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じゅーさん

 




 屋敷の外に出たロキは一瞬で無表情になり……入り口近くで待機していたスレイに声をかけた。



「スレイ」

『はい!』

「王都入り口にある貸馬車屋へ、俺の代わりに客室はこを返してこい。人型になるのを許可する」

『おっしゃ、やったー!』


 スレイの巨躯を足元の影が包む。影が解けた後に現れたのは……黒い髪を腰まで伸ばした、褐色の肌の美丈夫。なお、馬耳と馬尻尾付き。

 キリッとした顔立ちは確かに凛々しいのに……喋り出したらそれを台無しにするのは間違いなく、このヒトがスレイであると確信させるのだった。


「いやぁ〜人型になれんのも久しぶりっす! どっすから、相変わらずイケメンっすか!?」

「喋んなきゃな……」

「そりゃあ無理っすね! おしゃべりはオイラのアイデンティティ……なんで!」

「……なんで無駄にアイデンティティだけ良い声で言った……? お前……」


 本当にスレイとの会話は疲れる……。

 ロキは痛み始めた気がするこめかみを揉みながら、彼に命じる。


「取り敢えずこれ、金。支払いはできたよな、お前」

「大丈夫っす! お任せくだせぇ!」

「…………(限りなく不安だ……)」


 しかし、騎士団長()を待たせている以上、スレイに客室はこの返却の方は任せるしかない。

 金が入った袋を受け取ったスレイは片手でガシッと馬と客室を繋ぐ部分を掴むと……「んじゃあ行ってくるっす!」と元気よく駆け出して行った……。


(そういや……騎獣として入城した馬が人型で退城したら門番の奴らビビるかもしれないな……それに、黒髪だし)


 なんて王城に向かう途中に思わなくもなかったが。まぁ、いっかと切り捨てた。

 高位の魔物が人型を取る事例はあるし。セヴェール王国は基本、人間が主体の国であるから、獣人の要素──獣の耳や尻尾など──を持つスレイならば《魔王の卵》だと勘違いされることはないだろう。

 それに……ここはあの愉快な王族らが暮らす王城だ。ちょっと驚くようなことが起きても大丈夫な、はず。

 何はともあれ……ロキは人目を避けるように城の中に入り、これまた人目につかないように目的の場所へと向かった。

 そこは……国王陛下の執務室──の更に奥にある隠し部屋。


「失礼しますよっと」


 天井裏から国王陛下の執務室に入り込んだロキは、面々が揃っているのを確認し……深く深く頭を下げた。


「ご挨拶申し上げます、国王陛下。並びに、王妃殿下、王太子殿下。王太子妃殿下。ロキ・セルリーツ。失礼ながら連絡もなしにこの地より離れたこと……深くお詫び申し上げます」

「……よい。顔を上げなさい、ロキ」


 顔を上げたロキの視線の先……上座のソファに座しているのは豊かな髭を蓄えた、なのに頭はツル禿げな──ディバルト・フォン・セヴェール国王陛下。

 その右手の背後に立つのは、鋭い眼光を向ける、冷酷そうな顔立ちの眼鏡……宰相モンド・プリセッタ。

 反対の左側にはこの国の騎士を総括する騎士団長──ヒューバード・スワロウ。

 そして……この場に似つかわしくないほんわか雰囲気オーラ全開のお婆ちゃまことイーリス・ルソル・セヴェール様と。深緑色の髪の所為でこの中じゃ地味めな王太子はディナント・フォン・セヴェール様、先ほど会ったばかりの王太子妃ミランダ・セヴェール様。

 国の重鎮達が揃い踏みしたこの状況。普通の人間ならば気後れするのだろうが……ロキは至って通常運転で。なんてことがないように国王陛下の言葉を待つのだった。


「報告を」

「《魔王の卵》ホープが魔力暴走による転移を発動。速やかにその後を追いました」

「…………やっぱりそうだったんだね。急にホープ君の巨大な魔力反応があった後に反応がなくなってしまったから……なんとなく転移の魔力暴走が起きてしまったんじゃないかと薄々察していたよ」


 地味めではあるが、この中で随一の魔法の使い手であるディナント王太子はホープの魔力の反応を感知して大体の事情を察してくれていたらしい。

 今回、お叱りという建前でこの場にロキを呼び出した騎士団長は労わるような視線を彼に向けつつ……ずっと気になっていたのだろうことを口にした。


「何はともあれ……あの子供が無事であったことは何よりだ。それで、だが……ロキ。王都を離れている中、秘密回線を使い報告をあげてきた〝女性〟のことだが……」

「あら……もしかしてミランダちゃんから聞いた、マリアちゃんという女の子のことかしら?」


 おっとりと聞いてきたイーリス王妃に向けてロキは頷き……告げる。

 彼が見つけた……これからこの国で重要人物になるであろう彼女のことを。


「…………本人から確認を取った訳ではありませんが……俺が保護した女性は隣国エキセアの聖女マリアである可能性が極めて高いことを、ここに報告いたします」

『!!』


 皆が驚いた顔でロキを見た。

 だが、この程度で驚いてもらっては困る。問題はここからなのだから……。


「……彼女は不貞という冤罪をでっち上げられて婚約破棄され……国境の不干渉地帯の森に追放されたそうです」

「え……? 待って待って、待って頂戴……!? 確か……聖女はエキセアの王太子と婚約していたわよね……? ということは……王太子が婚約破棄と追放を!?」

「はい。エキセアの王太子は幼馴染である公爵令嬢と、互いに全然隠し切れてない恋情を向け合う仲であることは有名な話でした。…………俺としましては、公爵令嬢と結ばれるために聖女の存在が疎ましくなり、冤罪をでっち上げて追っ払ったのではないかと愚推しております」

「ヒューバード」

「ハッ……エキセアに潜入中の黒騎士達に調査させます」


 ──黒騎士。

 それは普通の騎士とは少し違う立場にいる騎士達のことだ。言ってしまえば《暗部》……諜報、潜入、暗殺など、後ろ暗い仕事を担当する諜報員達のことである。他国でいうところの、〝影〟と呼ばれる者達のことをこの国では黒騎士と呼んでいる。

 黒騎士達は平時から人々の暮らしの中に溶け込んでいる。ゆえに、彼らの存在、正体を知っているのははここにいる者達だけ。超重要機密トップシークレットだ。

 だというのにロキがこのことを知っているということは……その理由は一つしかない。


 ──彼もまた……黒騎士の一人であるのだ。

 そして黒騎士であったことが……兄夫婦と距離を置いていた理由の、一つでもある。


「…………にしても、他の女性と結ばれるために婚約破棄に追放だなんて……随分とふざけたことをしているね、隣国の王太子は。確かまだ、十八ほどの若造だったかな?」

「はい、そうです。王太子殿下」

「ふむふむ。今後の付き合いも考えなくてはならないね、ミラ」

「そうね、ディー」


 隣国エキセアはまぁ、それなりに傲慢なお国柄をしてはいるが……セヴェール王国は程々の距離感で親交を深めている。親密になり過ぎず、離れ過ぎずだ。

 しかし、エキセアの王太子がそのような自分勝手なことをしでかす男であるなら、今後の国の付き合いにも悪影響を及ぼすようなことをしでかす可能性が高い。

 これからエキセアと長く付き合っていくことになるのは王太子夫妻だ。ロキからの報告を聞いたディナントとミランダは、エキセア王太子ネイトへの評価を一気に厳しいものに変えるのだった。


「それで? 保護した聖女の可能性が高い女性は今後、どうなさいますか? 陛下」


 今まで黙っていた宰相が眼鏡のブリッジを押し上げながら、陛下に問いかける。

 返事によっては直ぐに動く必要があるため、彼は色々と保護の準備を考えていたが……そんなモンドを裏切るように。国王陛下は「ほほほほっ」と好々爺とした笑みを浮かべながら、顎鬚を撫でた。


「……普通であれば、我が王家が保護した方が良いのだろうが……どうやらその聖女殿はホープ君の子守役をすることになっているようだからのぅ〜。このままロキのところで保護してもらうのが妥当じゃろ」

「…………は?? 聖女が、子守??」

「ロキッ! 報告!」

「…………え〜……ミランダ王太子妃殿下から事前にご連絡が入ってると思うんですが。ホープがマリィにめちゃくちゃ懐いてます。今まで俺しか受け付けなかったのに、マリィが一緒だと他の人が近くにいても問題なし。王都に来るまで、あのとんでもない号泣がなかったです。途中、俺が離れても大丈夫でした。現に今も離れてますし」


 そこで宰相と騎士団長はハッとした。

 彼らもロキがいないとホープがとんでもなく号泣して、偶に魔法を暴走させてしまうことを知っていたのに……つい、そのことを失念していたのだ。


「という訳で……あんまりにもマリィがホープの子守として優秀過ぎたので、彼女を雇い、衣食住を保証すると約束しました。これから暮らす場所にも、困っていたみたいでもあったので」

「「…………」」


 王族の方々は「それは確かに雇うよなぁ」とか、「ロキちゃん、ファインプレーだわ〜」なんて……のほほんと会話をしているが、宰相と騎士団長だけは絶句している。どうやらこの二人にだけワザと、マリアを子守として雇ったことを伝えなかったらしい。多分、王族の方々より頭が固いから伝えたところで無駄と判断したのかもしれない。ミランダは見た目に反して、そういう冷たいところがある。

 とはいえ、マリアをロキが雇ったことには変わらないので……ロキは国王陛下達に申し出た。


「……はっきり言って、ホープからマリィを離したくありません。俺がホープだけではなく……彼女のことも守りますので。どうか、マリィを子守として俺が雇うことをお許しください」

「うむ。別に構わんよ?」

「かっっる」

「陛下!!」

「ロキッ!! 陛下になんて口を!!」


 思わず漏れた本音に、宰相と騎士団長が叱るような声を出す。

 そんな二人に国王は「ほほほほっ」と笑い声をあげた。


「よいよい。この程度の軽口で叱ってやるな」

「そうよ〜。これぐらいで怒るなんて、肝っ玉が小さいわ〜。別に陛下がご不快に思ってないのだから、気にしないの。でも、陛下のために怒ってくれてありがとうね。モンちゃん、ヒューちゃん」

「「…………」」


 二人から、ロキはそっと目を逸らす。

 決して、王妃から愛称で呼ばれて羞恥心で顔を真っ赤にしている上司達が見ていられないとかでは、ないったらない。


「さて……ホープ君からロキが離れても問題がなくなったとはいえ、あまり長く幼子から保護者を離しておくのも悪いからね。そろそろ話をまとめるよ」


 ディナント王太子が場の空気を変えるように、声を出した。

 宰相と騎士団長は本当に気まずそうではあったが、異論はなかったのだろう。皆の視線が王太子に集まった。


「ロキが保護した聖女の可能性が高い女性マリアは今後、ロキの元でホープ君の子守役として暮らすってことで間違いないね?」

「はい」

「では、もしも本当に彼女が聖女だったら。多分、エキセアは取り戻そうとしてくるだろう。どうやら聖女を追い出したのは王太子の独断である可能性が高そうだし。でも、子守役を引き受けるぐらいだから……彼女は祖国に帰る気はないって訳だ。なら、できるだけ早く、彼女我が国の国民にしてしまった方がいいね? そうだろう、宰相」

「…………はい。その通りです、王太子殿下」


 隣国エキセアは国土全部を覆う、外敵と魔物から国を守る結界と……聖属性の魔力が込められた魔石で周辺諸国に顔を利かせてきた。

 流石に神殿内部は異様なほどに警備が厳しくて──ぶっちゃけ、エキセアの王城よりも厳しい──、その内情を知ることはできなかったのだが……それらは全て、聖女の力を元にしていると推測されていた。

 つまり、聖女があの国からいなくなった今──エキセアを覆う結界は近く消える──今もまだ残り続けているのは、結界に注がれた聖女の力が残っているためだと思われる──ことだろうし……。いつしか聖属性の魔石も輸出されなくなるはずだ。

 特に聖属性魔石はかなりの金額を吹っかけて周辺諸国に売り捌いていたのだから、一気に利益が激減することだろう。一度覚えてしまった贅沢はそう簡単には忘れられない。ゆえに、彼らは金の卵たる聖女を血眼で探すはずだ。そして、彼女がこの国にいると知ったらなんとしても、どんな手段を使ってでも取り戻そうとするはず。

 ならばそう簡単に、彼女を連れ去ることができないようにしてしまえばいい。

 一番手っ取り早いのがこの国に国籍を作ってしまうこと……マリアがこの国の民になってしまうことだった。


「彼女がこの国の人間になっていれば……彼女のことがとても守りやすくなるね。他国民の誘拐なんて国際問題になってしまうだろうから、簡単に連れ去れないし。連れ去られたとしても我が国の民を取り戻すためって言い訳で、取り返しにもいけるし。うん、やっぱり良い案だね。どうだろうか? ロキ」

「…………マリィ次第では?」

「勿論、本人にも確認するよ。彼女が応じてくれそうな上手い説明は……宰相、一緒に考えてくれるかい?」

「……はい。仰せのままに」


 この国の頭脳陣による説明ともなれば、マリアは簡単に言い包められてしまうだろう。彼女がこの国の民になることは、もう決まったようなもんだ。


「ロキほどの実力者が護衛として付いているなら不要かもしれないけれど……いつまでも一人で護衛をし続けるのには無理があるからね。元々、ホープ君には護衛をつけることになっていたのだし、この際、護衛を担う騎士も配置しようか? あぁ……勿論、もう暫く様子を見て。ホープ君が大丈夫そうだったら、の話だからね。そこらへんは安心しておくれ、ロキ」

「ご配慮、ありがとうございます」

「どういたしまして。では、騎士団長。準備しておいてくれるかい?」

「はい。選別しておきます」


 ホープの両親を殺した教団カルトの凶行は、《魔王の卵》を利用するためであった。そんな輩がいる以上、彼を利用しようとする者がまたホープを狙わないとは限らなかったため……元々、ホープには護衛がつけられる予定だった。

 しかし、以前はホープが他の人を受け付けないという弊害があったため、隠れての護衛も不可能だった。

 だが、今はマリアがいる。彼女が共であれば他の人間が側にいても問題ないのならば、ホープに護衛をつけることができる。


「…………うん。大体はこんな感じで大丈夫かな? 何か足らないところなどはあったでしょうか、陛下」

「うむうむ。概ね、ディナントの言う通りでよかろう。だが…………ロキよ」

「はい」

「《魔王の卵(ホープ)》に加え、元聖女マリアという女性まで抱えることとなったのだ。こちらとしても二人には、我が王家の目が届くところにいてもらいたい。万が一何かあった時に、近くにいてもらった方が守りやすいからのぅ」

「………………(嫌な予感)」


 にっこり。

 好々爺然とした笑みなのに、一切目が笑っていない国王陛下の姿に……ロキは真顔になる。

 そして……ロキの嫌な予感は見事的中してしまうのだった。


「今後も、あの屋敷に住むの、決定な」

「マジですか??」

「マジマジじゃよ。お主があんな豪華な屋敷に暮らすのに気後れしておるのは知っておるが……あの屋敷に住んでおったら、お主が職場復帰しても直ぐに駆けつけることができるじゃろ? だって、目と鼻の先じゃもの。聡いお主ならばどうすべきか分かるじゃろう? ほほほほほっ」

「…………あぁぁぁ……庶民にあの屋敷は無相応だってぇぇぇ……」

「「「諦めなさい」」」

「あぁぁぁぁぁ…………」


 地味に自宅の修理が終わったら、マリア達を連れて帰宅する気満々だったロキは……今後もあの屋敷に住み続けなくちゃいけないという事実に、力なくその場に崩れ落ちた。

 分かっている……正しいのは国王陛下の方だと。安全性などを考えたら、この国一安全な王城敷地内で暮らすのが安牌であると。

 だとしても、気後れするのは間違いないのだ。だって、根っからの庶民……それも良い暮らしなんて無縁な人生だったのだから……。


「マジかぁぁぁ……」



 ロキは自分と同じようにあの屋敷に暮らすのに気後れしてるっぽいマリアにこのことを話すのが……憂鬱で憂鬱で、本当に仕方がないのだった……。






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