17 来訪者
どのくらいナルフに行くのか、ナルフには何をしに行くのか、いつ帰ってくるのか、ナルフとはどんな所なのかと聞いたらおかしいだろうか。
今本屋があったら人付き合いに関する本を全部買い占めたいとリリーは思った。
「今日イチ綺麗かも」
さっき拾った落ち葉は見事な赤色だ。
リリーは中庭のローソファーに座って葉を空にかかげた。
青と赤の対比が美しい。
褪色しないようにほんの少し保存化の魔法をかけて部屋に持ち帰る事にした。
「ここにいたのか」
「ヴィント様」
何やら本をたくさん持って中庭と王城を繋げる回廊を歩いてきたヴィントがリリーの側に寄る。
「ナルフという惑星に行くって聞きました」
「ああ少し……そう長くは行かないが……」
そう言うとリリーの横に本を置く。
「古代語と、水魔法についての本を何冊か持ってきた」
読みたいものがあれば、と表紙が見えるように並べてくれる。
「いいんですか?借りたいです!」
ありがとうございます、と礼を言いながら本に目を向ける。
どれも面白そうだ。……あ。とリリーは声をあげて続ける。
「これ、どうぞ」
そのまま手に持っていた葉を差し出した。
受け取るヴィントの指先を見てはっとする。
……世の中の一般男性は葉っぱなど貰っても特に嬉しくないのでは?
「あ、あの、今日一番綺麗かなって思ったので!保存化の魔法もかけたので!」
焦ってよく分からない言い訳を並べて撤回しようとするも、
「ありがとう」
と受け取られてしまう。
なるべく早く帰ってきてくれたらいいな、と紅葉に目を落とすヴィントを見つめながらリリーは思った。
「ヴィント様どっか行っちゃうんだってー」
どっかってどこ?ナレフとかなんとか……ナルフじゃない?とメイドたちは話し合っている。
「ナルフはねぇ……」
リリーの後ろからきたメイドのひとりが立体映像の魔法を使った。
「ここがエライユでしょ……」
銀河の外れにある小さな青い惑星を指差すとすーっとスライドさせて移動させる。
「となりのとなりの………ずーっと先!でも一光年も離れてないよ」
「あんまり都会じゃないの」
「エライユと同じくらいの大きさなの」
「同じくらい田舎だって」
へぇ……とリリー。他のメイド達はずいぶんと詳しいらしい。
「私たち行った事ないけどね!」
えっへんと胸を張るメイドたちにがくっとリリーは調子を崩す。
「……私も、エライユと自分の故郷しかいたことないからそんなものじゃない?」
そう返すリリーにアンとフラーが
「私たちはどこにも行かなくていいの。王様いるし」
「むしろ来てほしいな〜ヴィント様みたいなかっこいい男の人いっぱい降ってこないかな」
とうきうき言う。
……降っては来ないと思う。
出発前に話をしているラーニッシュとヴィントを王座の横にある階段に集まったメイドたちは見守りつつおしゃべりをしている。
元よりエライユの身分はあるようでないようなものだ。
特に出立の儀式があるわけでもないし、ヴィントもラーニッシュにただ声をかけただけでいつもと同じ調子で振舞っている。
会話が終わったようでラーニッシュから離れるヴィントにメイドたちは揃ってきゃー!と声をあげた。
「ヴィントさまぁー!いってらっしゃーい!」
左右からの熱烈な声援にリリーはびくっとして、きゃーと言うのも変だし声を上げるのも変だし、ちょっと悩んで小さく手を振った。
片手を上げて颯爽と出ていくヴィントにかっこいい、すてき、お土産楽しみにしてる!など皆口々に喋っている。
……誰も一緒に行くとは言い出さないあたり、そこはやはりヴィントよりラーニッシュの方が良いのだろうか?何とも不思議な関係性だとリリーは思った。
王座にふんぞり返って「さっさと行け!」と言ったラーニッシュにメイドたちはわらわらと駆け寄った。
やーん拗ねちゃだめ、などと言い合っているメイドたちの最後尾でリリーは出発前にヴィントと話した事を思い出していた。
「……光年を進めるほどの宇宙船には時渡りの魔法とそれに耐えうる船を維持できる財力がいる」
条件を満たすとなると背景に大きな団体がいる事になるが、とヴィントは言う。
「国際警察や大きな行商が持ってるって聞いた事があります」
リリーも自分が乗ってきた船は行商船だと思っていた。まさか船自体が時渡りの魔法でできているとは思わなかったが。
「そうだな。つまり船でここまでやってこれるのは至極まともな団体か、後ろに暗いものを抱えたならず者のどちらかだ」
後ろに暗いもの……
「……例えば人工的に魔獣を作ってしまうような?」
不穏な集団がいるという話は神殿に向かうがてら聞いた。
「可能性の一つだ」
「でも結界があるって……」
「どうだろうな。クルカンが出ていった以上どこまで効果があるか……」
緑豊かで自然が多く水も豊富で人の少ない、田舎の惑星エライユ。
望んでかき乱したい誰かがいるとは到底思えないほどのどかだ。
「……物騒な話をしてしまったな。どんな船でもラーニッシュに言えば何とかなる」
ヴィントはリリーの前髪を人差し指でそっと突いた。
「それは……確かにそうですね」
リリーは笑って答えた後ヴィントが出ていく背中が見えなくなるまで見送った。
リリーが前髪をいじって思い起こしているうちに王座はからっぽだ。
「あれ?」
王とメイドたちはいつの間にか席を外したらしい。
……いけないいけない、昼食の準備でもしよう。
リリーは駆け足でその場から離れた。
昼間の晴天は何処へやら、急に暗雲立ち込める曇天の中ダンスパーティーがしたい!王やヴィントと踊りたい!などと言い始めるメイドたちに何が一番現実的か……ヴィントたちには踊るのは嫌がられそうだ。
とりあえずドレスから考えてはどうかと提案するリリーに皆盛り上がる。
するとフラーが広間に駆け込んできた。
「大変!一大事!船がね!船が来てるの!!」
わっとメイドたちは湧き立って急ぎ広間を出ていく。
船……そういえば王がいない。
ヴィント達が出立する頃には確かにいたはずのトルカも。
二人でどこかに出かけたのだろうか?
「すごーい!船ー!」
「お客様だね!」
「おもてなししないと!」
色めき立つメイドたち。
国際警察のものとは明らかに違う。
強風に煽られそうになるスカートを抑えてリリーは船を見上げた。大きい。
……至極まともな団体か、後ろに暗いものを抱えたならず者か。
喜んで迎えようとするメイドたちの横でリリーは入船する船を固唾を飲んで見守った。




