31 初手、秘湯
リリーはたどり着いた遺跡の入り口を見上げる。
鬱蒼とした森の中の遺跡はエライユの遺跡とは少し違う感じがする。
不揃いな石作りの門や石畳は年代を感じさせ、もう長い間人の手が加わっていないのだろう。
中は平坦な一本道で大きく開けており、歩きにくさを感じない。
「……観光資源になると思うんですが……どうして道を整備したりして人を呼び込まないんでしょう?」
「……何か理由があるのかもしれないな」
「あっ!見てください!」
トルカが呼びかけた。
松明で照らすと壁一面に壁画が描かれている。
「これは………」
リリーは周りを明るくする為光魔法を天井に向かって放つ。
小さな猿のような獣か魔物が小さな鳴き声をあげて光を嫌って逃げていった。
巨大な赤いドラゴン。人。ところどころ掠れてはいるが古代語の文字が壁に書かれている。
「炎の………ドラゴン……空から?埋める………うーん?前後の文で意味が変わったりするかもしれません」
読み上げるリリーの声にヴィントとトルカは感心して、ラーニッシュは興味なさそうに先進むぞーと声をかける。
「王様って本当こういうの興味ないですよね……」
リリーはメイドたちから借りてきた映像記録が出来る魔法カメラで壁画をひとつずつ撮影する。
思えばエライユに来たばかりの頃、王城内にある歴史資料室に心躍らせたものだ。
中に入ろうとしたら即座にヴィントに止められ、ここにはまともなものが無いから……と言われた。
曰く、誰かのイタズラで巧妙に模造品と入れ替えられているが王があまりに興味を示さない為適当に並べられ、今ではどれが史実か誰もさっぱり分からないのだそうだ。
入り口初っ端〝原始人のミイラ“がチラ見えする所から始まる資料室は偽物でもいいから見てみたかったが。
ラーニッシュに急かされてリリーは撮影をなるべく早く済ませると三人と広間を出た。
「あれ?何か………」
「変、ですね……?」
リリーとトルカは顔を見合わせる。
広間を出ると雰囲気ががらりと変わり、地面は板張り、壁は土壁になっている。
壁には等間隔に松明がかかげられていてしっかりとした明るさがあった。
「……整備されている感じはあるが……」
「オンセン、オンセンダヨ……コノサキ、オンセン、トッテモイイオユ!」
うわあとかぎゃあとかびゃあとリリーとラーニッシュとトルカが叫んだので遺跡内でぐわんと反響した。
いつの間にか気配なく現れたのは二羽の灰色のうさぎ。
……うさぎ?
しかも二足歩行で立っており、いきなり人語で話しかけてきた。
「ボクタチ、アヤシクナイ!ゲンチミン!ゲンチミン!コノサキ、オンセン、キモチイイヨ〜」
「げ、現地民……?」
「あ。本当だ、温泉の看板出てますよ」
困惑するリリーの傍でトルカはうさぎ?の後ろを指差した。
板張りの床の先は洞窟になっていて、洞窟の上部には大きく温泉、と書かれた看板が下げられている。
洞窟の入り口は紙貼りの灯籠が置かれ、洞窟の中もしっかりした照明があるのか明るく輝いている。
温泉だけひときわ明るい。明るいが、かえって怪しい。
じゃあ入るか、と特に疑いもせず歩みを進めるラーニッシュにいやいやと三人は引き止めた。
「こんな、普通遺跡の中に温泉あります!?」
「見るからに怪しいですよお!」
「市長からも聞いてないぞ。迂闊に入ろうとするな」
市長から特に何も報告がなかったのも最もだが、ここに来るまでの間道なき道を進み、それなりに獣や魔物が出た。
温泉を作ったところで入りに来れる人間はかなり限られる。
「アヤシクナイヨ!」
「サイキン、デキタ、ココ、ヒトウ!」
「秘湯……?」
ラーニッシュの目がきらきらしている。
「だ、ダメです簡単に信じちゃ!」
「そうですよ!」
リリーとトルカは左右からラーニッシュのコートを引っ張り引き止める。
リリーは小声でヴィントに喋る魔物っていますかね?と聞いた。
ヴィントは更に声を落としてリリーの耳元に二足歩行の時点で……と囁いた。
あー、とリリーは返答する。
それはかなり厄介だ。
広い銀河の中、種族は星の数ほどいる。
なので、二足歩行で喋る生き物は人類と定義されると国際法で決まっているのだ。
……やはりうさぎ?は人類にカウントされるのだろうか…
「アヤシイ、キガスル?チョット、ノゾイテミテ!」
「ハイルカドウカ、ソレカラキメタラ?」
四人で顔を見合わせる。
「覗くくらいならいいだろ」
臆せず進むラーニッシュに、まあそれなら?と懐疑的なトルカと困惑するリリーと怪訝なヴィントも続く。
リリーは後を振り向くと可愛らしい二足歩行のうさぎ?が手を振っている。
…怪しく、は、ない?
本当に優しい現地民…?
「トッテモ、キモチイイヨ」
「トッテモ、ネ」
二羽のうさぎは四人を見えなくなるまで見送った。
洞窟の中に入ると更に入り口があり、布製の扉で間仕切りがある。
男と女で分けられているようだ。
よかった混浴じゃなくて。
リリーは密かに思った。
「じゃあとりあえず一度中を調べてみるか」
ラーニッシュの一声でトルカとヴィントは男湯に、リリーとラーニッシュは女湯に向かった。
「ちょっと!」
「待て!」
「王様!」
三方向から突っ込まれラーニッシュは引き戻された。
「つい……」
「どうついなんですか!怒りますよ!」
「まあ普通に考えてこうだろう」
ヴィントにラーニッシュは連れられ、代わりにトルカが送られた。
「ぼくは妖精なので性別ないのです!」
「……そういえば前にそんな事言ってたね」
「ついてないので、女湯にも入れます」
何が、とは聞かない事にした。
壁の向こうからくそ、トルカのやつずるいぞとか聞こえてくる。
何を言っているのやら、大体先客がいれば事案になってしまう。ダメなものはダメだ。
とはいえ声が聞こえるほど近くにいると分かれば二手に分かれても安心だ。
脱衣所は広々として清潔だ。
天井は白とオレンジ色の魔法照明を交互に使い、明るくも柔らかく部屋を照らしている。
どこかに燃料装置でもあるのかぶーんと低い駆動音が聞こえる。
室内は無人で、服を置く棚や大きな鏡まである。
「誰もいませんね……本当にぼくたちだけなんでしょうか……?」
大きな鍵付きロッカーもあり、〝貴重品入れに使ってください”と書いてある。
「奥の引き戸が温泉かな……?」
リリーとトルカはガラス製の引き戸に向かった。
「あれ?照明が消えてる」
「本当ね、真っ暗……」
引き戸を開けて照明のスイッチがないか探そうと中に足を踏み入れた。
「おーいそっちどうなってる!?」
ラーニッシュの声だ。
「えーっと、引き戸の先が真っ暗で……」
「リリーちゃん!」
ぎ、と床が鳴ったかと思うとずるりと足が滑る。
足を滑らせた訳ではなく、床自体が斜めに傾いている──!
リリーに手を差し伸べたトルカ自身も滑り始めており、声を上げる間も無く二人とも下に落下した。




