45 冬の始まり
本格的な冬の到来に伴い、雪のちらつく日が増えてきた。
幸い積もる事はないが、触れれば消えるような粉雪がふいに舞う。
ならば急げとエライユ城内にあっという間に温泉ができて、広間の床もかなり雑に剥がしてあれやこれや施して床暖房化してしまった。とんだ突貫工事だ。
雑施工は今に始まった事ではないが、いつか城が崩れそうだ……とリリーは密かに思っている。
「ここ三年はお城も崩れてないし!」というメイドたちの主張は新手の冗談だと、思いたい。
「毛足が長いものから短いの……ビニール製……いろんなカーペットがあるんですね」
カーペットの見本帳を広げながらリリーは感心した。
他のメイドたちは休憩にしよ、お茶持ってくる!と散ってしまい、残ったリリーは仮置きした床のブランケットに両膝を抱えて座り込んでいる。
床から来る暖気の温度は丁度良さそうだ。
「派手な色でなければなんでもいいが……白の印象が強いな」
そう言うとヴィントはリリーの横に足を投げ出して座った。
白というのはホテルのカーペットの色だろう。
リリーの中でも強く印象に残っている。
「それは?」
ヴィントは手に紙束を持っている。
「これは……君宛ての手紙だ」
きちんと封筒に収まって宛先にリリーの名前が記載されている。
リリーはさっと顔を青くした。
「私……エライユの外から手紙をくれるような友達はいないんです……詐欺でしょうか?」
ヴィントはなんというか、変な顔をした。
「詐欺だろうな」
ん?と疑問顔のリリーの前でヴィントは紙束をぐしゃりと両手で捻り潰す。
え、ちょっ、意外と力のある……いや問題はそこではない。
「……本当に詐欺ですか?ちょっと見せてください」
リリーが触れる前にヴィントはさっと紙束を遠ざける。
「……惑星ゼノンで会った、眼鏡の男を覚えているか?」
「えっ?えーっと……ギルドかどこかの……あの、戦闘中に回復魔法を使っていた人ですよね?」
「そうだ。その男から君に……魔法に精通しているなら留学に来ないかと」
「えぇ……行かないです……」
そうだろうな、と返事をしながら念入りに捻り潰すヴィントに疑問を持ってリリーは問いかける。
「……それだけにしては…………何か厚みが……?」
厚みが手紙の範疇を超えている。
軽く冊子本程度の厚さはありそうな紙束、要件がそれだけとはとても思えない。
「簡単な挨拶と留学の件だけだ」
「留学のお誘いなら詐欺じゃないじゃないですか」
手紙に触れようとするとひょいと左上に掲げられる。
「何か隠してません、か?」
左上に手を伸ばすと右に持ち替えられてしまう。
「もう!」
リリーはヴィントの右肩に手をかけると立ち膝でぐっと伸び上がって取り上げようとする。
「いけ!そこ!もっと力を込めて!押し倒す!!」
「しーっ!聞こえちゃうよお」
「隠れて隠れて!」
小声でこそこそ話す声が聞こえて、リリーもヴィントも廊下に面する窓を見つめた。
さっと身を隠すメイドたちが見えた。
リリーはヴィントから離れると言う。
「かくれんぼするといつも私が圧勝するんです」
「……それはそうだろうな」
ドアを開けて何してるの?とメイドたちを迎え入れる。
「ごめんねえ。ふたりきりにさせてあげようと思ったんだけどー」
「見つかっちゃった!」
ねー?ときまり悪そうにメイドたち。
リリーはぱちぱちとまばたきをしてから言った。
「ふたりきりじゃないよ?あそこ……」
部屋の片隅を指差す。
二羽のうさぎが床に落ちていた。
「うさぎー!!」
「空気読んでよお!」
詰め寄るも、うさぎたちはへそを天井に向けていびきをかいて眠っている。
「ウーーン……」
「ミディアム……レアノ…………オニク…………」
寝言の癖が強い。
メイドたちに抱き上げられてもぐねんと軟体動物のように力が抜けて身を預け寝続けている。
野生は惑星ゼノンに置いてきてしまったのかもしれない。
うさぎちゃんのお洋服作ったらだめかな?着てくれないかな?執事っぽいの着せたいよね、うち執事さんいないし、などと雑談するメイドたちの横でリリーはヴィントに返してもらった、若干どころかかなり波打つ手紙を読んだ。
「んー……?」
確かに簡単な挨拶から始まっている。
「ふーん…………?」
それから、留学の誘いに加えていかにゼノンが素晴らしいかという話からだんだん逸れてリリーの容姿について褒めている。
話がドレス姿のリリーの話に差し掛かったタイミングでリリーはヴィントと同じようにぐしゃあっと手紙を力いっぱい握りつぶした。
「ハラスメントですよこんなの!!」
「……忘れた方がいい」
もはや汚い物のように親指と人差し指で手紙を摘んだヴィントは床を剥がしてラーニッシュが設置していった謎の床暖房熱源に突っ込んだ。
暖かいといえば太陽だろ、と太陽を模して作られた謎の熱源はぴかぴか光りながら紙束を燃やした。
床下に太陽……おかしな話だが、エライユではよくある事。
「……手紙ならよくくれる相手がいるだろう。もうこの手紙は忘れなさい」
ヴィントの言葉にはっとして横を見る。
よく手紙を交換する仲でもあるメイドたちがにこにこして手を振った。
はい、とリリーも笑って。
おかしな事は多いが、ここはとても良い所だ。
「そんなことよりヴィントさまぁ、ちょっとお願いがあるんですけどぉ」
「うちの子、ちょっと本屋まで連れて行ってくれませんかぁ?」
アンとフラーに両脇から突き出され、え?え?と困惑するリリー。
「ナルフならすぐ近くだし」
「ね?ね?リリーも行きたいでしょ?」
ぱちりとウインクを決めたアンとフラーにそ、それは、うん、と押され気味に返事をしてしまう。
「そろそろ新しい少女小説が読みたいな」
とアンが言って振り返ると、他のメイドたちがばたばたばたっと倒れた。
「ううっ……読み足りない……」
「深刻な本不足……」
その演技いる!?
科学誌!ゴシップ誌!美容誌!えっちなやつ!と欲しい本がどんどん出てくる。
「えーっと……」
「行くか?」
リリーはこくこくと頷いて返事をした。
おめかしターイム!とあっという間にメイドたちに連れ去られ、着せ替え人形にされた。
「……最近、ヴィント様に誘われたら何でも行くって言ってる気がする……もっとすごい所連れてかれちゃったらどうしよう?」
と、リリーが言うと服これ、スカートこれ、とコーディネートに夢中になっていたメイドたちが一斉に食いついた。
「すごい所!?」
「どんな所!?」
「……道場破りとか……」
あー……と腕組み、考え込むメイドたち。
「修行の旅とか……」
そっちかぁ〜、とがっくりと肩を落とした。
そっちって、どっち?
「ううん、ありそう、って話。ちょっと右向いて」
いいよ、はい左、とアンは手際よくリリーの耳にイヤリングをつけた。
よし、完成ー!とメイドたちの拍手を持って着替えは完了した。




