14 いっそ吊るして
王座に座ったラーニッシュを取り囲んだメイドたちが盛り上がっている声が聞こえる。
……誰も脱いでないよね?
リリーはそーっと部屋を覗き込み、誰も脱いではいないが温泉、という不穏な単語が聞こえてきたのでさっと退散しようとした。
「あっ!リリーこっちこっち!」
わらわらやってきたメイドたちになかば引き摺られてラーニッシュの側まで来た。
「リリーも温泉に行くんでしょ?」
「いいなあ〜」
「温泉って、負傷した騎士やらブショーやらニンジャやらが入るとたちまち傷が治り、女性は一万年若返り、サルが浸かったりシカが浸かったり、イヌネコキジタヌキキツネが踊り出すんでしょ?」
……何だか話が脚色されてる気がしたが、問題はそこではない。
「えーっと……私…温泉は………」
じりじりと逃げ出すつもりが左右からアンとフラーに腕を絡まれる。
「新しいお洋服も作ろうね!」
「えっ」
「ヒラヒラがいいかなあ?」
「ヒモヒモは?」
「スケスケは?」
「ちょっ」
スケスケはいやだ!
アンとフラーを振り払うと、
「メ、メイド服気に入ってるので!」
と言って逃げ出した。
待ってーと声が追ってくるのに慌てて咄嗟に窓から飛び出してしまう。
二階の窓から飛び出すのは多少行儀が悪いが焦ってそれどころではなくなってしまったリリーは翼を広げて飛び上がる。
逃げ出すほどでもなかったかもしれないが、このままでは温泉の旅が外堀から埋められてしまう──!
考えながら飛んでいると隣の棟の外壁にぶつかりそうになる。
が、勢いが殺せずひっと息を呑む。
幸い外壁の窓が開いていて、人ひとり通れる程の窓に合わせて翼を体に沿わせ棟の中に飛び込む。
「もうやだ私ー!」
半ばやけくそに叫び急停止したところでバランスを崩して落下する。
リリー!と呼ぶ声が聞こえて、その声がヴィントのものだった気がするのは幻聴であって欲しい。
「すみませんすみませんすみません……」
降ってきたリリーは抱き止められながら顔を覆って謝罪を繰り返した。
「……降ってくるのは構わないが……怪我はないか?」
「……いっそ吊るしてください……」
降ろされながら今は紐がないなと笑われた。そこはあって欲しかった。
「ところでここは……」
何もない広々とした空間、天井も高い。
「西の別棟の訓練所だ」
西の別棟……リリーははっとして叫んだ。
「出禁!」
西の別棟といえばヴィントとその部下たちが住んでいる場所で、メイドたちは一体何をやらかしたのやら出入りを禁じられている。
「君に言った訳ではないからな」
突然窓から闖入したあげくかばい立てされると申し訳なさが増してくる。
「あの……ここ……訓練所なんですよね?」
あぁ、と返事しつつ不思議そうなヴィントにリリーは言う。
「わ、私を……修行してくれませんか?」
「君を?魔法の?」
「いえ、剣の……私に、焼きを入れてください!」
ちょっとばかり元気の良すぎる言葉が出てきた。
「悩みがあるなら話を聞くが……」
「そうですよね……私みたいな基礎がなってない人の修行なんか……走り込みから行ってきます」
じゃあ、と今にも出て行きそうなリリーをヴィントは待ちなさい、と引き留める。
「腕立てふせからでしたか?」
至って真面目な顔をしたリリーにヴィントは頭を抱えた。




