30 ゼノンの遺跡
魔王との大戦が封印という何とも言いがたい形で決着がついてしまい、ヴィントはいよいよおかしくなってしまった。
元々ワーカーホリック的な所はあったものの、益々休まなくなってしまったのだ。
未討伐の鬱憤を晴らしたいのか、クルカンが抜けた穴を埋めたいのか、とにかく落ち着かない。
メイドたちの処分は表向きは投獄だが国際警察曰く、八万年も持たないとの事だった。宇宙の総人口の大半は短命種で占めており、裁判の結果などすぐに忘れてしまう。
彼女たちをエライユから出さない事を条件に莫大な支援金が渡されていた。
──早い話、金だけ貰って引きこもって生きる怠惰な生活、ができたはずだった。
リリーがエライユにやってきた時、本当に冗談ではなく裸にむいてヴィントの部屋に突っ込んでやろうかとラーニッシュは思っていた。
忙しないヴィントの抑止力になれば、と思ったが……思ったよりリリーも危うい娘だった。
本で見たことがあります、初めて聞きました、と繰り返すばかり、箱入り娘とは聞こえがいいが虐待を疑うほどものを知らない。
メイドたちと同等の世間知らずぶりで、仲良くなるのはまあ早かった。
ヴィントから見ても相当危ういところがあったのだろう、階段から落ちそう、欄干から落ちそう、庭いじりしたまま戻ってこない、メイドたちと揉めているなどと嘯けばすっ飛んでいってよく面倒を見るようになった。
こうしてヴィントは少しだけ落ち着きを取り戻し、リリーは少しだけ成長した。ような気もする。
なるほど。分かった!遺跡の魔物を退治すればいいんだな!」
ラーニッシュは腕をぐるぐる回しながら立ち上がった。
リリーは首を傾げ、口元に手を当てて言う。
「遺跡の損害賠償ってどのくらいでしょう?王様のお小遣いでまかなえますかね……?」
「後で何か言われても面倒だからな……その辺は詰めてから出発した方がいいだろうな」
腕を組んで返事をするヴィントに、ラーニッシュも首を傾げた。
「何でお前らは崩落前提で話をしてるんだ?」
何ででしょうね〜とリリーは白々しく答えた。
前列のヴィントとラーニッシュが下草を掻き分け、後列のリリーとトルカが魔獣などの襲撃に備えながら遺跡までの道のりを進む。
幸か不幸か獣道歩きにも慣れてしまった。
「お前は残ってもよかったんだぞ。もう野宿は嫌だとか散々言ってただろ」
それはそうなんですけどね、とリリーはコートの裾を気にしながら歩く。
所々土が跳ねて付いている。無事宿に入れたら洗濯しようと考えながら、
「私だって、強くなりたいなーとか思ってたりはするんですよ」
と言う。
「あんなおかしな奴はな、八千年に一度くらいしか来ないからもう気にするな」
「八千年後また来て私がまだ弱かったら困るじゃないですか。あの、少なくともオルフェって人よりは強くなりたいです」
先を歩いていたヴィントとラーニッシュはぴたっと止まり振り返る…何か妙な顔をしている。えっ?
「……お前、悪い事は言わないからあいつはやめとけ……」
と言うラーニッシュにヴィントもふるふると首を振った。
「………もしかしてあの人、めちゃくちゃ強いんですか?」
「勝てたのはビギナーズラックというやつだ」
「……戦うのは……骨が折れるだろうな……」
ラーニッシュにヴィントまで畳み掛けリリーはごくりと生唾を飲んだ。再び歩き始めながらヴィントが説明した。
「……奴が持っていた剣は一本だっただろう?まぁ、舐められていたんだろうな。元は双剣でかなり攻撃特化型の魔剣を所有している」
「ま、まけん」
「攻撃を避ける為に中距離から遠距離で反撃しようとするだろ?すると奴自身は魔法が効きにくいときたもんだ」
「ひ、ひぇ……」
ラーニッシュが補足する。
……出来ればもう二度と戦いたくない相手だ。
「ぼくは弓だし、リリーちゃんは魔法が得意だし、みんなで一斉攻撃すればいいんじゃないですか?」
トルカの疑問に希望が見えてくる。
「確かに!でもやっぱり足手まといにならないように鍛錬はしなきゃね」
トルカと盛り上がると、こいつら意外と言うんだよなぁ、とラーニッシュはヴィントに言った。
ヴィントは返事を返さず先を進んだ。
「えっじゃあ遺跡は壊れてもいいって事なんですか?」
ヴィントに依頼してきた男は街の市長で、遺跡も管理しているらしい。
何でも、遺跡の最深部に源泉があるが遺跡があるが故に立ち入りが難しく、都市開発を理由に遺跡は……その……ちょっと………何かホラ、原因不明のトラブルで遺跡がなくなってくれたらなあ、いやこんな事大きな声では言えませんがね、と闇を感じる回答を貰ったらしい。
さまざまな利権が絡んで市長の一存でどうこうできるものではないのだろう。
「良からぬことに巻き込まれかねない。出来れば現状保存が望ましいだろうな」
「現状保存……」




