11.5 子供じゃないか
リリーが惑星ティースからやってきて三日も経たない頃、問題は起きた。
「ヴィントさまぁー、あのねぇ、リリーぜんぜんご飯食べないの」
心配そうに、眉尻も獣耳もしっぽもぺたんと下げてやってきたのはメイドのフラーだ。
「もしかして……もしかして…………あたしたちの作るごはん、」
美味しくないかもぉ!!
そう叫んでフラーと共にやってきたメイドのアンはべしゃっと床に倒れた。
何という事だ。
惑星エライユの住民は皆おおらかで、基本細かい事は気にしない。
出されたものを何でも食べる住民には料理の良し悪しはちょっと分からなかった。
「すみません……本当にお腹空いてなくて」
リリーは椅子に掛けて申し訳なさそうに下を向いた。
ぜんぜんいいよお、大丈夫だよお!と八人のメイドたちはリリーを取り巻いて言う。
「リリーは故郷では何食べてたの?」
「……芋かな」
「じゃあ好きな食べ物は?」
「……芋?」
「じゃあじゃあ!嫌いな食べ物は?」
「…………芋…………」
「あらまこの子闇が深いわ!」
ご飯は芋以外にしようねえ、とぎゅうぎゅうリリーをもみくちゃにする八人をぽいぽい払って考え込んでいたヴィントはリリーに聞いた。
「成人してないんじゃないか?」
あー、と皆考える。
リリーも、エライユの住人もそうだが、人間以外の生き物は長命種……つまり寿命が長いのだ。
百年から千年の単位で人間で言う一歳分歳を取るので基本歳は数えない。
成人と未成年の境界線は曖昧で、見た目では分かりづらい。
未成年なら食事量が少なかったり、一つのものしか食べないというのもまあ、ある話だろう。
「あたしはもう大人のオンナよ。なんて言ったって三回歯が抜けたもの!」
一般的に乳歯が抜け落ちた段階で成人と判断する。
三回……自信満々に言うフラーは三回歯が抜け変わったらしい。
「君は二階から飛び降りて顔を打ったから歯が抜けたんだろう」
「……あたしは!もう大人のオンナだから!今なら空飛べちゃうかもって二階から飛び降りたり!しないもん!」
飛び降りちゃったらしい。
あああ……とフラーを気遣うリリーに大丈夫大丈夫、とメイドたちは皆明るく笑った。
「ぜんぶ生え変わったか忘れちゃった……」
首を捻って一生懸命思い出そうとするリリーに、
「そもそも生まれたてかもしれないしな」
と王が言った。
生まれたて!
「有翼種って体の成長が早いんだよ。こいつもかなり長い間儂よりデカかったからな」
ほー、とリリー、メイドたちは湧き上がった。
王──ラーニッシュはエライユで一番大柄で、ヴィントも長身だが頭ひとつ分違う。
まさかヴィントの方が大きい事があったとは、と考えてリリーははっとして訂正を入れる。
「い、いくら何でも生まれたてという訳では、」
ないとは思いたい。
ヴィントが見てくれるというのでリリーは口を開けた。
「女の子のくちの中覗いちゃうのってえっちじゃない?」
「えっち」
「騎士のおくち検査は身体にまで及んでしまうのであった」
「ハァハァ下着の色何色?」
口々に囃し立てるメイドたちに耐えきれず、リリーはごほっとむせた。
し、下着の色っ!?
全員出ていけとヴィントに摘み出され、リリーはちょっと考えて、
「いえ、いつもああいう感じでは、本当、優しいんですけど、」
「……すまない、いつもああいう感じでは……君が来た事が嬉しくて舞い上がっているんだろう」
弁明するリリーと、ため息混じりに頭をかかえて注釈するヴィントの声が被った。
……本当はめちゃくちゃいつもああいう感じだが、優しいのは事実なので嘘は言っていない。
「……見たところ全部永久歯だから成人したと言ってもいいだろう。魔法使いは魔力の源……魔素に敏感だから故郷との違いを体が感じ取っているんだろう」
曰く、今は体が満腹状態で飢えを感じないが、魔素に慣れれば腹も減るだろうという見立てらしい。
そしてヴィントの言うように一週間するかしないかのうちにリリーは少しずつ、何でも食べるようになったのだった。
子供じゃないか、と。
かつて大魔術師と呼ばれた男が送ってきた……と思われる少女・リリーは何も知らなかった。
何でも興味を持ってよく質問し、挑戦した。
小さな白い翼を見せるのを恥ずかしがり、じゃあ遠くでだったら見ても良いよ、とメイドたちに言った。
遠く遠く、メイドたちと距離を取り、豆粒になるかというくらい離れた木陰ではい、と魔法で収納していた背中の翼を出した。
んよ、とフラーは靴下と靴を投げ捨て、裸足で全速でリリーに向かっていった。
きゃはは、と笑い声をあげて他のメイドたちも続いて走る。
えっ!?うそ、足早い!とリリーは走って逃げ出した。
飛んで逃げればいいものの、走って逃げる。
まるで生まれたての仔犬のようにじゃれて転がる八人のメイドたちとリリーも同じく。
子供じゃないか、とヴィントは思った。
……本当に子供だっただろうか?
エライユに来たばかりの頃家族はいないです、とリリーは答えた。
生きているとも死んだとも言わず、いないと言った。
詮索を遮断し、いない、と答えられるのは子供だろうか。
私、皆が幸せになりますように、って。
そう言って笑うリリーの前髪から水滴を払う、わずかに当たった指先から伝わる情報ではその体温が子供のものか大人のものかは分からなかった。
繋いだ反対の手からも分からない。
離すタイミングを見失って手を繋いだまま、柔らかく微笑んでいるリリーを眩しい、と思ったのは神殿の彩度のせいかもしれない。




