13 立ち話にはちょっと長い
リリーは自室でベッドに寝転がり、天井を見つめて木目を数えていた。
──むく、と起き上がり、鏡台に向かう。
「私……何か………うう……」
鏡の前で頬をこね回す。
いつもと同じ顔。でも何か違う。
コンコン、と部屋の戸を叩く音が聞こえて慌ててドアに向かった。
「はい」
「リリーちゃん大丈夫?」
心配そうな顔をしたトルカがいた。
「あっ……」
一瞬ヴィントが来たのかと思って顔が熱くなった。
焦っているところを見られたくなくて余計に焦る……と、トルカが花を持って来ていることに気がついた。
「これ……どうしたの?」
「ヴィント様がリリーちゃんに持っていって欲しいって」
トルカはにこにこしながら花を渡す。
雪のような白い花は神殿の前に咲いていた花を思い出した。
「綺麗……」
「リリーちゃんが元気がないから、って言ってたよ。元気出してくださいね」
トルカに目線を合わせてありがとう、と言う。
「もう元気出てきたよ」
よかったあ!と笑顔でトルカは去っていった。
リリーは貰った花をテーブルに飾ると椅子に座り花を眺めた。
「お礼……言わなきゃ……」
花弁に指で触れる。瑞々しく柔らかで気持ちいい。
「──……────………………」
古代語の歌を小声で口ずさむ。
神殿の霧雨が体に触れた感覚を思い出す。
……まつ毛にかかる水気にまばたきをする……肌にのる水滴………………前髪を漉く、指先。
順に思い出し、リリーは自分の前髪に触れて目を閉じた。
「これは……難しいところね。判断に悩むわぁー」
と、アン。
「とりあえず、もう少しだけ様子見る……?」
とフラー。ふたりともカーテンに包まって悩ましげだ。
「お前たち、何してる」
やってきたラーニッシュに俊敏な動きで飛びついた。
アンとフラーはやーんすき、あいたかったあと熱烈だ。
実はですねえとラーニッシュに腕を絡めながらフラーは言う。
「中庭のあのふたり、ずっと立ち話してるんですけどぉ」
「もうかれこれ一時間半くらい話し込んでるんですよぉ」
アンもラーニッシュにくっついてまたカーテンの陰に隠れる。
中庭のを覗くとリリーとヴィントが談笑していた。
「一時間半もずっと見てたのか?」
ラーニッシュの問いにんもー違いますよう!とふたりは言う。
「最初通りがかって見かけて」
「次はさりげなさを装って覗きにいって」
で、今はカーテンに隠れて見てたんです、とふたり。
「野鳥観察か?」
んー、とアンは似たようなものかしらと言う。
「お茶とね、お菓子でも持って行こうかなって思ったんですけどぉ……」
「行ったら、あっいいの、ちょっと話してただけだから!とかなって、解散しちゃったら!私たちすんごい余計じゃないですか!?」
はあ……と興味ないような覇気のない返事をするラーニッシュ。
ちらっと見るとリリーが笑っているのが見える。
「野鳥にしては片方は凶暴すぎるし片方は雛鳥すぎないか」
と言うラーニッシュにあー、とふたりは同意なのか不同意なのか分からない返事をした。
「あーん私も王様と仲深まりたい!」
「深まりたぁい!」
お前らまだ昼間だぞとまんざらでもなさそうなラーニッシュをぐいぐい押してアンとフラーは窓際から退散した。
何となく言い出せずにいたのだが、リリーは働き始めてから給料を貰えていない。
というか、店もなく根本的にお金を使える施設がない。
しかしラーニッシュはユグナーの書という冒険書を持っていた。どこかに本屋はあるのだろうか?という事が気になってヴィントに聞いてみる事にした。
「いや本屋はないな……あれはクルカンの私物を勝手に漁ったんだろう」
漁る……他人の私物なのにあんなに雑に扱っていて良かったのだろうか。ラーニッシュが宝箱に投げ込んだ本を思い出して何とも言えない気持ちになる。
「君は前に古代語の本を読んだと言っていたが……あれは持ってこなかったのか?」
とヴィント。
「あっ……荷物は最小限で来ちゃって……本は一冊も持って来なかったんです」
リリーは答えた。
「そうか……本屋くらいなら隣の惑星にあるが……今度行ってみるか?」
え!とリリー。
急に髪に触ったり目が泳いで挙動が不審だ。
「わた……私、石投げられたりとか、しないですかね……?」
「そんな治安の悪い惑星ではないが……」
そうですか……とリリーは返事を避けるような思案顔。
「故郷で石を投げられたわけではあるまい」
そう言うヴィントにリリーはぴゃっと跳ねて言い淀んだ。
「えーっと、その、なんていうか……」
ヴィントは驚いてまじまじとリリーの顔を見る。
「まさかそれで故郷を離れたのか?」
リリーはわたわた両手を動かしながら
「あっ!あのっ!みんなには言わないでください……」
と言って続ける。
「心配させたくない、ってちょっとだけ……思うのと。本音は……は、恥ずかしくて……」
とぽつりと言う。
それは肯定したようなもので、故郷での扱いが良くなかった事を暗に告げている。
「……心配しなくても誰にも言わない」
ありがとうございます、と胸を撫で下ろすリリー。
「また本を貸すから、水魔法も少し勉強するといい」
その力があれば、とリリーの右手をそっと握ると
「不届者には頭から水をかけて冷やしてやれ」
と言った。
「はい!」
そう言って笑うリリーを見てヴィントは遺跡の帰り道で笑っていたリリーを思い出す。
明日もいい日になりますように、と言ったリリーの祈りは。
毎日の幸せを噛み締めるものではなく、明日守られるか分からない不安を押し込めるものだったのではないのだろうか。
あの日の夕日を浴びて笑うリリーも、今日のはいと言って笑ってみせたリリーも不足なく完璧に―─悲しさを覆い隠して穏やかだった。




