26 そしてこれから
刑期ねえ、あと七万二千年なの。
というアンとフラーにリリーはケーキ?と考えてそれが刑期なのだと思い至る。
「王様がね、楽しく暮らせるようにってね、」
「あっちこっち鍵がないの、びっくりしたでしょ?」
誰も彼女たちを拘束しない、自由に生きられるようにと。
「七万二千年なんてすぐだよ。私たち長命種だし」
「出られるようになっても、ここで楽しく暮らしそうだけどねー」
アンとフラーはのんびり笑って言う。
「……私、やっぱり温泉に行ってこようかな」
「えーっ本当!?」
他のメイド達が寝静まった後もリリーとアンとフラーは三人で話し続けた。
皆が眠っている為三人は声の調子を落として盛り上がる。
身を寄せ合ってお互いの肩に頭を預けながら喋る。
「……温泉は持って帰れないとは思うけど、いろいろ見てきて王城内に素敵な温泉作るの」
と言うリリーにアンとフラーは小さく拍手した。
「これからもっと寒くなるもんね、いいよねあったかい温泉!」
「雪の中の温泉とか最高かも!」
きゃーと小声で盛り上がるアンとフラーにうーんとメイドの一人が寝言を言った。
リリーとアンとフラーは揃って口元を手で押さえる。
互いに目配せしてふふふと笑った。
ここで皆で長く暮らすのだ。楽しい事を沢山増やそう。
リリーは天窓から降り注ぐ星明かりを見つめながら思った。
魔王封印の地、惑星エライユ。
魔王は数多の星を飲み込み、エライユにも大きな傷跡を残し、その大戦は終わりを迎えた。
亡くなった人々、出て行った人々、多くの失ったものを前に喪失感が生まれる……かといえばそう言う訳でもない。
案外自分は情に浅いとヴィントは思った。
魔獣と混血である事を罪に収監されているメイドたちは、どうしようもなく無知で教える事が山ほどある。
刑期が七万二千年というなら、それに付き合ってのんびり色々教えてやるのもいいだろう。
戦争で荒れたエライユを整えながら他の星々を行き来する毎日で、妙な噂が流れはじめた。
魔王復活を目論む者たちがいる、と。
クルカンの名前も上がり、俄かに不穏な空気が流れ始める。
一度本人を捕まえて、問いただしたい気持ちもあった。
答えを聞きたくない気持ちもあった。
クルカンはヴィントの更に上をいく薄情者で、聞けばもうこの世界は要らないのだ、と。
冷たく詰られる気がしてならなかった。
ふと執務室から中庭を見て目を疑った。
時刻は真夜中を過ぎた頃で、とっくに皆寝入っている。
中庭に置かれたローソファーを転がる特徴的な銀の髪と白い翼の少女。
ヴィントは執務室の窓を開けて中庭まで翼で降りた。
「ふぁ、ヴィント様、」
リリーは慌てて居住まいを正し、座り直した。
「どうした?夜中に」
「え、えぇーっと……」
落ち着きなく手元をいじりながらリリーは言った。
「ヴィント様にお話が、でももう夜中だし……失礼かと思って」
失礼かと思って?
エライユでは死語になりつつある失礼という言葉を久々に聞いた気がする。
用があればお構いなく、朝でも昼でも夜でも突撃してくる住民ばかりだ。
みんなの前では聞けないし、と目を伏せるリリーにどうした?とヴィントは聞く。
「あの……本、見つからなかったじゃないですか。本当に大丈夫なんですか?」
本とはオルフェがヴィントとシスカに投げつけた人工魔獣の仕込まれた本の事だろう。
騒動の後城門付近を調べたが、それらしいものは見つからなかった。
「あれだけ大型の人工魔獣を仕込むとなるとそれなりの資金と手練の魔法使いが必要なはずだが……」
……脳裏に、出て行った魔術師の姿が掠める。
「何冊エライユに持ち込んだかはいずれ警察の方から連絡が来るだろう」
難しい顔をしたリリーの頭をヴィントはかき混ぜた。
「それにしても今回はぬかったな……君には大分助けられた」
「では明日から皆で鍛錬ですね」
ふにっと笑って言うリリーにチョコレートの箱を渡した。
褒美……というより詫びチョコレートだ。
最近どうも触りすぎている気がする。
つい手が伸びてしまって色々とまずい。
え?チョコレートですか?嬉しいですと箱に夢中になっているリリーは気にも留めていないが。
目を輝かせてぱたぱたと翼を上下させているリリーにまた手を伸ばしかけて。
自制心の無さとすっかりエライユ気質に染まっている自分に自戒を込め、ヴィントは手のひらを見つめて握り込んだ。




