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にー

 




 その赤子は、貧しい村の孤児院の前に捨てられていた。

 真珠のように白い肌。真っ白な髪に黄金の瞳。エキセア王国では滅多に見ない髪色から、院長は移民が生活に苦しんで子を捨てたのだろうと考えた。

 村全体が貧しかったため、孤児院も例に漏れず苦しい生活を送っていたが……〝この子を見捨ててはならない〟──何故かそう強く思った院長はその子に〝マリア〟という名前をつけて育てることにした。



 それから八年──。

 八歳になったマリアは幼いながらも随分と愛らしい顔立ちの少女へと成長していた。このまま育てば傾国と呼ばれるなるのではないかと疑うほどの美貌だ。

 それに伴い……院長は年々、強い不安を抱くようになっていた。何故なら、マリアは八歳だというのに、嫌な感じの目線を向ける男達が増えてきた気がしたからだ。

 貧しいが故に村には娯楽がない。欲を晴らすような場所もない。鬱憤を溜めた男達が、幼けれど美しい少女によからぬ気持ちを向けるのはある意味必然だったのかもしれない。あるいはその美しい少女を金持ちに売り捌けば高く売れると思ったのか……。

 とにもかくにも、実際に院長の不安は的中してしまった。三十代ぐらいの木こりをしていた男が、マリアを連れ去ろうとしたのだ。

 しかし、想定外がただ一つ。


 マリアに悪意が迫ったその日、その瞬間──彼女は聖女として目覚めたのだ。


 あの日見た光景を、院長は今でも忘れることができない。

 震えるマリアを守るように展開された聖属性の結界に、光の槍によって壁に磔にされた男。はっきり言って中々衝撃的な光景だったが……こんなことになってしまうほどにマリアは恐ろしかったのだろうと思うと、胸が張り裂けそうなほどに痛かった。彼女を守ってやれなかったことに後悔しながら、その木こりの男をこの村から追い出すための根回しをした。

 だが、この一件がマリアの運命を変えた。変えて、しまったのだ。



『おぉ……やっと見つけましたぞ、聖女様』


 どうやら神殿には聖女を見つけ出す術があったらしい。あの事件から一週間後──唐突に、前触れもなく。王都から神官達がこの孤児院を訪れた。そして、マリアを聖女として神殿に迎え入れたいと言ってきた。

 聖女が神殿に属するのは当然の話だと思った。なんせ歴代の聖女達もその身を神殿においていたからだ。しかし、まだ心の数が癒えていないマリアを彼らに預けてしまっていいのかととても悩んだ。

 それでも彼女をこの村に置いておくことはできない──あの一件があって、罪を犯したあの木こりを村から追い出したにも関わらず。今だによからぬ視線をマリアに向ける男達がいたからだ──と思った院長は、彼らにマリアを預けることにした。

 神官達に連れられ、村からマリアが姿を消したその二週間後から……エキセア王国の王都には、守護の結界が張られるようになった。それは年々、徐々に規模を拡大していって……遂にはエキセア王国全土を囲う結界となった。そして、エキセア王国は世界一安全な国になった。

 院長は思った。マリアを彼らに預けて正解だったと。

 何故なら……その守護の結界によって他国からの攻撃に脅かされることもなく。更には何故か現れる魔物と呼ばれる化け物も一切、現れることがなくなったからだ。例え現れたとしても、その結界の自動迎撃によって直ぐに討伐されるようになった。

 ゆえに、エキセア王国は世界一安全な国と他の国々から羨ましがられて。

 …………いつしかこれが、エキセア王国の〝当たり前〟になってしまったのだ。

 この安全な暮らしを維持するために……犠牲になっていた少女がいることを、殆どの者が知らぬままで。



 だが、それももう終わり。

 聖女は陰謀に嵌められ王都から……否、()()()()()()()()追放された。

 それによって、聖女が支えていた平和が崩れ始める。


 しかしそれを……王国民達はまだ知らない。



 エキセア王国に……平和の崩壊が、静かに忍び寄っていた。



 ◇◇◇◇



「…………ん、ぁ……?」


 重たい瞼を持ち上げて、マリアはゆっくりと目を覚ます。

 外から鉄格子が嵌められた窓から朝日が差し込む。いつの間にか横たわっていたらしい固い座席から身体を起こし……マリアは緩慢な動きで瞬きを繰り返す。


「…………」


 ……何年振りにこんなにもゆっくりと寝れただろうか?

 毎日毎日、王国全土に張られた結界の維持に魔力を注ぎ。余った時間で聖属性の魔石作りをさせられていたマリアはここ数年、まともな睡眠時間を確保できていなかった。いや、王都の神殿に来てからそうなのだから……十年もしっかりと寝ていない。


「…………身体が、痛い……」


 とにもかくにも。あまりにも久しぶり過ぎるまともな睡眠の所為で、逆に体調が悪いぐらいだった。身体がギシギシとする。

 しかし、そんな軋む身体に反して思考は今までにないくらいにクリアだった。いつもかかっていたもやが全て晴れたと言わんばかりに爽快だ。

 そのため、マリアは眠る前の一件を冷静に考えることができた。そう……全てを諦めて受け入れてしまった、あの断罪劇のことだ。


(……やっぱり、色々とおかしいですね……。だって私、本当に神殿から出ることを許されていませんでしたし。婚約したっていうのは聞いたことがあったけれど……実際に殿下と顔を合わせたことは、殿下()式典なんかで神殿を訪れてた時だけですし。お茶会でお城なんて()()()()()()()()()()()()()()もの。絶対、おかしい)


 マリアは王都の神殿に聖女として迎え入れられた日から、神殿の外には出してもらえず。一日中、エキセア王国を守る結界の維持を行っていた。

 最初は王都を守るだけの結界だったのに、神官達はどんどん要求を強めていって。気づいた時には王国全土を覆うほど結界を張らせられていた。

 そして……結界の維持以外の時間は、聖属性の魔石作り。聖属性の魔石があれば、治癒魔法と魔物特攻の聖属性攻撃魔法を使うことができる……らしい。生憎と出来上がった魔石は直ぐに神官達に回収されてしまうため、実際はどうなのも作った魔石をどう扱っているかをマリアは知らないけれど。あの金にがめつい生臭神官達だ。どうせ碌な扱いはしてないだろうと思われた。


(…………私……本当に聖女だったんでしょうか……? 奴隷の間違いだったのでは……?)


 マリアは今までの自分の扱いを思い返して溜息を溢す。

 彼女は聖女だからと甘やかされたことも、敬われたこともなかった。それどころか平民だからと蔑まされて、軽んじられ、酷使されてきた。

 少しでも結界の維持が弱くなれば容赦なく折檻されたものだし。魔石の作成数が少なければ、食事を抜かれて、いつもの仮眠を取ることも許されずに魔石作りを強制されていた。

 だから、王太子の言っていた神殿での豪遊生活も騎士との不貞なんかもあり得ない。それこそアデュール公爵令嬢が聖女補佐を務めていたことすら()()だったのだから……彼女が自分よりも人気だからと逆恨みしようなんて、するはずがない。


(……でも。ある意味これは、好機なのかもしれません)


 身に覚えのない罪を背負わされたのは不服ではあるが、マリアはこんな風にも思ってしまう。

 冤罪による断罪と追放であったが……王太子のよく分からない断罪のおかげで、あの神殿から逃げることができたと。


(…………私だけじゃ、神殿から逃げるなんて考えられませんでした。逃げたら酷いことをされるって思ってたらから、逃げるなんてできるはずがないなんて思ってた)


 幼い頃。王都の神殿に来たばかりのマリアは急に変わった生活──聖女の力を使うことを強制されることが辛くて、苦しくて逃げ出したことがあった。

 しかし、その時のマリアはまだ八歳。直ぐに神官達に捕まって、幼子にするには酷過ぎる折檻を受けた。陽の光も差し込まない暗い石室の中に、三日間閉じ込められたのだ。当然、食事も一切なしで、だ。

 曲がりなりにも聖女だったからか……死ぬことはなかったけれど。それでもあの一件があったから、マリアの心は折れてしまったし。あの日からもう逃げようとすることも、考えたこともなかった。

 それでも、心のどこかではこんな暮らしから、聖女としての役目から解放されたいと願っていたのだ。


(でも……殿下の命令で追放されたとなれば。私の意思で逃げた訳じゃありませんもの。私は悪くないですよね……?)


 王太子に責任を押し付けるなんて聖女らしくないだろうが。それでも、あの神殿から逃げることができたことの方が遥かに嬉しい。


(とにかく……そろそろ自分が置かれてる現状を把握すべきですか)


 そう切り替えたマリアは、そろそろ現実を見ることにした。

 意識を手放す前──マリアは人目を避けるようにして待っていた馬車に詰め込まれた。その時から眠ってしまっていたけれど。起きてからもずっと、気づいていたことがある。

 そう……馬車が動いている様子が、一切ないのだ。


(……もう、追放先に着いているということ?)


 マリアは馬車右手にある扉の取手に手をかける。ガチャンと回せば容易く取手は動いて、呆気なく扉が開く。窓枠に頑丈な檻が付いていただけに、こんな簡単に開くなんて……若干拍子抜けだ。

 ……まぁ、開いているに越したことはない。マリアは意を決して外に顔を出す。


「…………え?」


 だが、外はマリアの想像を遥かに超える場所だった。

 右を見ても木。左を見ても木。木、木、木。つまり森。


「…………」


 木々が鬱蒼と生い茂った森の中に、マリアが乗った馬車はぽつんっと取り残されているらしい。

 馬も御者もいない。誰かが近くにいる気配もない。ここにいるのはマリアただ一人。


「…………まさか……この森が……追放先……?」


 マリアは頬を引き攣らせながら、そう呟く。静まり返った森の中に、彼女の声が酷く響き渡る。


 引き攣りが止まらないマリアの頬に、嫌な汗がツゥッと流れていくのだった……。





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