデッサンの準備を始めた。ラウラもジュリアーノやレベッカと背丈はそう変わらない。


レベッカもラウラも、ジュリアーノと同じ12歳らしい。

ジュリアーノが聞くまでもなく、レベッカが一方的に教えてくれた。


どうして子供が王宮で働いているんだろうとジュリアーノは少し不思議に思ったが、デッサンに取り掛かるとそんな疑問はいつの間にか消え去っていた。


絵に集中すると他のことが見えなくなるのは昔からだ。


もう、誰に何を言われてもジュリアーノの耳には届かない。


今のジュリアーノの世界にあるのは、画面と木炭、そしてレベッカだけ。

美しいお姫様を再構成する高揚感を抑えるのに必死だった。


アタリを取ってレベッカを描き込んでいくにつれて、レベッカ本人もさらに光り輝いて見えるような気がした。ジュリアーノは嬉しかった。こんなにドキドキしながら絵を描くのは生まれて初めてだった。


――女神様みたいだ。


そう思いながら王女の柔らかな輪郭や量感をなぞっていくと、くすぐったそうにレベッカは微笑った。それがあまりに美しくて、ジュリアーノは息を呑んだ。


――君の微笑みを、僕が永遠にしてやる。


無意識にそんな言葉を頭に浮かべながら、ジュリアーノはレベッカを描き込んでいった。



**********



レベッカは別に、絵に興味はなかった。


絵を描いてもらうという口実で自分の部屋に連れ込んで、外の世界の話を聞きたい。できればモンスターやダンジョンの話を。それがレベッカの思惑だった。


――でも、こんな子から冒険の話は聞けそうにないけど。


女の子みたいで弱そうだもの。


ジュリアーノの容姿を、レベッカはそう評した。

だが、ジュリアーノは木炭を持った途端に変貌した。


目付きも表情も、身に(まと)うオーラも。


絵を描き始める前は、クリクリの茶色い髪の毛に隠れがちな目はまつ毛が長くて唇も形が良く頬も桃色で、その辺の貴族令嬢よりよっぽど可愛らしい顔立ちだとレベッカは思っていたし、おどおどした態度も小動物みたいだと思っていた。


それが絵を描き始めると。


茶色い瞳の奥には燃え盛る炎のような熱さと氷のような冷徹さが同居していて、口元は引き締まり自信に満ち溢れているように見えた。


まるで、世界が滅びても絵を描くことをやめないと決意しているようだった。


実際、レベッカが何を言ってもジュリアーノは動じなかった。


レベッカが「外にはモンスターがいるのよね!?」と興奮気味に聞いてみても、ジュリアーノは「うん、あ、もうちょっと椅子に浅く腰掛けて」と言うだけで話題は進まなかったし、レベッカが悪ふざけで「ちょっと暑いからドレス脱ごうかしら。私の裸、描いてみたいでしょ?」と言ってみてもジュリアーノは「あ、動かないで」と顔色ひとつ変えなかった。


それでレベッカは会話を諦めた。


黙って椅子に座っていると、レベッカは次第にジュリアーノの視線から熱を感じるようになっていった。


木炭の音だけが響く空間の中で、今ジュリアーノが自分のどこを描いているのか、どう描きたいと思っているのかが、自分の心の中に流れ込んでくるようだとレベッカは思い始めた。


――女神様みたいだ。


ジュリアーノの心の声がそう聞こえた気がして、レベッカは気恥ずかしさのあまり思わず笑みをこぼした。


すると、


「君の微笑みを、僕が永遠にしてやる」


ジュリアーノの口から、はっきりそう聞こえた。


今度は気のせいじゃない。


それからレベッカの頭の中は真っ白になり、爆発しそうな自分の心臓の音で何も聞こえなくなってしまった。



**********



それから毎日、レベッカはジュリアーノを私室に招き、自分の絵を描かせた。


同じ部屋に侍女のラウラもいるとはいえ、思春期に差し掛かる王女が平民を部屋に招くなど本来なら許されるはずがないことだった。


しかし、王も大臣たちも何も言わなかった。


城を抜け出して冒険者ギルドに登録しようとしたり、男装して騎士団の訓練に紛れ込んだりと、王女にあるまじき奇行を次々に繰り返してきた()()()()()()が、ジュリアーノの絵のモデルになっている間だけは大人しい。


そしてジュリアーノの絵の中のレベッカは、本当におしとやかな王女様に見える。


――獣同然だったレベッカを、芸術が王女にしてくれた。


王や大臣たちはジュリアーノに心から感謝して、紙や絵の具や絵筆など様々な画材を用意して与えた。


ジュリアーノは喜んだ。

ありとあらゆる画材や画法を試し、ジュリアーノはメキメキと上達していった。


せっかく手に入った絵の具を試したくて油絵も描いたが、結局ジュリアーノは木炭デッサンが一番のお気に入りだった。


レベッカは毎日少しずつ変化する。

それどころか1日の中でもどんどん変わっていく。


絵の具が乾く時間がもどかしくて、ジュリアーノは何枚もデッサンを仕上げていった。紙はすぐに足りなくなる。


ジュリアーノは描けば描くほどレベッカをもっと描きたくなったし、レベッカも描かれれば描かれるほどもっと自分を描いて欲しくなった。


――私の裸、描いてみたいでしょ?


初めて会った日に言った冗談は、いつの間にかレベッカにとって冗談ではなくなっていた。もう、そんなことは口が裂けても言えない。言ってしまったら、その場でドレスを脱ぎ捨ててしまうかもしれない。侍女のラウラがいて、よかった。


お互い、ただ絵を描き、描かれるだけ。


端から見れば優雅な芸術の時間でも、心はむしろ獣に近づいていくような――そしてそれを必死に押し殺して耐え忍ぶような――そんな日々が、2年ほど続いた。



**********



14歳になったジュリアーノとレベッカに2つ問題が起きた。


その1つ目。


ジュリアーノの父が、宮廷画家を辞めると言い出した。

その月いっぱいで王宮を出て南に向かい、海を描くそうだ。

描きたいものを描ききった王宮に戻る気もないらしい。


呆然とするジュリアーノの頭をなでて、父は言った。


「お前、まだここで描きたいものがあるんだろ?」


その通り、ジュリアーノはもっとレベッカを描きたかった。

しかし父が宮廷画家を辞めれば自分も居場所を失う。

いくらレベッカの絵をこれまで描いてきたからといって、まだ14歳の自分が宮廷画家になれるほど甘いものではない。

それでも……。


何も言えないままのジュリアーノに父は続けた。


「いいと思うぜ。画家ってのは描きたいものがある場所に向かうべきだ。俺が画家を目指して家を飛び出したのは13歳の頃。もうお前も14歳。好きにやってみりゃいい」


そして、父は鞄から大きな冊子を取り出した。


「餞別だ。昔、ある魔女から買ったんだがな。()()()()()っていう魔道具だ」


「無限ノート……?」


「ああ。すげえぞ。いくら描いても紙がなくならないんだ」


父がパラパラとそのノートをめくっていくと、白紙が次々に現れて、いつまでも終わることがなかった。


「それと、このノートから切り離すと、絵が現実になる」


そう言って父はノートから1ページ破り取った。

そこには凄まじい迫力のモンスター、オーガが描かれていた。


父がその絵を放り投げると、巨大なオーガが現れた。


「う、うわッ!」


「大丈夫だ。こいつはお前を襲ったりはしない。俺やお前を守るように、念を込めて描いたからな。お前にこのノートを譲れば俺が描いた絵は消えるらしいが、お前の画力でも新たにモンスターや武器を描いておけば充分な戦力になるだろう。ただし元は紙だから……」


父が火魔法を放つと、オーガは一気に燃え上がった。父が使ったのは(かまど)に火を点ける程度の簡単な火魔法だ。ジュリアーノにだって使えるありふれたもの。


「この通り、火が弱点なんだ。それに水にも弱い。だが画力が上がれば上がるほど、使役できるモンスターも強力になる。今後はこいつで自分の身を守れ」


ジュリアーノが父からノートを受け取ってページをめくると、やはり中のページはすべて真っ白になっていた。


「あ、ありがとう……」


父は白い歯を見せて笑い、またジュリアーノの頭をなでた。

そして、声を低くして言った。


「ただ、この無限ノートは物体や生物だけじゃなくて、出来事も現実のものにしてしまう。実現したら困るようなことは、絶対にこのノートには描くな。いいな?」


ジュリアーノは黙って小さくうなずいた。



**********



そして、問題の2つ目。


レベッカに婚約者が決まった。


生まれる前から婚約者が決まることさえある王族としては14歳での婚約は異例の遅さだったが、それはレベッカの日頃の行いによるものだった。


何と言ってもレベッカは『王国史上一のおてんば姫』だ。


婚約相手に何かしでかせば、大問題になる。

婚約どころか、社交の場に連れていくことさえできておらず、レベッカは国内の貴族にもあまり顔を知られていなかった。


しかしジュリアーノが来てから2年で、レベッカの奇行は鳴りを潜めた。

見目麗しく成長したレベッカが庭園で1人、物憂げにため息をつく姿を見た城の者たちの間では、レベッカは『そよ風の君』と呼ばれ評判になり始めていた。


それで王家はレベッカの縁談を進めた。


相手は隣国の侯爵家の長男。


同盟を結んでいる隣国との関係は良好。その侯爵令息も優秀で武芸にも秀でており、誰からも慕われる人格者のようだ。申し分ない相手だった。


だがレベッカは、


「ついてきなさい、脱走するわよ」


とジュリアーノの手を引っ張っていた。


「ちょ、ちょっと待って。スカートが歩きにくいんだよ……」


ジュリアーノは女装していた。否、させられていた。

王都の娘たちがよく着ている簡素なデザインのワンピース。

ボンネットで髪を隠せば、休日の使用人にしか見えなかった。


そしてレベッカは男装。

ひざ丈程度のチュニックを腰紐で締め、ホーズに革靴。

まとめた髪を羽根帽子におさめた姿は少年騎士のようだった。


2人は連れ立って堂々と正門から城を出ていく。


「ダメだよ、レベッカ……」


「大丈夫よ。一応、ラウラに私のドレスを着ておいてもらってるから」


「そんなのすぐバレるってば……怒られちゃうよ」


城を出てからレベッカは一度立ち止まり、ジュリアーノに小声でささやく。


「私だって、このまま失踪するつもりはないわ。婚約者がいるのに王女がいなくなったら、お父様だけじゃなく国のみんなに迷惑がかかっちゃうもの」


「じゃあ、どうして……」


「明日、私の婚約相手との初顔合わせなのよ」


ジュリアーノがハッとしてレベッカの顔を見ると、その瞳には寂しげな影が宿っていた。


「だからお願い。今日の日暮れまでは、ジュリアーノとお城の外で過ごしたいの」



**********



そして、2人の1日限りのアバンチュールが始まった。


服装こそ男女逆だったが。


目抜き通りの市場で串焼き肉を食べ、砂漠の国のランプや骨董品などの珍しい商品を見て回り、人気のカフェで話題のケーキも食べた。


コインを投げれば願いが叶うという広場の泉にも行った。

2人で1枚ずつコインを投げ入れると、レベッカはつぶやいた。


「私、男の子に生まれれば良かったって、昔は思ってたのよ」


「……どうして?」


「男の子に生まれて、冒険者になってみたかった。だって世界はこんなにも広いんだもの」


「………」


「でも、私はお城の中に閉じ込められたまま。生まれてから、ずっと。結婚したってどこかの貴族のお屋敷の中。それが私の人生なの」


「……お姫様になんか、生まれたくなかった?」


「うん……。でも、もういいの」


ジュリアーノに背を向けて少し歩き、レベッカは振り返る。

花のような笑顔で。


「そのおかげで、ジュリアーノに会えたんだから……!」


「……レベッカ」


「たくさん絵を描いてもらえて、私、幸せだったよ……!」


ジュリアーノは胸が詰まって言葉が出なくなった。

彼の手を握ってレベッカは「行こ!」と笑った。


「日暮れまでに、もっともっと楽しまなくちゃ!」


ジュリアーノは立ち止まったまま、顔を上げる。


「レベッカ、行きたい場所があるんだ」



**********



ジュリアーノがレベッカを連れて行ったのは、街の仕立て屋。

店の中心に、純白のウェディングドレスが飾られていた。


「……素敵」


そう言って目を輝かせるレベッカを見て、ジュリアーノはどうにかこのウェディングドレスをレベッカに着せられないものかと思った。でも、購入するお金なんかあるわけがない。


ジュリアーノが思い悩んでいた時。


「まったく……またお城を抜け出したのですか、レベッカ様」


仕立て屋の店主と思しき老紳士が、呆れ顔をしてそこに立っていた。


――しまった……!


逃げ出さなくては、とジュリアーノが思った時、レベッカが前に出て言った。


「ロベルトさん、お願いがあるの」


「……なんでございましょう?」


「私、このウェディングドレスを着てみたいの」



**********



老紳士ロベルトは、王家御用達の仕立て屋だった。


「婚約早々、ウェディングドレスの下見のためにお忍びでいらっしゃるとは、レベッカ様もせっかちなところは相変わらずですなぁ」


都合よく勘違いをしてロベルトは、2人を2階へと案内した。

2階は特別な客のために、豪奢なソファが置かれた広い空間になっている。

くつろぎながら様々な服を試着できるスペースだ。


「それも、専属の画家さんまでお連れして。どうぞこちらで存分にお描きになってください」


ロベルトに言われた通り、ジュリアーノはデッサンの準備を始めた。服も女性物から普段着に着替えた。

使う画材は、いつもの木炭と、父にもらった無限ノート。


「どう……かな」


顔を上げると、ウェディングドレスを身にまとったレベッカがそこにいた。


ジュリアーノは思わずため息をついたが、見惚れてばかりはいられない。日暮れまでに絵を完成させなくては。


レベッカの未来のために。



**********



ウェディングドレス姿のレベッカを描きながら、ジュリアーノは思う。


――今日が終わればきっと、レベッカとは会えなくなる。


僕を宮廷画家にしてくださいって大臣のおじさんに頼んだけど、やっぱり若すぎて難しいって言われた。

もっと勉強していろんな絵を描けるようになりなさいって、とても優しい言い方だったけど。


もっと上手になって何でも描けるようになったら、僕は何を描きたいって思うかな。


どんなに綺麗な景色や壮大な遺跡や、強い魔物や歴史に残る英雄を描けるようになったとしても。


やっぱり君を描きたいな。


でも、それも今日で終わりだから。


文字もろくに読めやしない、何の学もない僕だけど、僕のすべてを懸けて君の未来を全力で描くよ。


ウェディングドレスを着て、幸せそうに笑う君を。

隣の国の、貴族様のお嫁さんになって、幸せに暮らす君を。


ここに描いた絵を切り取れば本当のことになる、この無限ノートに。


どれだけ遠く離れても、ずっと君が笑っていられるように。



**********



それから、レベッカは王宮に帰っていった。

ウェディングドレス姿の自分の絵を、大切そうに抱えて。


翌朝、街の宿で目を覚ましたジュリアーノは、乗り合い馬車の列に並んだ。


街並みの向こうに、背の高い王宮が霞んで見える。

今頃レベッカは、婚約相手と顔を合わせているのだろうか。


――さよなら、レベッカ。どうか幸せに……。


ジュリアーノがそんなことを考えていると、ふいに背後から声が聞こえた。


「この馬車から、私たちの冒険が始まるのね」


驚いてジュリアーノが振り返ると、そこにはレベッカがいた。

平民の男の子のような旅姿をしている。


「ちょ、またお城を抜け出してきたの!?」


「違うわよ」


「じゃあ、なんで!?」


レベッカはバツが悪そうに指で頬をかきながら話し始める。


「えっと、婚約相手との初顔合わせ、今日だって言ったでしょ?」


「う、うん……言ったね」


「それが、実は昨日だったみたいなのよ」


「ええッ!?」


あははははと笑ってからレベッカは続ける。


「それで、お相手の侯爵家のみんなも大怒りで。このままじゃ国際問題になるってお父様も慌ててたんだけど、侯爵令息様がたまたま会った侍女のラウラに一目惚れしちゃったのよね」


「え、でもラウラは王族じゃないんでしょ……?」


「ううん。いろいろあって私がラウラを侍女にしたんだけど、ラウラって本当は私のおじいちゃん――先代の王様と公妾の孫なのよ。だから、お相手の侯爵家もそれなら約束をすっぽかす私なんかよりラウラの方がいいってなって」


「ええ……そんなめちゃくちゃな……」


「ふふ、でもいいじゃない。おかげで私もお父様から『もう知らん、好きにしろ』って言われて、この通り自由の身になれたんだから」


ジュリアーノは困惑しながらも、ある疑問を思い浮かべた。


――僕は、無限ノートにレベッカのウェディングドレス姿を描いた。レベッカが婚約相手と幸せになれますようにって。

切り取れば本当のことになるはずの、無限ノートに。


なのに、どうしてそれが実現せずレベッカはこんなところにいるんだ?


「ねえ、レベッカ! 僕が昨日、君に描いて渡した絵は!?」


レベッカは「ああ、それなら」と言いながら鞄から1枚の紙を取り出す。


「もちろん、ちゃんと持ってきたわよ。王女としての持ち物は何も持ってきてないから素寒貧だけど、これだけは私の宝物だからね」


レベッカが目を細めて見つめるその紙には、レベッカのウェディングドレス姿。


間違いなく、ジュリアーノが描いた絵だ。


しかし、そこにジュリアーノが書いた覚えのない文字が書かれている。ジュリアーノは文字を読み書きできない。


「えっと……この字は、なんて書いてあるの?」


レベッカは顔を赤くしてうろたえる。


「な、何でもいいじゃない! それより、馬車が出るわよ!」


そう言ってレベッカはジュリアーノを馬車に押し込む。


「何でも良くないよ! 大事なことなんだよ、レベッカ!」


「な、内緒よ! ほら早く乗って!」


「そんな! お願いだから教えてよ!」


「いいから、いいから! ほら!」


「ちょ、押さないでよ!」


そんな風に慌ただしく、ジュリアーノとレベッカは馬車に乗り込んでいった。


そのレベッカの手にはウェディングドレス姿の絵。

そこにレベッカの筆跡で書かれていたのは、こんな一文。


――レベッカ、ジュリアーノとの結婚式にて。



**********



クロエ・アナが、薄暗い店内で佇んでいる。


――今回ご紹介した魔道具は、いかがでしたでしょうか。


太古の昔から、人類は様々な願いを絵にしてきました。


狩りの成功を願って描かれた洞窟の壁画。

神の奇跡を願って描かれた宗教画。

そして、その人の幸福を願って描かれた肖像画。


願いは叶うとは限りませんが、叶わないとも限りません。

身分違いの恋だって、叶うこともあるのでしょう……。


当店では、他にも様々な魔道具をご用意しています。


ですが、あいにく本日はそろそろ閉店のお時間。この他の商品のご紹介は、もし次の機会があればということで。


それでは、またのご来店を心よりお待ちしています……。




読んで頂きありがとうございます。


ジャンルをまたいで、いくつか短編を投稿しています。

タイトルの上にある「魔道具の三日月堂シリーズ」をクリックすれば他の作品を見ることができます。


皆様がどんな作品を好きなのか教えて頂きたいので、もしお気に召しましたら下の★から評価や感想を頂ければ幸いです。



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