踊る音、月に歌う
まるで君は五線譜の上で音と踊っているようだった。僕はその光景に目を奪われて、動くことが出来なかった。
東雲 奏斗
夢を見ていた。音で溢れかえったこの世界で自分の意のままにメロディーを作り上げ、奏で届ける僕の姿を。
その夢のために努力した。音楽に関する知識がない僕はとにかくできることをした。
歌詞を書いた。ギターを弾いた。ピアノを弾いた。どれもとても楽しかった。弾いた曲は既存の曲だけど、僕だけの世界が広がっている気がした。誰をにも邪魔できない絶対領域のように感じた。ここは僕だけの音の世界。
久遠 璃音
歌なんて嫌いだ。音楽なんて嫌いだ。
音を楽しむと書いて音楽。音を楽しめない私にとっては音楽に魅力なんて感じない。
私は父親にやらされている。音楽家の父に。音楽を。好きでもない音楽を。私が音楽を嫌いになったのはあの日だ。5年前のあの日。
その日から私は音楽を、父を許せなくなっていた。
東雲 奏斗
順調に楽器をマスターし始めた。そんな頃にちょうど高校の卒業式を迎え、専門学校へ入学した。音楽の専門学校だ。僕はここでさらなるレベルアップを目指す。僕の夢のために。僕の僕だけの世界をみんなに魅せるために。入学式を迎えた今日、雨風がとても強かった事を覚えている。
もしかしたらこれは暗示だったのかもしれないと今になって思う。
久遠 璃音
嫌いなものを強制されて高校卒業を迎えた。
相変わらず音楽を許すつもりにはなれない。
嫌いなはずなのにメロディーやコードが踊って見えた。手の引かれるままに奏でた音は必ず注目を浴びた。分からない。音楽なんて分からない。これの何がいいんだ?
分からない。分からないまま入学式を迎えた。
雨風がやけに強かったのを覚えている。
東雲 奏斗
入学してからは沢山知らなかった知識が身についた。音楽ソフトの使い方。MIXの仕方。声の使い方。楽器の弾き方。楽譜の読み方、記号の意味など様々だ。
知れば知るほど楽しいな。音楽というものは。独創世界が広がっていく。ものすごい速度で。それが何より嬉しかった。
久遠 璃音
入学してからもやはりつまらない。周りは何故こんなものに惹かれるのか。疑問しかなかった。音楽は狂気だよ?何がいいの?人さえ殺しうる力を持ってるんだよ?そんな疑問しか生まなかった。
此処にいる全員の目が輝いている。いいな。好きなものを好きなだけできて。私とは違うな。強制されている私とは。学校生活はそんな羨望だけが積もるばかりだ。
東雲 奏斗
入学してから数週間経った頃、クラスメイトのある女子生徒に惹かれた。好意とかではなく、尊敬の面で。彼女が作り出す音楽はとても心が奪われる。美しい中に狂気があるような。狂気の中に美があるようなそんな世界観、音楽感を持ち合わせている彼女に。
そんな彼女に憧れていた。
久遠 璃音
学校が嫌い。音楽で溢れかえっているから。
最近はクラスメイトの男子生徒、東雲 奏斗に話し掛けられる機会が多くなった。
私は人と話すのが苦手だ。切り替えるのも一苦労だから苦手。
彼は私の音楽に惹かれたようだ。憧れの眼差しも感じる。純粋な目をして狂気の世界に踏み入れる彼に少し嫌悪感を抱いていた。
東雲 奏斗
思い切って話しかけてみた。彼女の名前は久遠 璃音というそうだ。彼女と話せば話すほど才能の違いを痛感する。メロディーやコードが踊って見えるのだという。
僕にはないものが彼女には見えていた。
その才能に嫉妬したと同時に
本当に音楽に恵まれた人なんだなと憧れる。
しかし気になることがあった。彼女はどこか目に生気を感じられない。どこか虚ろだ。
まるで生きているのに死んでいるみたいだ。
久遠 璃音
私は不思議で仕方がなかった。私の音楽の何がそんなに注目されのか、どこに楽しめる要素があるのか、私にはわからない。
学校生活が半年を過ぎた頃、私は校内推薦により、学校外でLIVEをすることになった。やりたくない。楽しくない。音を楽しめない私は、音楽を呪っている私はこんなこと大嫌いだ。神様はいつも本当に欲しているものを遠ざけて、呪いたいほどいらないものばかり与えるのだろうか。きっと私は神様に嫌われているのだろう。こんな才能無くなればいいのに。
東雲 奏斗
彼女が作り出す音は何故か勝手に身体が動き出すほど聴き心地が良く、驚くほどにその世界観が僕の中へ入ってくる。まるで満月の夜、薄く雲が掛かった情景、月は青白く光り、世界を照らしている。そんな綺麗な情景だった。
そんな綺麗な曲を造り上げる彼女が、校外のLIVEに出演することになった。
あの曲がより多くの人の耳に入り、彼女の彼女だけの世界を魅せるのだと思うと何故かどこか誇らしい気持ちになった。
楽しみで仕方がない。
久遠 璃音
校外LIVE当日。相変わらず音楽には吐き気がする。
気だるさを感じながら会場へ向かった。
遣る瀬無さが私をそっと包み込んでゆくのがわかる。
期待や義務感が足枷になっていくのを感じる。
いっそ死んでしまいたいな
そんな気持ちが脳裏を過ぎる。
会場まで遠いな...。
東雲 奏斗
彼女のLIVE当日。沢山の人が自身の曲を披露している。見ていて飽きない。
明るい曲から暗い曲。音が様々な表情を見せている。音に包まれていく。幸せだ。
聴いた曲の感傷に浸っている間に彼女の出番になった。
やはり彼女の歌は別格だった。
普段は自然と身体が動くのにLIVEになると圧巻されて動かなくなる。それほど魅力的だった。真昼の月のような、そんな儚さを兼ね備えていた。最高のLIVEだった。やはり彼女は僕の憧れだ。
しかし音楽に触れている間の彼女の目は何処か虚ろなのはいつになっても変わらない。
東雲 奏斗
LIVE後、僕は彼女の元へ急いだ。この高まった気持ちを伝えるため。鮮明に残ってるあの場所での彼女の曲の良さを改めて伝えるため急いだ。
伝え終えた後、ずっと気になっていた彼女が音楽に触れている時、目が虚ろになることについて聞いた。
彼女は黙ったまま息が荒くなった。
まるで怯えているように。
そのまま彼女は倒れてしまった。
慌てて救急車を呼んだ。連絡してすぐにけたたましいサイレンの音と共に救急車が到着した。
久遠 璃音
LIVE後、「最高のライブだった」という声が聞こえた。
声のする方を見るとクラスメイトの東雲 奏斗が立っていた。
最高のLIVE...?私には最低のLIVEだ。
嫌いな音楽は何もかもを最低にする。
何が最高だったのか。私には分からない。
そんな事を考えていると、彼は続けた。
「音楽に触れている時の璃音さんの目はどうしてそんなに虚ろなの?」
その疑問に私は背筋が凍る感覚に襲われた。
お願い、消えて...。消えて...。消えろよ!
目の前が闇に包まれていく。
久遠 璃音
気が付くと病院のベットの上だった。
東雲 奏斗が見舞いに来ていた。
私が目覚めるや否や、彼は私に「ごめん」と言った。彼の顔は罪悪感に満ちていた。
「どうして謝るの?」と私は問う。
「僕が余計なこと聞いたから...」彼はそう答え、続けて「余計なこと...」と言いかけたところで私は彼の言葉を遮るように口を開いた。「いつまでも隠してないで話さなきゃいけないね。私の目が虚ろな理由。君にだけ教えてあげる。」
母が亡くなったあの日からだ。
東雲 奏斗
彼女の目が虚ろな理由。それを話してもらった。「私の父親は音楽家だ。音楽に触れている時の私の目が虚ろ?な理由は好きでもない音楽をやらされているからだ。」あんなに才能があるのに嫌いな理由が掴めない。
嫌っていると言う発言、やらされているという言葉どれをとっても嫉妬しかなかった。
そう思っていると、彼女は「私は母親を尊敬していた。優しくて、暖かい。真面目で、私の憧れだった。そんな母は、音楽に殺された。間接的であれ音楽に殺されたんだ。」と音楽に殺された。理解ができなかった。音を楽しむ音楽でなぜ人が死ぬの分からなかった。
久遠 璃音
彼に全て話そうと思い話していた。
彼は音楽に人が殺されたという状況を理解できないようだ。
私は構わず続けた。「母は、父親の音楽がすごく好きだった。よく父の歌を聴いて話していた。それが日課のように。しばらくそんな生活を続けていたある日、母が日々やつれていっていたのがわかった。訳を聞くと父の作る曲に心から音楽を楽しんでいた父ならではの曲ではなくなっていたという。人を傷つけるような歌だったと。最初は疑ったが聴くと事実とわかった。そんな曲は何曲もでき、母は自分のせいかもしれないと自分を責め精神を蝕んでいった。そして、その歌に傷付けられ、病んだ母は自殺した。音楽が人を殺したのだ。言葉の暴力で人を殺したのだ。音楽に乗せればなんでも許される訳では無いのに、許されているかのようにさぞ当たり前に。だから母を殺した音楽も父も嫌いだ。無くなればいい。」と。
音楽が人を殺さないなんて偶像だ。
東雲 奏斗
全てを話終えると、彼女は涙を流した。
「人を殺した曲を作った父の血を受け継いでいる私は人を傷つける歌を書くことができてしまう。消えてしまいたい...。」彼女は今にも消えそうな声でそう言った。
そんな彼女に僕は言う。「音楽は人を傷つけもするだろうが、救いもする。言葉は暴力にもなるし、どんな凶器より恐ろしい凶器になりうる。使い方次第だ。璃音さんの作る曲は僕には到底人を殺せるとは思えない。人を救う曲だと思う。だから璃音さんは自分の父とは違って人を救える歌を書いて」
彼女はまだ泣いていた。
久遠 璃音
彼の言葉に泣いたのか、自分に失望して泣いているのか分からない。
父の言葉が頭に乱反射していた。
「罵倒も失望も全て僕への興味だと思う。だから人を傷つける歌を書いている。」
この人を反面教師にして、私は私の曲を作れ。彼はそう言いたいのだろう。
私にそんな才能があるのか分からない。
不意に言葉にしていた。
「罵倒も失望も嫌悪も僕への興味…この意味が貴方にはわかる?」
東雲 奏斗
「罵倒も失望も嫌悪も僕への興味…この意味が貴方にはわかる?」そう言った彼女の言葉の意味を僕は理解できなかった。
罵られて、見捨てられて、嫌われる、それら全てが自分への興味…?
興味というか軽蔑に値することでは無いか?
そう思っていた。
そしてそれを声にした。
「罵倒も失望も嫌悪も興味では無いだろ?軽蔑だよ」
そういうと彼女は笑った。単純な笑顔では無い。嘲笑のような笑いだった。
そこに今までの彼女の面影は無い。
全く別人の様な彼女がそこにいた。
久遠 璃音
彼は言葉の真意をわかっていない。
思わず嘲笑ってしまった。「歌詞の意味が分からない。言葉の真意が分からない。曲を作れない。じゃあ君は何ができるの?」
追い討ちをかけるように彼に言い放った。
言葉は暴力にもなりうる。そんなこと知ってる。言葉が暴力にならないなら私の母は死んでいない。
「話聞いてわかったつもりにならないでもらえないかな?何もわかってないくせに。」
そう言い放って私はその場を後にした。
東雲 奏斗
「君は何ができるの?」その言葉が胸の中を抉り続ける。
君には何も出来ない。そう言われた気がした。いや、寧ろそう言われたのか。
言葉の真意も分からない君は作詞も向いてない、作曲もできない君は歌において何も出来ない。わかってる。それは1番僕がわかってる。彼女の過去の事…聞いただけで十分理解出来るものではなかった。僕には音楽が人を殺した事実を未だに受け入れられていない。
だから理解出来ていない。
そして彼女が言った「罵倒も失望も嫌悪も僕への興味」この意味もまだ分からない。
分からないが考え続けている。
久遠 璃音
彼に言い放った後家に帰った。
悪い事をしたとは思った。しかし、それと同時にそんなのは建前だなと思う自分もいた。
やはり親子なんだな。あの人とは。
人を傷つけることが容易にできてしまう。
ダメだな。それなら曲に乗せた方がよっぽどマシだ。直接より歌詞の方が…あぁ、こうして父は人を傷つける歌を書いていたのかと痛感した。
破壊衝動…。母を殺したそれ。
嫌いだけど嫌い切れない自分がいた。
東雲 奏斗
僕は歌が好きだった。きっとそうだ。違いない。誰も否定しない。誰も否定しないのに、僕が否定してしまっている。
きっとこれは悪い夢だ。そうに違いない。
そう思わないとやっていけない。
その時ふと頭をこんな言葉が過ぎった。
「夢でもできなかったことがリアルにできる訳ないでしょ?」
その言葉と僕は五線譜の上を降りた。
久遠 璃音
最近学校で彼を見ない。どうしたのか先生に尋ねてみた。彼は学校をやめたようだ。
きっと自分の力量のなさを理解したのだろう。そう思った。
しかしそれと同時に目に見える大切なものが無くなった気がした。
今の私は父の生き写しだ。こんな私を母は望まないだろう。
わかってはいるが抜け出せない。
私の世界から月明かりが消えた。
東雲 奏斗
学校はもう辞めてしまった。好きだった音楽はもう分からなくなっていた。
頬の筋肉は廃れてしまっていた。
人間らしく生きたいから物語を書いてみた。
「死にたくないよ」声が漏れた。
久遠 璃音
他人に優しい君にはこの孤独は分からないだろう。死にたくない、でも生きられない。
それが今の私だ。
君は小説を書いていると聞いた。
なら私の言葉の真意はわかったんじゃないかなそう思った。
あの日からどれくらいの日数が流れただろう。今私は人を傷つける歌を平気で書いている。中身のない歌を書いてしまっている。
「君の言葉を呑みたい」
泣きながらそんな言葉を口にした。
この孤独が今詩に変わって欲しい。
そう願ってしまった。
東雲 奏斗
物語を生み出し続けてどれくらいの月日が経っただろう。
「罵倒も失望も嫌悪も僕への興味」あの日彼女に問われたこの言葉、その真意を改めて考えてみた。
確かに興味になり得た。
なんせ罵倒も失望も嫌悪もされなければ何も無い。見向きもされない。
もしかするとあれは彼女なりの存在証明のための言葉だったのかもしれない。
私を見つけて。そう言いたかったのかもしれない。
にしても難解すぎるよ。璃音さん。
今になってやっと理解した。ごめんね。
久遠 璃音
私が父親の生き写しの自分を嫌いになりきれなかったのは、父も私と同じ、存在を見つけて欲しかったから。
でもね、お父さん。この言葉難解すぎるよ…。
学校で1人咽び泣く。
こんな時彼がそばにいてくれたらなんて思う。そんなこと願っても遅いのに。
私は私に素直になれなかった。
過去は輪廻するから、私はまた大切な人を失うんだね…。
嘆くことしかできない自分が憎い。
東雲 奏斗
理解してから早かった。
1人でも見てくれる人が彼女にいたなら、彼女は彼女の父親の二の舞にはならないだろう。そう思い、僕は彼女の、璃音さんの存在証明をするために探した。
彼女の家、帰り道よく行ったカフェ、コンビニ、公園、僕が思いつくところを探し回った。見当たらない。彼女がどこにもいない。
言葉の真意を理解するのに時間がかかり過ぎた自分が憎い。
そう考えていると、あとひとつ探していなかった場所を思い出した。学校だ。僕が彼女と初めて出会ったあの場所。
思い出すと同時に僕の足は動いていた。
君は君の音を奏て。そう伝えるために。
彼女の存在証明のために。
久遠 璃音
学校から物音が全て消えてからどれほど経っただろう。21時を過ぎ去ろうとしていた。
現実も私の中も闇の世界の様に静まり返っていた。光は何一つない。音もない。誰もいない。「いっそ消えてしまいたいな」そう1人呟く。すると後ろから、「消えないで。」と声がした。振り返ると彼がいた。
「罵倒も失望も嫌悪も僕への興味、その言葉の意味がわかったよ。」彼は続けて言った「罵倒も失望も嫌悪も全て悪いことだ。でもそれすら無ければ見向きもされない。存在を見つけて貰えない。これはレナさんなりのSOSだったんでしょう?」と。
彼が私の言った父の言葉の真意を読み解いてくれた。私を見つけてくれた気がした。
その瞬間安心感と共に目の前に光が灯った。
その光に私は思わず目を瞑った。
東雲 奏斗
消えたい。そんな声がした。この声の主は璃音さんだ。きっとそうだ。
そう思い、声のした方向に走り出した。
やはり声の先に璃音さんがいた。
僕は彼女を見つけて間を置くことなく「消えないで。」と言い放った。
彼女は少し戸惑った表情を見せた。
続けて言葉を紡いだ。続けて紡いだ言葉は彼女の目に涙を呼び起こした。彼女の顔が緩み、少し笑ったように写った。それはまるで人格が入れ替わったかの様に僕の知らない彼女の姿があった。
僕はそんな彼女に目を奪われている。
気が付けば彼女は目を閉ざした。
久遠 璃音
彼に運ばれて家へ帰る。そんな中彼は独り言のように呟いた。「音楽は好きなのは変わらなかった。今も音楽をやって生活してたい。その気持ちはあの入学当初より強くなっていた。」彼の表情が少し曇る。私は心配になり彼に「良かったら私と…」と言いかけたのを遮るように彼は言葉を続けた。「でも音楽を辞めて小説家になったこと、これだけは後悔してないよ。」そういうと彼はニコッと笑った。そして「僕が小説家になってなかったら今日ここで璃音さんを救えてなかったわけだから。」彼の言葉に嘘は見えない。
その後彼が紡いだ言葉に私は笑顔で答えた。
彼も笑顔で返してくれた。
東雲 奏斗
彼女を運んでいる最中、僕は音楽をやめて小説家になったことを後悔していないことを伝えた。
そしてもうひとつ。彼女に伝えた。気持ちではなく願いを。それは「僕が叶えられなかったミュージシャンの道、それを璃音さんに託したいんだ。僕の音楽への思いを璃音さんに受け継いで欲しい。これは五線譜から降りた僕の願い。」そういうと彼女は微笑み「もちろん。」と答えた。続けて「じゃあ、私からもお願いしようかな。」彼女の表情が少しイタズラしているような、ワクワクしているようなものに変わり、続けた。「私が生み出した曲を君に、奏斗君に小説にしてもらおうかな〜」と。「奏斗君が私の曲を解釈する。そして物語へ。それは私も予測してなかった、意図してなかった物語を知ることができるから。お願いするね。」明るく彼女はそう言った。僕も笑顔で「もちろん。璃音さんにも見えなかったその曲の1面僕が見せてあげる。」そうして2人で笑いあって家に着いた。
久遠 璃音
あの日からどれくらい月日が経っただろう。
私はシンガーソングライターになった。
有難いことにCDもアルバムもLIVEも沢山させてもらった。
彼の思いを受け継ぎ、歌を歌っていた。
彼は今も小説家として世の中で活躍している。彼の本が出版されれば彼の名を聞かない日はないほどの人気ぶりだ。
あの日した約束のもうひとつもしっかり果たし、お互いの願いも叶っていた。
あの日お互いがしたお願いの後に約束をした。
「五線譜を降りた君ももう一度戻れるように、私が曲を作る。そこに君が、奏斗君が詞をつけて。それを2人で披露しよう」って約束を。これを私の人生初のLIVEで実現し、それ以降のLIVEでもやってきた。
彼の夢でもあった音楽での生活、仮ではあるけど叶ったと私は思う。
これで君も、五線譜の上で踊れたね。奏斗君。
ありがとう。私を見つけてくれて。私と出会ってくれてありがとう。
私は彼に救われた。音楽も、本も、文字であれ曲であれ、人を傷つける凶器にもなるし、殺めもする。でも逆に救うことだってできる。なら私はあなたを救う曲を創造し続ける。彼の思いと共に。この物語を読んでくれた貴方を救うまで。