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ラニアケアの彼方から  作者: はなみ 茉莉
秘湯!名湯!激湯!
40/64

33 控え目に言って全壊


「でやぁあああ!」


遠くで、おそらく上の階からラーニッシュの雄叫び……轟け渾身!温泉詐欺退治ー!などと叫びながら暴れ回る音が聞こえる。

ばらばらと天井から砕石が降り注ぎ下の階が潰れそうだ。


「あっ!魔力が……」


いつの間にか耳障りな低い音が消えている。

魔法を制限していた何かをラーニッシュが破壊したのかもしれない。


「飛べそうか?」

「はい!」


トルカを抱えたヴィントの問いに返事をするとリリーは飛び上がる。

上階では男女の更衣室の壁が吹き飛ぶくらいラーニッシュが暴れ回っていたが、気にする余裕もなく自分の荷物をかき集める。

同じく荷物を回収したらしいヴィントとトルカと三人でラーニッシュの元に向かう。


「知ってるか?うさぎは意外と美味い」


半分崩壊した更衣室の隅にうさぎを追い詰めたラーニッシュは剣先を向けながら言う。


「ヒィッ……!イノチダケハ、オタスケェ……」

「うさぎを追い詰めてる場合じゃないですよ!?後ろから──……」


リリーが指を刺しながら叫んだ先……下の階から老婆の腕だけぬうと伸びてくる。


「ここで戦うのは不利だ!遺跡の外に出るぞ!」


ヴィントの張り上げた声を合図に外に向かって走り出すと「オイテカナイデ!」「マッテエ!」と慌てた灰色うさぎたちも着いてくる。


「着いてきてますけど!?」


トルカの叫び声と同時にガラガラと遺跡が崩れる音がする。

更に巨大化した老婆が立ちあがろうとして遺跡の壁や天井に当たり、周りが崩落しているのだろう。

遺跡から転がり出るとヴィントのこっちだ!という声にリリーはトルカを抱えて無我夢中で飛び上がる。


「オオオオオ……」


離れた場所の木の上に飛び乗ると、老婆の咆哮と遺跡の上部を崩しながら天に突き上げる拳が見えた。

老婆は立ちあがろうとしているようだったが、呻きながら少し縮んだように見える。

だんだんと縮んでいく老婆は苦しそうな断末魔を上げながら遺跡の崩落に巻き込まれた。


凄まじい崩落音は収まったが、遺跡一帯は砂塵が取り巻きよく見えない。


「遺跡………全壊しちゃいましたかね……」


シヌカトオモッタヨ!とちゃっかりトルカの足とラーニッシュの足にしがみついてついて来たうさぎ二羽。


「お前!離れろ!この温泉詐欺!」


……突っ込み所は温泉詐欺で良いのだろうか?


足を振り回してうさぎを追い払おうとするラーニッシュに怯え、もう一匹のうさぎはヒィと悲鳴をあげてトルカの頭にとりついた。


「そんなに暴れると木が折れちゃ、」


いますよ、と言いかけたリリーの言葉は間に合わずバキバキという枝が折れる音とぎゃあという断末魔と一緒にラーニッシュはうさぎと地面に落ちた。


はあ、と大きなため息をついたヴィントにトルカは、


「とりあえず……服どうにかしたいですね」


と言った。

至極真っ当だが、今自分たちがどんな悲惨な格好をしているかはあまり想像したくない。










『──でひゃひゃひゃ!あは、ちょ、あははは!?スープ!?スープに落ちたの!?』


「スープじゃなくてブイヤベースだって!!」


『どう違うの!?』

『同じじゃない!?』

『温泉やめたのー!?』


きゃんきゃんと朗らかな高い声で大笑いしているのはエライユのメイドたち……

替えの衣類を送ってもらおうと王城に通信をとった結果めちゃくちゃに笑われている。

確かに温泉に行くと出て行ったはずが、今や草陰で水魔法で行水して着替えている。

せっかく取得した水魔法もなんだかまともな使い方をした事がない気がする。悲しい。


地面に落ちたラーニッシュはやっぱり頑丈でどこも怪我をしていなかったし、ちゃんとうさぎを自身の上に乗せて庇っていてなんだかんだ優しい。

うさぎたちは「ジャソウイウコトデ!」とそそくさと何処かへ行ってしまった。何がそういうことでなのやら。


「着替えたのに……まだ匂いがする……」


リリーの呟いた音声を拾った通信機の先でメイドたちはまた大笑いしている。


『そろそろ本物の温泉探して身綺麗にしなくちゃね!』


「温泉……入れるのかな……市長さんに怒られる気しかしないよ……」

「多少の脅しも交渉の内だな!」


胸を張って言うラーニッシュにリリーとヴィントは冷ややかな目線を向けた。


老婆は遺跡の崩落に巻き込まれて亡くなったのだろうか。

遺跡周りは変わらず煙っていてよく見えない。

近づけば二次被害の可能性もあるかも知れない、一度街に戻ろうとヴィントの提案に賛成して森を後にする事になった。











「……何だか……」


帰路中リリーはきょろきょろしながら呟く。


「行きは静かだったのに……」


鳥たちの羽ばたきや囀りは激しく、潜めてはいるが獣の気配を感じる。


「遺跡が崩落して獣たちも落ち着かないんでしょうか?」


トルカも不安そうに周りを見回す。


「ひとつ可能性を考えたんだが……」


先を歩くラーニッシュの声にはぁー……とヴィントは片手で顔を覆った。

リリーとトルカは顔を見合わせて、その可能性を考えて脂汗をかく。



「……もしかしてぼくたち…………」

「ものすごい美味しそうな匂いがするんじゃ……」



言うや否やグルルルと獣の呻き声……巨大な影が飛びかかってきた。

リリーはひっと息を飲む。


「街まで連れて行く訳にはいくまい、ここで仕留めるぞ!」

「もう食材にされるのはこりごりだ!」


ヴィントとラーニッシュの叫びを合図に全員が武器を取り、半ばヤケクソに対峙した。












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