20 みんな変じゃない
危ないから、という理由でリリーたちメイドの寝室はしばらく西の別棟の訓練所になった。
王城には鍵のかかる部屋が最低限しかない。
リリーの自室にも、もちろん他のメイドたちの自室にも鍵がないので防犯上の理由でヴィントたちが暮らす西の別棟に居住を移すことになった。
「あんまり言ったことなかったけど、私たち結構強いの」
あぁ、みんながみんなってわけじゃないけど、と付け加えて言ったのはミルクティーカラーの柔らかな癖毛のライラ。
ライラの膝上に頭を乗せていたメルは体を起こすと秘密ね、と頭頂部につけていた白いヘッドドレスを取り外して自身の前髪をかきあげる。
前髪の下の額にはもう一つ閉じた目がついていた。
「石化の魔眼なの」
「私は混乱の魔法持ってるの」
メルの頭を撫でながらライラは言う。私はね、と話し始めようとした他のメイドたちを待って待って、とフラーが制止する。
「そんな、いっきに言ったら、リリーは怖いかも」
全員の目がリリーに注目する。
「怖くはないけど……」
不安と心配を入り交ぜたメイド達の目を見つめ返しながらリリーは言葉を選ぶ。
「秘密にしたかったこと、聞いちゃった?」
そんなことないよお!と首を横に振るメイドたち。
「戦ったりするより、お茶したり遊んだりする方が楽しかったってだけ」
「王様といちゃいちゃしたりとかー」
「何かあったら、王様守ってくれるもんね」
そう、と返事を返しながらリリーは安堵した。
それと同時に、本当に強がったりしていた訳ではなくオルフェ達のことは怖くなかったのだ。それも良かった。
「私に翼があっても、みんな変じゃないって言ってたじゃない。それと一緒」
でしょ?とリリーは笑った。
一緒!本当!と湧き上がるメイド達の顔から不安を払拭できたらしい。
「思ったんだけどね」
ペンとノートを取り出したアンが言う。
「冬のコートはお揃いのケープコートにするのはどう?」
賛成!とほかのメイドたちから声が上がる。
呑気な話だが、関係ない話をしていた方が気が紛れていいのかもしれない。
「私レースがいい!裾のとこいっぱいつける!」
フラーが元気よく言う。
他のメイドたちも好みを言っていく。
メイドたちの服装は基本揃いだが、個人の趣味で少しずつアレンジされている。
「リリーは?」
「うーん…」
こんな感じ、と簡単にデザインを描いてみる。
いいねー!私はどうしようかな?と各々盛り上がっている。
帰ってこないラーニッシュに落ち込むかと思えば、案外そうではないらしい。
鷹揚な性格は見習いたいとリリーは思った。
「んび」
寝返りをしたフラーの手の甲が思いっきり顔に入ってリリーは変な声を上げて目を覚ました。
まだ夜中だろうか?メイドたちはぴったりとくっつきあって眠っている。
リリーはそっと身を起こすと皆の布団をかけ直してから訓練所を出た。
暗い廊下を歩こうとするとぽたりと水音が聞こえてきて振り返る。
「ひっ」
「っと、驚かして悪かったな」
「あ、わ、タオル!」
音もなく別棟に入ってきたのはヴィントの部下シスカで、雨にでも当たったのか全身ずぶ濡れである。
リリーは急いでタオルを用意すると渡した。
「大丈夫ですか…?」
「あぁ」
戻ったのか、とヴィントも廊下の奥から出てくる。
重要な案件なら邪魔になるだけだとリリーは思い、訓練所に戻ろうとするもヴィントに手招きされてシスカと一緒に食堂まで着いて行った。
「とりあえず……」
リリーはシスカの衣類についた雨水を魔法で吸い上げると下水に転移させた。
「おお……相変わらず器用だな」
「どうだった?」
ヴィントの問いにシスカが答える。
「全部で十ってとこですね。あんなにデカい船に乗ってるのに十人しかいねぇですよ」
リリーは目を丸くする。
「……まさかあの人たちの船に行ってきたんですか?」
ちょっとな、と答えるシスカは何ともなさそうだ。
「普通に寝入ってましたし、何かを企てても無さそうだ。あいつら本当に移住しに来たわけじゃあ……」
ヴィントも腕を組んで考え込む。
他に何か……
「……私、ロマネストから来たのかって聞かれましたけど……」
「ロマネスト?何だってそんな話になったんだ?」
「えっ!えーっと……」
まさか油断させて各個撃破するつもりだったとは打ち明けづらい。
「奴らから何か聞き出すつもりだったのか?」
ヴィントに指摘されてうっとリリーは目を逸らす。
まじか、と驚嘆するシスカ。
「……君は存外思い切りのいい所があるな……」
早めに戻ってきて正解だった、とヴィント。
「こいつにはヴィント様が首輪つけといた方がいいかもしれないですね」
「も、もう首輪は嫌です!」
シスカの指摘に何度も首を横に振るリリー。
そう検討する機会がないといいが、と言うヴィントの呟きが本気めいて聞こえ、リリーはより一層首を横に振った。




