8.5 八人+一人
エライユに来たばかりの頃、リリーは心の中でひたすらえ!?と驚愕していた。
実際にはその驚きの声すら上げられない程緊張していたのだが。
「右からね、アン!サーシャ!ライラ!ナナリー!ルイーネ!ジェーン!メル!それで私がフラーだよ〜」
いきなり八人の乙女に囲まれて、返事もまばたきも呼吸もすっとんだ。
あっ、多すぎて覚えにくいか〜、名札付ける?、それいいね!とメイドたちは盛り上がる。
「ごめんね、名前は何度も聞いて。いきなり覚えるのも大変だものね」
「……いいえ……はい……」
はいなのかいいえなのかやっとの思いで絞り出した返答もちぐはぐだ。
「お部屋決めよ?来て来てー!」
手を引かれ、後ろから優しく背中に触れられ、軽やかに周りを歩くメイドたちは決してリリーを離さない。
深く息を吸えば鼻の奥がつんとして少し泣きそうになった。
「ねえ見てこのブラシ、髪をとかすと癖毛がさあ、あ、ね、朝ごはんにパンを焼くんだけどね──……」
決してリリーを離さない。
と、言うのは比喩ではなくメイドたちは朝も昼も夜もひたすらリリーにくっついた。
ブラシと朝ごはんの関連性は何だろう……とぼんやり身を起こせばベッドの中に明らかに誰かいる。
「おはよー。でも二度寝しよっかなぁ」
大きなあくびで再びベッドに潜り込んだのは記憶が確かならメル、全裸だったのは気のせいだと思いたい。
メルの為に何かブラウスでも羽織る物を用意しようとベッドから出ようとするとねえリリーこのブラシね、とライラが飛び乗った。
もし自分に姉妹がいたらこんな感じだったのかな……とリリーはブラシの話と並行して話される関連性はないと思われる朝ごはんの話にうんうんと相槌を打った。
少し散歩に行こう、と朝食の後にヴィントに誘われてリリーは王城内を歩いた。
こういう時になんと言ったらいいかさっぱり思いつかず、やや下方に目線を落としてヴィントと歩く。
話が四方に散乱する脈絡ない会話術はしっかりメイドたちに習えば良かったな……と考えてはっとする。
──これは、もしや………私のコミュニケーション能力の低さへのお叱り、ひいては国外追放……!?
あっちこっちそっちと元気いっぱいに振り回すメイドたちにほぼつきっきりで、王やヴィント、その部下たちとはあまり話した事がない。
リリーは脂汗をかいた。
「何か困ってる事はないか?」
「ひゃい!?」
……噛んだ。
驚きすぎて足を止めてヴィントの顔を見た。
「例えば四六時中ほかのメイドたちが張り付いていたりとか……」
「ええっ?あーっと……」
どこ行くのー?一緒に行こー?とすぐ誘われるのは正直エライユの文化なのかと思っていた。
王城には鍵のかかる部屋があまりなく、お風呂にもベッドにもよく付いてきた。
ヴィントの指摘にどう説明したものかと悩み、
「……みんな心配してくれてるんだと思います……」
と、何とか答えを絞り出した。
背後から聞こえる、誰よ愛の告白って言ったの!これヴィント様のお説教コースじゃん、よく分からないししつこいけどいい声だからしっかり聞いちゃうお説教またきちゃうよお、など、主に植え込みのあたりから声が聞こえる。
ヴィントの眉間には明らかに皺が刻まれ植え込みを睨んでいる。
……このままでは皆がお説教コースだ。
「あの!私が!わ、悪いので…………」
「あぁ〜んリリーったらそんなこと言わないでぇ!」
植え込みから飛び出してきたメイドたちが次々抱きつく。
皆膝のあたりが砂まみれだし草木が頭についてるしひとり出遅れて転んでるしとにかく八人飛び出した。
もぉ〜〜べったりくっついたりしないからあ、などとぎゅうぎゅうにくっつかれている。
とんだ狂言回しに付き合わせてしまった気がして、リリーは眉尻を下げてヴィントを見た。
何とも形容しがたい顔でリリー達を見守るヴィントを見て騎士って大変な職業なんだな……とも思ったし、八人に抱きつかれるとだいぶ腰にくるという事も分かった。