はーち
時は少し遡って午前中──。
事情聴取のために詰所へと向かうロキは、若干心配そうな面持ちのまま、街中を歩いていた。
(…………やっぱり心配が尽きねぇ〜……アイツら二人に留守番させてるの……)
ロキが緊張しているのは詰所へと向かっているからではない。宿屋にマリアとホープを残してきてしまっていることに対してだった。
勿論、盗賊らのことでこれ以上、余計な疲労をかけさせたくないというのも間違いないが。実のところ……二人を留守番させたのには違う理由もある。
それは──……一種の、検証。
ホープは今まで、ロキ以外の人間相手では号泣していた。一緒の空間にいるだけでも駄目だったし、ロキが少しでも離れるのも駄目だった。なのに、ロキがなんとかホープの元に辿り着いた時、あの子は泣いていなかった。
それどころか、マリアには信じられないぐらいに懐いていて。ロキ以外を受け付けなかった様子が、嘘のようであったのだ。
だから、検証してみることにした。ワザとマリアとホープを二人っきりにして……ホープに問題がないか、確認してみることにしたのだ。
(もし、これで問題がなかったら……マリィを雇う理由としても充分だし。俺も、仕事復帰できるし)
ロキの仕事は騎士ではあるが、他の騎士とは違って少し特殊な業務を請け負っている。
今はホープのことがあるため休職させてもらっているが……特殊な業務を担う騎士は元々数が少ない。いつだって人員不足だ。そのため、あまり長く仕事から離れるのも無理があることをロキは理解していた。いつかは無理矢理にでも仕事に復帰させられるだろうと思っていた。
だからこそのこの好機だ。今回の留守番でマリアがいればホープは大丈夫だと確信を持てれば……仕事復帰の目処が立つ。
そもそも、働かないと暮らしていけないのだし。どちらにせよいつかは仕事復帰しなければならない。
(まぁ、結果は後で分かることだし。今は事情聴取に専念するかね)
なんて考えながら歩いていたら、昨日夜遅くにも訪れた詰所に辿り着いた。
頑丈そうな煉瓦造りの建物内に入り、入り口にある受付に声をかける。昨日の盗賊達の件で事情聴取に来たと言えば、事前に話が通されていたのだろう。直ぐに対応する兵士達がいる部屋へと案内された。
「……お。来たか」
「あぁ」
昨日も会った熊のような大柄な男が、執務机に座って書類仕事をしていた。彼はロキに部屋の出入り口側にある応接用のソファに座るよう促してくる。
ロキは言われるがままに座り、数枚の書類を手にローテーブルを挟んだ向かいのソファに座った男から事情聴取を受けことになった。
「今日、事情聴取を担当するホグマンだ。まずはアンタの名前と職業を教えてか」
「…………ロキ。ロキ・セルリーツ。今は休職してるが……一応、王都の騎士団で下っ端として働いてる」
「ほうほう、王都の騎士団で……って、王都!?!?」
ギョッとした顔でホグマンが叫ぶ。
あまりの声の大きさに、ロキは嫌そうに顔を顰めた。
「煩いな……そんなに驚くことか?」
「お、驚くに決まってるだろ! なんで、王都の騎士がこんなとこにっ……! それもモドキが!」
「…………」
「ぁ」
サァァッ……と、ホグマンの顔色が一気に悪くなった。
今では《魔王》になりえなかった先人達の功績のおかげで、大分迫害が少なくなってきたとはいえ……それでも絶対ではない。
こんな風に、《魔王の卵》やモドキに嫌悪感や蔑みを抱いている者は少なくない。
それに、彼らが兵士というのも起因しているのだろう。騎士は国が認めて、国に雇われているのだが……兵士はあくまでも、その地の領主が雇っている者達であるからだ。
例えるなら、国家試験で騎士となり、地方試験ならば兵士という感じだ。当然、給料や福利厚生なども騎士の方が遥かに安定しているため、騎士の仕事は憧れの職でもある。
しかし、そう簡単に騎士になれる訳でもない。少なくとも、貴族による推薦状がなければ騎士試験を受けることすらできない。
ゆえに、モドキであるロキが自分よりも格上な騎士であると聞き……信じられられなくて、ホグマンはあんなことを言ってしまったのだろうことが察せられた。
「……まぁ。俺が騎士だとか今はどうでもいい。とっとと聴取を進めるぞ」
とはいえ、このことで無駄に時間を浪費するつもりはない。
ロキは顔色の悪いホグマンの代わりに、自ら事情聴取を進めるのだった。
「…………簡単に言えば、魔力暴走を起こして転移した甥っ子を追って行ったら、森ん中で盗賊に襲われてたから、伸してここまで連れてきた。以上」
「……森の中に子供と女がいたから、教団と娼館に売っぱらって金にしようとした──……しかし、お前が現れて捕まった……。アイツらの供述と差異はなさそうだな。…………だが」
「…………」
探るような視線が、ロキを貫く。
彼はこの後指摘されるだろうことを、察していた。
「あの女は、どこの誰だ? お前の連れじゃないだろう」
(やっぱりそうくるよなぁ〜……)
マリアのことは指摘してくるだろうと思っていた。あの盗賊らから自白によって情報が漏れている以上、身内という嘘は通らない。
だが、ほぼほぼ勘だが。あまりこの場に彼女の情報を残していくのはよくない気がしたのだ。
だからロキは……真実を織り交ぜた偽りの物語で誤魔化すことにする。
「どうやら彼女の婚約者が碌でなしだったみたいで……自分が望んだ女と結婚するためには彼女が邪魔だったみたいでな」
「…………ま、まさか……」
「婚約者に嵌められて、あの森に捨てられたらしいぜ。上手くいけば、そのまま行方不明になるからな」
「………………」
ホグマンは絶句していた。流石に思った以上の内容だったのだろう。
〝痴情の縺れ、怖い〟と、その顔にアリアリと書いてあった。
「当然、その婚約者の独断だからな。きっと彼女の家族はその行方を探してるはずだ。偶然にも向かう先は同じ王都……ついでだから、送っててやるつもりだ」
「…………本当に?」
「…………どうせ、俺はモドキだし? 本当こと言ったってお前が信じない限り、お前の中じゃ俺の言葉は嘘のままだろうよ」
「…………」
先ほどの差別発言もあって気まずかったのだろう。ホグマンは目線を逸らしながら「そうか……」とだけ呟く。
だが、ロキの一言が功を奏したらしい。これ以上の事情聴取は必要ないと、次の手続きに進むことになった。
「……あの盗賊達は最近ここらを騒がせていて指名手配になっていた。よって捕縛したお前には、懸賞金が払われる。ただ最近あぁいった輩が多いため、そこまで多い訳ではないのだが」
「へぇ……あぁいう輩、多いのか」
「あぁ。隣国からの流れ者……元冒険者だ」
ロキは目を細めながら考え込む。
魔物や外敵の脅威から国を守る結界が隣国エキセアに張られたのが約十年前のこと。
魔物の脅威に怯えなくて済むようになったのだから、エキセアの国民達は喜んだ。…………一般的な、国民達は。
だが、冒険者だけは違う。彼らは魔物の脅威から人々を守ることで、生計を立てていたのだ。つまり、魔物の脅威がなくなれば彼らの仕事もなくなるのが必然だった。
だが、冒険者ギルドは全国規模で展開している冒険者ギルドという組織である。エキセア王国での仕事がなくなったのならば、他の国の冒険者ギルドを拠点として働けばいい。
しかし……どこにでも善人と悪人がいるように。真面目に働く者がいれば、楽をしようとする者がいるように。冒険者にも様々な人間がいる。
健全な冒険者であれば、他の国に移り冒険者として働き続けるのだろう。だが、不健全な……元々腐っている奴らはそのまま、楽な方へと楽な方へと流されて……最終的にこうして犯罪に手を染めてしまったのだろう。
元々、冒険者ギルドは荒くれ者達の受け皿という役目もある。なんせ犯罪歴さえなければどんな身分の者だって受け入れるのが冒険者ギルドなのだから。その代わりに犯罪を犯せば一発で冒険者ギルドから追放される。つまり、冒険者ギルドは犯罪を犯しかねない輩達への抑止力にもなっていたという訳だ。
…………と、まぁ色々と言ったが。結局のところ、犯罪を犯したあの盗賊達が悪いのには変わらない。他の国に移り、冒険者として働き続けるという手もあったのに……。エキセア王国に残り続けて、結局生活に困窮して。金のために罪を犯すことを決めたのは他ならぬ奴ら自身なのだから。情けをかける必要はない。
「…………まぁ、いい。懸賞金の受け取り手続きを早くしてくれ」
「……何かこの後に用事でも?」
「王都まで時間がかかるからな。今日にでもこの街を出る予定だ。…………何か引き止めたい理由でも?」
「……いや。直ぐに手続きを進める」
ホグマンは手元に準備していた書類に書き込みをし、ロキに差し出す。
「これを受付に提出してくれ。そうすれば懸賞金を受け取れるはずだ」
「どーも」
ロキは軽く書類に目を通してから立ち上がる。
そのまま部屋を出ようとしたところで……後ろから声をかけられた。
「おい」
「あ?」
「オレが言えた口じゃないが……もし、この街を出ていくのに辻馬車を使おうとしているなら止めた方がいい」
「…………は?」
「…………辻馬車を使うのは、年寄りばかりだ。年寄り連中は頭が固い。だから──……あの子供が、危険だ」
「…………」
曖昧な言い方だったが、ロキは彼が濁した部分を察した。
辻馬車はこういった辺境の地では重要な交通手段の一つだ。なので足腰が弱い年寄り達が大きい街に出るために、辻馬車を利用していることが多いのだろう。
だが、年寄り達は生き字引である反面……昔の価値観で固定されて、融通が効かないことがある。悪く言ってしまえば頭が固い。
つまり、モドキであるロキに憎悪の視線をつけるだけならまだいい方。最悪、《魔王の卵》であるホープを殺そうとしてくるかもしれない──……そう、ホグマンは言いたいのだろう。
……目の前にいる男も、どちらかといえばそちら側だというのに。どうやら《魔王の卵》であっても小さい子供が傷つくのはよくないと思ったらしい。わざわざしてくれた忠告を無碍にするほど、ロキは人間ができていない訳じゃない。
「…………忠告、どうも」
「あぁ。気をつけろ」
そのやり取りを最後に、ロキは部屋を出た。
受付で書類を提出し、少し待ってから懸賞金を受け取り、詰所自体を後にする。
宿屋に帰るついでに、このまま旅の支度を整えてしまった方がいいだろう。そのほうが効率がいい。ロキは少し寄り道をして、旅の支度を整えていく。
保存食に着火剤、毛布を数枚。小さな鍋に木製のマグカップを三つ。岩塩の塊に、マリア達用の甘味を少し。
(……マリィ達の足で移動するのは時間がかかるから、馬車を借りた方がいいか。なるべく節約して行きたいから……客室だけ借りれたら万々歳だな)
そんなことを思いながら移動していたら、ふと。古着屋の看板が目に入った。
(…………そういや。マリィの服は装飾こそないものの、目立つよな……)
刺繍や飾りも付いていない質素さではあるが、真っ白なドレスなど目立たないはずがない。昨日街に入った時は夜間だったためそれほどではなかったが……真昼間の行動には適さないだろう。平民が着る生成りの服と比べるとかなり動きづらいだろうし。
ロキは少し考えてから、古着屋の中に入っていく。女性服売り場に移動し、何着と服を吟味した。
あのドレスは露出が一切なかったから、同じように露出がない方がいいだろう。難しい着方をする服は旅に適さないため、着やすい服の方がいい。後は多少の調整が効く服だろうか?
(お。これ、いいんじゃね?)
ベージュの首まである内着に、上から被るだけで着れる紺のワンピース。その他にも数枚、着替え用のワンピースを選んで。……下着類はマリアがいる時に違うところで買わせることにする。流石にその勇気は、ロキにはない。
という訳で、数枚の女性用の服を会計に持っていった。妙齢の女性店員が疑うような目で見てきたが、「家族に渡すんだ」と言うと大人しく会計をしてくれた。
そうして旅の道具が入った袋を背負い、紙袋を片手に宿屋に帰る。
泊まっている部屋に入ると、中でマリアがホープの手を掴んで揺らして遊んでいた。
…………どうやら、本当にホープはマリア相手ならば問題ないらしい。魔力暴走を起こす気配もないし、いっそご機嫌なくらいだ。
これなら彼女を雇う理由として充分。他の奴らに何を言われても、跳ね除けることができる。
「ただいま〜」
〝本当、マリア拾ったのは思わぬ収穫だったな〟と思いながら……ロキは二人に声をかけるのだった。




