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じゅーいち

 




「あぁぁぁぁ! 何故! 何故! 何故! 何故、聖女がいなくなってしまったんだ!」


 エキセア王国の王城の奥。王族の居住区画。

 第二王子の私室で、アレックスは叫び声をあげながら暴れていた。

 壁に投げつけられた花瓶が割れ、ソファの座面やベッドの布団は切り裂かれている。椅子は彼方に転がり……ローテーブルは真ん中で二つに割れている。元は王族が暮らすに相応しい部屋であったというのに……今は見る影もない。

 だが、それでも彼の胸中に湧き上がる怒りは治りそうにない。


「うぅぅぅぅっ! クソがっ!」


 アレックスは声を荒げながら花瓶の近くに散っていた花を踏み潰す。

 本当に踏み潰したいのは別のモノだ。別の、者達だ。

 聖女を連行したあの騎士達。まさか思いもしなかった。奴らが聖女を追放予定地に連れて行かず……全く別の所へ連れ去ってしまうだなんて。

 そのおかげで予定が狂ってしまった。今頃、彼女はアレックスの配下に保護されて。とっくのとうにアレックスの手の内にいたはずなのに。

 なのに! なのに!!


 彼女は本当の、行方不明になってしまった。


「あぁぁぁぁぁぁあっ!! クソがぁぁぁぁぁ!!」


 このことが発覚するまでに時間がかかったことが致命的だった。

 いつまで経っても聖女を乗せた馬車が第二王妃の実家の領地を通らないと連絡が来たのが、パーティーから五日後のこと。王都から領地までは二日かかるので、情報が届くまでに余計な時間がかかってしまったのだ。

 それから聖女を乗せた馬車の情報を探って二日。夜間であったことと目立たぬ馬車を使ってしまった所為で殆ど情報を手に入れることができず……連行した騎士達を見つけたのがそれから更に四日後。

 聖女が置き去りにされた辺境の地は王都から馬車で七日かかるため……もうその時点で聖女が辺境に置き去りにされてから四日は経ってしまっていた。

 上手く話をして聞き出した結果、奴らが彼女を置いてきたのは北の地だと判明した。隣国セヴェール王国との不干渉地帯の森だ。

 あの地は国境が複雑に入り組んでいるため簡単に隣国に入ってしまう。つまり、簡単に手が届かなくなってしまう場所に聖女を置き去りにしてきてしまったのだ。

 そして実際に……彼女は手の届かなくなってしまった。

 不干渉地帯のエキセア王国側にはどこにも、彼女の姿がなくて。セヴェール王国に密入国し、一番近くの街で聖女を探させたが……そこに彼女の姿はなかった。

 一応、夜に白いドレスを纏った女性が歩いてはいたそうだが……子供のいる家族連れだったそうだ。彼女は独り身であるから、その女性は関係ないだろう。

 結局のところ、手詰まりだった。マリアの手がかりは、何もなくなって、しまったのだ。


「役立たずどもめっ……!」


 ──ガシャンッッ!!

 アレックスは壁側にあった姿鏡を怒りに任せて殴りつける。

 例え、彼女の行方が分からずとも。諦めるつもりなんて一切なかった。必ず手に入れると、決めていた。

 だって、必要なのだ。アレックスには聖女が、必要だった。

 そうじゃないと──……。


「っ……」


 割れた鏡の破片に映った自分の姿にハッとして距離を取る。

 ぽたぽたと殴りつけた拳から血の滴が滴り落ちたが……今は落ち着くのを優先した。そうしないと、バレてしまう。()()()()()()()


「ふー……ふぅー……」


 暫くして落ち着いたアレックスは、最後に大きな息を吐いてから、前を向く。

 その時には先ほどの取り乱した姿など嘘のようで……。そこにいるのはまさに、冷静沈着な第二王子そのものだった。


「…………必ず。必ず、貴女を見つけてみせます。聖女様。貴女は……わたしのモノだ」


 濁りを帯びながら、窓の外に視線を向けるアレックスの瞳。

 陽の光を受けたからか……彼の瞳が微かに、紅く光ったような気がした。



 ◇◇◇◇



 セヴェール王国の王都は凄かった。

 白壁に青い屋根で統一された街並み。馬車四台は余裕で通れる大通り。至るところから聞こえてくる賑やかな声。

 見たことがないけれどこれがお祭りというものなのかもしれない。そうロキに聞こうとしたら……「祭りじゃないからな?」と先に先制されてしまった。


「お祭りではないのですか……?」

「祭りん時はもっと凄いから」

「もっと……!?」

「そう、もっとな。取り敢えず借りてる屋敷に帰るぞ」

「…………借りてる、屋敷?」

「おっとそれを言い忘れてた」


 きょとんとするマリアに、ロキは爆弾発言を落とす。


「今、ちょっと住む場所借りてるんだわ。ほら、ホープの魔力暴走で部屋が溶けたりしたって言ったじゃん? それ、実際に俺が住んでた家で起きてな。住めなくなった訳よ。で……修理が終わるまで、屋敷っていうか別棟というか。貸してくれたんだよな〜……お茶目陛下が」

「…………なんです、って……?」

「という訳で王城に向かいまーす」

「うっうー!」

(う、嘘でしょう……!? まさかこれから住むのは王城敷地内……!?)


 カポカポカポ〜。

 スレイが軽やかな足取りで進んで行く。向かう先は王都の中心……陽の光を受けて輝く純白の城。

 マリアが「心の準備できてません!」と訴えても、ロキは「大丈夫、大丈夫」と容赦なかった。

 そのまま進むこと数十分。ロキは王城前の門番に声をかけて、入城の手続きをする。


「ロキ殿!」


 しかし、門番はロキが入城のために記入した名前を見て、声をあげた。

 それにロキは〝嫌な予感〟と顔をしかめる。


「騎士団長がお怒りです! もしロキ殿が通るようなことがあれば伝言をとのことでしたので……お伝えさせていただきます! ………〝おいごぉら、ロキ! テメェ連絡もなしに姿を眩ましやがって! 報連相ぐらいしやがれぇ!!〟……だそうです」


 ……本当に、どうでもいいことなのだが。地味に門番の声真似は上手かった。

 特に〝こら〟の巻き舌の辺りが、最高である。閑話休題。


「…………あっははは。そーいや王都出る時、連絡すんの忘れてたな」

「忘れてたなじゃありません! 至急、急いで団長の元に……!」

「いや、先にマリィとホープを屋敷に置きに行く」

「…………そういえば。ホープ殿は存じ上げてますけど……そちらの女性は?」

「子守として雇ったんだ。ホープがすっんっごい懐いてる。だから、彼女も城に入れてくれ。何かあったら俺が責任を取るから」


 門番はなんとも言えない顔でロキを見つめる。

 〝流石に下っ端の俺が責任を持つぐらいじゃ入れてもらうのは駄目か……〟と思った時、「あらあらあら〜……」とぽわぽわした声が聞こえてきた。


「大変そうね、門番さん。随分とお悩み中みたい」


 ひょっこり。

 そんな効果音が似合いそうなほどにいきなり、横から割り込んできたのは……薄茶色の髪をポニーテールにした平民の服を纏った女性。


「ぶふっ!?」


 薄紫色の瞳を好奇心で輝かせる彼女を見た瞬間──門番達が噴き出した。

 ついでにロキも驚く。


「ミランダ殿下……」

「いつの間に外に!? 外に出る時、この門通ってませんよね!?」

「うっふふ〜……それはヒ・ミ・ツ♪ 帰りもコソッと帰るつもりだったんだけど困ってるみたいだから。つい顔を出しちゃったわ〜」

(ミランダ殿下って……まさかこの方が王太子妃殿下!?)


 マリアはオロオロと視線を彷徨わせる。

 王族ならば丁寧な対応をすべきだと思うのだが……流石にいきなり過ぎてどうすべきなのか分からない。

 そうこうしている内に向こうの行動の方が早かった。ミランダは御者席に座っているマリアの側に近づいてくる。


「お名前を聞いてもいいかしら? わたくしはミランダよ」

「…………あ、マリアです」

「マリアちゃん?」

「まま!」

「…………あら〜。ホープちゃんのママなのね〜」


 ミランダはじっとマリアを見つめてくる。マリアもまた目を逸らせない。逸らさない。

 すると彼女はにっこりと笑って、顔の横で親指を立てた。


「いいわ〜。わたくしが後見人になってあげる。だから、入れてあげなさいな」

「えっ!? いいんですか!?」

「いいのよ〜。わたくしの勘は良い仕事するのだから」

(えぇぇぇ〜……)


 逆にマリアが心配になるくらいの軽さだった。〝大丈夫だろうか、この国の王族……〟と不安になる。

 しかし、これがこの国の王族なのだろう。ロキ達は慣れた様子で話を進める。


「……分かりました。何かあったら、王太子妃殿下の責任ってことで」

「えぇ、分かったわ〜」

「えっ!? いいんですか!?」

「いいの、いいの。そう心配するなら、王城でやっちゃ駄目なことしないで頂戴ね〜」


 …………マリアは思った。絶対に、この人の迷惑になるようなことはしないようにしようと。


「というか……聞いてた話と違って、ホープちゃんは落ち着いてるわね?」

「ねー?」


 こてんと首を傾げたミランダを真似て、ホープを首を傾げる。

 幼子の可愛らしい仕草を見た周りの大人達は〝あら可愛い〟とほわんと和む。


「これが彼女をホープの子守として雇った理由です。……ホープの調子がめっちゃいい」

「あら〜。それはすっごく重要な要素ね。これは間違いなく採用だわ。これからマリアちゃんを雇うことで何か茶々入れてくる奴がいたら、わたくしにも伝えるように。横槍をシバくぐらいならわたくしにもできるもの。後、陛下達にはわたくしから事前に話を通しておきます」

「流石ミランダ殿下。話が早い!」


 これでいいのか、セヴェール王国。

 そんな本音が顔に出ていたのだろう。ミランダが口元に手を当ててクスクスと上品に笑った。


「いいのよ〜。我が国の王家はこれで。なんせ国王陛下と愉快な御一家だもの」

「…………(王家公認だったんですか、その王族の総称……)」

「だって、普段から真面目にやっていたら疲れてしまうし。真面目にやる時だけ真面目にやればいいの。背負わず、気軽に。そうやって無理をしない方が上手くいく……ってのがセヴェール王家のモットーなのよ。まぁ、偶に威厳がないって怒られてしまうけどね?」


 ミランダはそう言いながら、入城手続きの書類にサラサラッの名前を書き込む。門番がそれを受け取り、「後見人として、ミランダ王太子妃殿下のお名前を確認しました」と告げた。どうやら先に、後見人の枠に名前を書いてくれたらしい。


「さて……そろそろわたくしは行くわね。お先に失礼するわ」

「あ、も、申し訳ありませんでした! 私のことでお手間を取らせて!」

「いいのよ〜。これぐらいなんてことないんだから」


 そう柔らかく微笑みながら……けれどどこか申し訳なさそうにしながら、ミランダはホープに声をかけた。


「わたくしは……貴方がご両親の分まで健やかに育つことを、願っているわ」

「…………う!」


 ホープがその言葉に応えるように頷いたからか、ミランダは安堵するように笑う。


「それじゃあ、今度こそ失礼するわね」


 そう言って、王太子妃は城壁を辿るように右へと歩き始めた。

 …………どうやらマリア達と共に、この門を潜るつもりはないらしい。抜け出してきているのだから、退城記録がないのに入城記録を残すのは、記録的によろしくないからなのかもしれない。


「ちなみに王太子妃殿下〜」

「あら〜、何かしら?」


 そんなミランダ王太子妃殿下の背中に、唐突にロキが声をかける。

 彼女はそこで立ち止まって、ぐるりと振り返った。


「お出かけの理由は?」

「それは当然──……愛しい殿下への誕生日プレゼントを買いに、よ」


 パチンッと綺麗なウィンクをして、そう堂々と答えるミランダは……それはもう、三十七歳とは思えないぐらいにあざとくて。

 ロキが話してくれた王太子夫妻は万年新婚夫婦というのは案外嘘ではないかも……なんて思うマリアなのであった。





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