29 やっぱり野宿
降船するときの独特の空気感は不安と好奇心が入り混じる。
惑星ゼノンのグレートーンの街並みを見てリリーは故郷のティースを思い出した。
船着場のあちこちに泥にまみれた雪山がある。雪が降って除雪した後だろう。
「何か………………」
リリーは降り立った街の雰囲気に圧倒された。
家の屋根から屋根へと紐が伝い、色とりどりの三角形の旗が踊る。
街中の木という木がオーナメントで飾られており、街をゆく人々もどこか浮かれた様子がある。
「お祭りでもあるのかなあ?」
リリーの隣で首を傾げるトルカ。
「あんたたち知らずに来たのか?」
リリーたちの住民カードを確認する役人が声をかけた。
「今日から一週間は月の祭りだよ。久々に四つに割れたんでね」
何が割れたんですか?と問うリリーに役人が空を指差した。
「ほら月だよ。たまに割れるんだ。あんたんとこは割れないのかい?」
月。
確かに昼のうちから確認できるまで空高く登ってきている月は丸い形で四つあった。割れたというより、同じものが四つあるので分裂したようにも見える。
「祭り?宿はとれるのか?」
ヴィントが怪訝そうに尋ねると役人は驚いた顔をした。
「あんたたち、予約とってないのかい?今から取るのはだいぶ厳しいかもしれないな……」
三日後にまた迎えに来ますね、と言うシスカたちと笑顔で別れたばかりだ。
役人の声に危機を感じてリリーはヴィントを見る。
目が合った感じ、だいぶまずそうな感じだ。
いまいち状況が読み込めてないトルカと、緊張感のかけらもないラーニッシュを急かして四人は宿場街に向かった。
「……宿、見つからなかったらどうしましょう……」
宿場街の案内所のロビーの椅子に座るリリーは不安げに呟いた。
ソファーにゆるく座ってパフェを堪能しているラーニッシュはそりゃ野宿だろ、と言いながらリリーのパフェから飾りのチョコを抜き取った。
む、とリリーはパフェを自分の方に引き寄せもう取られまいとしながら案内所で交渉しているヴィントを見る。
「今の時期野宿は寒いんじゃないですかね?」
自身の身長より高いのではないかと思われる巨大パフェを夢中で食べながらトルカは言った。
緊張感のかけらもない。
「温泉街は地熱があるから野宿でもあったかいだろー?」
適当な事を言い出すラーニッシュが恨めしい。
するとリリーは急に立ち上がりラーニッシュにあげます!とパフェを押しつけた。
いつの間にかヴィントが黒い服の集団に囲まれている。
リリーは急いでヴィントの元へ向かった。
「どうかしましたか?」
駆けつけると黒服は驚いて、
「女性の方が一緒とは……申し訳ない、いや失礼、我々は怪しいものではありません」
と言った。距離を詰めるわけでもなく、本当にヴィントに用事があって来たようだ。
「どうか話だけでも……女性の方も一緒に……」
リリーは困惑してヴィントを見上げると、ヴィントも状況を掴めていないようだった。
「……分かった、話を聞こう」
ヴィントに促されてリリーも黒服達と共に移動する事になった。
こちらです、と案内されて向かった先は建物の最上階だった。
最上階はガラス張りで作られており、展望台を兼ねているようだ。
「これはこれは。よく来てくださった」
恰幅の良い男性は品の良い衣服で身を包みそれなりの身分のようだ。
「私的に来られている様で……お呼びたてして申し訳ない」
そう謝る男性はハンカチで汗を拭いた。
「人目を避けて話たい事となると……」
お察しの通りです、とヴィントに言う男。
「あちらの森が深くなっているところがあるでしょう?あそこは遺跡になっているのですが…どうも最近、魔物の動きが活発でして……」
「……魔獣の可能性もあると?」
「そこまでは……しかし、お祭りの時期と重なりまして………なるべく内密に納めたく……」
リリーもヴィントも森の方を見る。
開発された街と違って手付かずの自然が残って樹々が大きく成長しているのが見てとれる。
「遺跡の最深部が温泉源でして……もし問題がありますと………市の方と致しましても………」
あっもちろんただでとは申しません!と男はまたしても汗を拭いながら言う。
「もし解決していただけるのでありましたら、この街一番の宿の部屋にご案内致します!」
ヴィントはちらっとリリーを見た。
リリーは無言でこくこくとうなづく。
「……対処しよう。仲間と来ているので相談と準備がいる」
「それはありがたい……!何か必要なものがありましたら何なりとお申し付け下さい!」
平伏せんばかりにお礼をいう男と黒服と別れてロビーに戻る事にした。
泊まれる部屋が見つかったのはありがたい事だ。
しかし泊まる前に、魔物退治が待っているのでは……?
白いコートで完全お出かけモードで来てしまったリリーは深く項垂れた。




