39 石とか土とか食べてた頃
狙ってかどうかはさておき、場を盛り上げる事に関してはフラーはもはや天才的だ。
ラジオが壊れたと不穏な単語も聞こえたが……何もしてないのに壊れた、が常套句の者が大半のエライユの住人的には目を瞑るべき事なのかもしれない。
ネイルの乾燥の為に両手をクッションの上に広げたリリーはフラーの話に声を上げて笑っている。
化粧品屋を後にしてからというものの、徐々に元気を無くし、ぼんやりと黙ったまま下を向いて歩くリリーをどうしたものかとヴィントは手を引いたまま歩いた。
化粧品屋で何かあったのか、もしくは店の前で出会った女性とのやりとりかもしれない。
いずれにせよどこか尋問めいてしまう自分の話し方と、聞かれたことを素直に話してしまうリリーとは相性が悪い。
お前が目を離すと死んでしまうぞ、などとラーニッシュは冗談めかして言っていたが、もしかしたら、ひょっとすると、あるいはその可能性が無きにしもあらずかもしれないと最近は思い始める。
何を聞いてもはい、しか返事をしなくなってしまったリリーを人混みを避けてホテルまで連れ帰り、ソファーに座らせてもぼーっとしているし、何か色々と本当に危ない。
名残惜しげに繋いだ手が離された事は、誰も知らない。
「王様どこいっちゃったの?会いたいなー。でもヴィント様の綺麗なお顔見てたらいろいろ満たされたかも」
「王様が聞いたら泣いちゃうよ……」
「久々にヴィント様に冷たくされて幸せ。ぞくぞくしちゃうの」
「うーん!?」
「あっ!リリーったら、嫉妬しないで!ぎゅーっとちゅーをしていいのはリリーだけだからね!?」
「通信機の調子が悪いのかな?」
「あーんそのいじり方興奮する!」
軽快な会話の応酬にリリーはふふっと笑みを浮かべる。
頭の先から足の先まで暖まって、気持ちの整理がついた気がするのは部屋の暖気のせいだけではなさそうだ。
帰ってきたらセッションしようねー、と言うフラーに私手拍子するー!とアン、ミラーボールも回そうね!というフラーの提案にリリーはついに声を上げて笑った。
「りんご飴……あんず飴……みかん飴……わた飴……何で飴ばっかりなんでしょう……」
銀の円テーブルに所狭しと置かれたお土産にリリーは首を傾げる。
アンとフラーと通信機越しに会話を続けていると、ラーニッシュとトルカが戻ってきてホテルを揺るがすような悲鳴に近い歓声でアンとフラーは出迎えた。
興奮しながら通信するアンとフラーに、他のメイドたちも集まってきて部屋は大賑わいだ。
ソファーの位置をラーニッシュに譲り、リリーはテーブルの上を見つめる。
「飴だけじゃないぞ。バターを油で揚げたやつも買ってきた」
「バターを油で揚げたやつ……」
「バターを油で揚げたやつ……」
リリーとヴィントはほぼ同時に呟いた。
売主は何故揚げる前に今から揚げるものも油脂であると思わなかったんだろうか?
「もっとまともなものは無かったのか?」
「なんだと、味覚音痴のくせに言うようになったな!」
ふんと鼻を鳴らすラーニッシュにリリーはまた首を傾げた。
ヴィントはそんなに味音痴だっただろうか?
何度も食事を共にしているがおかしな物は食べてない、気がする。
「リリーは知らないからな。よし儂がひとつ話してやろう。あれはヴィントがまだ石とか土を食べてた頃──……」
そんな、昔々あるところにみたいな感じで話出さないで欲しい、と突っ込む前にメイドたち八人がやいのやいのと矢継ぎ早に会話が入り収集がつかない。
がっ!とかなり切羽詰まった感じでヴィントに両肩を掴まれ、リリーはびゃ、と悲鳴をあげる。
「……話がある」
「え、あ、の……」
そのまま強引に立たされ広間の外に連行される。
「もー、その話本当好きですよね、今はヴィント様もう食べてないのにー」
というトルカの声だけはっきり聞こえた。
広間と寝室に繋がる廊下に連れ出され、広間と境の扉が閉められる。
扉を閉めただけでは会話を遮る事はできず、何か喋っている声は聞こえるが、何せ八人のメイドとラーニッシュとトルカ、総勢十人の声だ。
何を言っているかははっきりとは分からないが……ぱし、とリリーはヴィントに両耳を塞がれた。
「あの……!」
聞かれたくないということは分かったが、分かったが……近い!せめてクッション一個分くらいは離れて欲しい。
両耳を塞ぐ手のひらや、こめかみや髪にかかる指先、触れている箇所全てに緊張する。
ヴィントは扉を睨んだまま小さい声で何かを言ったがまったく聞こえない。
というか、思い出した。
化粧品屋からホテルに帰る間ずっと手を繋いでいなかったか……それだけに飽き足らず、帰ってきてからも結構長い間繋いでいなかったか!?
触れている手が、指が、いろんな事を思い出して頭の中をぐるぐると駆け巡り、リリーは顔を真っ赤にして涙目で懇願した。
「な、何でもするのでゆるしてください……」
「………………………何でもは……」
漸く離された。
扉の向こう、ぎゃー!っと興奮した話し声はほぼ絶叫と化していたが、そんなことにお構いなく二人はしばらく下を向いたまま石のように固まっていた。




