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じゅーよん

 




 比較的早く屋敷に帰ってきたロキは……完全に疲れ切った顔だった。

 どうやら騎士団長とやらにこってりと縛られたらしい。

 マリアは心配になりながら顔を覗き込み……ホープはビャッと半泣きになって彼に飛びつく。ロキはそんな甥っ子の姿に「大丈夫だぞ」と声をかけてから、そっとその小さな身体を抱き上げた。


「ロキ……ひとまずはこちらへ」


 マリアは彼の手を引いて、コンサバトリーに連れて行く。

 屋敷を留守にしていたというのに綺麗だった──多分、王城の方が綺麗にしておいてくれたのだろう──ので、どの部屋も問題なく使用できる。今は少し階段を登るのも面倒そうなので、コンサバトリーの方に連れて行った。

 多種多様な観葉植物。淡い暖色の花が咲いている植木鉢なんかも置かれており、部屋の中なのに自然の中にいるようだ。中央には足を真っ直ぐ伸ばせるほどに大きい寝台ソファが二脚。ソファの間には、ローテーブルが置かれている。

 マリアはロキを奥のソファに座らせた。それからキッチンに向かい、お茶の準備をして持っていく。彼の前にマグカップを置くと、ロキは「あんがと」とお礼を言ってお茶を飲んだ。


「はぁー……」

「大丈夫ですか? ロキ」

「あー……うん。疲れただけ」

「……そんなに絞られました? 騎士団長様に」


 心配そうなマリアの問いかけに、ロキは「違う違う」と苦笑を溢す。

 彼女と同じように心配そうにするホープの頬をぷにぷにぷにぷにと両手で揉みながら、ロキは自分がこんなに疲れた理由を打ち明けた。


「……事情が事情だから、絞られはしなかったけど……代わりに、今後もここに住むように命じられたというか」

「えっ」

「ほら……俺の家が直って帰るとするじゃん? その上で俺が職場復帰したら、職場の王城と自宅分だけ物理的に離れる訳よ。で……もし、今回みたいなことがあったら、ホープに何かあった時、気づくのが遅れる可能性があるだろうってことで……まだホープも小さいんだから、目と鼻の先にいた方がいいだろうって……言い包められたというか……」

「…………」


 強ち理由が間違っていないだけ、断りにくかったのだろう。ホープのためと言われたら、余計にそうだったに違いない。マリアだってこの子のためと言われたら、断れない気がする。


「……だとしてもこんな豪華な屋敷に住むとか、身の丈合わんから精神的に疲れるっていうか……。いや、ホープの育つ環境としては王城敷地内であるここほど安全な場所はないって分かってるんだけど……でもやっぱり身の丈に合わねぇ〜……」


 つまり、今後もこの屋敷で暮らすことが決定したからこそ憂鬱というやつなのだろう。勿論、質素な生活を送ってきたマリアだって、こんな良い屋敷で暮らすのは気後れする。

 だが……。


「……私達が我慢すれば、ホープの安全が保障されるんですね?」

「おう。あの一件があったから……ホープには護衛が付く予定だったんだ。でも、俺以外受け付けなかったから保留になってたんだよ。ただ、今はマリアがいるおかげなのか、ホープも他の人間を受け入れられるようになったろ? だから、護衛事情的にもここにいてくれた方が、有事の際に増援を直ぐに送れるから騎士団としても都合がいいらしくって……」

「回りくどいですね……。簡単に言うと?」

「ホープのためという言葉に負けました」

「……分かりました。私もロキと同じく気後れしますが……暮らしましょう、この屋敷で。ホープのために」


 マリアとロキは互いに頷き合う。

 ホープのためならばどんなことだって我慢できる。実の親ではないのに、もう既にかなりの親バカになっている二人である。

 多分、ホープが思春期辺りに入ったら鬱陶しがられるだろうが……生憎と今は三歳児。ホープは〝なんかよく分からないが二人が仲良しそうでよかった〜〟とにっこにこしながら、マリア達を見上げていた。

 そんな中、チリンチリ〜ンッ……と玄関の方からベルが鳴った。

 なんだろうとマリアが玄関の方を見ると、ロキが思い出したように呟く。


「そういえば、帰って夕飯の準備をするのは大変だろうからって……王城から夕飯を送ってくれるって言ってたな。多分、それじゃないか」

「まぁ……! なら、直ぐに受け取りに行きませんと」

「あ、待て待て! 一人じゃ持ちきれないかもしれないだろ!」


 マリアはパタパタと小走りで玄関に向かう。

 そんな彼女の後を、ロキは慌てて追う。勿論、ホープを抱えてだ。

 玄関前でマリアに追いつき、三人で扉を開けた。その先にいたのは……。


「「こんばんは〜(じゃよ)」」


 ──農家風の質素な衣装に身を包んだ老人と老婆の姿。


「ごほっ!?」

「…………??」

「…………う!」


 ロキが吹き出した。それはもうせる勢いで、吹き出した。

 だが、それは仕方ない。農家の格好をしていたって……この二人はつい先ほど会ったばかりの人達だったのだから。


「なぁにしてるんですか、国王陛下……王妃様……」

「!?!?」


 ロキの言葉にマリアもギョッとした。ついでに彼が吹き出した理由にも納得した。

 この国の王とその妃がこんな農家風な格好をして現れるなんて、流石の彼でも想定外だったに違いない。

 というか、マリアとしても思わぬ邂逅だ。まさか初めて顔を合わせるのがこのタイミングだなんて一切思いやしなかった。

 マリアは慌てて、頭を下げる。


「こ、国王陛下と王妃殿下にご挨拶を──」

「よいよい。お主がマリアじゃろ? ロキから話は聞いとる。今日のバルト爺ちゃんとイリス婆ちゃんは、可愛い子供達と一緒に夕飯を食べようと思って来ただけじゃからの。堅苦しいのはなしの方向で頼むぞい」

「そうよ〜。急に来たこちらが不躾なのだから、顔を上げてちょうだい。それじゃあ早速、お邪魔するわね〜」


 と言いながら、ズンズン屋敷の中に入ってくる二人にマリアはひたすらオロオロするしかない。

 そんな彼女の肩に、ポンッと手が乗る。


「ロ、ロキ……」

「……諦めろ、マリィ。これがウチの王家クオリティだから。何言ったって押し倒されるんだ……」

「えぇぇ……??」

「……とにかく行こう。多分、夕飯を一緒にってのも嘘ではないだろうけど……その他に用もあって来たんだろうし……」


 元々の持ち主であるからか、国王夫妻は慣れた様子で食堂に向かう。

 時刻は夕暮れ。少しずつ空が闇色に染まっていっている。

 若干薄暗い食堂内であったが、王妃イーリスが「マーちゃん」と声をかけると、ポポポポッと食堂内の蝋燭ろうそくに一気に火が灯った。

 そして、どこからともなく現れる……橙色の髪をきちっと結い上げた、小さな小さなメイドさん。

 表情を一切変えぬ彼女はお仕着せの裾を掴み、イーリスに頭を下げた。


「お呼びでしょうか、ご主人様」

「ここにいるみんなの分のお夕飯の準備をお願いしたいの。そうね……素朴な感じでお願いね」

「承知しました」


 シュンッと音もなく消えるメイドに、マリアとホープは目を丸くしてイーリスの方を見た。

 そんな二人の様子に、悪戯が成功したようにウキウキと笑う王妃。


「うふふっ、驚いた? 彼女は家事妖精のマーガレットちゃんと言うの。時々、わたくし達の身の回りの世話を任せているのよ」

「どうぞよろしくお願いいたします」

「「!!」」


 声がした方に振り向いたら、食堂のテーブルの上に温かそうな食事を給仕し終えたマーガレットがいた。

 本当に、息をするように現れて、仕事をしている。これには驚かずにはいられない。

 そんな中、ロキだけがマーガレットに向かって申し訳なさそうな顔をしていた。


「あ〜……申し訳ない、マーガレットさん。生憎、ウチにはクッキーとミルクが常備されてなくてな……お礼が……」

「……あら。どうやら我が種族のしきたりにお詳しい様子。けれど、わたくしの主人はイーリス様ですので。どうぞご心配なく」

「でも、俺らの分も用意してくれた訳で……あ。ちょっと待っててくれ。マリア、旅袋は?」

「……えっと。寝室の方に置いてあります」


 頷いたロキは、食堂を出て行く。それから数分もせずに戻ってくる。彼の手に握られていたのは、小さな包み。それを見たマリアは彼が何を渡そうとしているのかを理解した。


「残ってて良かった。昨日買ったもんで悪いんだが……親しき隣人。愛すべき隣人。共に生きる隣人よ。家事妖精あなたに感謝の意を表して。どうか受け取ってくれ」

「!! まぁ……まぁまぁまぁ……!」


 マーガレットがロキの言葉を聞き、目を輝かせた。

 何事かが分かっていないマリア達──何故か、マーガレットの主人であるイーリス夫妻も──は、首を傾げている。

 そんな周りを置き去りに……家事妖精は心底嬉しそうに恭しく、彼からお菓子の包みを受け取った。


「……まさか、そのような伝統ある言の葉を紡いで感謝の意を示してくださる方がまだいたとは。親しき隣人。愛すべき隣人。共に生きる隣人よ。貴方の感謝を受け取りましょう。ありがとうございます……えっと」

「あぁ、悪い。俺はロキ。あっちの女性がマリアで、小さい子がホープだ」

「失礼いたしました。わたくしはマーガレットと申します。改めて、感謝の意をどうもありがとうございます、ロキ様」


 ──にこにこ、にこにこ。

 先ほどの無表情が嘘のように朗らかに笑うマーガレットに、イーリスは「まぁっ……!」とショックを受けたような顔になる。


「そ、そんな……! マーちゃんのそんな笑顔、わたくし、見たことがなくってよ……!?」

「……あら失礼。つい。伝統ある賛辞を受けて嬉しくなってしまいましたわ」

「ロキちゃんロキちゃん、ロキちゃん! 先ほどの言葉はなんだったの!」

「えっ、そりゃあアレですよ……家事妖精に送る感謝の言葉。…………もし家事妖精に会ったらこの言葉を言ってからお礼を渡すんだよって……」


 ロキはそこで、黙り込んでしまう。チラリとホープの方を見たから、もしかしたらこの話はホープの父親……つまり、ロキの兄から聞いた話だったのかもしれない。

 それを皆、察したのだろう。場の空気を変えるように、ディバルト陛下がパンパンッと手を叩く。


「さてさて。色々と話が盛り上がってしまったが……儂らは夕飯を共にするためにきたのじゃ。折角、マーガレットが用意してくれたのに、このままでは夕飯が冷めてしまう。先に食事を済ませてしまおう」


 皆、それに反論するつもりはなかったようでそれぞれが食事の席につく。

 食堂の中央に置かれた十人は余裕で座れそうな長テーブルの上に置かれていたのは、野菜がたっぷりのスープにふわりと美味しそうなチーズの香りがするリゾット。

 流石は王城の食事。随分と手の込んでいる味がする。

 美味しい夕飯の時間は直ぐに過ぎ去った。お腹がいっぱいになって眠くなってしまったらしいホープがウトウトとしている。明日からは先にお風呂に入らせてから食事にした方がいいかもしれない。今日はいいだろうと、マリアは旅の間にロキから習った清潔魔法──旅の間はお風呂に入れない時もあるので、衛生的にも覚えておくといい生活魔法の一つだそうだ──をホープにかけた。


「うにゅう……」

「あらあら、眠ってしまったのね。でも、ホープが万が一起きた時誰もいなかったら悲しいでしょうから……一緒に応接室に移動しましょうか。マーちゃん」

「はい。毛布を準備しておきます」


 やはり、何か話があってやって来たのだろう。

 食事を終えて皆で食堂に移動すると、既に暖炉には火が焚べられていて……暖かな空気が満ちていた。

 暖炉の前に置かれた応接用の高級ソファに座る。勿論上座には国王陛下だ。

 ロキの隣にマリアは座り、自身の膝の上にホープを寝かせる。マーガレットから毛布を受け取り、寒くないようにとその小さな身体にかけてやる。

 飴色のローテーブルを挟んだ向かいに、イーリス王妃が座り……穏やかに眠るホープを優しい目で見つめていた。


「さて……今日、こうして顔を出させてもらったのは……ホープの様子をこの目で見たかったからじゃ」

「……ホープの様子、を? 国王陛下が自ら?」

「ほほほっ。知る人ぞ知る話なんじゃが、どうやらマリアは知らぬようじゃからのぅ。話すとするかぁ…………ある愚かな王子おとこの話を」


 ──パチリッ。

 暖炉の中の火花が爆ぜる。

 どこか、寂しげな表情をする国王陛下の様子に……マリアは真剣な面持ちになって、その話に耳を傾けるのだった……。





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