37 手を繋ぐということは
「じゃあ行ってきますね」
最初はヴィントに付き添う形でエライユの皆に買うお土産を見ていたが、要領を覚えてきたので次は実践だ。
ヴィントに入り口で待っててもらい、メイドたちに頼まれたネイルを買いに化粧品屋に入った。
「うわぁ……」
化粧品屋の店内は照明が特に明るく設置されていて、磨き上げられた床と色とりどりの化粧品で輝いてみえる。
いらっしゃいませ、と出迎える女性店員に緊張しながら話しかけた。
「恋ネイル!今は流行りも落ち着いてますから在庫沢山ありますよ。今の時期はボディパウダーが売れてますよ」
にこやかな店員は歓迎モードで次々と商品を並べる。
「細かなラメと偏光粉が入っていて、肌を綺麗に見せてくれますよ。祭りの時期は皆夜出歩くでしょ?夜の街灯に照らされると一段と綺麗に見えますよ。彼氏もきっと、」
喜びますよ、とウィンクした店員は外で待つヴィントを示す。
「えっ!あっ……えっと……」
彼氏じゃないですというのも何だか場の空気を乱すようで口にできず、どうしよう、と焦っていると勝手に店員が解釈してああ、と
「これから告白なら尚更おすすめしますよ!」
力説する。
店員の気を逸らす為でもあるが、元々気になっていた香水を持ち歩く用の小瓶を指してください、とリリーは言った。
香水は持っていないが、細かな銀細工の施された色ガラスの小瓶は飾っておくのに良さそうだ。
自分のとメイドたちの為に選ぶ。
会計時に店員に子犬のような潤んだ瞳でボディパウダーを掲げられてしまい……押し負けて買ってしまった。
「すごくかっこいいし、敵は多そうよね。さ、急いで!」
「ちょ、ちょっと……」
目にも止まらぬ鮮やかな手捌きで丁寧かつ素早く商品を包むと店員はリリーの背を押してさっさと店の出口に向かう。
窓からヴィントが女性二人に声をかけられているところが見えた。
「あのー、すみません、道を聞きたくて……」
道を聞きたくて、というのは大概道を聞きたいわけではない場合が多い。
本当に道を知りたければ店員や地元民を捕まえて聞いた方が早いからだ。
地元の人間ではないので、とそっけなく言うヴィントに距離を詰めて女性は言う。
「そうなんですね?私達も初めてなんですけど……」
にこやかな女性二人組は顔を見合わせてから良かったら一緒に回りませんか?と声をかける。
ヴィントが軽く息を吐くと同時に店のドアが開き、取り付けられたベルがカランと軽やかな音を立てた。
店から出てきたリリーの夜闇色の瞳と目が合った。
エライユに来たばかりの頃は物憂げで伏目がちだった事を思うと、よく目が合うようになったと思う。
ヴィントはあの、遅くなっちゃって……と言うリリーの手をとる。
「冷たい!……ごめんなさい、外で待たせちゃって……」
握り返すリリーの手を引き、女性たちに別れを告げるとその場を後にした。
「やっぱ、一人ってことはないかー…」
「すっごいイケメンだったね!」
盛り上がる女性たちはそう落ち込むこともなく、さっ、次行こ!と立ち去った。
冷たい、と思っていたより大きな声が出てリリーは自分で驚いた。
そっと手を握られた時、そんなつもりではなかったのだ。
行きましょうか、と、ただそれだけ促せばいい。
街中の喧騒がまるで目に入らず、ひたすら早まる鼓動を抑えられず無言で歩く。
そんなつもりではなかったのだ。
心とは裏腹に、待たせてごめんなさい、と。
咄嗟に、自分にはその人を待たせる権利があるのだと。
思わせぶりに見ず知らずの女性に見せつけてしまった。
いつだったか、メイドたちにヴィントの事は好きではないのかと聞かれた事があった。
あの時、仲良くなりたいなどと。
綺麗事を言っていた気がする。
結局のところ、本心は特別でありたいと思っていて…そんなに綺麗ではなかったのだ。
いや、違う。
きっと、同じ惑星に、同じ城に住んでいるから、その時点で特別だと思い込んでいて、他所の人間とは違うと。
店先であったばかりの人間とは違うのだと。
違う。違う。本当に、そんなんじゃない。
何度も違うと考えながら、もう何がどう違うのか、よく分からなくなった。




