36 カメラの向こう側
ネイルの話はいらなかったかもしれないな!?
目が覚めた瞬間リリーは思った。
昨晩花火の打ち上げが終わる頃手持ち無沙汰になり、遺跡に持っていた魔法カメラで撮影した映像をヴィントと二人で見た。
調子に乗って何でも話してしまい、出発前に恋占いのネイルを塗ったこと、お湯で色が変わるネイルだったこと、しかし入浴前に落ちたブイヤベースで全て流れてしまったこと…熱を入れて話してしまったが、よく考えたら男の人はネイルの話なんて楽しくなかったかもしれない。
「はぁ……この思いつきおしゃべりめ……」
よく分からない自分への文句を述べてクッションを抱きしめて寝返りをうつ。
カーテンの向こうはうっすらと明るく、朝が来た事を物語っている。
……今は何時だろうか?
枕元に置きっぱなしの魔法カメラに魔力を流し込み、ベッドの天井に映像を写し込む。
指で映像をスライドさせながら遺跡の記録を見る。
遺跡は崩壊してしまったのである意味貴重な記録だ。
「あれ?」
遡ると前に撮影されたらしい画像が表示される。
笑顔で写っているのはエライユのメイドたち。
よく知る顔が並ぶ。
花が咲き乱れているところを見るに春に撮影されたものだろう。撮影したのはリリーの記憶にはないので、エライユに来る前のことかもしれない。
最後は動画の様で、声が入っている。
あちこちから朗らかな笑い声。
時折り舞い散る花びら。
『ねぇみて、王様寝ちゃってるの、顔見て』
きゃはは、と甲高い笑い声。
今の声はフラーだ。
映像に映るのは木の根元に座る、見覚えのない人物。
フードを深く被り、顔はよく見えない。
『クルカン様も見てー!』
リリーは息を呑んだ。
フードを被ったローブ姿の人物がこちらを見る。
『…魔力の奔流…ドラゴンの力は強大だよ。死んだドラゴンの魔力はどこに行ったのカナ?』
しー、とローブの男が人差し指を口に当てたところで動画は途切れた。
「リリーちゃーん!起きてますかあ?」
「ぎゃあ!」
「あえっ!?」
悲鳴を上げて起こしに来たトルカを驚かせてしまった。
リリーは慌ててベッドから出ようとして振り返り、魔法カメラを見る。
……今のは、過去の動画?
本当に?
軽く頭を振ってカーテンを開け、ベッドから出た。
「今日の予定はどうするんですか?」
朝食を食べ終わったタイミングでトルカが声をかける。
「とにかく外で食べる!食べまくる!」
ラーニッシュの返答にわあー!とトルカが歓声をあげた。
「……今食べたばかりだろう」
「朝飯と出店は別腹だ!」
ヴィントの呆れた様な物言いにラーニッシュはむっとする。
……別腹?
リリーはどう頑張っても今は何も入りそうにないお腹をさする。
「昨日の夜見たときも出店がたくさんあって、回り甲斐がありそうでしたよ!」
にこにこと笑顔で言うトルカは足を伸ばしてくつろいでいる。
ラーニッシュは仰向けに寝っ転がった。
ヴィントもリリーも足を崩して座っている。
暫し、無言。
「……こ、これ、ちょっと……」
「まずいな……」
「あまりにも気持ちよくて……」
あまりの床暖房の暖かさに昨日のように寝落ちる所だった。
「ぐー」
「あっ王様寝てる」
「早すぎる……」
もぉ、出店行きましょうよー!とトルカにゆすられてラーニッシュは飛び起きる。
ばたばたと忙しなく準備を始めたのはここに居れば間違いなく眠ると言うことが全員分かりきっているからでもある。
買い物に行くか?とヴィントの誘いにリリーは二つ返事で返した。
今のところ食事はちょっと遠慮したい。
観光客か地元民か、通りに出ると行き交う人が多い。
きゃあきゃあと騒ぎながら駆けずり回る子供たちは親の同伴なしで遊んでいるようで、街中の治安の良さが伺える。
じゃあ後で、と浮き足立って別れたラーニッシュとトルカとは特に待ち合わせを決めなかったので一瞬それで良かったのか考えるリリーだったが、
「……どこにいてもすぐ分かる気もしますね」
呟くように言うと隣に立つヴィントも同意した。
ラーニッシュはとにかく長身なのだ。
まわりと頭2つ3つ分くらい高い上にトルカを肩車して歩く姿はとても目立つ。
どこからともなく地元の子供たちが寄ってきてじゃれつかれながら路地に消えていく。
……子供に好かれる体質なんだろうか?