きゅー
カポカポと、見た目の厳つさに反して穏やかな足取りでスレイプニルは進む。
「うっまま! うま! うっまま、うっま!」
ロキの腕の中でホープが身体を左右に揺らしながら、なんかよく分からない歌を歌う。
やっぱりスレイの厳つさだけがアレだったが……それ以外は本当に、平和な旅であった。
「…………平和ですね」
客室の中に一人でいるのが少し寂しくなってしまったマリアは、前の小休憩の時に御者席へと移動していた。
彼女は移り変わる周りの景色を見ながら、ポツリと呟く。
するとロキがこちらをチラリと見て、少しだけ苦笑を零した。
「言っとくが……こんな平和な旅が特殊なんだからな?」
「……え?」
「普通の旅は定期的に魔物に襲われるモンだ。だから、基本的に護衛を雇わなきゃならないんだが……スレイは見て分かるように強い魔物だ。魔物は弱肉強食。強きには逆らわずって本能に刻み込まれてるからな。スレイを恐れて魔物が襲いかかってこないから、こんなにも平和に旅できてるって訳だ」
『オイラ、役に立ってますね! ひゃっふー!』
「ただしこの煩さに目を瞑らなくちゃならんという欠点がある」
『酷い!』
「…………」
ロキが黙る。多分、またアレだ。面倒くさくなった。
だが、マリアとしては今の話で充分タメになった。
狭い世界に閉じ込められていたマリアは、知らないことが多い。というか知らないことばかりだ。偏った知識しか与えられてこなかったのだから当然なのだが……少しでも新しいことを教わるのはとても面白い。
「うっまぁ〜!」
『うっまぁ〜!』
ホープとスレイの謎歌を聞きながら、進む。
途中すれ違った旅人や行商人らしき一行がスレイを見てギョッとしたりもしたが……それでもまぁ無事に、夜が深くなる前に次の街についた。
本来ならば魔物との数回戦闘を挟んで移動するため、昼頃の出発では次の街に辿り着けるはずがないのだが……そこはスレイのおかげだろう。
街の入り口にある貸馬車屋──スレイにビビりながらも……何故か嫌そうな顔をされた──に客室を預け、流石に寝てしまったホープを抱き上げる。そして、スレイを影に帰し……今日の宿屋を探すことにした。
だが……マリアはここで、《魔王の卵》の現実を目の当たりにすることになる。
「そいつ……《魔王の卵》だろ? ダメダメ、ウチの宿にゃ泊められないよ」
「…………ぇ」
「……そうか。他は?」
「他も駄目に決まってんだろ。とっととこの街から失せな」
憎悪に満ちた宿屋の主人の視線を受けながら、マリア達は宿屋を後にする。
ロキは寝ているホープの頭を優しく撫でながら、仕方ないと言わんばかりに溜息を溢した。
「駄目だな。マリィ、悪いんだが野営でもいいか? 直ぐにこの街を出よう」
「…………はい」
…………マリアは先を歩くロキの背を追いながら、先ほどの男性の言葉や視線を思い返す。
ホープが何かをした訳ではないのに。ただの幼い子供でしかないのに。なのに、まさか……《魔王の卵》というだけで。かつての《魔王》と同じ色を持つだけであんなにも拒絶されるなんて、思いもしなかった。
ロキから話は聞いていたけれど。実際に目にして……やっと、それを実感した。
……そんな鈍感なマリアとは違って、ロキは初めからそれを察していたのかもしれない。あの貸馬車屋の店主の反応から、なんとなくこうなることを予想していたんじゃないだろうか……?
それでも街の宿屋に泊まろうとしてくれたのは……旅に慣れないマリアとホープの、ため。
「…………ロキ」
「……大丈夫だ。良い人がいれば悪い人がいるように……この街は《魔王の卵》に差別的だった、ってだけだ」
「…………」
ロキが少し歩みを緩めて、隣に並ぶ。
健やかに眠るホープに、先ほどの悪意な満ちた視線を見ることにならなくてよかったと思いながら彼の話に耳を傾けた。
「本当はホープにローブとか被せればなんとか泊まるぐらいはできたのかもしれないけどな。でも、それって……あんましなぁ〜って思っちまう訳よ。ほら……やましいことなんて何もしてないし? それに……幼い頃の経験ってなんか、刻み込まれるじゃん? だから、ホープに自分は姿を晒しちゃいけないとか、隠れなきゃいけないなんて後ろ向きなこと、思わせたくないし。隠してた方が、後で《魔王の卵》だってバレた時に面倒だし」
「…………」
確かに、万が一のことを考えると姿を隠すのはあまり得策じゃないだろう。
意図して隠された時ほど……人間というのは怒りを抱くものだから。
「…………後さ。この見た目だって知って差別してくる奴もいるけど、それを気にせずに。ホープという人間を見て接してくれる人も必ずいると思うんだ。だから……結局は、俺のエゴなんだけどさ……」
ロキは頭を掻きながら、呟く。
彼もまたモドキとして迫害を受けてきたから、色々と思うところがあるのだろう。どうしたらいいのかと、考える悩むこともあるのだろう。
それでもきっと……。
「ロキはホープに、《魔王の卵》であるからって後ろ向きに生きるんじゃなくて……姿を隠したりせずに堂々と、前を向いて生きて欲しいと思っているんですね?」
「…………あー……まぁ、そう。ただ、これが俺のエゴなのは分かってるから……本当に、ホープのためになるのか……不安なんだが……」
「大丈夫ですよ」
「…………」
マリアははっきりと告げる。
まだ少しの時間しか共にいないけれど。それでもロキを慕うホープを見れば、分かる。
「きっとホープは分かってますよ。自分のためにロキが色々と悩んで。その結果でこうしているんだって」
「…………そうかぁ? まだ三歳だぞ?」
「ホープは賢い子です。だから大丈夫」
マリアの肯定にロキは驚いたように目を丸くしたが……嬉しそうに、少し照れたような顔で笑った。
「…………あんがと。なんか、マリィがそう言ってくれたからか……ちょっと、安心した」
「……ふふ、どういたしまして。ロキの重荷が少しでも軽くなったなら……良かったです」
……よく分からないが甘酸っぱい空気が流れ出し、若干気まずくなりながらも……二人は貸馬車屋に辿り着く。貸馬車屋の店主は直ぐに戻ってきたマリア達に嫌そうな顔をしながら、一泊分の料金を請求してきた。
数時間も経たずに回収に来たのだから、今回は一時預かり金の請求になるはずだ。表にある金額表にはそのように書いてある。しかし店主は頑として一時預かりだとは認めなかった。不当であるのは明らかなのに……やり取りに疲れたらしいロキは、溜息を吐いて大人しく払う。
現れたスレイにやっぱりビビる店主に追い出されるように出発し……夜間ということでロキも客室に入り。マリアは向かいの席で自身の膝に寝かせたホープの頭を撫でながら、不満そうな様子を露わにしていた。
「……不満そうだなぁ。さっきの店主か?」
「えぇ。世間知らずな私ですけど。……あの貸馬車屋の店主の請求が不当なことぐらいは分かりましたからね?」
「あぁ、不当だな」
「なら、なんで」
「……一応きちんと払っといた方が遺恨が残らないからだ。……でもな? 大丈夫なんだよ」
「??」
──にっこり。
ロキが笑う。それはもう、素晴らしいぐらいにいい笑顔で。……いい笑顔なのになんでか……背筋がゾワッとしてしまった。
「一応な。ヴェーセル王国としては《魔王の卵》への迫害は禁止されてる訳よ。というか育ちによって卵は《魔王》になるんだから……迫害なんかして心の傷を負わせりゃ《魔王》になる可能性が高くなる訳。そりゃあ禁止するのも納得だよな?」
「…………え? あ、そうです……ね?」
「だから、こう表立っての差別発言とかも本当はよろしくないし。《魔王の卵》だからって不当に金銭を釣り上げるとかもよくない訳よ。そして俺は騎士です。そういう不正とか正す立場にあります」
「……………」
そこまで言われれば箱入りなマリアでも分かる。
「あっははは。あの街の所業、王都に戻ったら専門部署に告発してやる。後で監査が入るだろうぜ、あの街」
ケラケラと笑うロキの目は一切笑っていなかった。
…………なんだかんだで腹に据えかねていたらしい。
マリアは思った。ロキを敵に回すのは、よろしくないと。
(…………ロキだけは、怒らせないようにしましょう……)
そう強く、マリアは決意をするのだった……。




